CHASE:8 二人ぼっちの潜入 -hide and seek-
銃声が響く。銃口から放たれた弾丸は黒いターゲットを目指し飛んでいった。…が、僅かにターゲットをかすめただけで、その弾丸は命中しない。
「駄目だ、当たらない…」
銃を置き、一人ぼやくカイム。射撃場で一人黙々と練習を続けるが、初めて握る銃はやはり慣れない。
「お前、射撃は苦手なのか」
「…うるさい」
近くで大きな本を膝に広げて読んでいたルイスが呟いた。
今度の任務は潜入工作。目立つ行動は避け、気付かれずに任務をこなすことが最優先である。
それ故にカイムの剣はあまりにも目立ちすぎて今回の任務に不向きな為、反帝国軍に支給されている銃火器を使用することになった。
いざ銃を使ってみるとその重みや照準のブレ、発砲した時の反動など、剣とは使い勝手が違う。
「一応これでも当たるようになってきてはいるんだ。もう少し…」
そう言ってまた引き金を引く。発砲音と共に飛び出す弾丸は、やはり命中こそせずともターゲットをかすめることが多くなった。
「よぉ、新人。精が出てるな」
「マグナ隊長!?」
突然の来訪だった。
「案の定苦戦してるらしいな。どうだ?初めて握る銃は」
「どう…って、やっぱり慣れませんよ。こんなに反動でブレるとは思ってなかったから…」
カイムもカイムなりに努力しているのだろう。
弾痕が次第にターゲットに近づいているのを見ればそれは明白だった。
「俺も昔はそうだったな…ま、銃を握って間もない新人が百発百中だと、俺の立場がないだろ?」
カイムの隣に立ち、おもむろに銃を構える。
「良いか?正確に狙うなら両手でしっかりホールドするんだ。んで狙いをしっかり定める。ビビるな。引き金を引く事を躊躇うな…!!」
そして引き金を引くと、その弾丸はターゲットのど真ん中に命中した。続けて放たれた二、三発も、真ん中を直撃する。
「…とまぁこんなもんだ。精進しろよ」
自慢気に笑うマグナ。すごいと思うと同時に、ちょっと悔しいとも思った。
「ところで、私達はいつまで待機なんだ?あれから一向に連絡が来ないんだが」
「おっと、その事を伝えに来たんだった。カイム、訓練はそこまでだ。今からブリーフィング始めるから会議室に来い。良いな」
それだけを伝えると、マグナは早足で去ってしまった。
「…結局、当てられず終いか…」
先程まで銃弾を撃ち込んでいたターゲットを振り返って見る。かすめはすれど、結局弾丸は一発も当たっていない。
「気にするな。要は見つからずにスマートに終わらせれば済む話じゃないか」
「そう簡単に出来るもんか?」
「さぁな。あとはお前の努力次第だ」
苦笑しながら、おんぶしたルイスが肩をポンと押してくれる。今はそれがとても心強く思えた。
―――――――――――
「では、作戦の説明をする」
モニターの前にジュディスが立ち、凛とした声が狭い会議室に響く。
「今回の目標は今朝も話した通り、帝国軍の兵器生産工場だ。ここの機能を停止させ、敵の流通ラインを止める」
ジュディスが画面に触れると画面が切り変わり、内部構造が映し出された。
「手っ取り早く言うと、工場を爆破して木っ端微塵にすればいいだけの話だ。そのためには動力炉ごと爆破するのが効果的だな。――シャーリー」
ジュディスに呼ばれたのは、部屋の隅の椅子に腰かけていた少女だった。
短く切った髪に、黒く汚れた作業用のつなぎ。一見すれば少年と間違えてしまいそうだ。
「こんにちは。私、技術部のシャーリーです。今回の任務にあたって、こちらの装備を用意させてもらいました」
見た目とは裏腹に女の子らしい声。取り出したのは小型のチップに粘土のような物体だ。
「このチップは…?」
「そちらはリモート式の時限爆弾になります。それ一個でも、結構強力なんですよ?」
チップに手を伸ばしていたカイム。爆弾と聞いて、慌てて腕を引っ込めてしまう。
その様子を見て、シャーリーはくすりと笑った。
「こちらはこの粘土の中に混ぜるようにして、動力炉付近にセットします。この粘土の成分の殆どが火薬ですので、単純に爆発力を高めることが可能です」
小型のチップ型爆弾と粘土型の火薬。持ち運びも容易で、今回のような任務には最適だろう。
「起爆はどうするんだ?」
「こちらに専用のコントローラーがあります。事前に電波の受信を設定してありますので、ボタンを押せば起爆可能です」
取り出したのは小さなコントローラー。赤いボタン一つだけの、至ってシンプル――どことなく、遊び心を感じるデザインだ。
「流通ラインの中心となると警備も厳重だ。しかし、だからこそ夜間ではなく、まだ作業をしている夕暮れ時を狙う」
「夜間を狙って襲撃すると思い込んでる奴らの裏をかくってわけか」
マグナの言葉にそうだと一言返すジュディス。
「兵器工場には通常の警備隊の他に、現在確認している生物兵器も配備されていると考えられる。警戒は怠るな」
「了解!!」
