岩の巨人討伐①
魔王を倒す青年の英雄譚があった。
単純な物語だ。 魔王を倒すための一族に生まれ、一族から追放されて、少女と出会い、愛し合い、共に進む物語。
昔からある冒険譚で、珍しいのは青年や神の視点ではなく、横にくっついている少女の見ている視点で描かれていることだった。
ゆえに、なのか、英雄譚や冒険譚にしては珍しく、少年よりも少女に人気がある不思議な話だ。 それこそ主人公の青年は強く美しく勇ましく、それを見ている少女は普通の弱い少女で、特別な何かには見えない。
私もこんな風に、と、誰でも思えるような物語だったために、恋愛物の演劇にもされていたり。
その中でも特に人気な一幕、少女の祈り。 主人公の青年が、少女を守るために足止めをする場面であり、喧嘩をしていた二人が仲直りをするシーンになる。
◆◆◆◆◆
少女の言っていたいい物……とは、乗り物だった。 だが、その乗り物に使われている動力が、魔力だった。
夏の気温に加えて、馬車ならぬ魔動車の中はとにかく暑い。 隣でバテテいる少女も全身から汗を吹き出していた。
「すごいッスよね。 これ」
少女は勇者の物に近い黒髪を汗で濡らしながら、動力部を指差した。
この車内が極端に暑い理由はそこにあった。
水と火の魔道具。 よく見るものと似ていて、俺の使っているものよりも一回り以上大きく、そして魔道具にしては、歪ではなく綺麗な形をしていた。
「蒸気機関、っていうらしいッスよ。
仕組みは……まぁ見たらだいたいは分かるッスよね」
水を生み出し、火で熱して蒸気に変える。 その蒸気で車輪を回す。
単純な機構を幾つも取り付けていて、蒸気は外に逃がすようにされているが、それでも充分に暑い。 暑すぎて死にそうだ。
「すごいとは思うが、欠陥が酷い。 というか、これって止まれるのか?
どんどん加速していっているが」
「魔力の供給を止めたらいつか……ッス」
いつかっていつだよ。 瞬く間に前から後ろへと過ぎ去っていき、時々魔物にでもぶつかったのか、大きく揺れる。
「ぬぁーでも暑いッス。 しかもこれ、真っ直ぐしか走れないんスよね」
「ゴミじゃねえか」
だが、今だけは役に立つ。 岩の巨人の通った跡に人がいるわけもなく、ひたすらに加速出来る。
暑いのが一番の問題だが、治癒魔法がある限りは死にはしないだろう。
「うあー、暑い。 ちょっと脱ぐッスけど、あんまりこっち見ないでッスよ」
「わざわざ見ない。 必要ないだろ」
「その反応はその反応で傷つくッスよ。 暑い」
スルスルと濡れた衣擦れの音が聞こえる。 おそらく暑そうな黒装束を脱いで薄着になっているのだろう。
「うわー、びっしょびしょっスね。
気持ち悪い……」
この車の速さは俺より少しだけ遅いぐらいか。 馬車に比べてもとんでもなく速いうえに、維持費が少なそうだ。
真っ直ぐ以外に走れて、止まれたら暑いと濡れるのを除いても使えるそうだな。
濡れてるエルを見たいな……。 浄化があるので不可能だが。
この調子だと、延々と走らせて三日ぐらいか。 交代で魔力を込めたらなんとかなるな。
「これ、三日間走らせ続けれるか?」
「ん、単純な作りッスから結構丈夫ではあるッスけど、三日は……先にぶっ壊れると思うッス」
「なら、そこから走ればいいか」
「壊す気満々……私のッスのに。 あと、ご飯食べ過ぎっすよ」
「血が足りないから、増やさないと」
「なんて脳筋な……。あながち間違いでもないッスけど。
って、こっちあんまり見ないでッスよ!」
薄い肌着を蒸気と汗で濡らしていて、ぺたりと肌にくっつけている。 年頃の少女らしい身体付きが分かり、少女は顔を赤らめる。
