喪失と旅立ち
十で神童十五で才子、二十過ぎれば只の人とは言うが、俺の落ちぶれっぷりはそんな並大抵の凡愚共とは違った。
大抵の子供は十歳で初めて魔法が使え、徐々に使える魔法の数を増やしていき、戦闘、あるいは狩りにに従事するものは二十歳ぐらいになれば五十程の魔法が使えるようになる。
才子と呼ばれるような子供は八歳で初めて使ったりする。
天才ともあれば五歳で魔法を覚えることもあるらしい。
そんじょそこらの凡愚、才子、天才共とは一線を画す俺は、三つの時には既に魔法が使えていた。
つまりは圧倒的な神童であり、産まれの家系もあり将来は将軍だとか何だとかチヤホヤと甘やかされて期待されたものである。
けれども、昔の人はすごいものである。 尊敬する。
昔の人の言葉と違ったところは落ちぶれっぷりが半端ないところだ。 三で神童五で天才八で才子で、十歳の時には只の人になっていた。
びっくりである。
ちなみにその後のことを話せば、十一で遅れ気味、十二で遅れて、十三で学校のクラスで一番下、十四で学校で一番下、十五で退学、現在十六歳、後数日で十七になるの俺は……あれだ、勘当されそう。
「聞いているのか、ルト。 これ以上私に恥をかかせるようならば、エンブルク家から出て行け」
偉そうな父親が、実際に偉い父親が言った。
「私は、魔法を覚えることは出来ません。 父上の期待にも、応えることは」
事実を述べて、父の紅い眼を見る。 一騎当千、血紅鎧の将軍と呼ばれる彼の瞳を見る。
ここまで育ててくれていたのは、稀代の才だと思われていたからだろう。 その分だけ落ちこぼれている俺に嫌気が刺し、長男である俺を捨てるという落ちこぼれているよりも酷い暴挙に出るのだろう。
尤も、名目は勘当で追い出すのではなく病死にでもするつもりだろうが。
そうなると、慣れ親しんだルト=エンブルクという名前は死人の名になるせいで使えなくなってしまうな。 まぁ覚悟はしていた。
赤黒い髪に紅い目。 神童やら鬼才やらと呼ばれるところから何から何まで父の幼い頃と似ていたらしいが、どうやら俺は神童の紛い物だったらしい。
「分かりました。 今までありがとうございます。 ……いや、世話になった、でいいか。
今まで世話になった」
捨て台詞の一つでも置いていこうかと思ったが、負けを認めたようで気乗りはしなかった。
優秀な弟もいる。 落ちこぼれがいる必要もない。
「分かっているとは思うが、エンブルクの名は」
父親、いや父親でもなくなった男に向かって、小さく頷く。
新たな名前で、何も持たずに生きていこう。
突然の病死にするとなれば、間者が紛れている可能性のある使用人に知られる訳にもいかない。 何も持って行くわけにはいかないだろう。
幾ばくかの金銭ならば持っていってもバレないかもしれないが、理由を付けて持っていかないのは落ちこぼれなりの意地か。
着ている服と、身体と、たった一つの魔法。 それだけを持って外に出る。
夜逃げとは少し違うが、夜逃げする商人も似たようなものだったのだろう。
暗い夜道を人気のより少ない整備もされていない道を歩く。 歩いて数分、後ろから声がかけられる。
「兄さん……」
俺と同じ紅い目、髪色は違い金。 弟、いや元弟ながら物語の王子のように整った顔をしている。
振り向かず、彼の声を聞く。
「出て行く必要はないですよ。
むしろ出て行く方が損失は大きい。
長男を捨てる家なんて聞いたことが……」
「悪いな、レイ。 もう決まったことだ」
吐き捨てるように言ってから、再び歩く。 彼の声はもう聞こえない。
領地から抜け出た頃には夜も明けている。
もう貴族ですらない俺は、本当に只の人だ。 金もない、物も、才もない。
「これからどうしようか」
