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情けない君が好き④

「ふむ……この国での結婚には幾つかあるんですね。 僕のとこだと、一つだけだったので、なんとなく新鮮です」


「宗教の物を除けば、二種だけだがな。

宗教のは国教以外のは正式には、公的な効力はないものだし、実質は三種類……みたいだな」


 常識が欠落している俺と、そもそも他国の人間であるエル。 ロト、ケトや父親、レイは同じようなものか。 リアナは知っているだろうが、あまり祝福してくれなそう。 シノはまずいない。


 そのため図書館に来て、結婚……婚姻に関する手続きについて調べて、纏めている。


「アキさんって、何かを信じてますか?」


「? エルのことは信じているが」


「あっ、はい。

なら、二つですね。 んー、普通の婚姻と簡易な感じなんですかね?」


 幾つかの資料を見比べながら見てみると、ある程度しっかりとした家のある者同士の婚姻と、他国や多民族間でも行えるような婚姻に別れているようだ。


「ちゃんとした方は、条件があるんですね。

持ち家の有無、貯蓄、収入の有無……あと、一人とが原則ですか。 複数の場合は、こっちで結婚すると正妻、簡易だと側妻……まぁ関係ない話ですけど」


「簡易の方は本当に紙一枚だな。 それ以外に何もいらないって」


 現実的に考えて、貯蓄も持ち家もない、一応だがエルの出自も明らかでないのもあって、簡易の方が現実的だが……。 明らかに、それでは嫌という雰囲気がある。

 おそらく何も言わずにニコニコと嬉しそうにしてくれるだろうが。


「家は、名前だけあの家を使わせてもらって、金は……とりあえずは借りて、まぁなんとか稼ぐ、エルの出自も、見た感じ先に養子扱いで組み込めば問題なさそうだな」


「ん、んぅ……なんで、分かったんですか?」


「そりゃ、エルのことだしな。 割とどうにでもなりそうだ。 養子にするところから入る必要があるから、少し手続きに時間がかかりそうだが」


「ん、でも養子ってお義父さんのですよね。 難しいような……」


「いや、俺のでいい。 宗教の方じゃないなら、普通に親子でもいけるらしい」


 そもそも、これも最近知ったことだが俺の親戚にもそういうのいるらしいし、血も繋がっていないなら何も問題はないだろう。


「なんか、ザルですね……。 二度手続きをする必要と、アキさんみたいないいとこの出じゃないと無理な手だからですかね……?」


「さあ……まぁ深く考える必要はないだろう。

法なんてわざと抜け道を作ってるものだしな」


「アキさんがなんか賢げな言葉を……」


 エルが関心したように俺を褒めるが、実際はそう褒められたようなことではない。

 この命でさえ、その法の隙間を縫ってこさえたヌイグルミみたいなもので、異世界のエルとは元々の出自が違う。

 賢いから分かった、ではないのだ。


「……とりあえず、書類を出しに行くか。

いや、前の街に戻ってからの方が手っ取り早いな」


 ここよりも家の威光が届く、面倒な手続きになるので、優先してもらえる場所でやった方が楽だろう。 後々の書類もそっちで出すことになるだろうから、というのもある。


「んー、アキさんのことをお父さんって呼んであげましょうか?」


「いらない。

俺は寝るから、読みたい本とか読み終わったら起こしてくれ」


「図書館で寝るのは……風邪ひきますよ?」


「こんな暑いのに引くわけないだろ」


 まぁ、人もいないんでいいですけど、と言ったエルを横目に、椅子を並べて簡易的に眠れるスペースを作って、横になる。

 エルがポンポン、と自分の膝を叩いた後に、俺を一瞥する。


 仕方なくそこに頭を置いて、身体を並べた椅子の上に寝転がらせた。

 横を向いて、エルの腹に鼻を当てる程度に近づいて、目を閉じる。

 頭を撫でられる感覚がして、すぐに眠りに入った。



◆◆◆◆◆


 夢を見た。 遠い昔の夢で、俺が俺でないときのこと。

 空はもっと遠く、海はより広く、大地は比べ物にならないほどに深かった。

