日常編①
「『アークヒューマンについて』」
突然エルが言い出した言葉に耳を傾けると、エルが魔法の本と一緒に一冊の少し薄い本を持っていた。
少し読み込まれた形跡のあるそれは、俺には見覚えのないもののため、俺が私用で使っているだけの筈の書庫にあるのは不自然だった。
大方、使用人が父親かレイが使っている場所と間違えて俺のところに突っ込んだのだろう。
エルと共に本を棚にしまい込んだあと、エルはそれに興味を持ったのか、表紙をめくった。
「……この本。 アキさん宛てですね」
エルが本の中から封筒を取り出し、それを本の上に乗せて一緒に俺へと伸ばした。
本を手に取り、表紙を少し見たあとにご丁寧に蝋で封をされている封筒を開けると、一枚の紙が入っていた。
「確かに、俺宛てだな」
父親の字でこの本の概要が書かれている。
俺の祖母に当たる人物が人に書かせた物で、俺や父親の種族について書かれているものらしい。
尤も、その祖母へのおべっかありきで書かれたものなので信憑性のない記述も見受けられると書かれていたが。
書き出しが自分にもしものことがあった時のためと書かれているのが少し間抜けに見える。 もっと後に来ていればこの手紙も別の物と差し代わっていただろう。
エルが俺に渡したあとも気になるらしくチラチラとこちらを見ているので投げ渡す。
「先に読んでも、いいんですか?」
「ああ、エルの方が気になってるようだからな」
「アキさんのことは、知りたいですから。
では失礼して」
そう言ってから丁寧に1ページ目から読んでいく。 これはしばらくかかりそうだ。
立ちながら読んでいるエルに、ゆっくりと読めるように椅子を運ぶ。 座ったエルを見てから運びきれなかった本を自室から運んでくる。
『アークヒューマンについて』
その本に書かれていた内容は、主に一般的な人間との差異について。
諸々のデータや世辞を除いた内容は、一つに容姿の特徴に赤黒い毛色と紅い目をしていること(これは元来の色ではなく、生後半年程でこの色に染まる)。
これは多くの魔物に当てはまる特徴であり、アークヒューマンが魔物と近しい種である証明である。
アークヒューマンは魔物である故にか、魔法の素養が高い。 しかしながら、一般的な魔法ではなく無属性の魔法に特化しており、属性魔法、まじない術、治癒魔法、などの魔法は不得手である。
身体能力を始めとした生体活動は一般的な人間と同じ程度である。 おそらく魔物と同じように魔石を取り除けば突然死に至るだろうが、事実確認は出来ていない。
瘴気のない場所で育てられたアークヒューマンは普通の人間と変わりがない。 しかし、瘴気に浸かればそれを吸収してアークヒューマンの特性を会得する。
容姿は端麗なものが多い……は、否定しないけれど、おそらく普通に美形の一家だからで、アークヒューマンだからという理由ではないだろうと、突っ込んでからエルは本を閉じた。
エルが読み耽っていたところの可愛らしさに見とれていたせいで、まだ朝食も食べていなかったことに気がつく。 もう昼食時であるので急ぐのは止めてエルと一緒に伸びをする。
「あ、アキさん……。 すみません、ずっとこんなところで読んでしまって」
「俺がここにいたかったからここで待っていただけだ。 気にするな」
とは言え、腹は減ったな。
今の時間なら昼食の用意ぐらいしてあるだろう。 エルから本を受け取って立ち上がる。
エルは他の本を読みたいらしいが、とりあえずは昼食だろう。 最近ではマシになったが、まだ細く痩せているのでしっかりと食事は摂らせたい。 なんだかんだと言え、旅の最中は半端なものを食べてばかりだったのだし。
「飯を食べよう」
「はい」
エルはそう言って立ち上がるが、どこか元気がないように見える。 さっきの本を読んだあとは満足そうにしていたのだから、本の内容ではないだろう。
もしかして、食事が気に入らないのか?
俺が美味いと感じているのは、慣れ親しんだ味だからであり、エルの場合は普段食べている物と違う味だからあまり美味しくないと感じているのかもしれない。
ロトのような下等な奴はあのクソ不味い豆を美味い美味いと言って食っていたし、あり得ないことではないだろう。
「口に合わなかったか?」
「いえ、美味しかったです。 すごく」
なら食事のことではないのか。 エルと二人で歩いていると、グラウが欠伸をしながら外に向かっているのが見えた。
「グラウ。 どこに行くんだ?」
「おーおはようさん。 飯を食いに行くんだが、一緒に行くか?」
「いや、普通にここで飯を食えばいいだろう」
「なんか人の世話になるのは合わないからな」
「……ああ、そういうことか」
グラウの誘いに乗り、食べに出ることにする。
エルの様子も先程よりどことなく落ち着いたようになっているので、おそらくそういうことだったのだろう。
「ん、でも、僕達の分も用意してもらってるんですよね?」
「まぁ、多分な。 つっても、レイはあればあるだけ食うやつだから、気にしなくてもいい」
「弟さん、食いしん坊キャラだったんですね……」
しばらく歩いて飯屋に着く。 グラウと食べに来ているのだからてっきり酒場で飲食するものだと思っていたので少しだけ驚く。
「酒場じゃないんだな。 まぁ、酒ぐらいどこにでも置いているだろうが」
「飲まねえよ。 飯食ってからハクの墓に手を合わせに行くつもりだからな。 あいつそういうものがそんなにすきじゃないからな」
馬鹿のくせによく分からないこだわりを持っている奴だ。 適当にメニューを見ていると、エルが口を開いた。
「だから、ここに近づいてからはタバコを吸ってないんですか?」
「ああ、酒は飲むけどな。 一日寝たらなくなるし。 タバコは匂い残るからなあ……。 持ってなくても、よくそれでばれたよ」
母親が父親ではなく、このグラウを選んだというのは妙な気分にさせられる。 それでも父親と一緒になったというのもモヤモヤと胸のうちに留まるが、グラウがそれで納得しているのにも腹が立つ。
「結婚はしないのか?」
「突然だな。 もうする気はねえよ。 やるべきことがあるから、それにどっかの女を巻き込む気にはなれん」
まぁ、そんなものか。 何故そんなことを詮索したのかは自分でもよく分からないが、それ以上聞く気になれずに黙る。
「子供はいないが、お前のことは子供みたいに思ってるからな。 今から赤子を抱いて、みたいな気にもならない。
生涯独身だな。 アキレアはこうならないようにしろよ?」
その割に後悔しているような素振りは見えない。 諦めて達観しているのではなく、本当に満足しているように見える。
「お前のようになるつもりはない」
「相変わらず意味なく辛辣だな」
「いや、別に否定しているわけではない、グラウは満足しているようだしな。
それに……記憶にある母親は、笑っていたよ」
そう言うとグラウはニヤリと口元を曲げる。
「そうだろ。 俺にはそれが分かっているからな」
だがお前のようになる気はないともう一度言ってから店員を呼んで各々の食べたい物を注文していく。
「何の話ですか?」
一人だけ、昨日の話を知らない故に話についていけてない。 人の昔の痴情を吹聴してまわるつもりはないので笑って誤魔化すと、グラウが必要もない言葉を言う。
「アキレアはお前と結婚したいんだってよ」
確かにそうだが、そう言っていたがそれだけを抜き出すなよ。
否定する必要もないが、こんな場で求婚するなど小っ恥ずかしい上に雰囲気が無茶苦茶なので黙ってグラウを睨む。
ヘラヘラと笑っているのが、腹立たしい。




