少女の願いと嘘っぱち①
「あの方ですかね?」
俺の実家よりも一回りか二回りは大きいような屋敷。 シールドで階段を作り、塀の上から屋敷の中を見つめる。
エルの目線を追えば、一つの部屋に行き着く。
窓を開けているのだろうか、ゆらゆらと半分閉じられたカーテンが風に揺らされていて、その奥に少女が寝ているのが見える。
「ずいぶんと不用心だな」
あれでは簡単にあそこまで行って危害を加えることが出来るだろう。 そんなことはしないが、あまりの不用心さに少し心配になる。
薄い水色の髪が風に揺らされていて、幼さの残した顔が寝ながらも心地好さそうに笑む。
「アキさん?」
「どうした?」
「いえ、その、見てませんでしたか?」
「見るだろ。 様子を見に来たんだしな」
「そういうことではなく……。 ん、あまりじっと見ないでくださいね。 いや、別にあの子がちっちゃい女の子だからってアキさんが浮気するとは思っていませんけど……んぅ」
エルの身体を抱き寄せてから、少女を見る。 見た目はエルと同じほど幼い。 年相応の年齢であるとすれば、まだ十歳になっているかも分からないような子供だ。
「いや、ないだろ。 どう見ても子供じゃないか」
「……えっ? ……まぁ僕は子供ではないですけどね。でもなんか釈然としないと言いますか。
アキさんってちっちゃい女の子好きですよね? 子供の」
「いや、そんなことはないが。 エルは別だ」
「んぅ? じゃあ、僕に似た女の子がいたとして……。 どうですか?」
どうですかって、少し考えるがあまりぱっと思い浮かばない。 エルはエルだからエルなのである。 顔や身体をの造形が似ていても……まぁ少しはあれかもしれないが。
「エルじゃないなら、別に。 まぁ他の奴よりかは、似ている方がいいが」
「ほらやっぱり小さい子が好きじゃないですか……」
エルが呆れたようにため息を吐き出す。 そういうわけではないのだが。
まぁ勘違いされるのも仕方ないか。 エルもそれほど怒っていたり悲しんだりもしていないから問題はない。
「ん、顔色も良くないですし、多分あの子ですけど……ここからじゃあギリギリ届きませんね」
エルはそう言ってから、俺の顔を見る。
勝手に入り込むわけにはいかないので、許可を得てから入らないとな。 しかしながら、身元もしれない人間を入れてくれるか……。
最悪ルト=エンブルクと名乗れば、入れてもらえるだろうが、使いたい手ではない。
どうしたものかと頭を捻っていると、エルがぺこりと頭を下げた。 見てみれば、寝ていた不治の病の少女が起きて窓から俺たちを見ていた。
塀の上にいる知らない人間。 少女からすると俺たちはそういったところだろう。
「……逃げるぞ」
「いえ、手招きしていますし、人を呼ぶ様子もないですね。 ……呼ばれたのですし、入っても大丈夫ですよね?」
どうだろうか? その家の者に呼ばれたとは言っても、呼んだのは子供だ。 そもそも何で塀の上にいたのかという話もあるのだし……。
「……すぐ行って、浄化してすぐ戻るか」
「ん、そうしましょうか」
黒装束の少女のしていた足音の立たない走法。 エルを背負いながら、音を立てずに屋敷の庭へと侵入する。
幼い見た目のせいか、少しだけエルと似ている少女は俺たちが来たことに嬉しそうに表情を変えた。
微笑み方がエルに似ている。 いや、表情の作り方か。
コロコロと表情の変わるエルと比べると落ち着いた印象を受けるが、実際は落ち着いているのではなく病で元気がないだけかもしれない。
ぐったりとしているわけではないが、元気に歩き回ることさえ出来なさそうな雰囲気を持っている。
「こんにちは」
「え、あ、はい。 こんにちは、です」
