醤油の勇者を探そう①
残りのお刺身とやらは全てエルと月城が食べ終えて、一息吐き出す。
これからエルが口に出すことは分かっているので、エルが口を開くよりも前に頷く。
「それで、行くとして誰を連れていく?
俺とエルは確定として、グラウは……どうだろうな。 最近は父親やレイにちょっかいを出しているようだし。 何よりも……」
グラウにはやるべきことがある。 俺の父親と母親から別れてから、俺と出会うまでやっていたこと。 内容を聞くつもりはないが、人生を捧げるような事なのだ。
このままズルズルと俺の師としているとは思えない。 俺も三式こそ完成していないが、その他のグラウの技は習得した。 練度も低いが、それはグラウがいてもいなくても徐々に改善されている場所だ。
これ以上、グラウが俺に教えられることはない。
「ん、分かってたんですか?」
「そりゃあな。 あんなあからさまに尋ねていたら分かる」
「何の話? 婚前旅行?」
店主に尋ねる時に同席していなかった月城は不思議そうに聞いてくる。
口直しの茶を飲み、口の中を潤わす。
「醤油……の製造している勇者を探そうと思っています。 おそらく、探されることを待っているので捜索というよりかは会いに行くだけですけど」
「待っている?」
「はい。 あのお醤油は商人の方に無料で渡したらしいんです。
お金を集めるためじゃなければ、可能性としてそれが一番に上がります。 もしかしたら、ただの善意で故郷の味をって思いかもしれませんが、それならそれで痕跡が残るので捜索は容易ですね。 ただでさえ勇者は目立ちますから」
そんなことを考えていたのか。 てっきり虱潰しに勇者を探すのかと思っていたが。
「月城もくるか?」
「ん、いや。 私はほとんど戦えないからね。
戦えるようになるために色々してるけど……。 勇者と会うのも、エルちゃんがいたら問題ないしね」
月城はそう言ったあと、窓の外に目を向けてから「それに」と続ける。
「ヴァイスさん。 この周辺から出られないからさ」
月城にどれだけのことを話したのだろうか。 仲よさげに話しているどころかまともに話しているところも見ないが、俺の知らない場でも人は関わっている。当然だ。
「そうか」
俺の隣にはエルがいるので動くことは出来るが、父親はそういう訳にはいかない。 立場も含めて自由はないだろう。
「弟さん。 レイさんは無理でしょうから。 久しぶりに二人でですね」
まだグラウに断られるとは限らないのだが。 月城が片付けをしてくれるらしいので、俺は椅子から立ち上がってグラウが寝泊まりしている部屋に向かう。
もう慣れ親しんだ人物なので特に気を張ることもなく、扉を叩く。 もう寝ているのか、あるいはまた酒でも飲んでいるのか分からないが、返事はない。
不用心に鍵も閉めていなかったのでノブを捻り、ドアを引く。
「……グラウ?」
照明の一つもなく、綺麗に畳まれたベッドの上にある布団。 昨日までは散乱していた酒瓶や飲食物を包んでいた袋などのゴミは一切見られない。 間違えて入ったかと思うが、それも違うと匂いがする。
薄らと匂う酒臭さ。 それのみがグラウの寝泊まりしていた部屋であることを示していた。
扉を閉めることもせずに駆け出し、父親の元に向かう。
ノックもせずに乱雑に開けて、問い詰めるように父親と相対する。
「グラウはどこに行った」
父親は少し眉を顰め、何かの書類仕事をしていた手を止めた。
「いなくなっていたのか」
それだけで、何も理解したかのようにまた書類に何かを書き込んでいく。 興味もなさげだが、少しだけ口元が笑っているように見える。
「あいつは、昔から突然いなくなったりするからな。
……お前との関係はよく知らないが、師弟なんだろう。 あいつはあれでも責任は果たす男だ」
突然いなくなったことを悲しむべきなのか。 だが、ほんの少しだけ頰が緩む。 突然いなくなったことに苛立ちも覚えるが、それよりも少し上回る喜びがある。
