少女の願いと嘘っぱち⑦
それからも毎日、少女の元に通った。
看病してくれる人に加えて、連日訪れる少女を治療する方法を見つけたという人達が少女の元に現れては、特に効果もなく帰っていく中で、時間を見つけて少女に話しかける。
少女も疲れているだろうからと遠慮した方がいいのかもしれないが、少女にまた来てくれと頼まれるのでどうしてもまた来てしまう。
「エルちゃんたちのおかげで元気になってきた。 いひひ、ありがと」
そうは言うが、俺には元気になったようには見えなかった。 日に日に悪くなってくる顔色。 エルと共に色々な治療法を模索しながら、治療に縁起の良いものに魔力を込めて少女に渡す。
それは全く意味がない行動だったのかもしれない。
少女はエルに似ている。 背丈や体型だけでなく、声の抑揚の付け方や、笑い方。 元々近しかったそれがエルと話をしている内により似てきて、髪色や眼色は違うけれど、それでも姉妹に見えるほど同じ柔らかく暖かな雰囲気をしている。
だからだろうか。 死んでほしくない。
どうでもいい人物や、知らない人ではなく、親しくしている……親しくしたい人物の死が分かりやすく迫っている。 その事実は俺とエルから余裕を奪っていた。
それでも俺とエルの互いが気遣いあったから、昼夜を問わずに動き回っても身体を壊しきることはなく動けていた。
「お礼を言われるようなことは……」
出来ていないです。 と続けようとしたのだろう。 だがエルの口は閉じられる。
自身の死に直面している少女が気丈に振る舞っているのに、どうして俺たちが弱音を吐けようか。
努めて笑顔を作ろうとしているが、何分慣れない作り笑顔は歪み、鏡を見ずにでも醜い表情になっていることは分かった。
「まだ、他の方法も探してみるから。 俺たちに礼を言うのはその後でも……」
「ううん。 ありがと」
少女は窓から手を伸ばして、小さな手で俺とエルの頭を撫でた。
「もう、いいよ。 頑張らなくても」
いい訳がなかった。 俺は少女に、足掻いてほしかった。 死を受け入れてほしくない。
「それより、一緒にいたいな」
「分かり、ました。
一緒にいましょう。 ずっと一緒にいます。
……アキさん。 申し訳ないですが、りーちゃんのご両親に、一緒にいる許可を」
「ああ」と返事をすることも出来ずに、飛び跳ねて屋敷の外に出てから、正門の方に向かった。 連日訪れている金目当ての人達の行列を割り込み、並んでいた男に肩を掴まれながら、行列の対応をしていた使用人に声をかける。
「俺はアキ……いや、ルト=エンブルクという」
使用人は驚いたような表情をした後真偽を見定めようと俺の身体の特徴を探った。
名乗りたくない名前でも何でも、使えるなら使おう。 もう誰も文句は言わない。
「巷では『流血』と呼ばれていることもあるらしい。
ご子息のことで、そちらの当主殿にお会いしたい」
形振り構わずに言ったことが功を制したのか、それとも元々平民にでも平気で頼るような人物であるからか、容易に面会することが出来た。
応接室に案内され、使用人が主人がくるまで椅子で座るように言うが、俺は首を横に振ってから、床に両膝をついて座り込む。
一方的に顔を知っている、少女の父親が扉を開いて入ってきた。
床に座っていた俺を見て少し動きを止めた。
俺には礼儀が分からない。 半端な敬語と、半端な立ち振る舞い。 それすらもかなぐり捨てるような勢いで、頭を下げた。
「申し訳ございません。 ここ十数日の間、この屋敷に無断で侵入し、ご子息のリクシ様とお会いさせていただいておりました!」
頭を下げていて、表情は見えない。
怒っているのか、驚いているのか、反応は分からないが、続ける。
「その上で、無理を承知でお願いさせていただきます!
これから数日間、私と……いえ、私の仲間とリクシ様を共に過ごさせていただけないでしょうか!
リクシ様とエルを、一緒に居させてやりたいんです! お願いします!」
数秒か、数十秒か、沈黙が続いた。
緊張のあまりに喉を枯らしてしまいそうになるが、唾液すら出ずに口の中が乾く。
「ああ……君が、リクシの言っていた……。
そうか、ああ。 そうか……。 顔を上げてくれ、入られたことには何も思っていない。 元々、子供が遊びで勝手に入ってくるようなところだ」
気にしていないと言う少女の父親に、より頭を下げる。
「リクシの友達か。 ……いいよ、好きにしたらいい。
あの子が気持ちだけでも元気に出来ていたのは、友達が出来たからって分かっていたから」
「本当に、ありがたいです」
地面にぶつかるほど大きく頭を下げて、礼を言う。
顔を上げると、憔悴しきった男がフラフラと立っていた。
「礼を言いたいのはこちらもだ。
リクシが部屋に隠していた物、あれは君が用意したものだろう」
「見ておられたの、ですか」
「少しだけ。
若いのに、まじない術なんてよく知っていたね。
それもあれだけの量の魔力が込められているのは、初めて見た」
「……それは、もう一人のエルという少女が込めた魔力です。
……それも、一切お役に立てず……申し訳ございません。 ただ、彼女の体力を消耗させるだけで」
少女の父親が首を横に振ってから、フラフラとした足取りで椅子に向かい、座る。
「ルトくん……いや、アキレアくんって呼んだ方がいいのかな……。
座ってほしい、座ってくれないか」
そう言われるとどうしても断りにくく、向かいの椅子に座る。
「失礼します」
男は首を横に振った。
「……そういうのは、いいよ。
家の立場もそっちの方が上だ。 私自身も君たちには感謝している。 ……少し、期待させやがって、なんて馬鹿なことを考えているけど」
「いえ、馬鹿なんてことは……」
「……いいよ。
私は馬鹿だと、知っている。 あの子はもう受け入れているのに、私は受け入れられない。 子供に、心配されているぐらいだ」
ああ、この人もか。 この人も、当の本人は受け入れているのに自分はそれを受け止めることが出来ずに苦しんでいる。 それは、親であり、大人であり、当主である彼にとってはよほど苦しいことだろう。
あまりに情けない。 この人も。
少し話をしてから、その場にいた使用人に少女まで案内される。
「あっ、アキくん」
「ああ。
エルももう上がってきて大丈夫だぞ」
そう言ってから、窓の外にいるエルの腕を掴む。
「えっ、いや、流石に窓から入るのはちょっと……」
「大丈夫だろ。 エルは細いし」
「幅の問題じゃないんですが……」
そう言われながらも、エルの身体を引き寄せるようにして窓の外から中に入れる。
「よし」
「よしじゃないですよ。
まぁ、いいですけど」
エルはそう言ってから少女の方に向き直る。
「ちゃんと入れたのは、初めてですね。
……お騒がせしてごめんなさい。 一緒にいましょう」
「うん。 一緒にいて」
少女が死ぬまで、あと何日だろうか。
人の持つ魔力が増えてからの歴史はまだ短く、それから起こる病気はまだよく分かっていない。
あと何日。 少女の顔色の悪い笑みを見ながら、もっと早くこうするべきだったと後悔をする。
勇者の村には……後で説明しにいけばいいか。




