激昂
感想が来ない……(´;ω;`)
異世界からの勇者召喚等の際、使命を果たす為に必要な力を付加する事が有る。よくあるパターンでは戦いに必要な戦闘力や言語や文字などの知識だ。
だが、戦いの経験もなく、その必要すらない平和な世界で生まれ育った者が力を急に手に入れたとして、簡単に戦えるものなのだろうか……?
「巫山戯るなっ! それでは丸っきり洗脳ではないかっ!」
香瑠は自分達を召喚した際に付け加えた力の説明を受けて激怒した。四人が召喚の際に与えられたのは合計三つ。一つ目は戦う為の力。身体能力を底上げし、魔法を使えるようにするというもの。二つ目は言語や文字の理解。そして、最後の一つこそが香瑠の怒りを買った要因。戦いへの忌避感を減少させる、という物だった。これにより、たとえ人を殴った事すら無い者でも生き物に向かって武器を振るい、肉を切る感触や飛び散る血の香り対して臆する事なく戦える、というのだ。それを聞いた瞬間、香瑠は机を叩き、説明を行った男の胸ぐらを掴んだ。
「で…ですが、先代の勇者は其れが無かった為にかなりの苦労を……」
「当たり前だっ! 先程聞いた、先代の私と同じ名前からして日本人だろう。命懸けの戦いに縁がなくて当然なんだっ! それをこの世界の者は……くっ!」
「ひっ!」
香瑠は野のまま空いた手で男に殴りかかり、男は思わず目を閉じる。しかし何時まで経っても痛みを感じず、恐る恐る目を開けると、香瑠の腕を鉄堅が掴んで止めていた。
「少し落ち着け、香瑠」
「お祖父さん……。でも……」
鉄堅に止められながらも香瑠は殴ろうとするのを止めようとしない。すると香瑠の腕を、もう二人分の腕が掴んだ
「そうだよ~、香瑠ちゃん。今その人を殴っても、香瑠ちゃんは優しいから後で後悔するだけだよ?」
「……殴っちゃ、駄目」
柑奈は横から腕を掴み、身長の足りない桜は踵を上げて下から掴む。香瑠は少し身長が高く、桜は少し低めなので手を上に向けて必死に伸ばし、足をプルプル震わせながらも薫の腕を掴み続けた。
「……分かった。すまなかったな、皆」
鉄堅だけでなく柑奈や桜にまで窘められた香瑠は男の胸ぐらから手を離し、殴ろうと腕に込めた力を抜く。それを見た三人も香瑠の腕から手を離した。
「……もう一度だけ訊く。帰るには魔帝とやらを倒すしかないんだな?」
「は…はい。貴女方の世界とグリファリアは魔帝が創り出した魔気の影響で一方通行となっておりまして、魔帝さえ倒せば、ある程度の腕の魔法使いなら送り返すのは難しくはないんです」
「……そうか。それと、私が勇者で間違いないんだな?」
「は…はい。貴女の手の甲にある紋章が勇者の証です」
「……」
香瑠は召喚された際に右手の甲に現れた紋章をジッと見つめる。同じ大きさの三角形と逆三角系を重ね、輪っかが二重に取り囲んでいる、というものだ。それを見ながら香瑠は何やら考え込み、突如男の方をキッと見る。
「良いだろう、勇者を引き受けてやる! だがっ! その代わりに三人は此処で私の帰りを待たせろ! ……私が何を一番怒っているか分かるか? それは、家族を巻き込まれた事だ! だから、魔帝との戦いは私一人で戦…ぶっ!?」
「馬鹿者が」
「水臭いよ~、香瑠ちゃん?」
「……一人は、駄目」
香瑠は頭に鉄堅の拳骨を受け、背中に柑奈の掌底打ちを食らい、太股に桜の蹴りを食らって言葉を中断させられる、中でも鉄堅の拳骨が一番痛かったらしく、涙目で頭を押さえていた。
「な…何をするっ!? 私は皆を巻き込んだ責任を取ろうと……」
「ふんっ! その様な物取らんで良い。それにお前はなんにも悪ぅないわっ!」
「そうだよ、香瑠ちゃん。それに、家族なら辛い事も楽しい事も分け合ってこそ、なんだから」
「……桜も着いて行く。それと、悪いのは此処の人達だよ」
「……そうだな。皆、悪かった。私と一緒に戦ってくれ」
なお、此処までの会話の中での鉄堅の内心は以下の様になっている。
「で…ですが、先代の勇者は其れが無かった為にかなりの苦労を……」
(あ~、吐いたわねぇ。肉を切る感触が生々しくって涙を流しながら吐いたわ。ってか、前の時にも付けとけや!)
「は…はい。貴女の手の甲にある紋章が勇者の証です」
(アタシの可愛い孫娘の手に何変な物を付けてんのよ! いくら消えるとはいえ、嫁入り前よ!?)
