少女の願いと嘘っぱち②
「そこで僕は言ったんです。 「ここを通りたければ僕を倒してから行くがいい!」ってね」
「わー! じゃべり方が一人称ぐらいしかあってないです! どう考えても嘘ですけどすごいです!」
一週間は通い詰めて、エルと少女がずっと話しているせいか、少女にエルの雑な丁寧語が混じり始めている。
なんとなく緩く優しい雰囲気だが、エルと少女が話をする時間は徐々に短くなっていた。
「わー……う、眠い。 エルちゃんごめんね。 そろそろ……」
病気、症状は単純に、弱っていく、衰弱していく。
何度も会えば、エルと仲のいいこともあり多少の同情心も湧く。
「おやすみなさい。 また、来ますから」
エルの言葉を聞いて、安心したように少女は眠った。
「りーちゃん、かわいいですね。 ……妹みたいです。 僕は一人っ子ですけど」
少女はエルのことを同年齢ぐらいだと思っているみたいだけどな。 と茶化そうかと思ったが、エルが無理をしていることは分かりきっている。
エルの妹みたいだ、という言葉はあまりに皮肉だ。 本人は自覚もないようだが、皮肉も過ぎる。
家族がどんどんと死んでいった過去があり、余命が一ヶ月ほどの少女が妹みたいに思える、なんて……。 まだ出会って数日なのに妹みたいとは、まさにそういった意味も含まれているのかもしれない。
手慣れたように屋敷から脱出して、きちりと覚えた道を歩く。
「……ここに来るのは最後にしないか」
エルが辛いだけだろう。 そう思い言ったが、エルは小さく首を横に振った。
「一人ぼっちには、させたくないです。
助けることは、絶対に出来ませんから……せめて、一緒にいてあげたく……なってしまいました。 こんなことしている場合ではないのは分かっていますが」
屋敷の正門の前には人が並んでいて、毎日その訪問者が増えている。 そろそろ……忍び込むのも難しくなるだろう。
「エル。 明日は忍び込まずに、入ろう」
「……どうやってですか?」
「治療法を見つけるしかないだろ。 何にせよ、このまま通い詰めるのは無理だ」
今までが極端に不用心だっただけで、こうやってくる人も増えると、少女の周りにも人が増えるのは確実だ。
そうなるともう会うことは叶わなくなる。
明日には無理だとしても、早く正式に入れてもらうことを考えないといけないだろう。
エルの物思いに耽るような表情を見て、小さくため息を吐き出す。
「嫌なら、それでもいいが」
「いえ、確かにこのままだと……。 でも、方法も、ないですよ」
「……確かに、何を行えば良くなるのかも分からないが。 探すしかないだろう」
幸い、少女の口から色々なことが聞けている。 原因が少女自身の魔力ということも分かっているので、どうにかする方法も見つかるかもしれない。
「無理ですよ。 分かってます。 だから、一日でも、少しでも楽しそうにしていてほしい、です。 ただの、我儘ですけど」
「分かっているって……」
「自身の魔力が毒になっている。
でしたよね。 まるで他人のものような魔力……。 最初から、違う人の魔力をりーちゃんが製造していたとしたら、もうどうしようもないです。 まさか、魔力を生み出す器官を、心臓を切除するわけにもいきませんから」
「違う人の魔力って……。 まさか、移植されていたとかか? そんなことは聞いていないが」
「元々、違う人の遺伝子が身体の中に混雑していたんです」
遺伝子? と首を傾げるが、エルは説明してくれず、まっすぐと遠くを見て確かめるように呟いた。
「りーちゃんの身体から、ウイルスや菌以外の異物を浄化しようとしたら……。 僕がりーちゃんを汚れだと思っているわけはないですから……。
医学なんて殆ど知らないですけど、彼女を助けることは出来ないのは分かります」
エルには何が見えたのか。 それは俺には分からないが、エルが無理だと言うのならば無理だ、信じるにはそれで充分だった。
そうか、あの子供は助からないのか。 無駄に抱いてしまった同情が、不快な気分にする。
「俺は、エルがいたら別にあいつはどうでもいい」
「そうやって誤魔化すのは、格好悪いですよ」
返事をする気にはなれず、そのまま歩いて村の方に戻る。 勇者達に魔法の練習を見てやる約束だ。
エルのおかげで治癒魔法を使えるようになったりと、短い時間の割には成果を上げていた。
そろそろ剣の方も教えることになっているため、帰りに木剣を数本購入してから村に戻る。
もう名前も覚えてきた数人に挨拶をしてから、村の中でも広い空間に移動する。
予定の時間はまだまだのはずだったが、すでに数人が集まり自主的に練習をしていた。
「今日は、流水もきているのか」
「うん。 私もこのまま醤油製造機として水を醤油に変え続けるだけだといけないからね」
「あっ、醤油の方って流水さんだったんですか」
「あれ? 知らなかったの、エルちゃん。
そう言えば言ってなかった?」
「はい。 ん、では今日も魔法についての質問を受け付けますが、何かありますか?」
エルは感情を切り替えきれないのか、どうにも乗り切らない表情でエルが尋ねる。
人数も少なく、実技が基本となるため分からないところを尋ね、それを俺とエルで答えるのがこの集まりの基本の進めとなっている。
しばらく質問を待っていると、流水が口を開いた。
「魔法で作った水って、醤油に出来るかな?」
「知らん。 やってみればいいだろう」
俺も気分を切り替えて楽しくなんて出来るわけもなく、適当に返して、木剣を地面に並べる。
「剣がしたい奴は、こい。 今日からこれも教えてやる」
事前に伝えていたが、もう一度言う。 魔法の時のような食いつきはなく、二人の男が木剣を手に持った。
「今からやって、使えるようになるものか?」
「お前による。 早ければ二、三日で物にはなるだろう」
そう伝えると、聞いてきた男は拙い構えで木剣を構えた。
「俺の知っている技は二つだ。 そのうち一つは、お前たち勇者の技を真似させてもらった」
男は驚いたように俺を見る。
「それは説明しにくいから、まずはもう一つの剣技。
高みへと朽ちゆく刃を教えてやる。 この技は才に左右されるから、出来ない場合は諦めろ」
そう前置きをしてから、剣を上段に構えて、二人が見ていることを確認してから振り下ろす。
自身ですら認識出来ない速度。 その上、一切の無駄がない故に殆ど起こらない風の揺らめき。 振ったというよりも、いつの間にか下に降りていたようなものだ。
「振ったのか? いや、え?」
「振った。 上から下に振り下ろした。 人に見える速度ではなく、無駄がないから風すら斬り、まともに音もないから気がつかなかったのだろう」
無茶苦茶だ。 そう呟いた男を他所に、俺は紙とペンを手渡して二人に渡す。
「こうやって手に紙を持って、一気に線を描いて、完全なまっすぐを書け。 それが出来るようになればこれが使えるようになる。
木剣もやるから、剣にも少し慣れていればいい」
そう伝えると、少し戸惑いながらも従って線を引く練習を始めた。 魔法を教えることで信頼を得られたおかげかもしれない。
練習の様子を眺めながらも、少女のことを思い出す。
助けることは、出来ないらしい。




