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逃げはしない。 そう決めたから③

 乱雑に降り注ぐだけの魔法だったが、何せ数が多く、見える範囲一面に広がっている。


 何か狙いを付けるまでもなく、ひたすら落ちて敵を傷つけるだけの魔法はこの場においては最優の選択だっただろう。

 辺り一面に血が流れ出て、敵ながら陰惨な光景に樹が表情を歪めて目を閉じる。


「すげ……。 てか、新キャラか」


「弟だ。 疲れが取れたら、寄ってくる、魔物を狩るのを手伝え」


 多くの魔物を傷つけ、殺したとは言えすべての魔物を処理出来るはずもなく、運良くか、それとも強さ故にか生き残った魔物が屍を踏み付けにじりながら飛びかかる。


 槍を繰りながら、もう片方の手で樹を庇うように自らの身体に引き寄せ押し付けるように抱く。


「大丈夫か。 いや、大丈夫じゃないか。 無理させて悪いな」


 血が吹き出ている周りとは反対に樹の顔からは血の気が失せて、今にも倒れ込みそうになっている。


「ロト! リアナ! ちょっとこっちの対処をしてくれ!」


 こんな状態の樹を庇いながらだと、移動することも武器を振るうこともままならない。 第二射目を使うために魔法の構築をしているレイまで手が回らない。


「大丈夫、です」


 樹が弱々しく手を俺に当てて、離れるように動く。


「樹!」


 樹が手から魔力を放出する。 それは性質を保つこともなく、大半が空気中に霧散する。


「大丈夫、です。 もう、これで怖くはないです」


 樹が手から放出された魔力の霧散せずに残った分を手で押し付けるように自身の頭に押し当てる。

 小さく息を吐き出し、血の気の戻った顔で俺に笑みを浮かべる。


「お待たせしました。 合体必殺技、やっちゃいましょう」


 樹が離れたことで動くことが可能になり、高みへと朽ちゆく刃その四式を使いほとんど瞬間移動のような速度で移動しながら敵を切り裂く。


「いいが。 大丈夫なのか?

とりあえず囲まれた状態を立て直すために、切り開いてもいいが」


「いえ、ささっと倒してしまいましょう。 街の方達も不安に思っているでしょうから」


 明らかに様子が普通に戻った……このような状態なのに平常時のような精神状態の樹の様子に奇妙さを感じながらも、指示に従うために樹の元に戻る。


「行けますか?」


「ああ、行くぞ。 シールド!」


 疑問を確かめるよりも、今は樹の身の安全が重要だ。

 そうしている間にレイの魔法が完成し、二度目の石槍の雨が降り注ぐ。


 俺が生み出したシールドを、手に持った木剣で叩き割る。


 ーー高みへと朽ちゆく刃【三式】。


 叩き割られ、その勢いで破片が全面へと飛散する。 その飛散したシールドの破片に、樹の魔力が込められて巨大化する。

 その巨大化した破片も全てが敵へと向かったわけではなく、俺の近くで落ちていこうとしている物も存在する。

 そしてそれを、同じように叩き割る。 それに魔力が込められて、巨大化して魔物の群れへと襲いかかる。


 連打だ!


 目にも止まらぬ、自身ですら振った回数を理解することも、振った軌跡を見ることも出来ないような連撃。

 それは樹の魔力供給が終わるまで続く。

 振っても振っても空振る感覚になったので、手を止めて息を吐き出す。 それとほとんど同時に、樹が技名を発した。


半壊硝子(シールド)咲槍散華(フラグメント)群生(オーバー)……です」


 レイほどの広域ではないが、前面に放射状に飛び散った槍が一切の逃しもなく範囲内にいる魔物を串刺しにして射殺した。


 広がる惨たらしさに樹は大丈夫かと思い様子を伺うが、一切の怯えを感じさせない。 明らかに……普段の樹とは違う。


「樹。 本当にどうしたんだ」


 魔物の群れはレイの二射と俺と樹の必殺技によって半壊している。 それでも何の怯みもなく襲いかかってきているが、死骸を乗り越えながら駆けるだけでも時間がかかるので、一度に相手をする必要があるのは五匹程度。 絶え間なく現れるのは変わらないが、余裕はある。


