勇者召喚
とある場所に古くから存在する剣道道場がある。名を孤月流剣術道場といい、師範の名は孤月 鉄堅。剣道の最高段位である範士八段の取得者であり、厳格な師範としても有名である。その鉄堅は道場で素振り稽古をしていた
。
「ふん! ふん! ふん!」
すでに齢八十を越えているというのに衰えを見せぬ体は逞しく、顔には深い皺が刻まれているが目つきは鋭く、まさしく武芸者の瞳だ。やがて日課の回数を終えた頃に道場の扉が開き、一人の少女が入って来た。
「お祖父さん、そろそろ時間です。皆、待っていますよ」
「分かっている。態々呼びに来るなど手間を掛けさせたな、香瑠」
入って来たのは艶のある黒髪をポニーテールにした凛とした雰囲気の少女。漂わせる雰囲気は侍に例えるのが一番近いだろうか。鉄堅程ではないが武道の心得があるらしく、彼女の佇まいには隙がない。慎ましい胸と鍛錬で引き締まった体を持つ彼女の名は孤月 香瑠。鉄堅の長男の長女、つまり鉄堅の孫娘だ。道着の乱れを直しながら孫娘に問いかける鉄拳は厳格な表情と口調をしており、
(わ~い! 孫達が誕生日を祝ってくれるなんて最高だわ)
内心ではオネェ口調で喜んでいた。もっとも、他人の心が読めない香瑠はその様な事を知る由もなく、わずかに口元が緩んでいる事を喜ぶ。この日は鉄堅の誕生日であり、孫一同でお祝いをする予定になっていた。
「「「「お祖父ちゃん(グランパ)、誕生日おめでとう!」」」」
「うむ、態々すまんな」
鉄堅が居間に入るなり破裂音と共に紙吹雪が舞い散る。呼びに行った香瑠以外の孫達がパーティクラッカーを向けていた。なお、鉄堅は内心では大いにはしゃいでいるが、あくまで厳格な祖父を装っている。
「……お祖父ちゃん、これプレゼント」
鉄堅が椅子に座るなり小柄な少女がプレゼントを持って来た。彼女の名は孤月 桜。香瑠の妹で今年で十歳になる小学生だ。黒髪を短く切り揃えており、平均より少し低い身長に少々表情に乏しいが鉄堅にはよく懐いている。
(あぁん! 今すぐ抱きしめたいわぁ)
と思った鉄堅であったが軽く頭を撫でる程度に止める。
「はい、お祖父ちゃん。私が編んだマフラーだよ」
次にやって来たのは、少し間の抜けた感じのする赤毛混じりのツインテールの少女。少々頼りない感じがし、今もプレゼントを渡そうとして何もない所で躓き、鉄堅に支えられる。
「もう少し落ち着け、柑奈」
「えへへ~。ゴメンネ、お祖父ちゃん。あ、今巻いてあげるね」
彼女の名は飯島 柑奈。鉄堅の長女の次女だ。なお、従姉妹にあたる香瑠と違い、平均よりもだいぶ大きい胸をしている。彼女は悪戦苦闘しながらも何とかマフラーを巻き終えた。
「はい。これはボクからだよ、グランパ」
「礼を言うぞ、ユアナ」
次にプレゼントを差し出したのは金髪碧眼という日本人離れした顔つきの少女。名を孤月ユアナといい、アメリカ人と国際結婚した次男の娘だ。なお、髪型はショートボブで胸は平均よりやや上といった所だろう。
「はいよ、お祖父ちゃん。アタシは今日のメインを釣ってきたよ。バイクで少し行った所に穴場があるのさ」
「……制限時速は守っただろうな、静凪」
「はっはっはっ! もうヤンチャは卒業したよ」
そう言って大きな鯛の刺身を出して来たのは柑奈の姉の静凪。今は大学生をやっており落ち着いているが、少し前まではレディースの頭をやっていたという過去を持つ。柑奈同様に赤毛混じりの髪を肩まで伸ばし、胸も妹同様に大きい。二人の胸を見た香瑠は”従姉妹なのに何故此処まで……”と悩んでいる。なお、この姉妹は鉄堅の長子である長女の娘達だ。
なお、年齢は静凪が一番上で二十歳。柑奈・香瑠・ユアナは同じ年に生まれた一七才で、桜が十歳と最年少だ。
「今日は儂の為に集まって貰って礼を言うぞ、お前達」
孫娘達に対し、鉄堅はこの様に厳格な態度で礼を言う。
(あ~も~、お祖父ちゃん感激よぉ)
そして内心では大いに喜んでいた。
パーティは進み、そろそろ終わりが近づいた頃、桜はお気に入りの場所である鉄堅の膝の上に座り、ユアナと静凪は少し離れた場所で話をしていた、その時である。部屋の中央に光り輝く魔法陣が出現し、反応する間も無く光が部屋を包み込む。光が晴れると鉄堅・香瑠・桜・柑奈の四人は、映画などに出てくる西洋の城の中を思わせる場所に移動していた。
「……?」
桜は状況が飲み込めないのかキョロキョロしている。しかし見回しても無駄だと判断したのか鉄堅の顔を見上げて何か行動するのを待ちだした。
