魔物、遭難
特技と言うほど優れてはいないが、魔力の探知という技能は比較的優れている自負がある。 魔法大国であるこの国の中で優れている、であるのを考えるとなかなか誇れるものなのかもしれない。
それを使えば隙を突かれることもなく、魔物の卵を探している雨夜の護衛をすることが難しくなく出来る。
飯を食べ終えてから数分後、その魔力の探知が近寄ってきた魔物の影を捉える。
そちらを目で見れば、岩がある。 岩の魔物はスパイダーロック、だったか。
雨夜に聞いていた特徴と合致するそれは、頑強な岩の脚を動かし、木々の根を折りながら動く。
手で雨夜に合図を出し、俺の後ろに下がらせる。
雨夜が背にいることを確認し、剣をしっかりと握り魔物に向かって走る。
走りながら魔物に浅く剣を走らせるが、高い音を鳴らせるだけで斬れる様子はない。
「脚の関節を、狙ってください!」
後ろから聞こえた声に従い、魔物の関節に剣を突き刺す。
想像とは違う柔い感覚、その感覚で確信し、その勢いのまま剣を振り上げて脚を切り落とす。
痛みはないのか、変わらず動くそれを先と同じように何本かの脚を切り落として動きを封じる。
魔石を抜き取れば一瞬で殺せるのだが、その場所が分からない。
魔物の頭と胸の間の関節にまた一閃。 岩の中は普通の虫と同じらしく、大した抵抗もなく切り落とすことが出来た。
「すごい、ですね」
あの質問をしてから雨夜は俺のことをあまり怖がらなくなったように見える。 顔色を伺う癖は残っているが、それも前ほど卑屈な物ではない。
「俺以外に戦ってる奴はまだ見たことがないから、すごいのか分からないな。 そうなのか?」
「実は、僕も見たことがないです。 でもすごいと思います」
なら、すごいかどうか分からないだろう。 そう苦笑して、剣に付いた油を土に突き刺すことで落とす。
褒められ慣れていないせいで上手く言葉が思いつかなく「そうでもない」なんて言って誤魔化した。
雨夜は、何かの痕跡を見つけたのか俺の後ろに付きながらも道を指し示して行き先を決める。
先頭にいるのに着いていくような奇妙さが、何処と無く心地よい。
一人でいる時のような、ふわふわとした感情と幾らかの感覚で決める道を歩くよりも遥かに歩きやすく、後ろにいる少女がヤケに頼もしい。
そんな中、雨夜が俺に警戒をさせる。
まだ近くにはいないのか魔力の反応こそないが、耳を澄ませると風に紛れて違う音が聞こえる。
魔力が感じられないほど遠いのに、足音は聞こえる。
その事実に、一瞬足が竦む。
「何か……来ます」
魔力の探知より先に、遠くに魔物の姿が見える。 雨夜が背にいることを確信してから見ると、ゴブリンであることが分かる。
一匹ではない、二匹でも三匹でもない。 悠に三十は越えているだろう。 夥しい、数え切れないほどの数のゴブリンが森の奥からやってきた。
「雨夜」
「はい」
雨夜に剣と荷物を押し付け、それを手に持ったのと同時に無理矢理雨夜の腰を掴み肩の上に乗せる。
「逃げる、ぞ!」
男が苦手と言っていたが、この状況では気を使っていられはしない。 小さく悲鳴をあげる雨夜に心の内で謝り、全力で土を蹴り失踪する。
ゴブリンは弱いが、魔法ではなく剣ではどうしても同時に相手出来る数には限界がある。
数匹ならば流れるように魔石を抜き取ることも可能だが、それを越えればこちらが魔石を抜き取っている間に違う奴に攻撃されてしまう。
シールドを駆使して俺の身を守れても雨夜までは庇いきれない。
足も俺の方が早いのだから、当然逃走する。 だが、雨夜は俺の耳元で話す。
「駄目、です」