 樹の顔を見つめると、強がりではなく本当に平気そうな表情をしていて、おかしいように見える。


「……ルトさんのお部屋で見た本に載っていた。 人心を操る魔法を、使ったんです。 それで、怖くなくなるように」


「闇、魔法。

そんなものを、自分に使ったのか……?」


 手から木剣が落ちて、樹の肩を揺さぶる。


「ん、でも、少しの間しか効果がないので大丈夫ですよ。 副作用とかもないので。

脚を引っ張ることもないです」


「そういう問題じゃ……いや、悪い」


 闇属性に対する忌避感。 人の心を無理矢理作り変えることへの抵抗感。 それもあるが、樹が樹の望むように一時的に作り変えるのは納得するしかないだろう。


「アキ! 何やってんだよ! 早くこっち手伝え!」


「……ああ。 レイ、もう大規模魔法は打ち止めとけ。 細かいので確実に」


「それってなんか二つ名みたいなのつかなさそうなじゃないですか?」


「元から見てる奴がいないだろうが。 後で街に自慢しにでもいけばいいだろ」


 レイに言ってから、木剣を拾って振るう。 残りは少なくなっている魔物が徐々に減っていく。

 思ったより楽に終わりそうだ。


「兄さん。 下から……来ます。 魔物が

いや、魔物……?」


「下から? 下は地面……」


 意識を下に向けると、確かに魔力を感じる。

 魔力があることはよく分かるのに、何故か薄らぼんやりとだけで、どこにあるのかが掴み取れない。


「なんだ、これは?」


 魔力を感知する感覚がおかしくなったかのように、他の魔物の魔力が上手く感じられなくなり、地面丸ごとから薄らと湧き上がる魔力に意識が引きずられる。


「どうしたアキ。 早く片付けてくれよ。 最近寝てねえんだよ」


「……ああ」


 ロトが短剣を振るったり投げたりして魔物を倒し、リアナが剣を振るって魔物を切り裂く、それがやけに非現実のように、茶番のようにすら感じられる。


 妙な感覚、それを無視して魔物を丁寧に攻撃する。

 時間こそかかるが、間違いなく数は減っていて、心配する必要もなくこの戦いは終わるはずだ。 ーー終わるはずだった。


 ーーそれを避けられたのは、ここ二ヶ月の戦い漬けの日々で培った戦いの勘か、あるいは臆病な性格故にか。


 低く、うなるような音が聞こえた瞬間に樹を抱き上げて地面を蹴って吹き飛ぶように跳躍した。


 直後、大地から十本の「指」が生える。 指は無理矢理大地を押し広げるように、強く傲慢に大地の下から地割れを生み出した。


「危ない!」


 地割れ始めたすぐ近くにいた四人の名を樹が呼ぶが、俺はそれを助けるだけの余裕もない。 一瞬で生まれた大地のひび割れから即座に反応し逃れられたのは俺だけで、ロトはリアナとケトを掴みに行ったために逃げ切ることが出来ずに落ちる。


 レイはそもそもどうにか出来るほどの運動能力はない。


 次の瞬間に地割れから大量の土石が発生して、四人を地上に引き戻す。 レイの魔法だろう。


「なんだってんだ……!」


 ロトの言葉を聞いてか、それとも関係なくか、レイがその質問に答えるように言った。


「来ます。 魔物が、化け物が……」


 地割れした地面を無理矢理押し広げるように、地を割った巨大な手が動く。 指の一つでさえ俺の背丈と同じような巨大さ、それは明らかに人の手の形をしているが、生物のような肉の質感はない。


「岩の、巨人」


 ゆっくりと這い上がり全貌が見えてきた魔物の姿を見て、樹が呟いた。

 目測で、30mを超えている、ただひたすらに大きく、荒削りの岩の身体はやけに醜い。


 声もなく、表情もなく、今までに見たどんなものよりも巨大な化け物がその姿を現した。

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