「あれれ~? 香瑠ちゃん、此処何処だろうね。あっ! あの絵、すごく綺麗!」
柑奈は緊張感を微塵も感じさせずに周囲を見ている。その度に大きな胸が揺れ、香瑠はそれを恨めしそうに軽く睨んだ。
「……さて、周囲の者達が何か知ってそうだが」
香瑠は柑奈の胸から目を逸らすと警戒しながら周囲を観察する。どうやら部屋の中はかなり荒れており、壁にはヒビが入っている所もあり、周りに居る者達も少し窶れた様子だ。
「此処は……」
そんな中、鉄堅も驚いた様子で周囲を見回す。それは知らない場所に移動した事に対する驚きというよりも、知った場所が様変わりした事に対する驚きにも見えた。
「お祖父さん、とりあえず此処は彼らから話を聞きましょう」
「……そうだな。おい、スマンが此処が何処だが教えて貰えぬか?」
鉄堅の問いに童謡からか騒がしくしていた男達は我に返り、中でも一番地位の高そうな男が寄って来た。
「これは申し訳御座いませんでした。ようこそ、勇者様」
「……勇者? 私がか?」
男に目の前で平伏された香瑠は自分を指差しながら疑問の声を上げた。
「え~と、此処は何処だろう?」
「……少なくても近所にはこんな所無かったよ。ったく、どうなってんだい。おい、アンタ達、何か知ってそうだね」
静凪とユアナが移動したのは三人とは違い何処かの神殿らしき建物の中。吹き抜けになっており、深い森の中にあるのだけは分かる。そして、周囲に居る者達は僧衣の様な服装をしており耳が尖っていた。
(あっ! まるでゲームに出てくるエルフみたいだな)
ユアナがそう思った時、身分の高そうな女性が進み出てきた。年の頃は三十代といった頃で、気品を感じさせる柔らかな笑みを浮べている。
「ええ、私達はエルフで合っていますよ」
「えっ!? 僕の心を読んだの!?」
「……んな事はどうでも良いよ。何時から日本は一般人に対する大掛かりなドッキリをするようになったんだい? いくらなんでもやり過ぎだよ」
ユアナを庇うように間に入った静凪は女性を睨みながら問いただす。その態度に周囲の者が騒ぐが女性は手で制して黙らせると二人に向かって頭を下げた。
「突然お呼び立てして申し訳御座いませんでした。単刀直入に言います。此処は貴女方の住む世界ではありません」
「はっ! 異世界とでも言いたいのかい? 幾ら何でも使い古されたネタ過ぎ……てな訳ないか」
「うん。ボクもそう思う。ドッキリでは説明できない事があるもん。室内から一瞬でこんな場所に移動させるなんてさ。別に気絶してた訳でもないし。……それで、ボク達を呼び出した訳は何?」
恐る恐るといった感じで尋ねるユアナに対し、エルフの女性は微笑んだ。
「これは話が早くて助かります。貴女方に勇者になって頂きたいと思いまして。……あっ、これは失礼いたしました。私はエルフの女王のフィーと申します」
「「……はっ? 勇者ぁ!?」」
フィーの言葉に対し、二人は間抜けな声で聞き返した。
「……私が勇者? そして此処は異世界で、私を貴方達が召喚したと」
「ええ、そうです。……どうやらお身内の方々は巻き込まれたようで」
その頃、鉄堅達も男達から同じ話を聞かされていた。四人が通されたのは迎賓室……だったと思われる部屋。今は荒れ果て、高価だったと思われる装飾も壊れている物が多数だ。
「巫山戯るな! 人を許可なしに呼び寄せ、あまつさえ勇者をやれだと!? 今すぐ帰して貰おうかっ!」
「……も…申し訳御座いません。今すぐお帰しする事は出来ないのです」
「貴様っ!」
男の言葉に激高した香瑠が掴みかかろうとした時、鉄堅が肩を掴んで止めた。
「止めろ。それで話せる物も話せん」
「しかしっ!」
「そうだよ~、香瑠ちゃん。落ち着いて話そうよ、ねっ?」
「……お姉ちゃん、落ち着いて」
二人からも説得を受けた香瑠は息を整えて落ち着き、男達から詳しい話を聞く事にした。
とある洞窟の中に一本の剣があった。幅広の片刃の大剣で、柄には光り輝く石で装飾がされていた。剣が刺さっているのは澄み切った水の中。子供の膝までしかない水の中央の地面に刃が半分まで刺さっており、剣を中心とし、突如水に波紋が起きた。
『あっ! やって来た! 新しい子がやって来たんだ! やったぁ✩』
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