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岩の巨人討伐②

 結局、五日もの時間をかけて、巨人へと追いついた。

 魔法都市ソウラレイから、そう遠くもない草原。 思い切り駆け寄った俺には気がつく様子もない。

 まるですぐそこに餌が吊るされているかのように、巨人は何物にも意に介さないように歩いていた。


 事実、すぐそこなのだろう。 もうすぐ、エルに会える。

 そんな期待を胸にして、豆粒に見えるほど遠くのシノを見る。


「行くぞ」


 目標は、片足の破壊。

 俺が扱う獲物は、俺の足ほどの刃渡りのある、荒削りな刃を持った大剣。 素材は重く硬い希少金属を多く使われていて、下手な人間では持ち上げることさえも難しいような代物だ。

 俺にとっても非常に重く、振り回すには筋の断裂を覚悟しなければならないような金属の塊だが、エルの治癒魔法がある限りは断裂したところで決定的な傷にはなり得ない。

 大剣の銘は荒鋼。 重さで破壊することを主においた、対巨人にはうってつけの剣である。


 その大剣を冗談に構えて、巨人へと跳躍する。


 狙うは足首。 こんな重りを持ってシールドを足場に跳ね飛び続けるのは不可能ために、蹴られる危険を冒してでも下の足首を狙わなければならない。


 ーー高みへと朽ちゆく刃。


 大剣が岩の巨人の足を割り砕く音と共に、俺の腕が壊れる音がする。 筋断裂で済むと思ったが、これは骨がいったか。

 大剣に込めていた力を抜いて、脚だけで飛び跳ねる。


 踏み潰されたところで壊れはしないだろう。 それならばそこらに投げ捨てて、攻撃するときだけ拾うのが都合がいい。


 巨人が俺の存在に気がつき、睨みや殺意もなくただ俺を見つめる。

 明確な敗北を俺に与えた魔物。 それは魔物の「本質」に限りなく近く、魔物らしい目を俺に向けていた。


 だから俺も見返す。 紅い魔物の目を、巨人へと向ける。


 目的の他は必要としない瞳。 敵意も害意も殺意もない、必要なことを行うだけの存在。

 巨人は絵本を奪うため、俺はエルを守るため。 それ以外には恨みごとも、嫌悪も存在しない。

 だから。


「殺す」


 冷静に、一切の無駄をなくして殺しにいける。


 その言葉を合図に、巨人の手が振り下ろされる。 腕は今は使い物にならないが、エルの治癒魔法が徐々に傷を癒していく。

 次の高みへと朽ちゆく刃を撃てるようになるまでは30分、完治までは40分といったところか。


 それまでの間に避け続ける。 容易もすぎる。 俺はこいつよりも、早くて速い。

 ひたすら振り下ろされる拳の雨あられ、その直撃を食らったら勿論、余波でも大きな怪我となるが、何の油断もなくそれを食らうほど弱くない。


 振り下ろされた拳を避けて、傷が治ったところで大剣を拾う。 躱して、躱して、突っ込んで躱して、そして剣を振り下ろす。


 二度目の破壊で片足首の三分の一ほどを破壊し終える。 グラリと巨人はふらついて、倒れ込もうとしたが地面に手を着いてそれを阻止。


 大きく息を吸い込み、多くの瘴気を身体に取り入れる。


 他の意識が流入して、俺の身体を動かそうとするが、それを認めず、ただ力を手に入れるのみのために使う。

 全力だ。 腕が壊れる痛みを思い出して、一瞬だけ身体が止まろうとするが、無理矢理に大剣を振り切った。


 ーー高みへと朽ちゆく刃。


 筋が引き千切れる音を聞きながら、振り下ろした。


 岩が砕け散る音を聞きながら、大剣を手放して四式を扱って後ろに下がる。

 巨人の大きな身体が傾き、倒れる。


 足を一本破壊したんだ。 もうこれでエルを追うことは出来ない。

 無理をした反動に腕がまた折れているために追撃も不可能だ。

 勝利と呼ぶには片手落ちだが、これ以上の戦闘を巨人の手が届く位置から行う必要も薄い。一旦シノのところまで戻って……。


 後ろで、何かが砕ける音がした。

