隠し味は定番の【ケイン】
美味しくなぁれ♪という呪文は、パンが生きている世界では当たり前の言葉ですが、リアル世界ではそうもいかないんじゃないんでしょうか。
心を込めて、まではいっても愛を込めて、は難しいと思います。
そこの貴方、バレンタインやホワイトデーに何かを手作りしようとして、作っている最中に面倒だと感じたことはありませんか?
あの日霧雨ちゃんから貰ったブラウニー、滅茶苦茶旨かったな・・・俺も料理が上手きゃそんぐらい作ってあげるんだけどさ、俺料理とかあんましたことないんだよね。いつもお手伝いさん達が時間になると勝手に作ってくれるからさ、ほら、折角作ってくれたやつを食べない訳にもいかないじゃん?だから結局作らず仕舞い。
今日、ずっと料理をしてこなかった事を心底後悔した。もし一度でもそういうものを作っていれば、こんな事にはならなかったはずなのに。あぁ俺ってばどうして料理をしなかったんだろ。
急に何故そんな事を思ったかって、バレンタインが終わり一段落ついた後、俺は何気なく近くのスーパーに入った訳。それまではバレンタイン一色だった店の棚が、綺麗にホワイトデー用になってた。今日は何日?と頭で考えてみると、3月3日の雛祭りも終わり、次のイベントはホワイトデーなのだと知った。
愛する霧雨ちゃんからバレンタインにブラウニーを貰った以上、ホワイトデーにはちゃんと御返しをしなきゃいけない。そう考えた俺は、必死に御返しとなるものを考える。
・・・あれ、霧雨ちゃんの好きな食べ物って何だっけ?こんな大事な時にそれはヤバい。ああああどうしよ!あっでも俺ってば霧雨ちゃんとまともに話をしたことが殆どないんだった!
思い返せば思い返すほど、俺達の間に出来た溝に気が付く。知っているようで知らない部分が沢山あると。俺は霧雨ちゃんの何をしっている?俺は霧雨ちゃんの全てに惚れた筈なのに、何も分かっていなかったんだ。きっと今の立場が俺じゃなくて璢夷だったら、簡単にアイツの好きなものはコレだって当ててた筈なんだ。俺、今まで何してたんだ?何を見てたんだ?彼女の後ろで。
今更璢夷に聞くのも申し訳ないし、第一負けた気がして嫌だ。ここは一人でどうにかしないといけない。俺は一人で買い物に出掛けた。
近くのスーパーで何となくぶらついてみる。やはりホワイトデー用のセットが沢山売られていたが、殆どが既に作られているものだった。主にキャンディとかマショマロとか。そういえばホワイトデーの定番はこの2つだった気がする。
俺は棚に手を伸ばす。指先で押さえるようにとったそれは、マショマロだ。既に出来ている分、簡単なアレンジをすれば違うものになるし、難易度も低い。・・・でもこんなので良いのか?だって本命だぞ?しかも霧雨ちゃんのブラウニーは手作り・・・。俺は何だか申し訳なくなって、その商品を棚に戻した。
じゃあ何にしようか?気をとり直して次の案に移る。
霧雨ちゃんの好きなもの、霧雨ちゃんの好きなもの、霧雨ちゃんの好きなもの・・・そんな中パッと頭に浮かんだのは、赤いフルーツ。白い可憐な花を咲かせ、可愛らしく実がなる・・・そう、苺だ。
「そうだ苺・・・!」
霧雨ちゃんが好きなのは苺のタルトだ!
頭の中に散らかったピースを集め出来上がるパズル。大分前に璢夷に聞いたはずだ。霧雨ちゃんは何が好きなのかって。俺が璢夷に手伝ってもらって作ったあれは、紛れもなく苺のタルトだった!
1つも空白がなくすんなりとおさまった記憶の欠片は映像へと変わった。結局部屋を散らかしながらも何とか作った苺のタルト。あれをもう一度作れれば・・・!しかも璢夷の手を借りずに!そうすればきっと霧雨ちゃんも喜んでくれるはず!いや、絶対喜ぶ!見た目と言葉には出ないと思うけど。
さぁ買い物を!
即座にフルーツの棚に行き、苺をひとパック。それからタルト生地を・・・ってあれ?結局何も作れてなくね?おっかしーな。しかも苺とか買ったところでレシピが分かんないぞ?結局何も出来ないじゃん!
俺はタイムセールで負けた人のように、ガックリと膝を落とす。俺って無力だ・・・上がったり下がったりの感情は、俺の劣等感を刺激する。凹んでたってしょうがないだろ!という天使の声に、お前なんてと悪魔が囁く。俺はどうすれば?
