空腹と疲労
グリファリアで『人』と公式に認められている種族は大まかに分類して三種類ある。一つ目は『人間』。ほかの種族に比べて肉体的にも魔術的にも劣っているが、繁殖力と貪欲さでは追随を許さず最も栄えている種族だ。
二つ目は『亜人』もしくは『獣人』と呼ばれる種族で、例外はあるが体の一部が獣と同じだったりしているのが特徴だ。身体能力の高さは極めて高いが数が少なく、地域によっては人間から獣として扱われていた。なお、建前上は今は人と認められているが、角や翼を調度品や装飾品にしようと狩りの対象にされている種族もいる。
そして三つ目が『エルフ』だ。基本的に住み家である森の中の隠れ里から出てこないが、たまに物好きが外の世界に出てくる。魔法的能力は三種族で最も高く、寿命も人間の二十倍近いが繁殖能力は低い。エルフの王は世襲制ではなく、一定以上の地位がある家の者から選ばれる様になっており、今の王には先代勇者の鉄堅の仲間であるフィーが就任していた。
「このままジッとしていても仕方がありません。まずエルフに援助を求めましょう。行き方は知っていますので付いて来て下さい」
しばらく生存者を探していたチロルだったが、これ以上探しても無駄だと判断したようだ。運良くガレキの隙間から鉄堅達に渡す予定だったの旅支度品を見つけた彼女は次にどうするかの提案をした。
「それが良いだろう。其方が儂らの為に用意した旅支度の品が見つかったのは良いが、殆ど潰れて使い物にならんからな」
(……拙いわぁ。フィーなら私に気付くかも。あの子、妙に勘が良かったから……)
内心では行きたくない鉄堅だったが、反対する正式な理由がないので肯定するしかできず、孫達も賛成したのでハラハラしながらエルフの住む森を目指す事にした。
そして数日後、一行は途轍もないピンチに陥っていた……。
「お腹空いたー、水はたっぷりあるけど食べ物がないよ~」
そう、一行が陥ったピンチとは食料不足である。保存食の殆どが瓦礫に埋もれ、無事だった食料は食べ尽くしてしまった。数日前まで残っていた村も壊滅しており、川には魚の気配すらなかった。
「我慢しろ、柑奈。一番小さい桜だって我慢してるし、一番辛いのはお祖父さんだ」
食糧不足に陥った際、鉄堅は自分の分の殆どを孫娘達に分け与えていた。最初は拒んだ三人だったが、何度言っても鉄堅が少ししか食べようとしないのに折れ、鉄堅を心配しながらも分け与えられた分を食べていた。そして、昨日の昼についに食料が尽きてしまったのだ。
「あ……。そうだったね。ねぇ、お祖父ちゃん。本当に大丈夫?」
「心配するな。儂は年寄りだからあまり食べなくても良い。それよりも、まだ子供のお前達が心配だ」
「桜は大丈夫。お祖父ちゃん、本当に大丈夫?」
鉄堅の服の裾を掴んで顔を見上げる桜は何時ものように無表情に見えるが、身内である三人には心配しているのが見て取れた。一行が今居るのは荒野の真ん中。水は川で補充したが草一本っ見えない事に誰もが不安を覚える中、一行に近づいてくる影があった。
「ノコ!」
「ブモォォォォォォォォォ!」
近づいて来たのは一メートル程の大きさをしたキノコ型の魔獣。アニメや絵本に出てくるようなデフォルメされた姿をしており、ピョンピョン跳ねながら近付いてくる。その後ろからは頭の中央から一本角を生やした野牛も近づいて来た。
「皆さん、注意してください! あれは魔獣です。キノコの方はノコノン、牛はモノホーンバイソン。……確か両方とも食べれますね」
チロルの言葉を聞いた瞬間、鉄堅達の目の色が変わった。
「……焼肉?」
「いやいや、鍋が一番だと思うよ。調味料はあるしさ」
「私は蒸し焼きが良いな」
「お前達、肉だけではなくキノコも食べる様に」
もはや目の前の魔獣を食料としか見ていない四人はジワジワと近づいて行き、二匹は寒気を感じて後退る。
「ノコ!?」
「ブモ!?」
だが、突如後ろに出現した岩の壁が退路を防いだ。
「ふふふ、この二匹は刺身で食べるのが一番なんですよ。もう、ほっぺが落ちそうになるくらい美味しくって」
「まぁ、量はあるし全部作れば良いだろう」
訂正、もはや五人は二匹を食料としか見ていない。数分後、周囲に美味しそうな匂いが漂いだした。
「エルフの住む森には明日には付きます。今日は野営しましょう。火の番は私が……」
「いや、儂がしよう。お前さんは寝ておけ」
「いや、私が……」
「儂がする」
「……はい」
チロルは鉄堅の迫力に逆らえず、毛布に包まるなり寝息を立て出した。
「一番精神的に参っているのはお前だろうに……」
住んでいた街が完全に破壊され、生き残っていた住民も恐らく全員死亡している。そして、不慣れな旅にチロルは精神的にも肉体的にも限界を迎えていた。桜も旅には不慣れだが、鉄堅達が交代で何度も背負っているのでそれほど疲労はない。香瑠と柑奈は武術の修行で体力が付いているので何とか耐えている。鉄堅はまだ余裕があった。
