逃げはしない。 そう決めたから②
街に着いてから、すぐに使用人達に馬車と荷物を預けて、大量に買い込んでいた武器を背負う。
「やる気満々ですね。 でも、一つ昼食を摂ってから行った方が」
「そんなことをしていたら、吐くぞ。 動き回るんだからな」
「魔法使いなんで、とりあえず突っ立ってるんで大丈夫ですよ」
「いいからこのまま行くぞ。 樹、回復と作戦は任せた」
「作戦って言われましても、見ないことには……。 とりあえず、ロトさん達と合流出来るまではレイさんは温存で、ルトさんが魔法で空に道を作って、そこを走って中にいるであろうロトさんの元まで向かうということで。
もし、空に魔物がいた場合は僕が防御、レイさんが迎撃、それも間に合わないようだったらルトさんも投擲で魔物を倒しながら空から撤退。
ルトさんが僕を持って、レイさんは全力で魔法を使って一旦街に引き返すということで」
樹が立てた作戦に頷く。
「ロトと合流出来たらどうするんだ?」
「遠慮なく、レイさんが周りに全力で、それから余裕があればルトさんと僕の合体最強超必殺技も使って、一気に殲滅ですね。 それでも無理そうなら、絵本をもらって、ロトさん達を逃がして街で休んでもらいましょう。
その間は僕達が死守して」
「分かりました。 絵本ってなんですか?」
「あっ、絵本は魔物が欲しがってるけど、渡してはいけない重要アイテム? みたいなものです。 魔物がすごく寄ってくるんで、それを狙って群れが出来たみたいですね」
「……それってヤバいんじゃないですか?」
「端的に言うと、ヤバいですね。 世界の命運を分けている可能性も」
急いで魔物の群れのある方向に移動することになった。
遠目からでも分かる、魔物の群れ。 普通ならば考えられないほどの巨大な魔物の軍隊は目と鼻の先にある街には一切の興味を示すことなく、草原の中心へと向いている。
はっきり言って、異常であり、驚異である。
見覚えのある魔物も、ない魔物も一所に集まり、中心へと押し合っている。 予想はしていたが、鳥や虫といった飛行している魔物もいて、空のルートを使うと言えども一筋縄にはいかないことが分かった。
「行きましょう」
樹の身体を抱き上げて、シールドを前に上にと張り巡らせて道を作る。
「行くぞ」
そのシールドを割れない程度の勢いで駆け上る。 その後ろからレイも追従するが、レイからすると登りにくいのか微妙に遅い。
「レイ、急げ! あと、魔物も来たから仕留めろ!」
「どっちかにしてくださいよ!」
ーー仕方ない、か。
片手に収まる程度の小さなシールドを展開し、それを握り潰して破片を生み出す。 その破片に魔力を込めて、大きなものへと変質させる。
「シールド・フラグメント」
ノロノロと動くレイに襲いかかっている魔物に投げつけて落とす。
魔力の無駄遣いとも思うが、もし攻撃を受けて落下してしまえば間違いなく死ぬ。
レイはただでさえ戦闘に慣れていないのだから、攻撃を受けてすぐに体制を立て直して空中での一瞬で魔法を展開して落下を回避、なんてことは出来ないだろう。
何度かシールド・フラグメントを使ってレイに寄っている魔物を刺し殺して、レイがシールドを渡るのを手伝う。
「ルトさん! 上から、竜が来ます!」
反射的に上に向くと、今までに見たことがない竜が空中で旋回し、こちらを見つめていた。
赤竜ほど大きくはなく、痩せぎすであまり魔力も強くはないが、先ほどの魔物のようにシールド・フラグメント程度では対処しきれないだろう。
「レイ!」
後ろに叫ぶと、レイの魔力が荒ぶりながら形を変えて、性質を変化させ、魔法を形成していく。
「分かってます!
