中堅社員の恋愛事情
めりーくりすまーす。
ってなわけで、凛からのささやかなクリスマスプレゼントでございます。
拙い文章ではございますが、お暇つぶし程度にでもどうぞ。
仕事もひと段落ついた、ある日の昼休み。
現在俺の目の前では、十人ほどの男女が話し込んでいる。キャスター付きの椅子を持ち寄り、デスク周りのスペースを陣取るような状態だ。
そんな会話の内容は……まぁわざわざこんなことを特筆するまでもないかとは思うが、いわゆるコイバナというやつである。
「やっぱあれだよな、料理できる女っていいよな」
「わかるわかる」
「女は料理ぐらいできないとな」
「肉じゃがとか作って欲し~」
「肉じゃがって……お母さんじゃあるまいし」
「いまどき料理のできる女とか……ねぇ」
「時代錯誤もいいところよ」
「別にいいじゃねぇかよ。そういう家庭的な女がタイプなの」
「古典的すぎよ。私は男こそ料理をすべきだと思うわ」
「そうよ! 今はそういうスペックぐらい身に着けとかないと」
「とか言っちゃって、お前ら単に料理できないだけなんだろ」
「あら、バレた?」
「むしろ何でバレないと思ったんだよ!?」
「「「あははははっ」」」
コントのような言い合いに、周りからドッと笑い声が起こる。俺もその中に混じり、バカみたいに笑っていた。
それから話題は、彼ら一人一人の恋愛事情へと移る。
「あたしは、紳士な人がいいなぁ。あたしが困っているときにスッと来て、何も言わないでスマートに助けてくれて……きゃー!」
「けっ。いまどきそんな男がいるかよ。そういうことするやつってのは大抵、下心があるんだよ」
「そうそう。男は狼だぜ。がおー」
「何それ、猫のマネ?」
「狼だっつってんだろがぁ!」
再び笑いが起こった。こんな風に楽しい雰囲気を出せる職場というのも、なかなかないのではないかと俺は思う。
俺は特に自分から話すこともないので、こういう時はみんなと一緒に笑ったり囃し立てたりしながら聞き役に徹していた。
が……。
「てかさ、お前はどうなの。谷口」
突然手前にいた男性社員に話を振られ、俺は動きを止めた。
「ん?」
「あぁ、そういえば谷口君の口からそういう話って聞いたことないよね」
それまでふざけていた男性社員たちも、隣の社員とちょっかいを出し合ったりしていた女性社員たちも、一斉にこっちを見る。
普段注目されることのない俺が一気に話題の中心に上ってしまい、こういうことにあまり慣れていない俺は、とりあえず無理やり笑みを作ってとぼけてみた。
「えー……と、いったい何のことかな」
「何のこと、じゃないよ!」
「今日こそ白状してもらうからね!」
その場にいた社員たちがずいっと俺の方へ詰め寄ってくる。俺は思わず、キャスター付きの椅子ごと後ずさった。俺はあまり自分を表に出さない方だが、そんな男の恋愛事情とやらはそんなに気になるものなのか。
まったく、仕方ないな。
とにかく彼らをなだめすかそうと、俺はまぁまぁ、と言いながら両手をつき出した。
「わかった。わかったよ。……で、何が聞きたいんだ?」
俺が話をするスタンスに入ったことを感じ取ったのか、社員たちは存外素直に離れてくれた。女性社員の一人が「そうねぇ……」としばし考えるしぐさをする。
「じゃあ、まず小手始めに。どんな子がタイプ?」
なるほど、好きな女性のタイプか。まぁ、妥当なところだろう。
「そうだなぁ……」
俺は考えてみた。あまり意識したこともなかったな……俺はいったい、どんな女に惹かれるんだろう。
ふ、と視線をやると、俺たちの輪から少し外れたところにちょこん、と座っている女性社員を見つけた。つややかな黒髪を肩までで切りそろえており、ナチュラルメイクで大人しそうな印象を受ける。確か今年入った子で、名前は確か山内さんといっただろうか。
どうやらあの子も、俺と同じように聞き役に徹するスタンスのようだ。あんな風に端っこの方で、控えめに笑っているのを何度か見たような気がする。
山内さんは俺と目が合ったことに気付くと、ほんの少し身体をこわばらせた。頬が微かに紅潮している。もしかして、緊張しているのだろうか。
