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勇者な彼女と英雄への道  作者: ウサギ様@書籍化&コミカライズ
第四章:自分のことすら理解出来ず、それでも君を理解したい
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失敗作

 少しはマシになった雰囲気の中で、一人で押し黙る。


「なあグラウ。 俺はエルと暮らせたらそれでいいんだが」


「これだから色ボケは……。 魔王? をほっといたらそれも出来なくなるんだから、協力はしろよ」


「それは無理だ」


 酔いも少し回ってきたので酒をちびちびと飲みながら、グラウの方に顔を向ける。


「父親もそうだが、ここから動けないだろう。 下手に動けば、手駒だ。

魔王を倒すといっても、まず魔王がどこにいるのかすら不明だからな」


「そういうことだ。 私もここから離れることは難しい。

私達は、言わば失敗作だ。 魔王に抵抗するために新たに作られた種族でありながら、魔王に利用されることが決定付けられている」


 そう言ってから父親は酒を煽る。


「ルト、お前は魔王のことから手を引け」


 その言葉に、ほんの少しだけ違和を感じる。

 だが、その違和の正体を見つけることができずに、最後に残ったツマミを口へと運んだ。


「分かった」


 わざわざ危険を犯す必要はない。 俺が挑めばエルも共に挑もうとするだろう。 その場合、最悪の結果が起これば、俺がエルを殺すことになる。


 この世界で死んでもエルはあちらで蘇ることにはなるらしいが、こちらで死んだらそのまま腹を切って死ぬと言い切っていたので俺がエルを殺すことになるのには変わりない。


 小さくため息を吐いて、鎖の跡が消えない腕をさする。

 思い出すのは、この一月の出来事。 ロトとの出会い、死ぬ間際でのエルとの出会い、手を取り合って生きて、グラウと出会い強くなり、ロトと再会、リアナと出会い、ケトを救った。 それだけだ。 この一月で俺がしたのはそれだけのことで、一月なんて短い時間だ。


「ゆっくりできるのは、悪くないか」


 事情を話せば、エルは理解してくれるだろう。 共に戦えないからといって捨てられるなんてこともないはずだ。

 きっと誰かしらが魔王とやらを倒してくれるだろうから、俺が手駒になる可能性を持ちながら戦いにいく必要はない。


 理屈では分かっている。


「エルも俺も、ここでゆっくりと過ごさせてもらう」


 父親は頷き、酒を飲み干す。

 終わってみればたった一月の話で、数人と仲良くなっただけのことだった。


「アキレアはそれでいいのか?」


 グラウの問いに、俺は答えられなかった。



◆◆◆◆◆


「アキさん、朝ですよー?」


 エルに揺り動かされて、目が醒める。 酒のせいかうろ覚えだが、エルは客室で寝ていたはずだから……。 それに鍵もかかっていたはずだが。


 目だけを動かしてみれば、エルの手には合鍵があったので納得して起き上がる。

 家を出る前の生活に戻るのならば、身支度をしてから本を読んで朝食を食べてといったところだが、今更魔法の練習をする気になれないので剣を振るうことにする。


 魔法一辺倒なこの家にも剣ぐらいあるだろうが、素振りに使えるような安物はないだろう。 グラウの木剣なら向いているかと思い、グラウのいる場所に向かうことにする。


 目を擦りながらベッドから起き上がると、エルがいつもの格好ではない服を着ていた。 見慣れたもので、昨日の月城が着ているような……。 女性用の召使いの服、俗に言えばメイド服だった。


