逃げはしない。 そう決めたから①
「兄さん! 逃さないでください! ご飯!」
魔物は不味いから食べたくないんだが。 そうとも言っていられないのが現状である。
再び旅立ってから半日……食料がなくなった。
まるまる一つの荷馬車を食料用に使っていたはずだが、昼食を食べようと思い馬車を止めてもらい、荷馬車の中を覗くと食料の代わりに弟がいた。
左に持った槍を引き絞るように後ろへと引いて、弓矢のように投げつける。
不利を悟ったのか、全速力で逃げ出した駆竜の脚に槍が突き刺さり動きを封じる。
そこに土で構成された、丈夫とは言えないような魔法の槍が幾つも降り注ぎ、駆竜にトドメを刺す。
一匹での出没だったが、その身体は大きく、食いたくはないが食ったとしたら五十人分ぐらいにはなるだろう。
「じゃあ、ちょっと遅めだけど、あれを昼食にしましょうか。
頼みました」
家にいた使用人と、それ以外にも旅用にとレイが雇った数人が動き始める。
レイとの旅は一長一短がはっきりとしている。
長所の一つは気兼ねなく家の金や人が使えること。 次に単純にレイの戦闘能力が高く、魔法に特化している。 同じく魔法を得意としている樹は攻撃魔法が極端に不得手で援護や回復に向いているので、役割が重なることもなく充分に使える。
短所は食料問題である。 それの一点に尽きるが、大きな問題だ。
町から町への距離はそう遠いものではないので、最悪でも丸二日程度我慢すればいいのだが……まぁそうやすやすと我慢したらいい問題ではない。
ただでさえも、旅の最中は品目が少なく、パサついた保存の利く物を食べていて栄養が取りきれていないのに、それがより強くなる。
元々痩せている樹なんて、そんな生活をさせていたらすぐに身体を壊すだろう。
後でぶん殴ってやろうとレイを睨みながら、駆竜の解体を手伝いにいく。
今から走って一人で次の街に行って、樹のために食料を買って戻ってきて……としたいところだが、瘴気のことを考えると一人での行動は避けたい。
前に少女から逃げ出したときはなんとか立ち直ることが出来たが、次も上手くいくとは限らない。
高みへと朽ちゆく刃で駆竜の身体を切り刻み、運びやすい大きさに変える。 どうやら調理の仕方次第では多少魔力を抜くことが出来るらしいが、元々所持魔力の多い駆竜のことだ。 味や食感には期待しないでおこう。
血塗れの槍を持って、樹に浄化してもらうために馬車の中に戻る。
馬車の中で毛布にくるまって「くーくー」と可愛らしい寝息を立てている樹を見て、頬が緩む。
起こすのも悪いかと思ったが、昼食も食べなければならないので、声をかけて起こす。 出来たら撫でまわして起こしたかったが、手は血に塗れているので、触るのは控えておく。
「ん、おはようございます?……あっ、いえ、お昼?ですか?」
「ああ、昼だな。
ちょっとした問題があって、食料がなくなったから……今魔物を狩って調理してる」
「魔物……まぁ仕方ないですね。 それで、何の問題があったんですか?
人が怪我したとかは……」
「ああ、そういうのではなくて……レイの奴が忍び込んで全部食ってやがった。 まぁ、荷馬車の中の食料だけだから、俺が持ってきてるのは無事だから、樹はそれを食えばいい。 魔物は不味いからな」
「いや、いいですよ僕は。
アキさんが食べて、余裕があるようだったら一緒にきてくださった方にあげてください」
樹のために買っておいた物なんだが……。 従いたくはないが、樹が意思を曲げることはなさそうなので食べさせるのは諦める。 魔物を食べるときに食が進んでいない奴がいたらそいつに渡すことにしよう。
樹が浄化を施しながら、馬車から降りる。
数人で焼く作業をしているところに行き、許可を得てから浄化をして腹を壊さないようにする。
レイが笑顔で生肉をつまみ食いしていたので、樹に隠れて一発殴っておく。
「お前はもう食うな。
今回は都合良くデカイのが見つかったからどうにかなったが、最悪全員餓死だぞ」
「兄さんが食料持ってるし大丈夫かなって思いまして」
「あれはエル用のちょっといいやつだからな。
お前のせいで他の奴に渡すことになった。 分かっていると思うが、苛立っている。 もう勝手に食料に手を付けるな、分かったな」
レイは軽く唸りながら、考え込むような表情になる。
「でも、お腹空きますし」
「魔物でも狩って食ってろよ。 不味いが、腹を膨らませるぐらいは出来るだろ」
クズだな。 と思うが、こんなのでも一応は弟なので、これからの行動を変えることで手を打ってやる。
雇った奴や使用人にはちゃんとした食事を提供することが出来なかったので、後で余分に金を払うことにはなりそうだが、それはレイ任せでいいか。
「分かりました。 食べるために働きますよ」
「手間になるから食わないでくれた方がありがたいんだが」
レイは首を横に振って否定する。
まぁ、こいつが食欲を我慢出来るとは思えないので諦めよう。 魔物を見つけて狩ってこいつに食わせれば食料の問題もマシにはなるか。
料理、と呼べるほどのものでもない、魔力を多少抜いて、調味料を付けて焼いただけの魔物の肉。
不味いのも分かりきっているので、あまり食べる気にはなれないが食べなければ保たない。
樹とレイを連れてそちらに向かった。
やたら皿だけ豪華で、ただ焼かれた魔物の肉が置かれたそれを見て溜息を吐き出す。
「懐かしいですね。 昔もルトさんが狩った魔物を食べたりしてました」
「……悪いな。 またこんなことになって」
「いえ、こういうのも、嫌いではないですよ?」
樹は優しいな。 それに比べて横の糞ガキは……。
「あっ、リーベさん。 お久しぶりです。 お世話になります」
樹が、レイが連れてきた使用人に頭を下げる。
「知り合いなのか」
「……ルトさんが、ちっちゃい子供のときからいるメイドさんですよ。 人に興味がないのは知っていますが、長い間お世話になっている方ぐらい覚えておきましょうよ」
「いえいえ、お坊ちゃんは昔からこうなので、気にしていませんよ。
旅の間も、大したことは出来ませんがよろしくお願いします」
樹に呆れられたように睨まれる。
確かに見覚えはあるような気がする。 いや、いたな。 確かずっといた。 多分。
とりあえずそのリーベに樹用に買っていた食料を渡して、皆に配るように頼む。
それから昼食中、横で樹に旅に同行している人の名前を教え込まれる。
少し樹が怒り気味なのが怖い。
昼食を食べ終えて片付けを終えると、また馬車を出発させる。
それからは俺が樹を背負って走り、魔物仕留めてからレイに渡して食わせたりして食料を維持しながら旅を続ける。
非常に面倒くさいが、樹には「弟想いの兄」といい評価をもらえて、嫌悪されている部分が少し薄まったのでいいことにする。 旅は順調であり、むしろ順調も過ぎる。 予想を裏切るほど苦戦もなく、レイとの共闘の経験を積むことも出来ずに、二週間と少し。
魔物の群れ、そこの目と鼻の先にある街までやってきた。




