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爆釣体験の裏側で

作者: 秋月白兎

*夏のホラー2013参加作品です。

 数あるアウトドアレジャーの中でも、バスフィッシングは風当たりが強い。マナーの問題もあるが、何よりも外来魚という事で、環境問題のやり玉に挙げられてしまったのだから。

 どうしてもブラックバスは食害をもたらす「害ある魚」――「害魚」というイメージで見られてしまう。

 そしてそれは僕達バスアングラーに対するマイナスイメージの源でもある。

 だからこそ僕達は、日頃からマナーアップに努め、釣り場周辺の住民とコミュニケーションを取るようにしてきた。


 だけど……まさか……それが裏目に出るなんて。あんな事に繋がるなんて……思いもしなかったんだ……。

 ここO県にはバスフィッシングの有名フィールドが幾つかあるが、このS川もそのうちの一つだ。いわゆるマッディシャロー。つまり、水質は濁りが強く水深は浅い。底質がヘドロなのもあろうが、ルアーを沈めても15cmぐらいで見えなくなってしまう程のスーパーマッディウォーターだ。水深も極端で、航路を外れると即座礁だ。まぁ座礁してもほとんどの場合はヘドロだからいい。運が悪いと不法投棄されている冷蔵庫や鉄骨と衝突してしまうのだが。

 座礁した時はボートに積んであるパドルで底を突いて脱出するわけだが、その際パドルが数十cmは突き刺さってしまうぐらいにヘドロが堆積している。ここではライフジャケットは必需品だ。いや、本来はどのフィールドでもだが。

 そんなS川だが、僕と長田は有給休暇を合わせて二人でボートを出した。アルミ製のV底12フィート、十二馬力のエンジンと五十五ポンドのエレクトリックモーター装備。アルミボートとしては普通だ。座礁した時の為にパドルも積んである。

 平日の、しかも夜明け前とあって誰もいない。順番を待つ必要もなく、トレーラーをスロープに突っ込みボートを下ろす。モーターでスロープから離れると、エンジンをかけて一気に下る。スロープ付近は浅いのでエンジンが使えない。その上ボートの出入りが多いせいで、魚が寄り付かないから釣りもポイントとしてはNGだ。

 橋脚付近や他のボートや釣り人が居る場合は、かなり手前からスローダウンして通過する。波が起きて転覆の可能性があるし、何より魚が警戒して釣果に関わるからだ。

 だが通過してしまえば、もうこっちのもの。一気にアクセルを開けて川を下る。青空と川面が交わる地点を目指して一直線だ。堰堤には葉桜が茂っている。満開の頃には水の上からの花見もできる。これはボートを持つ者だけの特権だろう。

 

そんなエリアを通過して、今日最初のポイントである30号線の橋脚に着いた。マッディシャローのフィールドでは、目立つポイントが少ない。少々の地形の変化など、すぐにヘドロに埋もれてしまうからだ。そんな中で橋脚や流れ込みは一級品のポイントになる。

 

 僕達はモーターで静かに、ゆっくりと橋脚に近付く。右手にはすでにルアーを取り付けたロッドを握り締めている。十分に距離をとってキャスト――投げる事だ――した。その日最初のキャストは、どれだけ慣れたフィールドでも独特の緊張が走る。

 僕も長田もアクティブな「投げて巻く」タイプのルアーを好むので、いつも朝は「巻き物」で攻める。モーターで移動しながら攻めていると……来た!

 ググっという生物感。間髪入れずにあわせる。ロッドをグンッと引くことで、バスの顎を針で貫くのだ。

 バスが横に走る。反対方向にロッドを倒して糸のテンションを保つ。こうしないと糸がたるんでバレる――針が外れて魚が逃げる事――のだ。タイミングを合わせながらリールを巻く。バスがジャンプする。水飛沫が上がる。針は……外れていない。よし! しかも硬い上顎を貫いている。これなら滅多な事ではバレない。落ち着いていこう。

 ほんの数十秒のファイト。だが僕には数分以上にも感じる程の濃密な時間だ。そしてこのファイトの勝者は……僕だ。体力を使い果たしてぐったりとしたバスをキャッチした。

四十五センチオーバーのグッドサイズ。体高があり筋肉も張っていて、ウェイトも二キロに迫るぐらいはありそうだ。

「よーし、上々の出だしだな」

「うお! こっちも来た!」

「マジで!?」

 今しがたファイトした同じポイントで、しかもジャンプまでした直後に食ってくるとは珍しい。バスの活性が妙に高いようだ。このバスもいいファイトをする。

 長田も無事にこのバスをキャッチした。サイズは四十センチオーバー。十分なサイズだ。

「こりゃ今日はいけるな」

「幸先がいいぞ。もうちょっとここで攻めるか」

 すっかりテンションが上がった僕らは、橋脚周りをしばらく攻める事にした。普段ではあり得ないほど順調に釣れる。バサー ――バスを釣る人の事だ――としては嬉しい限りだが、ただ喜んでいるだけではゲームフィッシングとは言えない。より効率良く、より大きなバスを釣る為にはどうすればいいのか? 常にそれを考えながら釣っているのだ。