「……私が何を一番怒っているか分かるか? それは、家族を巻き込まれた事だ!」
(家族思いに育ってくれて嬉しいわ、香瑠ちゃん。でも、これ以上は見過ごせないわね……)
「……そうだな。皆、悪かった。私と一緒に戦ってくれ」
(本当はアタシが名乗れれば良いんだけど……)
その頃、エルフの女王であるフィーに召喚された二人は休憩と称して神殿を抜け出し、森の中にある花畑に来ていた。
「……納得いかない。あんなの洗脳じゃないか。しかも肉体にまで手を加えてさ……」
「まぁ、やっちまったモンは仕方ないさ。諦めて受け入れな。この力、使ってみると結構面白いモンだよ?」
フィーから説明を受けたユアナは先程から納得できずに文句を言っている。対して静凪は特に気にした様子もなくケラケラ笑っていた。
「……静凪さんは気にならないの? ボク達、勝手に体を改造された様なものなんだよ? しかも戦わなくちゃいけないなんてさ……」
「……別に気にならない事はないさ。でも、クヨクヨ悩むのは性に合わなくてねぇ。どうせやらなくちゃいけないのなら、やってやるだけさっ! ……ま、タイミング見計らってあの女の顔面に拳でも叩きこんでやるさ。そん時はアンタも参加しな」
静凪は右手の拳を握ると左手の手の平に叩きつけ、ニカッと笑った
「……うん!」
静凪の影響か、先程まで落ち込んでいたユアナに笑顔が戻る。その時、一人のエルフが駆け寄ってきた。青い全身鎧に仮面で顔の上半分を隠し顔どころか性別すら不明だ。
「……準備が出来た。戦職の適性を調べるからついて来い」
中性的な声の鎧のエルフは、伝言を告げるなりクルリと背を向けて歩き出す。二人はその態度に眉を顰めながらもその後ろについて行った。
「……気に入らないねぇ。アタシらと馴れ合うつもりはない、て事かい?」
「……嫌な感じだなぁ」
(……気に入らない。こんな平和ボケした奴らに勇者を任せるなんて……)
鎧のエルフは二人に敵意を感じながら歩を進める。やがて神殿前に用意された篝火で台を囲んだ水晶玉が見えて来た。
「では、今から勇者様達の戦職の適性と魔力測定を行います」
戦職とは一定以上の適性や技量を持つ者が神官が執り行う儀式で祝福を受けることによって手に入れる事ができ、戦職毎に力や武器の取り扱いに補正が掛かり、更には魔法などを使う為に消費する魔力を使って放つ職技というものも戦職を極めて行けば使用できる様になる。
「香瑠の戦職とやらは勇者ではなかったのか?」
(……まぁ、本当は知ってるけどね。今のあの子じゃ最低限の力しか引き出せないわ)
鉄堅がそんな事を思う中、説明役の男は取り出したボードを指し示す。
「はい。そうなのですが戦職は本人の力量次第で複数持てるのですよ。それと失礼ですが今の勇者様の……」
「香瑠だ。私の事は勇者などという称号で呼ぶな」
「カ…カオル様の力量では勇者の能力補正が対して付かないのです。戦職にはランクが御座いまして。……最高ランクである勇者としての能力補正を受けるには、それ相応の力量が必要なのです」
「……しかし、力とは修行を長年続けて少しずつ付けるものだろう?」
「はい、通常はそうなのですが。あの、魔気で動物が魔獣になった事は申しましたよね。その魔気なのですが、魔獣を倒すと浄化されて無害になり、一定以上貯めると反対に倒した者の力を上げるのです。そして、魔獣が強ければ強い程魔気の量も増え、倒す側が強ければ必要量も多くなります。確か先代勇者は経験値とレベルという言葉に例えていましたが……」
意味がよく分からなかったのか男は首を傾げ、意味が分かっている香瑠達はすぐに理解した。
「……所で先代はどのような奴だったんだ? 名前が同じなので余計に気になってな」
「……うむ。そうだな」
香瑠の言葉を肯定する鉄堅だが、内心では慌てていた。
(やめて~! 言わないで、お願い!)
だが、心の叫びも虚しく、男は言いにくそうにしながらも口を開いた。
「あの、男性ですが女性の様な話し方をされ……非常に女性に目がなかったそうです」
「……節操無し?」
「うわ~……。英雄色を好む、って言うけど、実際に聞くと流石にちょっとね……」
「……軟弱な。お祖父さんとは大違いだ。そうですよね?」
どうやら三人は鉄堅が厳格な祖父として振るまい、更にその子供に育てられた為に先代勇者の事が気に入らないようだ。
「……ああ、そうだな」
そして鉄堅は心の中で叫ぶ。
(……他にも色々理由はあるけど、絶対にバレないようにしないといけないわ! アタシが先代勇者だなんてっ!)
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