「……お祖父ちゃん」
「どうした、桜? 眠れんのか?」
「……うん」
やはり桜も精神的に大分堪えている様で、不安そうな顔で鉄堅に近付いてくる。すると桜が起き出した音に気付いたのか、香瑠と柑奈も近付いて来た。
「桜、無理にでも寝ないと体が持たないぞ」
「ほら、私が子守唄でも歌ってあげるから寝よ?」
「……うん」
迎えに来た二人に素直に従おうとする桜だったが、鉄堅は桜を抱き寄せると胡座をかいた足の間に座らせ、その上から毛布を巻いた。
「桜は此方の方が落ち着くだろう? この方が暖かいし、暫く此の儘で居ろ」
「うん」
桜は素直に頷くと、安心したのか数秒で寝息を立て出す。そして寝顔を眺めていた鉄堅の背中に軽い衝撃が走り、振り向くと柑奈が背中合わせにくっ付いていた。
「えへへ♪ 私も久しぶりにお祖父ちゃんと一緒に寝るね」
「お…おい、柑奈」
「香瑠ちゃんも一緒に寝ようよ。昔は一緒に寝たじゃない。良いよね、お祖父ちゃん?」
「……勝手にしろ」
鉄堅はぶっきら棒ながら許可を出す。そして内心ではこの様な事を思っていた。
(ああん、懐かしいわねぇ。昔は二人共アタシの布団に潜り込んで来てたわ)
「……まぁ、其方の方が暖かいしな。では、失礼します」
香瑠は最後まで意地を張りながらも鉄堅の方に背中を預ける。そして数分後、二人も安心しきった寝顔で寝息を立てだした。
「……この子達は絶対に守らなきゃ」
その場の全員が寝る中、唯一起きている鉄堅は空を見上げながら呟いた
「ウキィィィィィィィ!!」
エルフの住む森に入って数分後、一行は魔獣の群れに囲まれていた。二つの頭を持つ猿型魔獣”ダブルヘッドモンキー”が木から木を飛び移りながら一行に飛びかかるチャンスを伺い、一メートルの巨体を持つ大蛙”ジャイアントケロル”が獲物を捉えるだけでなく、敵を貫く槍にもなる舌を伸ばしてくる。そして先日一行に食べられたノコノンの上位種で二メートルの巨体に石の如き硬さを持つ”ストーンノコノン”が隙あらば押しつぶそうと狙っていた。
「ストーンニードル」
「ケロッ!?」
桜が杖を構えて呪文を唱えると地面が鋭く隆起し、ジャイアントケロルの顎から頭までを貫く。桜が得た戦職は『魔法使い』。魔法に特化した能力補正がかかり、本人次第で高度な魔法を覚える事が可能だ。なお、桜はもう二つ戦職を習得している。
「行っくよ~! 雷遁の術~!」
何とも間の抜けた掛け声で柑奈が叫ぶと彼女の周囲に電撃が現れてダブルヘッドモンキーを感電させていく。柑奈が取得した戦職は『忍者』。東方の僻地に住むとある部族から伝わった暗殺を得意とする『暗殺者』の同系統で、気配者遮断などの特殊技術の補正は暗殺者に劣るが、職技として様々な『忍術』が使えるのだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
香瑠は襲い来る魔獣をクレタナで一蹴して行く。遠くから投石して来たダブルヘッドモンキーに対しては火球を放って撃退した。彼女が習得した戦職は『魔法騎士』。剣士系の上位互換である『騎士』の一種で、近接戦闘能力への補正と魔法使いには劣るが魔法への補正も持っている。かなりの才能と実力がないと取得できない戦職だ。
「はわわわ。皆さん凄いですね」
チロルは『療術師』の戦職を持っており回復魔法が使えるのだが先程から出番がない。彼女の目の前では香瑠がストーンノコノンの体を頭から真っ二つにしていた。その時、森の奥から耳を劈く様な咆哮と共に巨大な魔獣が現れる。
「グォォォォォォ!!」
現れたのは全長五メートルはある巨大なサイ。荒々しい鼻息と共に全身から炎が吹き出している。この森の魔獣の頂点に立つ存在、”イフリートライノゥ”だ。イフリートライノゥは後ろ足で地面を蹴り、今にも突進してきそうだ。しかし、そのような存在を見ても香瑠達は少しも動じない。イフリートライノゥの目前に鉄堅が居たからだ。
「ブモォォォォォォォォォッ!!」
自分の縄張りを荒らした侵入者を排除しようと巨体を震わせ突進してくる相手に対し、鉄堅はたた真上に剣を振り上げる。次第に剣を光が包みだし、鉄堅はそれを閃光と共に振り下ろした。
「レイブレード!」
その瞬間周囲を光がが包み込み、イフリートライノゥは遥か先の地面ごと真っ二つになった。それを見たチロルは呆然としながら呟く。
「こ…これが勇者に匹敵すると記された力なのですね」
鉄堅が習得したのは習得した者は歴史上一人しか居ないとされる戦職。その名は『聖騎士』。その力は勇者に匹敵すると言われ、全ての戦士の羨望の的となる伝説の戦職である……。
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