「別に興味ないから気にするな。 俺はエルみたいなのじゃないと」
「エルって、あの一緒にいた女の子ッスよね? 子供の」
「そうだが……なんでお前が知っているんだ」
「えっ、そりゃこの前に会ったじゃないッスか? もしかして、忘れてたッス?」
「……ああ、あの時の黒装束か。 久しぶりだな」
忘れてやがったッス。 と少女が俺を睨む。
そうは言われても、少し戦って話した程度の人間をいちいち覚えていないだろう。 普通の人は。
「それで、あの女の子みたいなのじゃないとって……ヤバいッスね。 あんな一桁ぐらいの女の子に欲情……」
「好きなもんは仕方ないだろ」
「まぁいいッスけど。
それで、一旦通り道にある街に寄りたいッスけど。 食料とか買いに」
「巨人の通り道だと思うが……残っているのか?」
「んー、残ってると思うッスよ。 一部潰されたところでって、感じッスよ」
確かに、赤竜に燃やされた街も、一部を除けば何事もなかったかのように過ごしていた。
それに、巨人は通るだけだし、そもそも直線上に移動しているとも限らない。 今のところ、巨人の足跡はまっすぐに進んでいるが、エルやロトが下手にそういう道を選択するとは思えない。
「武器も、いるな。 出来る限り強い武器が必要だ。
壊れないような硬い」
前のどうしようもない敗北は、武器の脆さにある。 人間ではないが人型ではあるので、攻撃方法はどうしても魔法か武器となり、魔法はまともに扱えないので、武器に限定される。
最悪、鉄塊のような棍棒でも持っていたら、脚の一本ほど破壊することぐらいは出来ていただろう。
「希少金属製の武器ッスか?
あれって高いッスよ?」
「最悪、盗む」
「わーお……。 私、共犯になりたくないので逃げていいッスか?」
「まぁ、出来る限りしない」
「お金ないんスよね。
これ、お前が死んだら……でもこのまま放棄しても丸損ッスし……。 立て替えるッスよ。
その代わり、あの巨人の魔石は私に寄越せッスよ」
「ああ、分かった」
一応、これで武器には困らない。 あとは血だ。血が必要だ。
少女の食料で腹は膨れたが、パンやら何やらが多く、血肉になるものはそれほど多くはなかった。 それも寄った街で買ったのを食うしかないか。
「ああ、遅れたッスけど、私の名前はシノ=レクルカルレッス。
巨人と戦うときは遠巻きで見守ってるか逃げるかしておくんで、もし私が無理だと思って逃げたあと勝ったら、家の方? にも私の名前と、お金を渡すように言ってッスよ」
「分かった」
「お前の名前は?」
「アキレア……が本名だが。 一応、もう一つ名前がある。 ルト=エンブルク。 こちらの方が、通じやすいだろう」
「あー、あの家の。
分かったッス。 たかりに行くんで、よろッスよ」
シノの言葉に頷く。
その後、熱さを我慢しながら街の壁に突っ込んで車を止める。 発車のときは、多少俺の体力も回復してきたので、俺の手で動かせばいいだろう。
街の中でシノが食料を買い込んでいる間に、武器屋に行って、良いものがないかを物色する。
良さそうな大剣を見つけたが、シノからもらった金銭では足りない。 脅迫をするか? いや、シノからの協力がなくなると困る。
仕方なく諦めて、一段階安い、希少金属製の大剣を購入する。
銘入りの武器なので、そこそこ業物なのかもしれない。 まるで岩から削り出したかのようなゴツゴツとした刃だが、切れ味は悪くなさそうで、その上重く、硬いらしい。
普段なら使えないような重さだが、あの巨人相手には丁度いい具合だろう。
使いすぎだとシノに怒られたが、とりあえず形だけ謝っておいた。
早く、追いつかないと。




