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逃避、その意味、その価値、その結果⑦

 レイとの話し合いはすぐに結論へと至った。

 目的も近しく、行う場所も行動も同じ、そしてよく見知った仲……兄弟であることもあり、共に向かうことになったのは当然の帰結だっただろう。


 レイが明日までには一通り準備するということらしいので、その言葉に頷いてレイの部屋を樹と共に出た。


 部屋から出た瞬間に、部屋のすぐ外に控えていた月城に声をかけられた。


「二人とも、また行くの?」


「そうなるな」


「どうかしましたか? ……昨日のことでしたら、その、悪いのですけど、お断りさせていただきます」


「だから、今日はエルたんじゃなくて、アキくんを説得しようかなって思って」


 樹が少しだけ表情を歪めたのが分かる。 けれど、嫌悪の表情ではなく、世話を焼かれているのが恥ずかしいかのような照れた顔だ。


「ん、ズルいです」


「それが大人の特権だからね。

ちょっとアキくん。 一緒にきて?」


 樹の方を見ると、その話をすること自体には異論はないのか、話をするなとは言わない。

 仕方なく頷いて、月城が背を向けたのでそれに着いていく。


「僕は、本を読んでおきますね。 ……どう決めようとも、嫌な表情は一切しませんから」


 嫌な気分にはなるのか。 ならば考えて答えを出す必要があるな。

 何について尋ねられるのかは分からないけれど。


 幾つか歩いて、一つの部屋に通される。

 樹が嫌がるので中に入ったことはないが、部屋の外から少し見たことはある部屋だった。


「少し散らかってるけど、気にしないでくれると助かるかな」


 大量のクローゼットなどの収納が並べられている部屋。 横の壁には幾つかの見慣れない服が立て掛けられていて、それがこの世界の服ではないことが分かる。

 月城の私室とはいえ、よくここまでしたものだと呆れを孕んだ感想を抱き、嘆息を吐き出す。


「それで、なんのようなんだ?」


 そんな大量のクローゼットで狭くなっている上に、ベッドが二つあって、普通に過ごせる場がより手狭になっている。 おそらくは樹がこちらで寝ることもあるので、そのために用意したのだろう。


「そんな急がなくても。 お茶、淹れてくるね」


 特に急ぐ用事もなく、今日は訓練をしようとしている程度なので別に時間を幾ら使ってもいいのだが、樹が横にいないと落ち着かない。

 腕が一本、あるいは臓器が一つなくなったかのような違和を覚えながら、月城が戻ってくるのを待つ。


 幾つか小さい服があるのは、樹用だろうか? 男物のそこそこ大きなものがあるのはなんでだ?


「お待たせ。 私特製のあまーい紅茶だよ」


「ああ。 ありがとう」


 壁に掛けられていた服から目を離して、樹と似ている黒い髪の毛を見ながら紅茶を受け取る。


「……頭に何か付いてる?」


「いや、同じ黒髪でも、エルのものとは色が少し違うな。 と思ってな」


「そりゃ違うよ。 アキくんもヴァイスさんと同じような髪色だけど、ほんの少しヴァイスさんの方が赤みが強いし。 眼の色も、貴方達三人とも似ているけど、ほんの少しずつ彩度が違うよ」


「そんなものか」


 樹のものよりも色が薄い、ほんの少し茶色にも見える黒髪を月城が弄る。


「まぁ、私のはエルたんほど艶がないし、ボサボサだから余計差が目立つのかも」


「ああ、なるほど」


「納得されたらされたで、ちょち辛いね。

まぁ、子供の髪って細くてサラサラしてるのが多いよね」


「それは知らないが、エルのは細く美しいな」


 俺がそう言うと月城はニヤニヤと表情を崩して笑う。本当にこういった話が好きだな。


「それで、何の用なんだ?」


 本題に入ろうと切り出すと、月城は少しだけ表情をどうすればいいのか迷ったようにしてから、小さく息を吐いてから、口角を上げて笑みを浮かべることもせずに、まっすぐ俺を見つめた。


「もう、旅を止めたら?」


 口調は軽く、表情は真面目に、月城は言った。


「魔王は私達には倒せないよ。

国付きの勇者か……あるいは神付きの勇者かに任せて、もっと地に足を付けた行動をするべきだと思うよ」


 エルたんが怪我をするかもしれないしね。 そう続けられて、反論を封殺しようとする。


「……それが言いたかったのか?」


「うん、

アキくんも、好きな女の子を怪我させたくはないでしょ?