 その為には何よりも状況分析だ。が、僕達はすぐ法則性に気付いた。橋脚の西側サイド『だけ』が釣れるのだ。ならば話は早い、そこを集中的に攻めるのみだ。何故そうなっているのかはいずれ分かるだろう――その予想は当たっていた。日を変えての事だったが。


 この日、僕達はこれまで経験した事がない程の爆釣体験をした。何しろ投げるルアー全てに食ってくるのだ。ルアーフィッシングの世界で言うワンキャスト・ワンヒット――ルアーを一回投げる度に一匹釣れる事だ――がひたすら続いた。普通に考えればあり得ない。誰かに話しても、信じてもらえないだろう。それほど異常な事態なのだが、浮かれ切っていた僕達はひたすら釣り続けていた。

 水面に浮かぶルアーを投げれば、間髪いれずにバスが水面を割って飛び出して食いつく。潜るルアーも巻き始めた途端にヒットする。水底まで落とすルアーは着底する暇もなくヒットする始末だ。

 いや、今思えば着底する前に釣れていたのはせめてもの幸運――或いは神様の慈悲だったのかも知れない。


 結局僕達は二時間そこそこで、数えきれない程のバスを釣り上げた。比喩ではなく、本当に途中から数えるのを止めたのだ。全く信じられない釣果だ。ヘトヘトに疲れ切った僕達は、まだ朝方だというのに撤収する事に決めた。

「いやもう、無茶苦茶な釣果だよな。絶対に百匹越えてるし!」

「ああ、しかも一人でな! 二人で軽く二百匹以上! 絶対に誰も信じないって!」

「二人だけの秘密だな」

「ホ〇かお前は!」

 バカな事を言い合いながらボートをトレーラーに載せ、ロッドやリールを仕舞っていると壮年の男性がやって来た。挨拶を済ませると男性はこの近くの町内会長だと名乗った。なんでも、この近くの特別養護施設の入所者が昨日から一人行方不明なのだという。

「……そこで釣りの最中にでもですね、それらしい人を見かけたらこちらに連絡をもらえたらと思いまして」

 と名刺をもらった。僕達は二つ返事で了承し行方不明者の人相や特徴、失踪当日の服装を聞いて釣り場を後にした。

 もちろん帰路でも聞いた通りの人物がいないか、長田が目を皿のようにして探していた。僕は運転でよそ見をするわけにもいかなかったのだ。


 帰宅後、リールやボートの手入れを終えてから爆釣の喜びを噛み締めていた。だが時折、行方不明者の事が気になってしまう。昨日からという事は、相当お腹が減っているだろうし、暑い時期だけに水分の補給や熱中症が心配だ。ボートで移動している間の記憶を辿ってみても、それらしい人物は思い当たらない。

 早く見つかる事を祈るのみだった。


 翌日、出勤前に朝刊をめくっていると、あの行方不明者発見のニュースが小さく載っていた。

 遺体で発見されたのだ。死亡推定時刻は失踪当日。発見場所は――S川にかかる30号線の下だった。



 そう、僕達が釣っていた場所だ。僕達は遺体の上で釣っていたのだ。



 そしてすぐに思い当たった。爆釣の理由を。ブラックバスはよく言われるようにフィッシュイーターだ。つまり――肉食性だ。あれだけのブラックバスが集まっていたという事は、それだけのバスが食べられるだけの「何か」があったのだ。

 魚にモラルも人道もありはしない。食べられるなら、何でも食べるだろう。例えそれが……人間であろうとも。


 今考えても震えがくる。


 もしも沈むタイプのルアーが底まで沈んでいたら。


 もしも「沈んでいる何か」がルアーに引っ掛かっていたら……。

 


 釣りの漫画やアニメはあっても、小説はあんまり無いと思います。私自身も釣りを描写するのは初めてですし、バスフィッシングをした事の無い方にも分かるようにと用語の解説が多くなってしまいました。読みにくいかも知れませんが、ご容赦を。

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