醤油の勇者を探そう④
共に移動する連中と軽い顔合わせをした後、エルと共にもう慣れたように馬車の中に入り込む。
馬車での移動中にやるべきことは決めている。 まずは失った金銭の補充のために魔物を狩る。 これは出来る限り一人で行う、いやエルの神聖浄化がなければまともに動けないのだから二人でになる。
第二にエルのことをもっとよく知る。 どうにも、出会った頃の必要なことしか話さないという癖が抜けきっておらず、エルの今までの生活などは薄らぼんやりとしか知らないのが現状だ。
好きだから知りたい、が一番の理由ではあるが、それを抜きとしても別世界のこの世界とは違う知識や技術は有用なものが多そうだ。
この世界での魔法文化は生活に根付いているように見えるが、非常に浅い。 ここ百と幾十年程度で使われるようになったからというのもあり、文化が短い故に多様性という観点から見ると非常に薄く画一的だ。
多様性を基準に見ると、遅れているとされるエルフの魔法の方が遥かに富んでいて生活に根付いている。
その戦闘に関して以外の技術はエルの持つ別世界の知識を用いると飛躍的に成長しそうだ。 魔力量の問題で実現出来ないものも多いようだが。
……また妙にエルのことを知ることからズレたな。
最後に他の戦人の技術を盗み見て、それを真似ること。
俺の動きの基本となっているグラウの高朽流剣術は、剣を使っているが剣術と言えるかは微妙だ。 剣の特性を活かした術ではなく、ひたすら速く動く体術といった方が正しい。 剣でなく、槍でも斧でも、素手でやっても問題がないぐらいだ。
故に他の「ちゃんとした」剣術を見てその動きを覚えるつもりだ。 無論、剣術に限らずに槍術でも斧術でもどんな戦のための技術ならば真似るつもりだが。
その三つを踏まえて、行えるように動くつもりだ。
しばらくの間は魔物も出ないだろうので、エルと話をすることにする。
まずは、エルの故郷について。
「僕の故郷ですか? そうですね」
エルは思い出すように目を閉じて、ゆっくりと目を開けたと思うと口を開いた。
「こことは違う世界の、日本という国です。
人口は一億二千万ぐらいと聞きました。 技術は大部分がこの国よりも発展していて、だいたいの道がきっちりと舗装されていて、馬のいらない馬車のようなものがどこでもビュンビュン走っていたり、どこからでも遠くの人と会話出来るような機会をみんなが持っていますね」
「一億……。 よく分からないがすごいってことは分かった」
「ん、でも、この国の史書とかを見ますとすごい勢いで成長していますし、今の技術から考えるとあと百年もかからずに同じぐらいの技術にはなると思います。
普遍性のない魔力を中心とした技術なので、どこかに落とし穴があるかもしれませんが」
そんなものなのか。 そのあと幾つも説明されるエルの故郷の話はエルでなければ、あり得ない夢物語と一蹴したくなるようなものが多い。 エルも使用していても理屈は大まかにしか分かっていないものが多いので魔法で再現し得るのは一部だけだそうだ。
「……また、真面目な話になったな。 それで、国のことはだいたい分かったが、エルの住んでいた地域はどうなんだ?」
「僕の住んでいた街ですか。 六曜町という町で、いわゆるベッドタウンと呼ばれるような町ですね」
「ベッドタウン? なんか大丈夫なのかそれ、いやらしいものなんじゃ……」
「ベッドって聞くだけでいやらしいと想像するアキさんがいやらしいです。 思春期ですか。
ベッドタウンはすごーく単純に言うと居住区ですね。 先ほども言いましたが、交通機関が発達しているんで隣町にでも十数分で行けたりするんです。 元々この世界の町の距離より近いのもありますが。
それで、主に仕事をする地域と、主に居住するための地域があるんです」
「ああ、なるほど。 それほど大規模ではないがここにもあるな。 それでそこに住んでいたのか」
エルは頷き、紹介を続ける。
「僕の住んでいる家は度々変わってますが、なんだかんだでずっとその町に住んでいましたね。
公立の小学校、中学校、高校と進んでいました」
「公立って、なかなかすごいな……」
「ん、この国の教育機関とは違ってだいたいの子供が学校に行っているので、普通なんです。
つまり僕の故郷では普通の生活をしていました」
「なるほどな」
ガタリと馬車が揺れて、エルの身体も同じように揺れる。
「わっ」と驚いた声を出したことを恥ずかしがってエルは頰をかく。
「それで、その学校と家が僕の故郷での子供がだいたいの時間を過ごす場になっています。
まずは話の続きの学校から言いますね」
エルの可愛らしい行動に少し頰を緩めながら頷く。
「んー、なんて説明したらいいのか。 勉強の内容は省くとして、毎日いろんな教科の勉強をして時々それを身についているかの試験をします。 これが学校の基本ですね。
それで、同年代が同じ学級に集まるのでそこで友達を作ったり……それで同年代の友達と仲良くしながら学ぶのが学校の基本ですね。 だいたいアキさんの通っていた学校と一緒だと思いますよ」
「……いや、友人はいなかったが」
「僕もですよ」
エルがため息を吐き出し、俺の頭を撫でる。
「ほら、僕って一人称が僕じゃないですか」
「そうだな」
「僕の故郷でも女の子は僕という人は少なかったんです。
だいたい、私、あたし、自分の名前、みたいなので、妙な一人称のせいで避けられていたんです」
「……エルのは可愛いと思うぞ」
「ん、ありがとうございます。
それに加えて、見た目も普通よりすこーしだけ、ほんの少しだけちょびっとだけ発育が遅れていることもあり、よく分からない生き物を見るような目で見られてましたね」
ならば自分のことを私と呼ぶように変えればよいのではないのかと思うと、エルが俺がそう思っていることに気が付いたのか答える。
「お母さんが……僕が女の子っぽいことをすると嫌がるので。 無理矢理男の子の格好をさせたりみたいなことはないんですけどね」
「そうか……」
「私って直すことも出来たんですけど。 僕、お母さんのこと大好きですから」
そう言ったエルは悲しそうに笑う。 笑っているのに妙に物悲しい表情で、好きというのは良いことだけではないことを示していた。
「嫉妬はしないでくださいね。 お母さんに怒ったりも」
「しない」
「いひひ。 それはそれでアキさんっぽくないです。
お母さんは、僕のことを好きで大切にしてくれていましたが、僕のことをどうでもよくて適当に扱っていたんです」
雨夜 樹。 エルが名乗っていた血の繋がり母親の、死んだ息子の名前。 別世界にきてもエルは律儀に名乗っていたことが痛々しい。
「学校では友達がいなくて一人ぼっちで。
家では片想いって、やつでしたね。 ……でも僕のお母さんです」
「ああ」
気の利いた言葉が言えずにただ頷いて、エルを抱き寄せる。 エルが嬉しそうに「いひひ」と笑うのが、本当に愛おしい。




