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しょうがないな【紫綺】

 今日がバレンタインと対をなす日だっていうのは重々承知。でも今俺が寮に籠って何もしないのは――


「紫綺くぅううん!出てきてよーっ!」


 自称俺のファンクラブ会長の安西 千佳が寮のドアの真ん前で待ち伏せしているからだ。


 朝の6時頃に目覚めた俺は、一通りの手順を踏んで朝の散歩に行こうと寮を出た。でもそれがまずかった。散歩の途中でバッタリ千佳に会っちゃったんだ。最悪。


 俺と遭遇した千佳は即ストーカー化した。俺の横をぴったりとマークして歩いてくる。しかも自前のカメラで連写。真面目にやめてくれ。


 寮まで我慢して帰り寮の入口までくるとセキュリティの関係で女子は許可が無いと入れないようになってる為、何とか助かって寮に帰れた訳だけど、何を思ったのか千佳はそこで待ち伏せをし始めてしまったんだ。俺はお手上げ。もう部屋から出れない。もしうっかり男子・・・特にお人好しな璢夷とか真希とかが許可したら大変だ。俺の部屋の前まで来るに違いない。


 俺は顔を(多分)真っ青にしながら布団にくるまった。


 今日はホワイトデーだからちゃんと御返しを作らなきゃいけないのに、あれじゃあ・・・!


 そう、自分の作ったルールにやられているのだ。バレンタインでもルールが発動したが、その対となるイベントでもそれは発動する。


ルールその1、貰った人には御返しをしなくてはならない。


ルールその2、貰ったものよりも豪華なものを返さなくてはならない。


 今回は二つだけだがそれでも大変だ。


 さて、どうしようか。入口にあいつがいる以上、出れないし・・・いや、待てよ?確か非常口があったはず。あれを通れれば正面玄関から出なくて済む!いやでも普段は通れないようになってるか・・・。


 俺は布団から出て周りを見渡す。ここは三階だ、窓から出るのには無理がある。カーテンを使うなんて怪盗みたいな真似出来ないししたくないし。


 ふと机の上にあったあのノートブックを見て思った。これを使えばいいんじゃないかと。俺はすぐにシャープペンを握りシナリオを書き始めた。


 “急に心のざわめきを覚えた安西千佳は、街へと歩き出す。そこで――と出会い、千佳は新たな恋に落ちた。以前の相手など忘れるほどに高鳴る想い――。”


 ここまで書いて安心した俺はいつものように正面玄関から出た。思った通りあいつは待ち伏せしていない。これなら買い物に行ける。さて何処に行こうか。散々考えた挙げ句、俺はショッピングセンターに向かった。


 歩きながらさっきのシナリオを見直す。適当に興味を反らした反動が起きないといいけど。それにしても相手は誰になったんだろ?一応名前は書かなかったから誰になるかは分からないけど・・・何か気になるな。何がともあれ今は買い物優先!とりあえず早めに買い物済ませて帰るか。


 作るものを前々から考えていたせいか、案外すんなりと買い物は終わった。今のところ、誰とも遭遇してない。


「何でアンタが――!」


 ショッピングセンターを抜けてからの帰り道、誰がの怒号が聞こえた。声からして多分霧雨。


「いいじゃん!だって・・・好きになっちゃったんだもん」


・・・は・・?


 まさかアイツ璢夷に会ったのか!?それでシナリオ通りに惚れたって!?それじゃあ霧雨が黙ってる訳ないじゃん!


「今まで散々ストーカーしてた相手はどうしたの?」


「あぁ、藤田さんね。もういいんだ。飽きちゃった」


 望んでいた結果な筈なのに、何故か俺は二人の居る方向へと駆け出していた。自分でやった事ながら気にくわない。そんなにあっさりと切り捨てられるのかよ、俺。何それプライドが許さないんだけど。 しかも何気に名字で・・・更にさん付けで呼んでるし。俺は赤の他人になった訳?散々ついてきたのに?散々迷惑掛けてきたのに?


「?・・・あら、噂の藤田さんが来たわよ?ねぇアンタどうしたの?何かあったの?藤田中毒だった千佳がこんなになるなんて。答え次第では許さないわよ」


「そ、それは――」


「あー・・・とりあえず平和的に解決してくれ」


 二人の他に、璢夷もそこに居たとは誤算だ。


「何?今更私が必要になったとか?あははっ笑える♪でも今は璢夷くん一筋なんだからね?」


 俺の時より笑顔で、そして楽しそうにかつ嬉しそうにいうアイツの姿はもう俺の知っているアイツではなくて。俺はどうしていいかもう分からない。


 案外このままの方が良いんじゃないか?璢夷なら俺みたいに千佳を邪険にすることはないだろうし。それに、もうストーカーされなくて済むんだぞ?俺にとっても得じゃん――。


 なのに何で、何でなんだよ――!