それが何だか可愛らしく思えて、俺は目を和ませた。途端に彼女の頬がさっと朱色に染まる。
くす、と笑って、俺は彼女から視線を逸らした。俺に注目している彼らの方へ目をやると、みんな何とも期待に満ちた目で俺を見ている。その滑稽な状況に苦笑しながら、俺は口を開いた。
「ちょっと大人しめな子が好きかな。人の輪からちょっとだけ外れたような感じの」
言いながら山内さんの方に一瞬だけ視線をやると、彼女ははっとしたような表情を浮かべていた。本当に面白い子だ。
「あー。確かになんか、そういう子好きそうだよね」
「喫茶店とかで、互いに無言でコーヒー啜ってそう」
「わかる~」
目の前の社員たちは、それぞれ感心したようにうなずいていた。彼らの中での俺のイメージは、いったいどんな人間なのだろう。ちょっと気になる。
「よーし、じゃあ次の質問!」
さっきの女性社員が、腕まくりするようなしぐさをしながら期待に満ちた目で俺を見た。だから……そんなに期待されても困るんだが。
「今まで何人と付き合った経験がありますか!」
そうだなぁ……。
「……確か、三人ぐらいだったと思う」
記憶を頼りに、そう答えた。社員たちはとたんに目を丸くする。
「えぇ! 意外」
「いても一人ぐらいかなって思ってた~」
どんなイメージだ。俺が童貞っぽいと言いたいのか。
そんな文句を言う気力もないので、俺は曖昧な笑みを返しておいた。ちなみに山内さんの方を見ると……彼女も周りと同じように目を丸くしていた。オイ、そんなに意外か。
「じゃあ、次は……」
「まだあるの?」
「あるよ! 谷口さんに関する興味は尽きない!」
人を珍獣みたいに言うな。
それから俺は、初恋の時期やら好きな女優やらデートで行ったことのある場所やら、いろんなことを根掘り葉掘り聞かれた。俺はそのたびに考え、言葉を選び、時折山内さんの反応を見ながら一つ一つの質問に丁寧に答えた。
赤裸々に答えていく俺に、社員たちは感心したり、意外そうに目を見開いたり、時折意見してきたりした。これもこれで、なかなかに面白い時間の過ごし方だ。
そんな風に俺がほのぼのと油断していたところへ、遂に決定的な質問が飛んできた。
「ズバリ、好きな人はいますか?」
来た、と思った。
普通の人間なら、そんな相手がいたとしてもおおっぴらには言わないだろうに。これぞ出歯亀根性、とでもいうべきか。
俺はすぅ、と息を吸うと、これ以上ないという満面の笑みを浮かべてこう答えた。
「続きは……WEBで!」
「「「はぁぁぁぁ!?」」」
社員たちが一斉に叫ぶ。山内さんもびっくりしたように目を大きく見開き、思わず立ち上がっている。
俺は腕時計を見ながら、しれっと言った。
「俺がそんなに何でも語るって思った? ほら、もう昼休み終わるぞ。仕事仕事」
パンパン、と手を叩いてみせると、彼らは不満そうにしながらもそれぞれ自分のデスクへと散らばっていった。俺も自分のデスクへと戻り、ノートパソコンを開く。
向かいの席の男性社員が恨めし気に「お前、あとで覚えとけよ」と言いながら、俺に向けた手で波のようなものを出す真似をしてきたり、両隣の席の社員二人に「後で絶対問い詰めてやるからな」「白状しろよ、こら」などと脅迫めいたセリフと共に椅子をコツコツと蹴られたりしたが、すべて曖昧に流してやった。
そして就業時間が終了したとたんに荷物を詰めた鞄をひったくり、誰かからの追及を受ける前に「お疲れ様でーす」と言ってそそくさとオフィスを出て行った。後ろから「あ、ちょっと待てコラ!」とか「逃げやがったな!」とか声が聞こえてきたような気がするが、気にしない。
エレベーターを待っていると、小柄な女性社員らしき人影がこちらへと走ってくるのが見えた。しかし俺は特に気にせず、やってきたエレベーターに乗る。するとその人影も、閉まりかけた隙間へ滑り込むようにして乗り込んできた。
はぁ、はぁ、と彼女は息を弾ませている。よく見ると彼女は山内さんだった。
「よかった……間に合い、ました」
「どうしたの、そんなに急いで」
息を整えている山内さんを見下ろす。特別背が高いわけでもなく、男としては平均的な身長である俺だが、彼女の頭はそんな俺の胸のあたりに位置している。
