握手(ボクっ娘と姉御と仮面)
孤月ユアナが嫌いな物を三つ挙げるとすれば、第一に空腹。作るのも食べるのも好きな彼女にとって空腹はかなりの苦痛である。第二にスケベな男。成長と共に美少女と呼べる風貌になり、中学生になる頃にはスタイルも平均より上に成長した彼女に対してイヤらしい視線を送る男子が出始め、それが嫌で香瑠と柑奈が通う予定だった学食がとても有名な共学ではなく、学食がそれなりに有名な有名女子校を選択した。
そして、最も嫌いなものは三つ目に挙げる”ヌルヌルヌメヌメした生き物”である。
「あはははは! 静凪さん。グランマが川の向こうで僕達を呼んでるよ」
「三途の川っ!? って言うか、アタシらのお祖母ちゃんは生きてるだろっ!?」
孤月 有里。鉄堅の友人の妹で一歳年下の妻である。なお、鉄堅同様にかなりの高齢だが腰が曲がってすらいない。なお、香瑠の性格は若い頃の祖母にそっくりだ、と鉄堅は思っている。
何故ユアナが此処まで混乱しているか。それは目の前に現れた魔獣にあった。
『キィィィィィィィィィッ!!』
まるで戸が軋む時の音に似た嫌な鳴き声を上げているのは八m程もある巨大なカタツムリ”オクトパスマイマイ”。甲羅もヌメヌメした体もテカテカ光っており、歩いた後にはヌルヌルの白い粘液が残っている。そして体の側面からは毒々しい紫色のタコの足のような触手が生え、それ自身が独立しているかのようにウネウネ動いていた。
まさに、ユアナの嫌いな生き物の要素を全て併せ持つ天敵で、特に苦手意識を持っていない静凪やギリィまで遠巻きに眺めている。
「……ねぇ、タルウィ。あれは幾ら何でも気持ち悪いね」
「そうだね、ザリチェ。じゃあ、嫌がらせだけして帰ろうか。えい!」
どうやら呼び出した二人も気持ち悪いと思ったらしく椅子の高度を上げる。そしてタルウィがオクトパスマイマイを指差すと体が僅かに光り、ユアナ達が採取しに来たボルーナが徐々に枯れていった。
「早く其奴を倒さないと全部枯れちゃうよ」
「ほらほら、早く早く」
二人は見た目の年相応の無邪気な笑顔を見せながら足をバタバタ動かす。そしてオクトパスマイマイが動き出した時、ギリィの短剣が胴体を切り裂いていた。
「くっ!」
だがギリィの手には手応えが伝わてこず、先ほど切り裂いた所も既に塞がっている。直様飛び去ろうとしたギリィだが、その足に触手が絡みつく。触手に無数についた吸盤が足に吸いついて振り払えず、そのままギリィの体は空中に投げ出された。
そして、空中で無防備なギリィ目掛けて触手が振り下ろされた。
「はぁっ!」
静凪は触手とギリィの間に飛び込むと振り下ろされる触手を蹴り上げる。蹴りの衝撃で千切れた触手の先端は遠くに飛んで行き、ギリィの足に絡みついていた触手はユアナによって撃ち抜かれた。
「……誰が助けろといった。私は貴様らの助けなど欲した覚えはない」
ギリィは千切てなお足に絡みつく触手の先を切り飛ばすと不機嫌そうに口を開いた。
「そうかい。じゃあ礼は言わなくて良いよ。アタシらが勝手に助けたんだ」
「グランパから教えられているんだ。危ない目に合いそうな人が居たら助けろ、ってね。じゃあ、今からも勝手に助けるけど気にしないで」
「……勝手にしろ。それと気をつけろ。奴の体は異常に柔らかくて水分が多い。そのせいで直ぐに傷が塞がってしまうから打撃斬撃は効果が薄い。倒すには一気に倒さなければならないな……」
ギリィは短剣を仕舞うと背中に背負っていた弓を構える。弓からは強烈な光が放たれ、周囲に居たビージー達が一斉に逃げ出した。
「アレ見て、タルウィ。あの弓って聖弓だよね?」
「そうだね、ザリチェ。そしてあの弓を使えるハーフエルフって事は……」
「「大罪人ギリアンの子供だっ!」」
「っ! ……黙れっ!」
二人の言葉を聞いいた途端、ギリィはオクトパスマイマイに向けていた弓を二人に向けた。表情は仮面に隠れて伺えないが、明らかに怒っている。
「それ以上父上を侮辱するなっ!」
ギリィが怒号と同時に矢を放つと矢は光に包まれながら飛んで行き、二人が座っている椅子スレスレを通って天井を破壊する。天井に大きく空いた穴から雨が入り込んできた。
「わぁおっ! 威力はソコソコ。でも、母親程ではないね」
「それに、もう力を使い果たしたみたいだよ」
タルゥイとザリチェは極度の疲労から膝を崩しているギリィを指さしてクスクス笑い、今度は静那とユアナの方を向いた。
「ねぇ、此奴の父親が何やったか知ってる?」
「知らないね。他人の父大家が何やらかそうがアタシには関係無いよ。アンタラも下らないことを言うのは辞止めな」
「……流石にちょっと不愉快かな?」
ユアナは右手の魔銃でオクトパスマイマイを牽制しつつ、左手の魔銃を二人に向ける。二人は銃口を向けられているにも関わらず平然とした様子だ。まるでユアナの攻撃など少しも効かないとでも言うように……。