私もエルたんには無理してほしくないし、アキくんが無茶をするのもあんまり許容したくないの。 友達だからね」


「エルは俺が守る」


「でも、怪我をするかもしれない。

それを許容出来るなら、旅に出てもいいと思うけど」


 出来るわけがない。 が、それは違う話だ。


「怪我をするかもしれないのは、ここでもするだろう。

魔物は、間違いなく増えている。 凶暴にもなっている。 日に日に、日増しにそれが大きくなっていて……。

放っておけば、本当に他の奴がどうにかしてくれると思っているのか?」


「そりゃ、すごーい能力をもった勇者がいたら、どうにかなるよ。 そのために呼ばれたんだから」


「俺にはお前やあいつらが幾ら強くなったところで、戦場に出れるようには見えない」


 思い出すのは勇者の村の連中だ。 気はいい奴が多く、俺は警戒されていたものの、親切にもされていた。

 決して悪い奴らではなかったが、だから魔王を倒しにいけるかと言えば話は全く関係なく、せいぜいが村の周りの魔物の対処が限界だろう。


「放っておけば、解決するとは思えない」


 月城の目線が揺れたのを見ながら、自身を人ではないと認めるように言葉を吐き捨てた。


()は、弱い。 俺はそれを知っている」


 月城が小さく息を飲んだ。


「……でも、それならアキくんも!」


「俺は人ではないからな。 自分のことだ、なんとなく分かる。 俺は父親よりも、人からは遠い」


 それが俺の答えだった。 月城は説得は無理だと理解したのか、ため息を吐き出して遠くを見るようにしながら椅子の背もたれに体重を預けた。


「エルにも言ったのだろう。 なんて返された?」


「……「アキさんが、一人でも動けるような世界にしないと」だって。

人は弱いよ。 一番弱い魔物にだって、勝てない人はいっぱいいて、このまま放っておけば、誰かが救ってくれるなんて……私も思ってないよ。

でも、救うための犠牲に、貴方達にはなってほしくない。 大事だから」


 ほとんど関わりもないだろう。 けれど月城の言葉は、目は疑う余地を奪うように俺を真っ直ぐに見ている。


「月城は、逃げたことがあるか?」


「逃げたこと?」


 俺の突然の問いに、月城は不思議そうに聞き返した。


「逃げたことがあるか。 逃げたあとの結果を知っているか、逃げた意味は、逃げることの価値は。

逃避したときに、何が起こるかを知っているか」


 俺は知っている。


「人は死ぬ。 だから、今は逃げ出すわけにはいかないだろう」


「意志が変わることはない、か。

ごめんね。 エルたんを脅しに使うような真似をして」


「いや、ありがたい。 心配をかけるようなことをして悪いな」


 軽く謝ったら、月城は微笑んだ。


「なんか、エルたんも子供みたいだけど、アキくんも子供みたいだよね。 頑固で素直で」


「誰が子供だ」


「精神性が。 まぁ私も人のことを言えた義理でもないけど。

魔物の討伐頑張ってね。 私はこれからレイくんを説得してみるよ」


「無理だろ」


「無理だろうね。 まぁ、やるだけするよ」


 逃げ出すわけにはいかない。 なんて、俺はどの口で言ったのか。 あるいは月城に言ったのではなく、俺自身に伝えたかった言葉か。

 月城の部屋を出て、自室に戻る。 早くエルに会いたいので小走りで向かう。 いや、窓から伝っていった方が早いか。

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