「おや、ケインじゃありませんか」
「・・・カイン?」
買い物カゴを片手に持ち、主婦のようにその場に溶け込みながら現れたのはカインだった。カインが持つ買い物カゴの中には、何かの材料が色々入っているようだ。もっとも、料理が苦手な俺にはカゴの中身は分からないのだけれど。
「お前、何でここに?」
「ホワイトデーの御返しの材料を揃えに」
「あぁ、やっぱ俺と同じか」
貴方もなのですか、と問うカインに俺は頷いてみせる。カインは簡単に話を済ませるとさっさと何処かに行ってしまった。俺と同じくカインもあまり料理をしない。少なくとも俺よりは上手いとは思うが。そんな彼も材料をみられるのはあまりいい気がしないらしい。
カインと別れ、また店内をうろうろする。お菓子コーナーを見ながら案を考えてるが、上手くまとまらない。やっぱり苺は外せないとか思っても、苺の調理法がよく分からない。ただ切って盛り付けるくらいしか出来ないだろう。切って盛り付けるしか出来ないなら、それを活用出来るものを探すしかない。お菓子コーナーの隣の手作りキットコーナーを眺め、気付いた。ホットケーキミックスを使ってケーキを作れば苺を飾れるんじゃないかと。
ホットケーキなら焼くだけで大丈夫だしな。
俺はホットケーキミックスをカゴに入れた。それからケーキに必要な生クリームも入れる。そして最後に何となくバニラエッセンスをカゴに入れた。その3つを会計し、家に持ち帰る。
家に帰って早速バタバタと道具を準備し始める。計量カップにフライパン、ボウルに泡立て器・・・まぁ粗方こんなもんだろ。
まずはやっぱ生地作りだよな。
ボウルにホットケーキミックスと卵、牛乳を指定された通りに計量カップで計りながら入れた。それを念入りに泡立て器で混ぜていく。卵がぐちゃぐちゃして何だか気持ち悪かったけどすぐに見慣れた生地へと変貌を遂げた。黄身が薄くなった色、すなわちクリーム色になったその生地はとろりとしていて、泡立て器で持ち上げればリボン状にボウルに落ちていった。
今度はフライパンを温め、その生地を焼いていく。でもいつものように分厚くではなく、なるべく薄めに。後でミルクレープみたいに重ねていけるように。
なんだ、こんなに簡単なのか。案外上手くいくもんだ。このまま最後までいくといいな。
焼き上がり加減を見ながら、ひっくり返したり次のを焼いたり。それを何度か繰り返している内に、生地はすっかりとホットケーキになった。何枚かは焦げたりしたけどまぁ、使わなければいい話。
次は生クリームを作らないと!
ボウルに生クリームを入れ、もう一方の大きなボウルに氷水を入れて、生クリームの入ったボウルを冷やしながら生クリームをかき混ぜていく。電動泡立て器を使えば楽に出来るんだろうけど、機械に頼りたくないし、使わない事にする。
液体状の生クリームは、泡立て器を通り抜ける感覚がする。ちゃんと混ぜられているか不安になるけど、ボウルの中にできた泡を見れば混ぜられているのだと分かる。何分かかき混ぜている内に、液体は次第にムース状に変わっていった。
よし、上手くいってる。
生クリームを勢いよくかき混ぜすぎて服にはねたりしたけど気にしない。
クリーム状になった所で一旦手を止め、今度は苺を切る作業。多分今までの工程で一番難しい作業だ。一歩間違えば、苺と指が大惨事になる。
包丁を取りだそうとして恐る恐る扉を開ける。中には大小様々、使用用途が異なった包丁がずらりと並んでいた。中には一体何に使うんだというような包丁もある。その包丁達を見ていた俺はある画期的な包丁を見つけた。
“子供用包丁”だ。
きっとセイラのやっている料理教室の幼い生徒用に準備されているものだろう。奥の方にいくつか入っているのが見える。あれを使えば指を怪我しないで苺を切れる!俺はプライドも何も捨て、安全策をとることに決めた。
苺をパックに入れたまま洗い、丁寧に葉を取っていく。一番上に飾る数個の苺だけは葉をとらないままにした。残りの十数個を包丁で縦に切っていく。スッ、と簡単に切れる苺。意外にも子供包丁の切れ味は良い。
苺を切る作業が終わり、飾りつけの作業に移る。
さっき焼いた薄いホットケーキを一枚敷いて、生クリームをトッピング。その上に苺を乗せるという順序を守りながら何度もその工程を繰り返す。最後に一番上の生地を乗せた後、生クリームを上に塗り、側面もスプーンでクリームを塗った。パティシエのように平らにとはいかないけど、精一杯に綺麗に仕上げた。
更にショートケーキ等によく見るあのホイップを何とかクリアして、ケーキが完成した。我ながら上手く出来たほうだと思う。
完成した事に安心して片付けをし始めると、俺は失敗に気付いた。折角買ったバニラエッセンスを入れ忘れたのだ。
「げっ・・・」
まぁでもいいか。バニラエッセンスは入ってなくとも、俺のラブ・エッセンスたっぷりだし。そんな呑気な事を考え、少し吹き出しそうになりながら、俺はケーキを箱に閉まった。後は霧雨ちゃんに渡すだけ。