「あっ、気づきましたか? 月城さんが作ってくれたのです。 昨日」


「そうか」


 物珍しさもない服装で特に褒めるところが見当たらない。 エルに使用人の服装を着させるなど……とは思ったが、エル自身は喜んでいるようなのでどうにも怒りにくい。


「僕はメイドさんじゃないのでコスプレみたいですけど。 いひひ、似合いますか?」


「似合わない。 あと、少しスカートの丈が短いんじゃないか?」


 そう言うと、エルが少しへこんだような表情をして、少し悪かったように感じる。

 いや、だが……召使い扱いは嫌だ……。 エルがどうしても着たいなら、いっそ俺も召使いの服を着たら問題ないか? それはレイ辺りがうるさそうだから。


「そうですか……。 すみません、朝からこんな……」


「いや、悪い。 廊下などだと使用人に間違えられるかもしれないから、この部屋で着ている分なら問題ない」


「いえ、アキさんにメイド萌えがないのだったらいいです……。 すぐに着替えて出直してきます」


「メイド萌え?」


 エルが出て行ったのを確認し、一応鍵を閉めてから衣服を着替える。 久しぶりのここでの服は質感が心地よく、軽くて楽だ。

 すぐに着替えて戻ってくるということらしいので、グラウに木剣を借りに行くわけにも顔を洗いに行くわけにもいかず、必要のない本を何処かに持って行きやすいように纏めておく。 使用人にさせても良いのだが、エルと二人きりでいれるときに横で人が作業しているのは不快なので自分でしておく。

 すぐにと言った割に時間がかかったが、扉をコンコンとノックした音が聞こえ、鍵を開けられて中に入ってくる。


 いひひ、とエルが笑いながら中に入ってきたかと思うと、エルは見覚えのある服装……というか、退学になった学校の女生徒用の制服を着ていた。


「これは、月城さんが密かに通おうとしてたけど、異世界故にサイズが全然分からなくて一番小さいのから一番大きいのまでを全て買ったときの小さいやつをもらいました!」


「無駄に金使ってるな、あいつ」


 まぁここは父親が人が多いと落ち着かないとかの理由で雇っている人間が少なく、一人仕事量が多いために高給を支払っているので、使用人として雇っていることになっている月城にもそれぐらいは出来るのだろうが、無駄だ。


 俺の本の方が無駄だが。


「いひひ。 似合いますか?」


「似合わない。 ……いや、エルが着たら何でも可愛らしいことは事実だが」


「いひひ…………似合いませんか……。 まさか女生徒萌えもないとは」


 エルがそう言ってから、また廊下に出て行く。 萌えってなんだろうか。

 またしばらく本を片していると扉がコンコンと叩かれて、鍵を締める音が聞こえる。 その後ドアノブがガチャガチャと動かされて、鍵を開ける音が聞こえる。


「まさか、鍵を閉めていなかったとはね……すっかりしてやられましたよ」


「誰にだ」


 今度のエルの服装は、いつもの格好だった。 エルの黒い髪に白い肌、それによく似合った格好で、スカートではなく膝丈の半ズボンなので何処か安心して見れる。


「……似合っている」


「いひひ。 アキさんは僕のことが大好きで仕方ないんですね。 すぐに分かりましたよ」


 なんで少し偉そうなんだと疑問に思うが、事実なために否定が出来ない。 いつもの格好はやはり可愛らしい。 エルが服を着替えたりするのが好きであることが分かったので、また服でも買いに行こうか。


「アキさん。 これからもアキさんって呼んでも大丈夫ですか?」


「問題ない。 それに、グラウもアキレアのままだ」


 エルもいつもの格好に落ち着いたところで、本を書庫にでも片しに行こうと持つ。


「アキさん、僕もお手伝いしますよ」


「いや、別にいらないが……」


 言い終わる前にエルは本の一部を持って扉を開ける。

 どうせエルの持てる量などはたかが知れているので手伝ってもらう必要もないが、なんとなく嬉しい。


 肩を並べてというにはあまりに身長差があるが、隣にエルを感じながら書庫に向かう。


「この本、後で読ませていただいてもよろしいですか?」


「別にいいが……読めるのか? 他種族の言語だぞ?」


「えっと、一部難しそうなのもありますが、読めそうです……。

んぅ、今話しているのも聞いたり読めたりするのはおかしいので、召喚されたときにこちらの言葉が一通り。 いや、それにしては読めない言葉があるのはおかしいですね。

もしかしたら、初めてあった異世界人のアキさんの言語に関する知識をいただいているのかもしれないですね。

それだと納得できるところが多いので」


 何を言っているのかよく分からないが、エルが俺と同じだけ読み書き出来るのは分かった。

 色々な国の言葉の読み書き聞き話しを出来るのは、密かに自慢に思っていただけに少し悔しい。



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