「・・・何かあったみたいね。やっぱり・・・急すぎるもの」


「色々あったんだよ」


「喧嘩でもしたのか?それとも――」


「多分後者。」


 璢夷の事だしもう分かってるんでしょ。俺が武器を使ってアイツを変えてしまったことを。


「何で書いたんだ?」


 ほら、やっぱり――ってそういえば俺・・・シャープペンで書いた・・・?




「シャープ・・・ペン」


「ならばやり直せる。後はお前次第だぞ」


「え、何?なんなの?」


 ノートからあの文を消せば戻るかも知れない――!? 未だやった事はあまりないから成功するかは分からないけど・・・。


「・・・璢夷、有り難。」


「あぁ、健闘を祈る」


 俺は文房具屋へと駆け戻った。確かショッピングセンターの中にあった筈だ。


 俺はそこで小さな消しゴムを買い、即座にノートからあの一文を消した。


 戻るか――!?


 一応念のため璢夷と連絡を取ってみる。


「今消した。アイツは?」


「今はまだ混乱しているようだが戻ったようだぞ。話はこちらがしておく。お前は早く作ってこい」


「・・・璢夷・・。」


 どこまで気が利くんだよ。でも・・・千佳の好きになった相手が変な奴じゃなくて璢夷で良かったよ・・・。


 俺は部屋に戻り、チョコタルトを作りあげた。個数はまだ出来上がっていないが他のは後でいい。それよりこっちが優先だから。一瞬とはいえ俺が狂わせてしまったのだから、責任はとらないと。


「早かったな」


「お陰様で」


 俺がタルトを包装して持ってきた時には千佳は完全に元に戻っていたようで、霧雨と隠し撮り写真の取引をしていた。


「――っ、千佳!」


「!?」


 ずんずんと進み、千佳の前まで行く。目の前でピタリと動きを止めて、俺より少し小さい千佳を上から覗き込むようにしてじっと見つめた。千佳は慣れないのか急に黙ってしまい、妙な沈黙が続いた。


「あの二人、面白いな」


「そうね。初々しいというか」


「・・・今二人は何を思っているのだろうな」


「私が千佳と同じような境遇にあったら、頭真っ白になってるわ。」


「俺がもし紫綺と同じ境遇ならかなり緊張していて何も考えられず、目が泳ぐな」


「結局は同じね」


 くすくす笑う二人の声が筒抜け。何だか可笑しい。何でこんなに緊張してんの?柄でもない。


「ほら、受けとれよ。お前の為に作ったんだ」


「紫綺くん――?」


「――ッ、良かった。戻って・・・」


 情けない、こんなとこでこんな姿見せるなんてさ・・・。


「しっ、紫綺くんッ!?」


 軽くを抱き締めたせいか、あいつは戸惑いを隠せないでいる。こんなのもう絶対しないんだからな。今日は特別だから、本当に心配してたから――ちゃんと確かめたくて。

“俺の知ってる千佳”がここにいるって。


 今日の千佳は何だか大人しいし落ち着いてる。何でかは知らないけど。でもちゃんと“紫綺くん”って呼んでくれてる。間違いなくあの千佳だ。


「・・・・」


「千佳?」


 でも妙だよな、こんなに大人しいなんて――。


「きゃぁああっ感激!紫綺くんに抱き着かれるなんて!もう私死んでもいいーーっ!!紫綺くぅうん!!」


「うわッ!?」


 苦しい程に抱き締め返され俺は正直焦った。今日は大人しいと思っていたがそれは一時だけだったらしい。いつもなら避けるところだけど今だけは許す。これが“いつもの”アイツだから。


「ふぇえぇ嬉しいよぉおお」


 何故か泣き出す千佳を何とか宥めながら、少し心配した。この姿をあの子は見ていないだろうか。見ていない事を願う。


「ねぇ、私もあぁしていい?」


「いや、遠慮しておく」


「いーや、私もやるわよ」


「こら」


「うふふ、璢夷くん大好きよ?」


「・・・有難う。」


「それにしても紫綺くん今日は凄いファンサ(ファンサービス)なんだね」


「ホワイトデーだから。明日は容赦なくいつも通りに戻るからね」


「じゃあ今日の内に存分に楽しんでおくっ!」


 一日中付き合わされる羽目になったけど、不思議と悪い気はしない。我が儘な妹につれ回されている時と似ている。嫌だとは思いつつも、見放せない。


「お前はやっぱそれがいいよ」


「えっ?」


「・・・何でもない」


 あの子とはまた違う不思議な感情に左右されながら、今日は普段と違う一日を過ごした――。たまにはこういう日もあってもいいかな。


たまには。

【後日談】というか、その後。


 千佳から解放されたのはそれから何時間か後。千佳が習い事があると帰ったので、俺は急いで部屋に戻って残りのチョコタルトを作り上げた。


そして千佳のサイトに行き、この前と同じように書き込みをし、人を呼び寄せた。バレンタインで貰った分はちゃんと返す。それがルールだから。


だから今日は疲れちゃって、すぐに寝た。明日の千佳の反応が危ういけど、それは明日心配しよう。

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