 俺が先まで砕いていたもののような……。 岩のような何かが。


 岩の巨人の腕が、その岩の胸を貫いていた。


 自殺、自死。 そんな言葉が頭に浮かぶ。

 巨人が死を選んだのと共に、俺の頭から「死ね」という命令が消える。


 砕けた、巨人が自身で砕いた魔石から、それを構成していた瘴気と魔力が空間を包み込む。


 何故、死んだ。 そして何故瘴気が霧散したんだ。 魔物が死んでも、魔石を砕いてもそんなことにはならないはずなのに。


「自殺……ではなく、あのホブゴブリンがやった瘴気を解放する魔法か?」


 今まであの巨人が魔法を使う素振りなんて見せていなかったが、あり得ないことではない。

 だが、何のためにだ? 何の意味があって、身を削ってまで……。 瘴気が失われることを恐れたのか?


 瘴気から魔物は生まれる。 つまり、瘴気さえ無事であれば、死んでいないのと、変わりはない……。


 そう考えていると、霧散していた瘴気が指向性を持って巨人のいた場所へと集まる。


「嘘…….だろ」


 紅く黒い血にも似た気体は、寄り集まり、散々見続けた姿を形作る。 いや、それよりも……大きい。

 辺り一帯の瘴気を全て喰らい尽くしたのか、霧散した時よりもはるかに多い量の紅黒色の気体。 それが成り代わっていくかのように、中心から、伸び広がるように岩の肉が形成されていく。


 新たに形作られた巨人の足が、俺が切り落とした足を踏み砕いた。


 再生、回復、治癒。 否、巨人は再誕した。


 俺が戦った時よりも一回り以上大きな巨体となり、足は砕かれないようにか鉄じみた具足を履いたような姿になって。


 ああ、これは、強すぎる。


 逃げる訳にもいかないが、シノを巻き込むわけにもいかないので、手で合図を出して逃げるように伝える。


 それを見届けるよりも前に、俺を覆うように影が生まれた。


「クソっ!」


 悪態を吐いてから、より後ろへと飛び跳ねる。

 瘴気をより多く取り入れて再誕したから巨人が強くなったのか、あるいは瘴気が減ったせいで俺が弱くなったのか、おそらくその両方の影響によりーーーー速い。


 今までの緩慢な動きではなく、人間のような攻撃時に速くなる動き。

 今になって、やっと気がつく。 前の巨人は攻撃方法を知らなかったのだ。


 踏み潰せば相手は死ぬ。 踏み潰さなくとも死ぬ。 手を押し当てれば死ぬ。 当たらなくとも死ぬ。

 あれは「戦闘」ではなかった。 巨人は戦闘を知らなかった。

 そして生まれ変わり、知った。 殴り方を、蹴り方を、戦闘を知り、それを俺に向けている。


 巨人はその手を軸に身体を動かす。


 ーー水面蹴り!


 巨人はその巨体に見合わぬ動きを行って、地面に足を擦らせる程に低く身体を動かし、俺を狙う。

 後ろに下がる。 無理だ。 横に跳ぶ。 無理だ。


 上。 跳躍して、途中で中空にシールドを張り、再び跳躍。

 下から猛烈な風が吹き荒むのを感じて一瞬だけ安堵する。 回避は出来た。


 巨人は体勢を立て直してから、動きが止まる。

 何故この場面で、動きを止める。 何故だ。 今までのように連続して動けない?

 いや、違う。 これは……


「思考、している」


 半ば確信じみた、予想。

 それを裏付けるかのように巨人は手を地面につけて、握りこむ。

 そのまま手を振り被り……地面を、投げた。


 巨人の手から放たれる土砂。 それは巨人の手とは比べられない程に低い威力しかないだろうが、その広範囲に投げられた土砂に当たれば、無傷とはいかないだろう。


 間違いなく、知恵がついている。


「シールド!」


 前面に出来る限り硬く大きなシールドを張り、それに、エルから流れてくる治癒魔法の魔力を無理矢理動かして突っ込む。


「大盾」


 エルの魔力を使って強化をしたシールドで土砂を防ぎきる。 俺は今、一人で戦っているわけではない。

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