子供相手にでも緊張するのか。 小さく笑ってから二人の様子を見る。 背丈は同じぐらいだろう。 黒髪黒眼と、薄い水色の髪の毛とそれより少しだけ濃い水色の眼と、分かりやすい差異こそあるが、少女はエルに少しだけ似ていた。
「……かわいいね。 その服」
「あ、ありがとうございます……」
何をしていたのかを尋ねられるかと思ったが、少女がまず口にしたのはエルの服についてだった。 俺とエルが買った、白色を基調としていて髪の毛を隠すためのフードが付いている。
少女の家では安物も過ぎるような物ではあるが、少女は羨ましそうにそれを見て、窓の内側から手を伸ばす。 その白い腕でエルの服を軽く撫でて小さくまた笑った。
「いいな。 私は……」
その後、何かを続けようとして、何も言うことはなく口を閉じた。
エルは少女のその様子に、痛ましそうな表情をしてから、すぐに表情を取り繕った。
「病気なんだよな?」
少女は頷いた。 悲しそうに表情を歪めながら、無理矢理口角を上げて少女は笑った。
「私にとって、魔力が毒なんだって」
その言葉の意味が分からずにエルを見る。
「……アレルギー? じゃあ、ないですよね」
覚えがあったのか一言言ったあと、すぐに否定する。
「よく分かんないの。 私だけじゃなくて、みんな」
少女の声は不満を洩らすものではなく、ただ事実を述べるだけのものだ。 病気に不満はないのか、などと尋ねたくもなるが、病人に向かって言うような言葉ではないか。
エルがとりあえず、と浄化を掛ける。 その後しばらく悩んでから口を開いた。
「その、治癒魔法を掛けたりしても大丈夫ですか?」
「うん。 それは大丈夫。 いっつもかけてもらうよ、楽になるから好き」
エルが恐る恐るといった様子で治癒魔法をして、体力の回復の魔法も同時に行った。 目に見えて元気になったというわけではないが、薄らと顔色が良くなっているように見えた。
だが、どう見ても治ったとは思えない。 少しマシになっただけだろう。
「何が原因でしょうか……。 魔力が毒? アキさんは何か分かりますか?」
魔法、魔力に関しては下手な学者よりも本を読み話を聞きしていたが、思い当たる物はない。
「魔力が毒になるのは、魔法によってか、他人の魔力を体内に入れた時か、魔力が過蓄積された時か……。 魔法により毒化した魔力というようでもない。
よくある魔素過蓄積症はこの年齢で、この症状なら当てはまるが……治療法は確立されている。 違う病気だとすると、思い当たる物はない」
医者が匙を投げたようなものが俺にどうにか出来る訳もなく、当然のように行き詰まる。
「他人の魔力が毒って……。 アキさん色んな人に入れまくってますよね」
「まぁ少量ならすぐに出るから問題ない。 気持ち悪いことは気持ち悪いが」
「ん、大量だったら、どうなるんですか?」
「そりゃ死ぬが。 まぁ、ただの魔力で人を殺せるのはエルよりも多くの魔力が必要だからな。 ずっと流し続けていたら別だが」
そう言ったあと、エルは少しだけ表情を変えてから、首を横に振った。
「その時の症状って今回に似ているんですか?」
「いや、どうだったか……。 あそこに戻れば本もあるとは思うが」
捨てられていなければ。 とは言わずに黙っていると、エルも黙りこくってから、しばらくして少女と話を始めた。
外はどうなっているか、どんな物があるのか、なんて取り留めのないことを少女から聞かれて、エルが答える。
話をしている少女とエルを横に、何の病気かに頭を悩ませる。 結局少女が疲れるまで考えていたが、何に当てはまるわけではなかった。
少女が眠りこけてから塀を登って、屋敷から脱出する。
「どうしようもなさそうだな。 それとも、その願いを叶える道具でも探しにいくか?」
「…………」
エルは深く考えこんでいて、俺の声が耳に入っていないようだった。