墜ちろ! 神の槍『レプリ・ラス・キークラ』!」
無駄に大仰で、大袈裟な叫び声と共に、空の上にいる俺たちよりも上にいる竜、それよりも上空に、レイの魔法が完成する。
巨大な岩の槍。 槍というよりも、巨大な塔が逆さに落ちているかのようにすら見える。
その魔法が重力に引かれるように、竜に向かって落ちる。
やすやすと竜をその重量で押しつぶし、地にいる魔物も同時に潰していく。
「すごい……」
と、樹が呟いた。 嫉妬から、俺も降りて魔物を倒しまくり、樹に褒められたい衝動に駆られるが、おそらくそれをしたら怒られるので控える。
「明らかにやりすぎだ!」
決して八つ当たりではない言葉をレイに言ってから、少し進んで魔物達の中心を見ると、真中に穴が開くようにして、ポツリと三人の人間の姿が見える。
顔までは把握出来ないが、おそらくはロト達だろう。
魔石割り人形くんの効果のおかげで魔物は警戒しているようだが、それでもだいぶ近くにまで寄っている。
「あれより弱い魔法だと、一撃じゃあ無理なんですよ!
あれなら外しても魔物を倒せますから、あれ以外の選択肢はないです!」
レイの反論を聞き流しながら、シールド・フラグメントで細かな魔物を駆除していく。
「あれ、五分の一ぐらい魔力使ってんだろ。 飛ばしすぎだ。 いや……手っ取り早くロトと合流するには必要か?」
まぁなんでもいいか。 だいたいのロトの居場所が分かったので、レイの元に戻って首根っこを掴む。
「レイ、今からあっちに送るから、上手く着地しろ」
「えっ、兄さんって空間魔法使えましたっけ?」
「いや、ぶん投げるだけだ。 多分届く」
「えっ、いや、え? 冗談ですよね?」
「あっちにいるロト、男には俺の弟だって言えば、敵対はしないはずだ。 すぐに向かうから口を閉じて、気合いを入れろ」
重いものを投げるために、小さく息を吸って身体を前後に広げる。
そしてそのまま、グダグダと何かを言っているレイをぶん投げる。
「あああ!! 弟さんが……!
とりあえずまじない術! 弟さんの着地成功成功成功成功!!」
樹が必死にまじない術をしているところをしっかりと掴み、シールドが割れる勢いで蹴る、蹴る、蹴る、と繰り返して中心のロトがいる場所にまで跳躍する。
しっかりと視認できるところまで来たところで、リアナが魔物と打ち合っているようなので、そこに槍を投げ込み援護する。
その後遅れて地面に着地する。
「待たせたな」
「いや、待ってねえけど」
ヘラヘラとロトが笑ったが、明らかに憔悴しきっているのが分かる。 背中に押し込んでいた槍を振り回して魔物を追い払いながら、地面に突き刺さっているレイを引き抜く。
「ぷはっ。 死ぬかと思った。
咄嗟に地面を柔らかくするという天才的閃きをしなければ死ぬところでしたね。 死ぬところでしたね!」
「死んでないだろ。 とりあえず、出来る限り広範囲で潰してくれ。 寄ってきた奴は潰してやる」
よくこんな群れの中で、生き残れたな。 そう思ってロトの方を見ると、地面に転がっているものを指差す。
「ちょっと前に壊れてな。
なんとか戦いながら、魔石を踏み割ったりして威嚇して耐えていた。 マジ死ぬかと思ったぜ」
「それに頼り切るのも無理なのか。 無理をさせて悪いな。
こいつらは、任せておけ」
おれが右手に槍を持って振り回し、左手でナイフを投擲する。
守るべき奴が多すぎるせいで長いことは保たないだろうが、均衡が崩壊するよりも前にレイの魔法が完成する。
魔物が迫っているのに目を逸らさず、恐怖の一切を感じさせない大仰な態度。
「墜ちろ! 戦場の雨!『ルコピ・ワイエ・キークラ』!」
まさに英雄然とした態度と共に、完成された魔法がはるか上空から降り注ぐ。
石の矢、あるいは岩の投槍。 そのような性質で、半端な大きさをした魔法が魔物の群れに降り注ぐ。