「其奴の父親はね、魔法の実験で十日の間、世界から魔法を奪ったんだ。そのせいで沢山の死者が出たんだ。……そろそろ帰るね」
「それでもアーリマン様の討伐の為に死刑にならず、討伐で活躍したから恩赦を貰って聖弓を使うエルフの一族の娘と結婚した。勝手だよねぇ? 沢山家族を失った人が居るってのにさ。……じゃあ、バイバイ」
二人はギリィを嘲笑うような笑みを浮かべたまま消えて行く、ギリィが今だ弓を放ってから立ち上がれず、二人はギリィを庇うように立ち塞がった。
「さぁて、異世界人のアタシらにはアンタの父親がした事なんて関係ない。今は一刻も早くアイツを倒す事が先決だよ」
「さっきの弓のせいで疲れてるんだよね? 後の位でもう一回撃てる?」
「……五分。今の私では回復にそれだけ必要だ」
「了解っ! じゃあ、五分稼いでやるよ! でもさ、五分以内に倒しても文句言うんじゃないよっ!」
静凪は叫ぶなりオクトパスマイマイに正面から飛び込んで行く。その瞬間、オクトパスマイマイの腹が膨れ、口が開いて液体が吐き出される。その雫が岩に当たった瞬間、岩がドロドロに溶けた。どうやら強酸性の液体のようだ。そして吐き出された液体が間近に迫った時、静凪は膝を曲げて跳躍し、酸性の液体を飛び越してオクトパスマイマイに迫る。
『ギキィィィィィィィィィッ!』
「触手がっ!」
しかし此処に来てオクトパスが新しい能力を見せる。後ろ三つの触手が引っ込み、左右の一番前の触手が伸びる。そして触手の吸盤から毒々しい色の液体が飛ばされた。しかし静那には少しも慌てた様子がない。
「ユアナ!」
「分かってるよっ! それそれそれそれっ!」
ユアナが放った弾は液体を撃ち落とすだけでなく吸盤まで破壊し、そのまま静凪は甲羅を蹴りつけた。
「甲羅に内蔵が詰まってんのは知ってるよっ! おらぁっ!!」
金属同士がぶつかりあった様な音が響き、静凪は難なく着地した。オクトパスマイマイは衝撃が中に響いたのか動きを止めており静凪は再び跳躍すると甲羅を蹴りつける。再び鈍い音が響き、シズナは今度は着地せずに岩壁を蹴ると再び甲羅を蹴りつけ、ユアナも職種の動きを止めつつ隙あらば甲羅を撃つ。そして何度目かの蹴りが決まった時、甲羅にヒビが入った。
「今だよっ!」
「任せといてっ! フレイムショット!」
ユアナの魔銃から放たれた灼熱の弾丸は甲羅に入ったヒビに命中し、そのまま甲羅を破って内部を焼き尽くす。オクトパスマイマイは苦しさから暴れだし、目の前に着地した静凪を押し潰さんと迫る。それに対して静那は腰を低くし、拳を構えた。
『キィィィィィィィィッ!!』
「攻撃が効きづらいってんなら、その分強い攻撃を当てれば良いだけさっ! 正拳突きっ!!」
大きく息を吸い込んだ静凪は全身の力を右手に集め、一気に放つ。拳の衝撃はオクトパスマイマイの全身に行き渡り、壊れかけの甲羅を内部の内蔵ごと破壊した。
「うわぁっ!?」
肉片が辺りに散らばり、その下敷きになったシャルはヌラヌラ光る粘液塗れになる。静凪はギリィの方を振り返ると歯を見せて笑った。
「どうだい? 五分以内に…」
「全く、今回はこんな目に遭ってばっかだよ。……静凪さん、後ろっ!」
バラバラになった肉片が集まったかと思うと静凪目掛けて強酸を吐きかける。油断していた静凪は咄嗟に反応できず……、
「全く、気を抜きすぎだ。反省しろ、シズナ」
ギリィが放った光を纏った矢が強酸ごと肉片を吹き飛ばした。
「……今まで悪かったな。父様の事があるから正体を隠せって母様に言われてたんだ。長命種には父様を今だ憎んでいる者も居るし、女ばかりの旅は危ないからって性別も隠す事になって。呑気なお前らが腹立たしかった。……だが、今この時より二人は私の大事な仲間だ。よろしく頼む」
ギリィは仮面を外して二人に手を差し出す。その顔は母であるフィーの若い頃にそっくりだ。静凪とユアナは顔を見合わせて笑うと握手に応じた。
「……ところで依頼はどうするんだい?」
「……あっ! どどど、どうしようっ!?」
目当てのボルーナはすべて枯れてしまっており、これでは依頼が果たせない。枯れていないのがないかと三人が探していると、先程の戦いの余波で潰れてしまっているビージーの死体からボルーナが姿を覗かせていた。
「……そういえば聞いた事がある。コイツらは植物を丸呑みにしてゆっくり消化するそうだ。好物がボルーナだとも聞いたな」
「……え~と、つまり一匹一匹倒して腹を裂くしかないって事かい?」
「……そう嫌そうな顔をするな。私だって嫌だ。だが、今回の依頼は罰則の代わりだからな……」
その後、数時間かけて依頼された数だけボルーナを集めた三人の精神は憔悴しきっていた……
これで一章完! 次回番外編 人形は只待ち続ける の後に二章です
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