何が駄目なのかを聞く前に理解する。 先程の集団よりも少ないが、多くのゴブリンがこちらに向かってきている。
「どうなっている!」
悪態を吐くが、挟み撃ちされている現状がどうにかなるわけもなく無駄吠えだ。
前も駄目、後ろも駄目。 ならば右へと走ると、土の壁が行く手を阻んでいた。
「迎え、討ちますか?」
「いや、仕方ない、ゴブリン共を突破する」
短い追いかけっこだったが、少し引き離したので、少しの余裕はある。
「シールド、シールド、シールド」
ゴブリン共の頭上に幾つものシールドを階段のように張り、勢いをつけてそれを駆け上る。
攻撃が届かないほどまでくると、シールドをまっすぐに張り空中の道を生み出してゴブリンの頭上を乗り越える。
「飛び降りる。 しっかり掴んでろ」
緩やかな階段をシールドで張るのも魔力の無駄であると判断し、シールドの上から飛び降りる。
着地時に右手を着いて衝撃を殺し、雨夜を背負い直してからまた走る。
また背にゴブリンがいる状況になるが挟み撃ちや行き止まりでなければどうにでもなるだろう。
土を蹴り、根を飛び越えて森の中を疾走する。 数分も走れば息が切れはじめるがもう充分に引き離した。
雨夜を背から降ろして木の根に寄りかかる。
自身の身体中を浄化しまくっている雨夜が口を開く。
「ゴブリン……に紛れてホブゴブリンがいました」
以前に戦ったホブゴブリンのことを思い出し、左腕を抑える。 ホブゴブリンはここらではなかなか見かけない魔物と雨夜から聞いたが、どういうことだろうか。
「もしかすると、本当に仮説にしても根拠が少ないんですが、魔王の影響……かもしれません」
その言葉に頭を抑える。
嫌な響きの言葉だ。 根拠が少ないと言っても、俺はこの少女を信頼してしまっている。
「魔王、か。 雨夜はどこまで分かっている」
「昔……百年ほど前に、魔王がいた時は強い魔物がいっぱいいたってことぐらい、です。 本当なのかは分からないんですけど。
あと、もうすぐ魔王が復活してしまいます」
「まだ復活してないけど、影響があるんじゃないかってことか。
いや、分からなくはないが……」
そう話していると、近くから魔力の反応があり、疲れているが立ち上がる。
剣を構えて少し動き見ると、毛に包まれた人間のような生物がいた。
見たことのない魔物。
「オークか」
俺より縦も横も一回り大きく、その分だけ腕も長くリーチも長そうだ。
強そうではあるが、ホブゴブリンよりも威圧感はない。
その上、オークの手はホブゴブリンのように発達しておらず、何かを持てるような形にはなっていないので武器を持ったりも出来なさそうだ。
剣を構えて駆け寄るのと同時に振るうが、オークから血が流れることはなかった。
ーー堅いっ!
振るった剣が獣毛を断つが、皮や肉を裂けない。
オークの振るう腕は容易に避けられるものの、俺の剣もまともに通らない。
横に振り抜かれた腕を下に潜るように避け、剣を振り上げてオークの目を潰す。
オークは叫びをあげて腕を振り回すが、それを掻い潜り剣をもう片方の目に突き刺す。
そのまま押し込み、動きが止まってから剣を引き抜く。
「魔石はどこにある?」
「え……あ、あの、胸の真ん中のところ……です」
怖がりな雨夜には見せるべきではなかったか。
胸に剣を突き刺して魔石を取り出す。 明らかにゴブリンの物より大きいそれを袋に入れる。
まだ卵は手に入れていないが、とりあえず避難した方がいいかもしれない。
「これ以上居座ったら危険かもしれない。 街に戻ろう」
そういうと、雨夜の動きが止まる。
「……あの、すみ、ません。
逃げてたせいで……道が、分からない。 です」




