醤油の勇者と勇者の村⑤
人が多い割には話しやすいが、それでも静かという程ではなく、食事をしながら声の大きさに気を使って話すのは面倒くさい。 それは金田も同じだったのか、食事を始めてから終わるまで、終始無言で食べていた。
すでに食べ終えたエルに見守られる中、俺はまだ半分も食べ終えていない料理に向かって箸を突き出す。
「難しいな」
「初めてでそれなら上出来だと思いますよ? もうほとんど扱えていますしね」
一応、昨日の内にも少し習ったので初めてではない。
この箸と呼ばれる食器を使ってエル達は食事をとっていた。
いつも使っているものよりも細かい作業が必要で、慣れないこともあり扱いきれない。 とはいえ、今日と昨日で随分とマシに動かせるようにはなった。
ゆっくりではあるが、見た目だけではエルと同じように持てているだろう。
ゆっくりと食べ終えて、長居するのも混んでいるので落ち着かない。 金田と二、三と言葉を交わしてから食器を洗う係りの勇者に手渡してから外に出る。
「またお世話になりましたね」
エルの言葉にはだから頑張らないと、という意思が見えていて少し気張ろうと思う。
とりあえずやることは、魔道具を買いに行くことからか。 そのあと魔物の狩り、何にするにしてもエルから離れることが出来ないのは、嬉しいような不便なような。
まぁ、地道に魔物を狩ってお金を稼ぐしかないか。
家に戻り、財布と剣を持つ。 旅支度のほとんどは必要ではないので、鞄をひっくり返して荷物を鞄から出し、空になったそれを背負う。
「行くか」
「はい」
いつもと変わらないエルの返事に、いつもと同じように安堵を抱きながら外に出る。
壁に囲まれた村の唯一の出入り口の前に座っている門兵代わりの女性は木を削り食器などの細かなものを作りながら時間を潰していた。
二つの仕事を同時にするとは勤勉だな。 どちらかだけでも文句は言われないだろうと思いながら、門を開けてもらう。 もうこの時点で魔物が出現する可能性があることを息を吸い込みながら再認識し、辺りを見回してから歩を
進める。
「アキさん。 少し前にアキさんは、魔道具は簡単な性質の魔法を起こすものしか安定して生産が出来ないって言ってましたよね?」
「ああ、言ったな……」
まだエルに対して好意を抱いていなかった……いや、好意を抱いていることに気がついていなかった時のことか。
複雑なものは安定して作ることが出来ないことを言ったな。
「それが、どうかしたのか?」
「いえ、少し……。
つまり、火をおこしたり、水を出したりする以上のことが出来る魔道具もあるんですよね?」
「まぁ、一応はあるが」
「それを使ったら、魔法使いとは少し違いますが、それに似たことをアキさんも出来るんですよね?」
エルの言葉を聞いて俺は首を横に振る。
「無理だ。 魔道具は、無理やり削りながら魔法の形にするものだから、無駄なく魔法として発動する魔法よりも魔力の消費が激しい。
複雑になればなるほど顕著で、エルぐらいの魔力があれば問題ないだろうが、俺の少ない魔力だと一発二発で切れる。 値も張れば単純に大きさもでかいし、色々と不便だ」
「そうですか……。 でも、奥の手に一つ握って起きたいですね。 一発でも、遠距離の敵に攻撃できるのはありがたいですしね」
「まぁそうだな。 いいのがあれば買おうか」
その有用性が値段と釣り合うとは思えないが、戦闘中でもエルから離れられない以上は遠距離からの攻撃手段はもう少し必要か。 シールドの破片を投擲するだけの技、シールド・フラグメントで充分かもしれないが。
魔物を退治しながら街へと行き、ギルドで魔石を換金してから、街の中をふらふらと歩く。
俺はこの街にはほとんど来たことがなく、エルも当然この前に来たのが初めてである。 故に魔道具の売っている店の場所など分かるわけもなく、勘と人の流れを頼りに道を進む。
人通りの多い道へと歩いていけば、当然のように人の多い場所にたどり着く。 大きな街ではないとは言えど、人が集まるような場所はある。
とはいえ、これはあまりに人が多すぎるのではないかと首を傾げた。
「商店街に着くと、思ったんですけど。 すみません」
「いや、別にいいが。 祭りでもないのにこれは何の騒ぎだ」
あまりに人が多すぎる。 歩けない程ではないが、早歩きをしたら危うく人にぶつかりそうになるぐらい、一箇所に人が集まっている。 それも商店街ではなく店の一つもないただっ広い道の真ん中だ。
少し気になったので、跳ねて騒ぎの中心を覗こうとすると、人垣の中心に一人の男がいた。
それだけ確認して、人相を見ようとする前に地面に着地する。
「なんか、質のいい服を来た人が中心にいたな」
俺がそうエルに伝えると、エルもそこらかしこから情報を収集したのか、口を開いて俺に伝えた。
「何でも、貴族のお嬢様が、不治の病に罹ったそうです」
相変わらず耳がいい。 感心しながら頷くとエルが伝える。
「それで、そのお嬢様の病気を治したらたくさんのお金がもらえるってことみたいです」
「不治の病なのに治したら?」
言ってることが無茶苦茶ではないか。 とは思うが、庶民に頼るぐらいだから、よほど切羽詰まっているのだろう。
「そこでさらっと突っ込めるのがアキさんのいいところだと思います。
ん、でも、一応手掛かりみたいなのはあるみたいですよ? 周りの話をまばらに聞いているだけなので、具体的には分からないですけど」
エルの言葉に首を捻る。 それは不治の病ではない……。 などとしつこく考えていると、エルは口を開いた。
「ウィルス性の病気だったら、僕の浄化でなんとか出来ますね。 お金も要り用ですし、話だけでも聞いていきませんか?」
「エルがしたいなら、そうしよう」
同意して、エルが人にぶつからないように気をつけながら人垣の中心に向かって歩く。
使用人らしき男が人に向かって事の説明をしている途中だったのでそれを聞く。
お嬢様が、原因不明の病によって臥せった。 日に日に体調は悪くなっていくが、どんな高名な医者や治療師にもその病は分からず、様々な治療をしてみるが効果はほとんどない。 このままいけばあと一月もしないうちに弱りきって……。 ということらしい。
その病を治すのには、この地域で有名な伝説である「ありとあらゆる願いを叶える神の道具」を使えばいいのではないかという結論に至り、それを探し見つけた者には褒賞を山ほどくれる。 らしい。
馬鹿だろう、こいつら。 実際に人は集まっているものの、実際にそれを探そうとしている人物はいないように見える。
「ありとあらゆる願いが叶うなら、お嬢様の病を治して褒賞をもらうよりそのまま金を願った方が早いだろ。 変な話だな」
「ん、とりあえずそのお屋敷に行きましょうか。 菌や毒を浄化するだけなら、中に入らずとも出来ますから」
それだと褒賞もらえないんじゃないか? とは思うが、わざわざ否定する必要もないかと、見つけたらここに来るようにと言われた貴族の屋敷に向かった。
「アキさんは、その願いが叶う道具が手に入ったら何を願います?」
俺の願いか、エルとキスをする? ……いや、それはエルが嫌がるからなしだな。 嫌がらない時ならばしてくれるだろうしな。
幾つか考えるが、最終に「エルの願いを叶える」という結論に至ったが、気恥ずかしいので答えることはなく、はぐらかした。