 人に魔法という翼はなく、空を駆けることも、地を統べることも、海を知ることもできなかった。


 大多数の人間にはほんの少しずつの魔力のみがあり、それを祈りとともに捧げる。 稀に生まれる大きな魔力を持った者は、呪術師か祈祷師か。

 誰も彼もが、まともに魔力を扱うことの出来ていなかった時代。


 ーー祈りの時代。


 世界はあまりに広く、人はあまりに虚弱だった。

 振り回す剣は名剣ですら、現在の数打ち品にすら劣る。 弱く、弱く、弱い。

 祈りの時代。 人々が祈ることしか出来ない時代に「俺」はいた。


 なまくらにすら劣る、棍棒のような剣を振り回し、断ち切る。

 岩を、鉄を、人を、魔物を。抜き身のままぶら下げても問題ないほどの斬れ味のない刃。 それは使い手の技量によって、何物よりも優れた名剣となっていた。

 人を切って、魔物を殺して脂が付こうとも元々ないも同じ刃には変化がなく、岩を断って、武具を割って刃こぼれしようと斬り裂く感覚は覚え通り。


 その上、そんな名剣は安く、どこでも手に入った。

 店で買ってもよく、敵の死体も味方の死体も、それを握っていた、手を蹴り飛ばして、武器を握ればよかった。


 死にたい。 この世界で死に、彼女と同じ墓に。


 それも叶わない世界が憎く、人が憎く、魔物すら羨ましい。 俺の死はこの世界にはない。 死にたい。 死にたい。 死にたい。 殺してくれ。 それも出来ないなら……殺し尽くしてやる。


 狂ったように暴れまわったのは、何年か、何十年か。 少女を愛した幸福な瞬間の、何倍の、何十倍の、何百倍の時間、俺は苦しんだだろうか。

 吊り合わない、幸福と不幸。 忘れて、元の世界に戻れられたら、どれほどの幸福か。 あるいはそれは不幸か。

 そんなことすらも分からなくなるほど、俺は憔悴しきっていた。


 戦闘は、楽だ。 闘争のときは、世界が加速していく。 敵を殺すため集中する必要があるが、やることは単純作業。 限りなく時の流れが加速していく感覚。

 少女への恋心を、死への親愛を、敵と共に斬り捨てるようになくすことが出来た。


 殺しに何の貴賎があったのか、いつしか英雄と呼ばれ、そのひたすらに敵へと向かう姿は勇者と讃えられた。


 時は敵を斬るたびに加速していく。 刃も、思考も、ただ斬ることにのみに特化していき、少女への思いは風化していく。 いつの間にか後ろにいた、俺の仲間を名乗る人物達と、無限に湧き出る魔物を殺し続ける。


 より敵が多い方へと走る内に、その仲間すら斬り殺していたのか、近くには誰もいなかった。

 敵を斬り裂き、斬り裂き、また斬り裂いて、いつの間にか、魔王と名乗る人物の前に俺は立っていた。


「キョウジンが」


 狂人と言ったのか、凶刃と言ったのか。 特に俺は気にすることなく、いつの間にか聖剣と呼ばれるようになった、そこらの兵士の死体が握っていたなまくらを振り上げた。


「死にたいのか」


 魔王のその言葉を聞いて、数年ぶりになる言葉を発した。


「殺せるのか」


 男は頷いて、俺の首を強く握った。 強く、強く。

 悲願が叶う喜びからか、今更覚えた死への恐怖からか、涙が零れ落ちて、地面に着いたのと共に、その涙が赤黒い霧へと変質していく。

 男の手に首が握りつぶされて、落ちていく頭から、崩れ落ちる身体を見た。 赤黒い霧を発生させながら、死ぬ。 それはーーーーこの世界での死だった。



◆◆◆◆◆


「ーーキさん、アキさん、アキさん。 大丈夫……ですか?」


「……すっかり寝入ってたのか。 大丈夫だが、どうかしたか?」


 エルが心配そうに、不安げに俺の顔を覗き込んで、少ししてから安心したように息を吐き出した。

 それから小さく笑みを浮かべ、俺の頭を撫でた。


「ん、寝ながら泣いていたので、心配になって」


 言われて見てみると、エルの膝は涙で濡れていた。


「ああ、悪い。

少し……嫌な夢を見て」


 不思議な夢だ。 俺以外の俺が、戦う夢。

 そういえば、以前にも何度か見たような……。

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