少女の願いと嘘っぱち④
本日二度目の街への行き道。 少女に会いに行く口実で本も買うが、やはり目的は少女だ。
まだ寝てるかもしれないが、寝ていたらその寝顔が安らかかどうかぐらいは確認したい。
小さくため息を吐き出して、自分の人間くささを嘲笑う。
人間でないと分かってからの方が人間らしい機微を覚えるのは、俺が人間にしがみ付いているからか。 魔物の癖に。
そんな自嘲も今は必要がないことだと首を横に振って、その思いを忘れようとする。
「まじない術って、どうやるんですか?」
随分前に読んだ本に書いてあったことを思い出す。 比較的近年、まじない術が廃れてから書かれた本のために実践的なものではなかったが、それも仕方ない。 この浅い歴史しかない国において、魔法が生み出される前の本なんてあるわけもない。
「基本は魔法と変わらない。 らしい。
魔法のように体系化されきれていないだけだからな。 純粋に願いに魔力を込めて……。
何か媒体となるものがあるといいらしいが」
「媒体?」
「ああ、例えば、価値の高い貴金属。 どこかの神の像や、古い木の板。
何かしらその願いに沿ったようなものの方が行いやすいらしい」
具体例を出しているのにどことなく、曖昧だ。
こんな胡散臭い技術に頼るなんてと思わなくもないが、魔力を使っているのだし効果はあるとは思う。
「それって、こちらのご利益があるものじゃないとダメなんですか?
僕はこの世界の縁起もののことはよく分からな言ってですから……」
「おそらくエルのいた世界のものでも問題ないと思う。
使用者の胸先三寸だろう」
「じゃあ、千羽鶴を折って、それにしましょう。 ……具体的なやり方は……」
「魔力を込めたものに願いをして、それを叶えたいものの近くにおいておけばいい」
物に魔力を込めるのが俺は出来なかったので今回は完全にエル頼りになるが。
俺よりも魔力量の多いエルがするのは当然だが、一切手伝いが出来ないのは悔しいところだ。 そんな俺の気持ちを察してなのか、エルが口を開いた。
「あっ、アキさんも一緒に千羽鶴を折ってくださいね。 作り方は教えるので」
「ああ」
そんな話をしている内に街に着いたので、真っ先に屋敷に侵入して少女の様子を見る。 安らかに眠っているとは言えない。 少女は目に見えるような勢いで弱っていっているのだから、それも当然だった。
エルが窓から必死に手を伸ばして、少女の薄い水色の髪の毛を撫でる。 それと同時にエルの手から治癒魔法と体力回復の魔法をかけると、心地好さそうに少女は頰を緩める。
寿命に関与はほとんどないだろうが、辛さの軽減は少しは出来ているだろう。
エルが少女の顔を眺めて、少女が落ち着いて寝息を立てている状態をしっかりと観察してから屋敷から出る。
帰りに食料と本、それに千羽鶴の材料という大量の紙を購入して村に戻る。
食料と本を村の連中に手渡してから家に戻り、早速「千羽鶴」の製作に入る。
「僕のいた国では、鶴は千年などと言って、長寿などに縁起の良いものとされていました。 そんなことで、色々あってこの千羽鶴というものを病人に渡すという風習……というほどでもないですけど、あるんです」
「鶴ってそんなに長生きなのか?」
「いえ、そんなことはないですけど」
そう言ってから、エルは俺の顔よりも大きな紙を広げて折っていく。
まずは三角に折り畳み。 エルの手を真似しながら紙を折っていく。 これがなんなのだ、と思っていると完成した。
確かに鶴っぽい、すごい。
「それで、これを千羽作ります」
「多くないか? ……まあ、多ければ多くほど込めれる魔力も多くなるのでいいか」
手先は器用な方だし、やり方もそう難しくない。 俺だけでも今日中に百羽ぐらいならいけるだろう。
問題はエルの魔力が持つか……足りないだろうが、寝て起きてを繰り返しながらやればなんとかなるのか……。
「エル、俺はこれを折る作業をするから、エルはこれに魔力を込めていってくれ。 魔力が切れたら仮眠して、魔力が回復し次第起きて魔力を込めていくってことで」
「ん、分かりました。
……アキさんが、僕に少しでも負担があることを許してくれるとは思っていなかったので、嬉しいです」
「……今回だけだ」
変な願いが紛れ込まれると困る、他の人に頼むわけにもいかないので、二人で淡々と千羽鶴を作成していく。
途中、夕飯を食べたりもしたが、それ以外はひたすらそれを続ける。
その甲斐もあり、日が横から顔を出した頃には半分の五百ほどは折終えて、その大半にエルの魔力が込められている。
「……途中からすごく効率よくなったんですけど。
もしかして、僕の魔力、増えていませんか?」
「……んぁ、ああ……増えている、のか? 悪い。 少し、寝る」
「はい。 おやすみなさい。 朝食の時間には起こしますね?」
エルの言葉に頷いてからベッドの上に倒れ込んで仮眠を取る。
軽く身体が揺さぶられ、起きたくないが朝食を食べなければならない。 おそらく来ていなかったら、持ってきてくれるだろうが他の奴に迷惑をかけたくなければ、エルとの家に入られるのも不快だ。
無理に起きて、身体を伸ばす。
寝たのが日の出ぐらいだったから、四時ぐらい。 起きたのは八時ぐらいか。 勇者は基本朝が遅いから助かったな。
「おはようございます。 ……ご飯、もらってきましょうか?」
「いや、いい。充分寝た」
そう言ってから身体を持ち上げるとエルに違和を感じる。
妙に強そう……いや、強そうというか、すごく回復しそう……。
「エルの、魔力が増えてる?」
「あっ、やっぱり増えているんですか。 ん、よくある感じに、筋肉みたいに使ったら増えるという感じなんですか?」
「いや……そんなことはないな。
魔力が増えることもあるらしいが……条件は良く分からない。 魔物を倒し続けたら魔力が増えたとか、魔法の研究をしていたら、人助けをしていたら……。 どれも眉唾だったが」
「勇者だから?」
「分からない」
俺も増やしたいのでどうにかしてやり方を知りたいが、なぜかは分からない。
「……とりあえず、飯を食いに行くか」
「はい。 ……どれぐらい増えたんでしょうか?」
感覚では倍……はいかない程度か。 とんでもなく増えているな。 それでもまだ弟のレイにも届かないぐらいだが。
運がいい程度で済ませられる問題ではないのは分かっているが、腹も減っていて夜通しの作業で疲れているのでどうにも考えることが億劫だ。
とりあえず害があるわけではないので後で考えることにして、エルに手を引かれながら食堂に向かった。
食事を手早く取り、もう一眠りしてから少女の元に向かうことにする。 エルがこの前用意した自分のベッドではなく、俺のベッドに入り込んでくる。
「いひひ。 頑張ったので、ご褒美です」
「ご褒美……。 あ、ありがとう」
「いえ、自分へのですよ?」
いひひ、と愛らしく笑ったエルの身体を抱き締めて、目を閉じる。 ちゃんと起きられるだろうか。