とりあえず、名前を付けることにする。
どうせ新しい名前を付けるのならば、箔の付いた立派な名前がいいな。
何処か、貴族以外の高名な人間の元に赴いてみることにする。
さようなら。 とだけ、自分にも聞こえないような小さな声で呟いてから、ほとんど知らない街の中に入った。
ーー第一章:名無しな俺と名騙りの勇者。ーー
街中にいれば、さほど目立つ容姿でもない俺の姿は直ぐに人混みに紛れるだろうと思っていたが、なんとなく見られている気がする。
しばらく歩いていると、服が着のみのままだったせいで町人が着ているような貧相な服ではないことに気がつく。
目立つのはいいが、思いっきり貴族であることがバレるのは避けたい。
金もないことだし、適当な店で売っぱらって、新しい服でも買うことにしよう。 浮いた金で当面の生活費にすれば丁度いいだろう。
まだ朝早いせいでほとんどの店は開いていないが、一つの安っぽい服屋が見つかったのでそこに入ることにする。
「開いているか? まだ開いていないようなら出直すが」
「あ、はい、大丈夫ですよー」
年頃の少女らしい高い声が奥から聞こえ、パタパタと大きな足音と共に活発そうな笑顔の少女がやってきた。
こんな子供らしさも残っているような女性も働いているのかと少し驚く。
「何の御用ですか?」
客商売に向いていると思える柔らかい笑みから目を逸らし、着ている服を摘んで言う。
「今着ている服を売って、新しい服を買いたい。 出来るか?」
「はい、出来ますよー。 今日は珍しいお客さんが連続ですねー。
着ているの売ったお金で買うなんて珍しいお客さんが二人とは、流行ってるんですかねー」
少し間延びした声で返事をした店員の少女は俺の着ている服を見て、端を触ってから紙に何かを書き込む。
他にも着ているのを売って今すぐ着るものを買う変な奴がいるのか。 どういう奴だろうか、俺のような追い出された人間だったら、妙な縁を感じるところだ。
「どんな服をお望みですか?」
「あー、そうだな。
安くて着心地の良く、いいデザインの服がいいな」
いい終わってから、そんな物があるわけ無いことに気がつく。 言い直そうと口を開くと、店員が直ぐに一着の服を取り出した。
「これとかどうですか? さっき言ってた人が売っていった古着ですけど。
素材とか、色々よく分からないけど、なんかいい感じですよー。 妙な品なのでお安くしときますよ
あっ、ちゃんと浄化の魔法はかけておいたので清潔です」
店員が取り出したのは、見たこともないような服である。
黒い上着と白い服、それに茶色いズボン。 デザイン自体はそうおかしなものではないように見えるが、細かい装飾や布地がおかしい。
交易のない何処かの異国の服だろうか。 そうすれば、先ほど店員が言っていた奴は遠くからやってきた旅人か。
面白い。 少し興味が湧いた、話でも聞きに行こうか。
「気に入った、それにする。
ところで、その服を売っていった奴は何処に行ったか分かるか?」
「えっ、マジでこれにするんですか?
これを売っていった人ですか……。 あっ、なんか酒場の場所を聞いてきましたねー。
仲間を探すには酒場とかなんとかって言ってました」
酒場? 酒場で仲間を探すってどういうことだ。 異国の文化なのだろうか。
古着には少し抵抗があるが、諦めて服を着替え、幾つかの小銭を店員に渡されてから外に出る。
「黒い髪と黒い眼をしている珍しい人でしたから直ぐに見つかると思いますよー。
ではまたご贔屓にー」
新たな服のポケットに小銭を突っ込んでから、その旅人の向かった酒場に向かう。
変な服ではあるが、着心地は先ほどまで来ていた物よりも良い。
追い出された身ながらも、ある意味で自由の身なのは悪くないかもしれない。