醤油の勇者を探そう②
俺もエルも少し落ち着き、月城からグラウの置き手紙を受け取る。 置き手紙というには薄い紙が一枚で、文字が大雑把且つ乱雑に数行だけ書かれているものだった。
一通り目を通してから、紙を丸めてゴミ箱に投げる。
「捨てていいの?」
「そりゃ、あんな紙を後生大事に持つわけないだろ」
大した内容ではなく、別れの挨拶の代わりだけのもので取っておくようなものではない。 こんなもののために、俺の幸せの邪魔をされたのだと思うと少しだけ苛立つ。
「そういう問題かな……? まぁいいけど。
それで、日程とかはどうするの?」
「ん、明日には出ようと思っています」
「ずいぶん急だね……。 もう少しゆっくりしていったら?」
まだ胃袋も掴んでいないじゃない。 月城はそう繋げたが、本気で引き止める気はなさそうだ。
エルが頭を下げて、ごめんなさいと謝る。
「せっかく友達になれたのに……。 まぁでも、またここには戻ってくるんだよね?」
「はい。 情報の共有はしたいですから、脚を運ぶつもりです。
僕も、まともにお義父さんに挨拶も出来ていないので、ちゃんとしてから出たかったんですが。 のんびりしていると、醤油の方も移動するかもしれないので」
違う世界でも知り合いだったが、友人ではなかったエルと月城の関係。 決して気が合うから友人になったわけではなく、他に相手がいないから仲良くしているという印象を持っていたが、それだけではないのかもしれない。
「そっか。 仕方ないね。
その勇者があの三人か、ペン太だったら無理矢理にでもここに連れてきてね」
「はい。 任せていてください」
エルの返事を聞いて、月城はつまらなさそうに笑った。
「あっ、醤油一本持っていく?」
「いえ、嵩張りますし、着いてから売ってもらえるかもしれませんから。 たくさんあるようでしたらいっぱい持って帰ってきますね」
「腐らない程度にね」
それだけ行ってから、月城は自嘲するように言った。
「樹ちゃんはすごいね」
「……そんなこと、ないですよ」
エルは樹と呼ばれたことに嫌な顔もせずに、小さく笑った。
しばらくエルと月城は取り止めのない、どうでもいいようなことを話しながら過ごす。 その後、月城は小さくいつもの明るさを感じさせない声を出した。
「樹ちゃんは、なんでここに来たの?」
エルは少し顔を顰める。
「分かりません。 僕は元の世界から抜け出したいとは思っていませんでした。 ここに来れたことは、アキさんと出会えたので凄く嬉しいんですが……」
「そっか」
「月城さんは、何でですか?
友達もいましたし、日々充実しているように見えましたけど」
「ん、多分ね。 私はみんながこっちにきたから、来たんだと思うよ。 友達がこっちにいるならこっちに来ないとね。 まぁ、流石に世界の端から端まで友達探しの旅に出るなんてことは出来ないけど」
「友達思いなんですね」
「ストーカー気質なのかも」
いひひ。 とエルは笑って月城の手を握る。
「見つけたら、連れてきます。 醤油の方があの三人でなかったとしても、醤油に釣られて僕みたいに来てるかもしれませんからね」
エルと月城がここまで心惹かれるものならば、他の勇者も来ていておかしくないか。 そいつもわざわざ目立つように動いているようだしな。
「うん。 じゃあ、私はそろそろ戻るね。 明日行くんだったら夜更かしはさせれないし、それにお邪魔だったみたいだしね」
「そ、そんなことないですよ?」
「じゃあね。 ごゆっくりどうぞー」
月城が出て行ったのを確認して、今度は邪魔が入らないように鍵を締める。
それでエルの方に近づいて、抱き寄せる。
「エル……」
「アキさん。 あの、空気を読んでください。
ごゆっくりどうぞって言われた後に、本当にゆっくりちゅーとか出来ませんから」
「えっ、あっ、そうか……」