ジュディスの言葉を最後に、ブリーフィングは終了した。
その一時間後のこと。兵器工場の外壁、監視カメラの死角となる位置に二人は居た。
工場正門には二人の警備員が立ち塞がっており、正面突破はなかなか厳しそうだ。
「本当に、そんな装備で大丈夫か?」
肩の上のルイスが尋ねる。
「目立ってしまうんなら仕方無いだろ。見つからなければ大丈夫だ。問題はない」
そう言うカイムは右手に、軍から支給された自動式の消音器付きマシンガンを携えていた。
彼の銃の腕を見かねたジュディスが「どんな下手でも数撃ちゃ当たる」と渡したのだ。
右足のホルスターには予備のハンドガン、ベルトには弾倉。
そしてウエストポーチには例のリモートボムその他が収納されていた。おまけに防弾チョッキまで着用し、準備は万全と言える。
「体力の無い奴なら防弾チョッキを着ただけでへばるんだがな」
「生憎力だけは有り余ってるんだ。つくづく怪力で良かったよ」
苦笑するカイム。
「お前は私の魔力ストックの役割も兼ねてるんだからな。気は抜くなよ」
「そうだ」
「ん?」
「魔法はいざという時だけにしてくれないか?無駄に魔力を消耗するのも、心臓に悪いだろうし…」
「そう…か、解った」
その時、夕方の5時を告げるチャイムが鳴り響いた。工場は未だ稼動中で、兵器生産ラインの機械音が聞こえてくる。
それを合図に、カイムは表情を引き締めた。
「じゃあ…本日17:00、作戦開始」
「行くぞ」
まず正門の警備員をマシンガンで素早く仕留め、工場内部に侵入する。
それから正門脇の詰め所に入り、監視カメラのマスターコンピュータも破壊しておく。これで姿が記録されることはまず無いだろう。
次に工場脇の階段を登って2階から内部に侵入し、工場全域を見渡す。中央に兵器生産ラインであるベルトコンベアが見えた。
その両脇に大量の部品、奥に兵器の格納庫やらが見える。動力炉は火薬庫の横にあるらしい。
また、至る所にコンテナが積まれており、姿を隠しながら戦うことも容易そうだ。しかし、ルイスはどこか違和感を感じていた。
(中央生産ラインにしちゃ、警備が手薄過ぎやしないか…?)
説明されたイメージとは違い、警備が少ない印象を受ける。生物兵器による警備も皆無だった。
「…どうやら人が少ないみたいだが、出来る限り無駄撃ちは避けるんだぞ」
「解ってるって」
手すりの縁にマシンガンを構え、真下の作業員がコンテナの死角に入った所をまとめて狙う。まずは3人。
それから更に奥に進もうとしたが、
「おっと、通路はここまでか…」
通路は工場の両脇のほんの数メートルしかなく、向こう側の通路に荷物を橋渡しする為のロープくらいしか見あたらなかった。
上からの狙撃は不可能と判断し、やむなく下へ飛び降りることにしたカイム。
「しっかり掴まってろ、ルイス」
「はぁ…解ったよ」
手すりに足をかけ、思い切り踏み込み、跳んだ。
「ふっ!!」
それからコンテナの上に着地するが、衝撃音が工場中に響いてしまい、
「まずい!!」
バレるかと思われたが、作業員は作業に集中しており、特に不審がる者は誰も居なかった。
「無事…みたいだな」
「ふぅ…このままコンテナを渡って倒していこう」
「…待て」
ルイスは相変わらず肩に掴まったまま、カイムを止めた。
「どうした?」
彼女が下を見回すと、コンテナとコンテナの間には色んな機械が配置されており、簡単に飛び越えられるような距離では無さそうだった。その上、
「警備のロボットが厄介だ…旧型と新型がそれぞれ3台ずつ。下から一気に潰した方がまだ早い」
めまぐるしく回転するルイスの頭脳。臨機応変に対応出来るのは帝国内部に精通してこそだった。
「…なら、地上に降りるか?」
「そうしてくれ」
抜き足でコンテナを降りるカイム。周囲に誰も居ないことを確認し、地面に降り立った矢先の事だった。
コンテナの曲がり角に工作用のロボットが通りがかる。
「ルイス、次は――ふぐっ!?」
「隠密!」
喋ろうとしたカイムの口を塞ぎ、慌てて魔法をかけるルイス。幸いロボットのセンサーは反応しなかったようだ。
(あぁ――成る程な)
ロボットの存在に気付いたカイムが、ゼロ距離からその動力部に銃弾を撃ち込む。
動きが停止したことを確認し、ルイスがカイムの口から手を離した。
「っはぁ…こんな所にロボットが居たなんて」
「全く、油断も隙もない奴らだ…」
呆れながら、ルイスは隠密の魔法を解いた。
「ここから動力炉まであと30メートルちょっとだが…、まとめて一気に倒すか?」
「少し不安は残るが…早く片付けるに越したことはない」
「安心しろ、万が一の時は魔法だってあるんだ」
「俺は今回使えそうにないけどな」
会話をしながら、生産ラインの作業員の数を数える――6…7…8人。
「マシンガンをぶっ放すのは構わないが、機械に引火して騒ぎを大きくしないように」
「注意しないと――だな」
そして、カイムはマシンガン片手に颯爽と躍り出た。