霧雨ちゃんは、3時に家に呼び出してある。丁度小腹がすく時間だろうし、朝方は璢夷と一緒にいるだろうから。俺なりの配慮の結果だ。
買い物をした時間やケーキを作っている時間があったので、3時はもうすぐだ。家には俺と使用人しかいない。アルバートは出掛けたようだし、カインは渡しに出掛けた。セイラは聖夜とデート中。つまりある意味二人きり。使用人には勝手に出てこないようにって指令を出したし問題ない。
チャイムの音が鳴り響くと同時に即座にドアへ向かう。ゆっくりとドアを開け、満面の笑み。
「いらっしゃ・・・」
「こんにちは、ケイン」
「・・・・。」
「――っ・・・。」
そこには珍しく挨拶してくれた霧雨ちゃんと、引っぱられてきたであろう璢夷、更にはそれに続いてきただろう沙灑の姿があった。おやまぁゾロゾロと・・・。
「うん、まぁ上がりなよ。」
「そうさせてもらうわ、さぁ行きましょう璢夷くん♪」
どうやら沙灑は霧雨ちゃんの視界に入っていないらしい。
「・・・。」
いつものように、“すまない”とか言いそうな璢夷は、もの凄く申し訳なさそうな顔をしながら終始無言を貫いている。沙灑も何にも話そうとしない。
三人をリビングにつれていきソファーに座らせた。霧雨ちゃんがまずソファーに座り、それに引っ張られた璢夷がそれに続く。一方の沙灑は、ソファーの後ろに隠れた。多分、そこで体育座りをしていると思う。
とりあえず沙灑を何とかしないとな。俺の事も怖がっているだろうし・・・。こんな環境じゃストレスになるもんな。
俺は沙灑を和ませようと、部屋に猫を連れてきた。
「あんた猫飼ってたの?」
「あー、うん。正しくはセイラがなんだけど・・・」
上手く、話せない。折角霧雨ちゃんが話しかけてくれたのに。
「・・・!」
猫をソファーの後ろで放してやると、沙灑も猫に気付いたようで嬉しそうに猫とじゃれあい始めた。よし、これなら平気そうだ。
璢夷はまぁ、気をつかってくれるだろうし問題はないな。
「・・・で?何で私を呼び出したの?」
「霧雨ちゃんにバレンタインのお返しをしようと思ってさ」
すぐにケーキを持ってきて、霧雨ちゃんの目の前にあるテーブルに乗っけた。お皿とフォークも何個かずつもってきた。一応あの二人にも振る舞った方がいいとは思うし。何か残念だけど。
「御返しなんてそんな気遣う必要ないわよ。あれは要らなくなったからあげただけだし」
「それでも貰った事に変わりはないじゃん!俺、凄く嬉しかったんだよ?」
「・・・・物好きね。」
「それでさ、御返しとしてこれを霧雨ちゃんに食べて欲しいんだ」
精一杯作ったケーキをいざ御披露目。霧雨ちゃんは少し驚いたような顔をして、璢夷は感心したような笑みを見せた。沙灑はまぁ、猫にしか関心がなさそうなのでこちらを見なかった。
「霧雨ちゃんの為に作ったんだ。さぁ、食べて?」
「こんなに大きなのを作ったの?あんた一人で?」
「そうだよ」
「ふーん・・・じゃあ遠慮なく頂くわ。丁度少しお腹がすいていたし。でも不味かったら承知しないわよ」
そう言って俺が切ったケーキをフォークで一口サイズに切り、口へ運ぶ霧雨ちゃん。意外にも璢夷に勧めたりはしなかった。
「・・・・。」
「どう?」
霧雨ちゃんの顔色を伺いながら、俺は感想を聞いた。
「意外と美味しいわよ。あんたが作った割には。もっとも――璢夷くんが作ったやつには遥かに劣るけど」
「そっか、良かった!」
璢夷の作るケーキの味に勝とうだなんて思わない。だってあいつは最強だし。霧雨ちゃんに美味しいと言ってもらえただけで十分。
「ケイン・・・・また今度もこれ、作りなさいよね」
「――!?」
霧雨ちゃんがデレたぁあああああ!?
良かったじゃないか、というような目で見てくる璢夷。少し反応を示した沙灑。何だか今日は上手くいきすぎている。これって――まさか夢オチじゃ!?
「イテッ!」
「夢じゃないわよ」
テーブル越しに霧雨ちゃんに頬をつねられた。頬に伝わる痛みで分かる、これは夢ではないと。それより――霧雨ちゃんの顔が近い!!直径30cm以内!近い!
俺は思わず顔を赤に染める。
「何顔を赤くしてんのよ気持ち悪い!」
そう言ってる霧雨ちゃんも顔が若干・・・。 気のせいかな。
大好きな霧雨ちゃんに喜んで貰えて良かった。隠し味ところじゃない量の愛と想いを入れて正解だったな、これは。
【因みに】
沙灑はケインの想像通り、ソファーの後ろで体育座りをしていました。猫が来てからも(笑)
何故かは知りませんが、私は男子が体育座りをしていると萌えます。あ、但し二次元のイケメンに限りますが。沙灑も例外ではありません。
しょぼーんとかなりながら体育座りして床に指で絵を描いてたら可愛い。
つまり私は基本的に草食系の男子が好きです。
どうでもいい話ですが。