第二話 出会い
それは、ソレイユの丘がまだ草原だった頃の話。
少し湿気の混じった、海独特の潮風を浴びながら、男はその丘に腰を降ろした。
男は瞳まである少し長めの青い髪をしており、漆黒のローブを着ている。顔を見ると、彼はとても端正な顔立ちをしていた。二重の瞼に長い睫毛、少し高めの鼻に綺麗な唇。まるで女性のようなその男は、気持ち良さそうに目を閉じた。
ここには、自然の魔法が存在する。ザー、ザー、と波が寄せては帰る潮騒は、不思議と安心感に包まれる。頬をくすぐる潮風は、ほてった身体を冷ましてくれる。そして心地良いほどの太陽の陽射しは、暖かな眠りへと誘う。
これこそ本当の魔法だと、男は常々思っていた。
「今日も良い天気だ。」
彼はそう言うと、懐からあるものを取り出した。
拳を握るより少し大きいそれは、真っ白な身体をしている。そしてそれにはいくつか小さな穴が空いていて、さらに細長い突起のようなものも見える。彼はその突起の部分をくわえると、瞳を閉じてそれを奏で始めた。
とてもか細く、消えてしまいそうな高い音が、ゆったりとした曲となって辺りを響かせる。潮騒に彩られたその音は美しく、演奏している彼自身をも夢中にさせる。時に悲しさを、時に楽しさをも想像させるようなそのメロディは、まるで生きているようにも思えた。
彼が最後の一節を奏で終えると、辺りは音をなくしたかのように静まり返った。その時彼は、なんともいえない浮遊感に包まれる。空を飛んでいるような充実感と言えばいいだろうか。彼はそれを全身で感じることが好きだった。
とその時、突然彼の背後からパチパチと音がした。
「すごーい!」
彼が驚いて後ろを振り返ると、そこには拍手をしながら可愛らしい笑顔を浮かべている少女がいた。
白いワンピースからスラッと伸びる細い手足。髪は金色で長く、草原と一緒にふわふわと風に揺れている。彼はその少女を、とても綺麗だと思った。整った美しい顔立ち、綺麗な白い肌。彼は脳裏に絶世美人という言葉がよぎったが、おそらく少女のような人なのだろう、と何の疑いもなく思った。
「今の曲、何て言うの?」
少女は彼の目の前に立つと、彼の顔を覗き込んだ。彼は顔を赤くして、目線を逸らしながら後ろへ一歩下がった。
「い、いや……名前はない。」
「無いって…貴方が作った曲?」
「ああ。」
少女は、ふーん、と言うと、再び笑顔を浮かべた。
「良い曲だね。」
彼は思わず、その笑顔に胸が高鳴った。顔が赤くなるのが自分でもわかる。
「名前はつけないの?」
彼は落ち着くために深呼吸をすると、不思議そうに首をかしげている少女を見た。
「つけても良いんだが…しっくり来る名前が思い浮かばないんだ。」
少女は再び、ふーん、と言うと、今度は視線を海へと向けた。彼もつられて視線を向ける。
彼らの目の前には、大海原が広がっていた。太陽の光をキラキラと反射する水は、とても美しい。
「ソレイユ。」
「え?」
少女が呟いた言葉に、彼は思わず視線を少女に向ける。
「ソレイユはどう?」
彼は首をかしげた。
「それは…名前か?」
少女はその問いに、当たり前じゃん、と腰に手を当てて彼を見た。
「どんな意味なんだ?」
彼がそう問い掛けると、少女は、あれだよ、と言って空を指差した。彼がその方向に顔を向けると、眩しい光が目を覆った。
「太陽…か?」
彼がそう言うと、少女は、当たり、と笑った。
「どうかな?」
彼は一瞬思考を巡らすと、こう呟いた。
「……良いかもしれないな。」
「じゃあ決定!」
少女が嬉しそうに言ってその場に腰を降ろすと、彼を見てこう言った。
「ねぇ、もう一回聞かせてよ。」
「え?」
「ソレイユ。…もう一回聞きたいな。」
ダメ?と子供のように上目遣いをする少女を見て、彼は年相応の仕草に思わず苦笑しながら少女の隣に腰を降ろした。
「もう一回だけな。」
彼は手に持っているそれを口にくわえると、再び音を奏でる。少女はそれを、目を閉じて聞き入っていた。
それが彼らの出会い。
彼らを照らす太陽はまだ、空高く浮かんでいた。
更新はしないと言ったのに更新してるアレイシアです、どうも。そしてごめんなさい。えっとですね、前回さわりだけって言ったんですが、それではあまりにもつまらないなぁと思ったので、ここまで書いてみました。次回こそ星影の更新を目指したいと思います(汗)