俺一人でエルを守れるのか、と迷いグラウを頼ろうとしていた気がなくなっていく。
「ああ、分かった。 俺も明日にはここを出る。
しばらく世話になったな」
「ああ」
手を止めることなく父親は返答する。 出る方法などを聞かれると思ったが、聞かれることはなかった。
父親の部屋から出て、小さく笑みを浮かべる。
「グラウには、世話になったな」
まだ相談しようと思っていたことも残っていれば、三式も扱えるようにはなっていない、何よりも、まだ一言礼を言っていない。
だが、それでも俺は一人前と認められた。
ダメなおっさんだとずっと思ってきたはずなのに、認められるのがこれほどまでに嬉しい。
俺は自らも知らない間に、グラウを尊敬していたらしい。
奇しくも、俺が旅に出ようと決めた当日であり、グラウの「それでいいのか」という問いに答えを出した日だ。
分かっていた訳ではないかもしれないが、それでも嬉しく思う。
自室に戻るとエルが醤油の入った瓶を一つと、他にも幾つかの食品を詰め込んだ袋。 夜に寝るときに使えるような簡素な布。 あると便利な魔道具や小物を分けて並べている。
「アキさん。 グラウさんは何て言いましたか?」
「いや、グラウはもういなかった。 旅に出たらしい」
そう言うとエルは驚いたような顔をするが、俺の表情を見て尋ねようとした口を閉じる。
「グラウは俺を認めたみたいだ。 一人前として」
「そうですか。 それはよかったですね」
「前みたいに、二人旅だな」
「そうですね。 賑やかなのも楽しかったけれど、アキさんと二人きりはやっぱり楽しみです」
エルは愛らしい笑みを浮かべて、纏める作業を中断して俺の隣にくる。
「今回は、ものすごく申し訳ないが、エルに浄化を頻繁に掛けてもらうことになるから、必然的にエルには負担が大きくなる。 悪い」
「いえ、僕のやるべきことにアキさんを巻き込んでいるので当然……というか、元々がアキさんばかり働いているので、大した負担じゃないですよ。 いつもアキさんが頑張ってくれて、申し訳ないです」
エルはそう言って頭を下げる。
「この前、俺がエルのために動くのが嬉しいって言ってなかったか?」
「う……覚えていたんですか。 ま、まぁその通りなんですけどね。 アキさんが傷付いたりしてたら、僕はアキさんに愛されてるなって感じが凄くして、胸の辺りがキュンってなるのは本当なんですけど。
でも、本当に申し訳なくも思ってるんですよ」
顔を赤く染めながら、身体を揺らして恥ずかしそうにする。
「んぅ、アキさんは。 僕みたいに性格の悪い女の子は嫌いですか?」
「エルは好きだ。 性格が悪いとも思わない。俺も頼られるのは嬉しいから、同じようなものだろう」
「それは違うと思いますよ……」
そう言いながらもエルは嬉しそうに頰を緩める。 ああ可愛らしいとエルの身体を抱き寄せる。
「ん、アキ、さん?」
驚き故からそれともべつの要因か、少し染めた頰を見つめる。 甘えるように潤む瞳や、抵抗を一つも感じさせないその身体、甘くなった声と共に吐き出されたその息を頰に受けて、そこから広がるように身体中が火照っていく。
エルもこの様子なので、その唇に触れる許可を取る必要もないと思い、顔を少しずつ近寄らせる。
エルが目を閉じて、口に出すこともなく俺の狼藉を受け入れてくれる意思を示す。
突如、ドアが勢いよく開けられる。
「グラウさんの置き手紙っぽいの見つ……けた…………。 あっ、ごめん。 また後で出直してくるね」
「い、いえ、ちっ違いますからね! ちゅーとかそういうことをしようとしていた訳ではないですから!」
「えっ、あっ、違ったのか。 ……悪い」
「いえ、違いませんけど! 違うんです!
アキさんはちょっと馬鹿です!」
顔を赤くしたまま、エルはぶんぶんと首を横に振って顔を膝の上に埋める。
違うのか違わないのか分からずに困惑していると、月城が分かった風に「青春だねぇ」と言った。 何故かしてやったり顏だった。