「んぅ、明日の準備を終わらせて、パパッと寝ましょう。 子守唄を歌ってあげますから」
「いや、それはいらないが」
月城許すまじ。 邪魔をしてくれた月城にいつか報復することを決めて、旅の準備をする。
とは言っても、街を一つ移動するだけなので大それたものは必要なく、普通ならば必要な汗を拭うタオルやらは……瘴気を払うときに一緒に浄化すればいいのだから必要はないか。 馬車か何かに乗せてもらうつもりだが、毛布はいるか。 一枚あればいいか、うん。
「あれ? それはもう一枚用意した方がいいですよ?」
「……おう。 そうだな」
そういった様子で一通り纏め終えて、鞄を部屋の隅に置く。
「少し多くなってしまいましたね……。 前の生活が質素だっただけかもしれませんが」
「ん、そうだな。 これぐらいなら問題はないな。 馬車の中に入れば、少し手狭になるかもしれないが」
「そうですね。 また無理をさせます」
これぐらいならエルよりも軽いので全然問題ないのだが。 まぁエルは遠慮をする子なので気にもなるのか。
忘れているものはないことを確認してから、ベッドの上に移動する。
「し、失礼します」
ここ数日で何度かあったことだが、まだ慣れはしないのか緊張した様子でおずおずとベッドの端にくる。
俺はエルに当たらないようにもう片方の端に移動する。
「旅をしているときは、基本雑魚寝だったんだから……」
「こういう場所だと、別なんです。
……恥ずかしいので、触ったりしないでくださいよ?」
「ああ、我慢する」
「んぅ、我慢って……アキさんの馬鹿」
そう言ってからエルは布団に顔を埋める。 そんな様子も可愛らしく抱きしめたくなるが、エルの言葉に従って触らないようにしながらエルの様子を眺める。
しばらく経ち、エルが寝息を立て始めてから俺も目を瞑る。
◆◆◆◆◆
「眠たそうだね……昨夜はお楽しみでしたね?」
「違います。 旅の準備をしていたら遅くなっただけですから」
月城が確かめるように俺を見る。 実際は同じベッドで寝ることに緊張していたせいで遅くなったのだが、妙な勘違いをされると俺も恥ずかしいのでとりあえず頷いておく。
「ふーん。 やっぱり大変なの? 旅って」
「まぁ大変ですね。 僕の今までの旅も、街から街に移動する程度ですけど疲れます。
魔道具とかで荷物を減らせたり、僕の浄化で衣服が清潔に保てたり、お腹壊すことがないので凄くイージーモードだと思うんですけど」
「そんなものか。 私ばかり楽して悪いね」
「ん、そんなことないですよ。 あっ、これを渡しておきますね。 後で読んでください」
エルはそう言って、鞄から一冊の本、いや紙を纏めて止めてあるだけの冊子を月城に手渡した。
「何これ?」
「これからの夏を乗り切るための魔法です!
……とは言っても、空気を冷やすのは魔力を使いすぎだったので、クーラーみたいなものではなく、ただの空気中の水分を集める除湿魔法ですけど。 そこまで多湿ではないので気分程度のものですけど、少しはマシになると思います」
エルはこの数日で空気を冷やす魔法に成功した。 しかしそれは非常に燃費が悪いらしく、エルの魔力でも室温を一時間1〜2度下げるだけで限界らしい。 そこから発想を変えて、温度を下げるのではなく湿度を下げるようにしたらしい。 これならばずっと使い続けなくても快適に過ごせる。
それでも窓や扉を開けたときには使い直さないといけない欠点があるが、充分だろう。
その除湿魔法、エルの数日の成果が月城に渡される。
「ありがとね。 ……なんか難しいこと書いてあるけど」
「そこは……読み飛ばしてもらっても大丈夫です。 こちらの人用に丁寧に書いただけなので、月城さんなら最後のページでいけると思います」
「ん、分かった。 そろそろ暑くなってきたから助かるよ」
月城はエルの頭を撫でて、エルに向かって笑む。
「いってらっしゃい」
「はい。 いってきます」




