怖い勇者
魔物を退治し終えた後に、雨夜がこういうのが苦手なことを思い出した。
血が苦手なのか、魔物が苦手なのか、死体が苦手なのかは分からない。
一応、雨夜に近寄るより前に剣を地面に突き刺して血を落としておく。
「無事か?」
雨夜は頷いてからまた歩き始めた。
怯えられていると考えれば、こちらが話しかけることも気を使う。 短い付き合いではあるが、この少女に苦手意識すら持ち始めていることに気がつきため息が漏れ出る。
情けないな。
怯えられることが怖いのだろう。 自分のことなのに、はっきりとは分からない。
「なぁ、森の中に出る魔物の種類は分かるか?」
不意に思い付いたことを尋ねてみる。
「ゴブリンと……アークウルフという狼型の魔物、大きなミミズのようなワームという魔物、蜘蛛型の岩の魔物のスパイダーロック、動く木のトレント、それに僕達が狙っている鳥の魔物のカコバード等がよく見かけられるらしいです。
他は目撃例の話になりますが、五年前と八年前にホブゴブリンが目撃されています。 同じように三年前と八年前にオークという人型の猪の魔物も目撃されました。
あと、もはや伝承になりますが、百年程前の時代には竜が住んでいたらしいです。
魔物以外にも、熊や蛇には警戒した方がいいかもしれません」
予想以上に大量の答えが返ってきたが、何となく魔物の姿が想像出来る。
剣でその岩の蜘蛛の魔物を倒せるかは不安だが、いざとなれば雨夜を背負って逃げるぐらいは出来るだろう。
木が生い茂る森の中に入る。 高い木が多く、鬱蒼としていてまだ朝なのに薄暗い。
足元には木の根が張り巡らされていて、歩きにくさを感じる。
視界が悪いため、ある程度気をつけて行った方がいいだろう。
魔力による気配の察知も出来なくはないが、魔物以外にも生物はいるので頼り切るのは危険か。
しばらく歩いていると、後ろの雨夜から声がかけられる。
「あの、腐卵臭がしたら、教えてください」
振り向けばやっぱり顔色を伺われる。
どうにかしたいが、危険のあるこの場ですることではないだろう。 宿に戻ってから、距離を縮めたらいいか。
森の中は意外にも入ったばかりの場所よりかは歩きやすかった。
木の葉に遮られて日がほとんど当たらないからか、足元にはまともな草はなく木の根も慣れれば歩くのに支障はない。
邪魔になる木の枝は剣で斬り払いながら進む。
ぱきり、と後ろで枝が折れる音。 それと少女の短い悲鳴に気がつき、振り向いて転けそうになっている雨夜を抱きとめる。
「ひぃっ」
腕の中からまた短い悲鳴が聞こえ、胸を押されて突き飛ばされた。
背中に軽い痛みが走る。
雨夜がやったのか。 そういえば男が苦手とか言っていたような。 突然だから、びっくりしたのか。
俺の顔を伺いながら泣きそうになっている雨夜を見れば、なんとなく怒る気にもなれず、立ち上がって服に付いた土を払ってまた歩く。
後ろから俺とは違う足音を聞き、着いてきていることを確認しながら進んでいると、足音が増えていることに気がつく。
足場は草原よりかは悪いが、動きに支障は出ないだろう。
雨夜を手で制して、剣を構える。
足音から位置を特定し、少し動いて雨夜に背を向ける。
聞きなれた息遣いからゴブリンであることが分かり、分かったと同時に走ってゴブリンの元に行き、魔石を抜き取り殺す。
血を落とした後に雨夜の元に戻り尋ねる。
「大丈夫か?」
雨夜は泣きそうで申し訳なさそうな顔をしながら、頷く。
駄目だ。 俺はこの女の子が、どうしても苦手だ。
一々顔色を伺わられるのが、どうしても苦手だ。
