告白
道に迷った。 端的に、現状を言い表せばそんな大したことのない言葉だけれど。 実質ははるかに酷い。
魔王の影響かは確定していないが魔物が異様に出てくる上に、妙に強い奴が多いかもしれない。
ホブゴブリンとオークはそうそう見ないらしいのに、もう見てしまった。
雨夜のうんちくを頼りにしようとそちらを見るが、怒られるとでも思っているのか怯えていて話をするのが難しそうだ。
空を見上げると、高い木が邪魔になっていて日を見ることさえ出来ない。
とりあえず、日を見てだいたいの時間を知ろうと木に登る。
太陽はだいたい真上にいて、まだ日が暮れるまでは猶予がある。
そのまま横を見てみるが、一面が木で元の草原は見えはしない。 足早すぎだろ、俺。
仕方なく木から飛び降りて、雨夜に帰り道が不明なことを伝えるが、雨夜はパニックになっているのか一人でブツブツと言っていて言葉が入ったかが分からない。
「……え、と。 遭難したときは、動かないように、は日本だから。 魔物、対処……方角、グッズ、食料、駄目です。
これは、これは……どうしたら、魔王、勇者、能力」
しばらくは立ち直れなさそうなので、シールドを展開してもっと上空から見つけることにするが、残りの魔力ではそう高くまでは行けない。
地上に戻る時にもシールドを張りたいので、その分を含めると、十回の半分の五回分ほどだろう。
その五回も、脆いシールドが割れないように乗る必要があるので勢いよく出来る訳ではない。
木の上からシールドを張り、そのシールドにゆっくり登る。 多少見渡せる距離が伸びたが、道が分かる程ではない。 先程の土の壁、今見れば崖であることが分かるぐらいしか変わった風景はなく、ほとんど緑一色だ。
四つのシールドを張り、木に飛び移り地上に戻る。
結局、無駄に魔力を使っただけだ。 残りの魔力はシールド一回分しかない。 休憩を挟めば残りの兎を食ったりするだけの魔力は戻るだろう。
まだブツブツ言っている雨夜を連れて崖の方に向かう。
四方が危険な森の中よりかはまだ壁を背に出来る分だけ休めるだろう。
少し歩けば崖まで到着したが、雨夜がそろそろ体力の限界らしい。 休むことを伝えると、フラフラと壁を背にして座り込み、脚を抱え込んだ。
「大丈夫か?」
「はい……。 怪我も、何も、してません」
聞いたつもりの事とは違うことが返される。 聞き返そうかと思ったが、大丈夫ではないのは明確で、これ以上聞くまでもないか。
俺も横に座り休憩するが、周りを警戒はしているためにそれほど休めるようには思えない。
雨夜は曲げた膝に顔を埋めながら、消え入るような声で呟いた。
「なんで、こんなことに」
俺に聞こえないように呟いたのだろう。
雨夜の呟きに何かを言おうと思ったが、何も言えずに一言だけ。
「悪い」
少しだけ雨夜は顔をあげて俺の顔色を伺った。
表情を取り繕うのは苦手でいつも表情が薄い、その上言葉数も足りないせいで、雨夜にはこちらの気は伝わらないだろう。
「違い、ます。 遭難のことでは……なくて」
雨夜は振り絞るように、俺に伝わるようにと言葉を選ぶ。
「僕は、僕が、嫌いです」
泣きそうな顔で少女は言う。
「こんなの、全然……僕じゃなくて、僕はっ……」
途中で雨夜の言葉は途切れ、再び顔を埋めた。
何も言う気になれず、言えず、 ただ横に座っていた。 そんな何も言えない自分が情けなく、誰も見ていないと顔を伏せて、右手で酷く痛む左腕を抑える。
「俺も……だ。 俺も俺が嫌いだ」
やっと出てきた言葉は、やはり情けなかった。
そんな自分に浅く笑い。 雨夜も俺の顔を見て、薄く口角をあげて、小さく笑った。
「僕の話、聞いてもらえますか?」
その言葉に頷き、雨夜の声に耳を傾ける。
「僕の実母は、僕が産まれた時に、死んじゃったんです。
本当に小さい頃は、父と父方の祖母に育ててもらったんです。
三歳ぐらいの時、父が再婚して……それから三年ほどに祖母が、その一年後……父が、って順番にいなくなってしまって。
それから十年、義母と二人で暮らしてます。義母は、いい人です。 本当のお母さんみたいに、本当のお母さんって知らないんですけどね?」
少し冗談を言ってはにかむように笑うが、人が死ぬばかりの話で笑い返してやる気にもならず、ただ頷き返す。
「いい人、なんです。 優しくて、僕が泣きそうになったときは、抱きしめてくれて。
僕が不貞腐れていると、怒ってくれて。
僕が怠けていたら、一緒に頑張ってくれて」
雨夜は顔を歪ませて、顔を伏せる。
「雨夜……大丈夫か?」
「雨夜は、苗字で、名前じゃないんです。 この国とは、逆なんです」
今まで家名で呼んでいたのかと、思う。
「名前の方は、樹です」
雨夜……樹のズボンの顔を伏せているところに黒い跡が出来ていて、泣いていると分かればどうしたらいいのか分からずに何も言えずに黙り続ける。
少女は膝に顔を埋めたまま話し続ける。
「でも、義母は、お母さんは。
僕のことを樹って、呼ぶん……です。
僕のことを、樹って呼んで、頭を撫でて、抱きしめて、愛してるって囁いて、馬鹿って叱って、一緒に笑って、僕のことを樹って、呼ぶんですよ」
少女の声は少しずつ大きくなり、自分に当たるように少女は頭を掻き毟る。
「誰ですか、樹って。 なんでお母さんは、僕を樹って、樹って、樹イツキイツキイツキイツキイツキイツキイツキイツキイツキイツキイツキイツキ……って。
僕は、雨夜樹じゃないのに」
少女の言葉は尻すぼみに小さくなり、最後にはいつもの小さく消えそうな声で呟いた。 風が吹いて少女の声が聞こえなくなりそうで、そのまま少女が消えてしまいそうなほど少女の声は小さくなっていく。わ
「お母さんの、死んだ、息子とか、僕は……知りませんよ。
僕は樹じゃないのに、そんな人、知りもしないのに。 ずっと、お母さんにそう呼ばれて」
涙を流して少女は膝に顔を埋める。
「僕は、雨夜樹じゃない」
それだけ言って、少女は言葉を話すことを止めて泣き始めた。
結局、何も口を出すことも出来ずにただ聞いただけだ。
少女を慰めてやろうにも、魔法だけをずっとやり続けていた俺に少女の慰め方も分かりはしない。
頭を撫でようと手を伸ばすが、振り払われると思って手を戻す。
数分してから、名前も分からない少女が、小さな声で言う。
「変な、話をして……ごめん、なさい」
何も出来ない。 無能の落ちこぼれだ。




