日常編④
「ところでエルたんよ。
料理ってどんなの作るの?」
一言で料理と言えど、食材の種類、調理方法、味付け、などと千差万別だ。 まともに知らないが、それを専門としている人もいるぐらいなので、何の計画もなくというのは難しいだろう。
「……」
「……エル?」
「いえ、それは今からですね。 どういった食材があるのかも分からずに計画を立てるのは取らぬ狸の皮算用とでも言いますか。
まずは観察、視察から入らなければ如何なる計画も頓挫してしまう、と僕は思うわけですよ」
「つまり、エルたんは何も考えていなかったと?」
人気の多いところまでやってきたからか、ジロジロとこちらを見てくる人が増えてきて少し苛立つ。 そういえば、そろそろ勇者のことが知れ渡るということだったか。
「違うだろう。 計画を立てるために敢えて考えていなかった……」
「アキくんの盲信っぷりはなんかキモいね」
「……すみません。 ただの無計画です」
エルがただの無計画!? ……人間なのだからそういう時もあるか。
無計画といえば聞こえは悪いが、考えてすぐに移せる行動力があると表現したら良いように思える。
エルは行動力まで持っているとは、すごいな。 俺も見習わなければ。
「それで、月城さん。 この世界と日本ってどれぐらい食材に差異があるんですか?」
「んー、だいたい食べて分かっていると思うけど、種類には違いがあるけど、栄養みたいなのはだいたい同じ感じかな。
お肉はタンパク質と油だし、野菜はビタミンとか食物繊維、穀物は炭水化物だね。
大まかな味とかは見た感じで分かると思うけど、美味しい料理を作ろうと思ったら、一通り食材を食べてみるのがいいと思うよ」
「今日中には、難しいですか」
「まぁ、ちゃんとしたのを作ろうと思ったらね。
でも今回の場合はお夕飯は屋敷かお店で食べるから、ちょっとした間食、あるいはお酒のおつまみとかを作るのがいいから、それなら私の知識でも味が分かるよ」
「おおっ、流石月城さんです。
日本にいるときはあまり話していませんでしたが、やはりすごいですね」
エルが月城を褒めているので、俺も褒められるように食材と味ぐらいは分かると言ってみたが「アキさんに手伝ってもらったら意味がないですから」と断られてしまった。
「間食ってことは、やっぱり甘いものですか?
おつまみはアキさんが何かないとお酒を飲まないので。 もちろん僕も飲みませんから」
「日本じゃないんだから飲んでもいいんじゃない?
私もまだ飲んでないけどね」
エルも一度飲んだことあるのだが、忘れているのだったな。 あの時は焦り、もう飲ませるものかと思っていたが、また飲んでもらい甘えられるのもいいな……。
普段からあれぐらい甘えられると嬉しいのだが、エルもエルなりに羞恥があるので仕方ないだろう。 俺も、酒を飲めばエルにべたべたしてしまい、エルには普段もそれぐらいでいいと言われてもそんなに触り回すことはないしな。
「アキさん、おつまみ作ったら飲んでくれますか?」
「いや……その、なんだ。 月城もいるから酒は控えたい」
「アキくん、酒癖悪いの?」
「まぁそんなところだ」
適当に誤魔化そうとすると、エルが口を開いた。
「アキさんは、酒癖はそんなに悪くないんですけど。
ちょっと……えっちになります」
月城が「ええっ」と言いながら俺から離れていく。 お前には一切の興味がないと言いたいが、これ以上ロリコンとやらの汚名を着たくないので、違うことを言うことにする。
「……別に、何か変なことをするわけではない。
あと、エル。 あまりそういうことを言うのは……」
「あっ、そ、そうですね。 すみません。 変なことを言ってしまって」
「それで、どんなことをアキくんがしたの?」
一切その場の空気を読もうとしない月城が、自身の好奇心のみで俺に向かって尋ねる。
下手に隠して妙な勘違いをされるより、正直に話した方がいいか。
「エルのことを見てしまうだけだ。 何をするわけでもない」
「ああ、胸元とか、ガン見するわけね」
妙に勘がいいな。 尤も、エルの上半身は首元まで覆われているので、見るのは胸元ではなく、下半身のふとももだが。
あの白くて柔らかそうで綺麗な曲線のそれは非常に魅力的だ。 エルの手と似た触感だとすると、すべすべと心地よいのだろう。 思い出しただけで出てきた生唾を飲み込み、エルの脚へと視線を向ける。
そういえば、あの召使いの服のスカートの丈は短かったな。 使用人の服だということでエルには着せたくなかったが……俺の部屋の中にいる時だけはあれを着てもらうのも……。
「ああ、こんな目で見るのか。なるほどね」
我に返り、エルの脚から眼を逸らす。 半目で2人から見られて気恥ずかしさから興味もない店を眺める。
「誤魔化したね」
「誤魔化しましたね。
ん、アキさんが見たいのなら、見てもいいですよ? 少し恥ずかしいですけど。 膝ですし」
「いや……大丈夫だ」
見たい気持ちもあるが、いちいち月城に冷やかされると思うと、どうしても言うほどではない。
だが、最近はエルと同じ部屋で寝泊まりすることが二日に一回ほどに減り、昨日も夜の間はエルのことを見れなかったので、今のうちに見貯めしておきたくもある。
とりあえず見ることは諦め、今日の夜に見ることにする。
「まぁそんなことはどうでもいいとして、間食……つまり、おやつを作るんだよね」
「そうなりますね」
「やっぱりおやつって言ったら甘いものだよね。 こっちは砂糖とかが結構いい値段する分、甘い物が未発達だから、私達の持つ現代日本のお菓子知識を使うと容易にアキくんが知らない美味しいお菓子が作れるということ」
俺は甘い物がそんなに好きではないのだが。 そうは思ってもいちいち俺の好みを言って、それを作らせるだけならば料理人で事足りる。 エルの好きなようにさせるのがいいだろう。
「あ、この前アキさんとお菓子屋さんに行きましたよ。 パンケーキを持ちやすくしたようなのを食べました。
普通のスポンジケーキみたいなのや、クッキーみたいなのはなかったですね。 何故かパイ生地とタルト生地らしきものはありましたが」
「うん。 やっぱりそうなるよね。
この世界は、というかこの街は、製粉技術はあるけど、強力粉とか薄力粉とかの差を付けてないからね、細かいお菓子は難しいのかな。
あと、クッキーって甘くないのでも、砂糖とバターがすごく入ってるからものすごく焦げやすいの。 焦げないように気をつけたら生焼けとか。 スポンジもふわふわにするのが難しいからね」
「つまり、そこであえてクッキーを作ってアキさんをビビらせるってことですね」
「うん。 そういうこと。 この世界のお菓子に革命を起こそう!」
よく分からないが、難しい物にわざわざ挑戦するのか。 やる気になっているところで止めろとは言わないが、普通のものじゃダメなのだろうか。
「あっ、多少焦げても、僕の能力だったら焦げを取り除けますよ?」
「ナイスだね。 ショッボって思ってたけど、洗濯にも使えるし、日常生活だと敵なしだね!」
「日常生活には元々敵はいませんけどね!」
いえーい。 とエルと月城が楽しそうにハイタッチをする。 エルも出会った頃より快活になったようで嬉しく思う。 おどおどしているエルもすごくかわいいのだが。