気づいたら、俺は疑問を口にしていた。
「君、身長何センチぐらいあるの?」
「え? 百五十一センチ、ですけど」
彼女が答える。さきほどよりは息が整ってきているようだ。
百五十一センチ……俺が小学校を卒業する時の身長じゃないか。いったい何を食べていたら、そのままの背丈をキープできるというのだろう。
もう少し食生活を改善しろとアドバイスすべきだろうか? いや、でも今のままの身長でもいい気がする。すっぽりと胸に収まって、非常に抱き心地がよさそうだ。
そんなことを俺がいろいろと考えていると、彼女が俺を見ながらせっぱつまったように言った。
「っていうか、今はそんなことどうだっていいんです!」
「え、何?」
身長よりも重要なことが、今の彼女にはあるというのだろうか。
そういえば、彼女はどうしてこんなに急いで俺のところへ来たのだろう。確かに今日、幾度か視線を合わせはしたけれど……これまで話をしたことは確か一度もなかったはずなのに。
彼女は意を決したように息を呑むと、ずい、と俺の方に詰め寄ってきた。エレベーターの中は狭いので、逃げ場所もない。俺はすぐに彼女によって追い詰められてしまう。
「好きな人、いるんですか。谷口さん」
「え?」
予想外の質問に、俺は目を丸くした。
「どうなんですか、教えてください」
「いや、だからそれはWEBでって」
「はぐらかさないでください!」
彼女は頑として引かない。他の社員さんたちがいずれしてくるであろう問い詰めが、まさかこんなに早く、しかも彼女からなされるとは思わなかった。大人しいとばかり思っていたけれど、案外押しの強いところがあるようだ。
彼女の新しい面を見た気がして、俺は少しだけ嬉しくなった。彼女に念を押すように、わざとおっとりとした口調で尋ねてみる。
「……そんなに、気になる?」
「はいっ、気になります!!」
普段の彼女からは想像できないような、元気な返事が返ってきた。
「ふぅん……」
俺は吐息交じりに呟きながら、彼女を見た。彼女は頬を上気させながら、大きな瞳で窺うように俺を見ている。かわいいな、という率直な感想と同時に、彼女のことをからかってやりたい、という気持ちがむくむくと俺の中に生まれてきた。
「ねぇ、山内さん」
「っ、はい」
名を呼ぶと、昼休みに目が合った時と同じように、彼女の身体がこわばった。俺を見る目が、少しだけ潤んで見える。その大きな黒い瞳に映る俺は、何とも悪党めいた顔をしていた。
口元を吊り上げながら、俺は言った。
「俺、君のこと好きになっちゃったかも」
「……え?」
妙な声を漏らしながら、ぱちくりと目を瞬かせる。しばらく彼女は、フリーズしたまま動かなかった。が……やがて意味を理解したのか、小さな顔がみるみる朱く染まっていった。
「あの……っ」
彼女が何か言いかけたところで、チーン! と音がした。どうやら、一階へ着いたようだ。タイミングの良さもいいとこだな、と俺は苦笑した。
「じゃ……詳細はWEBで、っつーことで。また明日ね」
彼女と壁の間からうまいこと抜けると、俺は笑顔で彼女に手を振りながらエレベーターを降りた。
彼女は真っ赤な顔のまま、潤んだ瞳でただ茫然と俺を見送っていた。
これからの山内さんが俺に対してどんな態度をとるのか想像しながら、俺は会社を後にした。
さぁ、明日が楽しみだ。
続きはWEBで!と、気になります!というセリフが使いたかっただけです。元ネタは某アニメのラジオから。分かる方はお友達になりましょう←
考えていた当初より、谷口がSになってしまいました(笑)
続編書けたら面白いかもです。これからもっと谷口に翻弄されていく山内さんとか。山内さん視点で書いてみてもいいですね。
ちなみに山内さんの身長は百五十一センチだと書きましたが…作者の身長はそれより低いです。谷口の心情を書きながら「うるせぇ!けっ」とか一人で悪態ついてました、私です←
あと題名…初めは『とある社員の恋愛事情』だったんですが、これだと何か別作品を彷彿とさせてしまいそうだと思ってやめました(笑)