俺が彼女が苦手であることに気がつくのと同時に、雨夜も同じように俺のことが苦手なのだろうことに思い至る。
だけど、俺とは違って雨夜は戦えない。 年齢もあり、まともに稼ぐことすら出来ない。
俺の機嫌を損ねるわけにはいかないから、顔色を伺ってしまうのだろう。 そこまで分かっても、どうすればいいのかは分からない。
解決するどころか、俺を突き飛ばしてしまったせいでどんどんと距離が開いてしまっている気すらする。
俺が思考を巡らしている中、後ろから声が聞こえる。
「ごめん、なさい」
振り向けば、顔を伏せた雨夜が頭を下げていた。
「いや、気にして……」
いない。 と答えようとしていた。
事実あれは雨夜だけのせいではなく、雨夜も嫌な思いをしたのだろうと思えば、怒りは湧かない。
いや、そもそも子供に何されようが怒りなんて湧かない。 本当に気にしていないが、それを言って伝わるだろうか。
「俺が……怖いのか」
雨夜は答えない。 怖いと思っていなければ、答えられていただろう。 答えられないのは、雨夜が怖がっている証拠である。
「悪い。 変なことを聞いた。
そろそろ食事にしよう」
昨日と同じように、肉を浄化してもらい、シールドを張りその下に火を起こす魔道具を設置する。
肉を焼いている間に、太めの木の枝を切り落とす。
その木の枝を剣で適当に細くて肉を突き刺せるような形に加工した物を二つ作り雨夜に渡す。
雨夜の能力により浄化されたそれを受け取り、ひっくり返したりして焼いて、頃合いになった頃に食べる。
「そういや、森の中だけど火とか使って大丈夫なのか」
ふと疑問を口にすると、雨夜が言う。
「生木は……水分を多く含んでいるので燃えにくい、です」
「そうか、物知りだな」
山火事の危険はないらしいので安心して兎肉を食べる。
無言で向かいあって食べるのも気まずいが、雨夜にこれ以上話しかけるのも勇気がいる。
けれど、これ以上距離が開くのは防ぐ必要があると覚悟を決める。
「なぁ、雨夜」
「なんで、しょうか?」
顔を見れば可愛らしい少女だ。 何を恐れることがあると自身に言ってみても、これ以上に怯えられることが怖い。
「俺は、子供に怒ったりしないから、安心してもいいぞ」
少し顔を上げて、雨夜はキョトンと俺の顔を見る。
短くない時間見つめあった後、雨夜がゆっくりと口を開く。
「僕が……怖いんですか」
さっき、俺が雨夜に言った言葉だ。
初めて聞く雨夜の心の底を見透かすような言葉に、雨夜のただまっすぐと俺を見るその黒い眼にたじろぐ。
「そうだ」なんて言える訳がなく、黙りこくって肉を齧る。
食べ終わった後の片付けは実に楽だ。 魔道具を回収してシールドを消してしまえばいい。
即席で作った食器は適当に放り投げて、昨日買った魔道具の内の一つの水を生み出す魔道具を取り出し、昨日買ったコップに水を注ぐ。
一つを雨夜に手渡し、もう一つで飲む。
水を生み出すために消費する魔力は多くはないが、火を起こすための魔力も合わせると少ないとは言い難い。
ゴブリン相手の戦闘などでシールドを使いまくっていたらすぐに魔力が枯渇してしまうだろう。
家を出てから戦闘能力はかなり上がっていると思うが、魔力は変わらない。 魔法の才はなかったが、剣の才能はあったのかもしれない。
食物の補給も水分補給も済ませたところで、立ち上がって傍らに置いていた剣を拾う。
「行くぞ」
その言葉に、雨夜は俺の目を見て頷いた
そろそろ、鳥の卵が見つかる可能性がある地帯まで来たらしい。
雨夜は俺の動きを止めて、色々なところを探しまわって何かの手がかりを見つけようと動いていた。




