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帝国の月 -Resistance Rebellion-  作者: 風船ねこ(碧流&にゃんにゃん棒)
Ugly Undine
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CHASE:7 廻り始めた歯車 -holy terror-

「――立て」

 沈黙の部屋に響く皇帝の声。その足下に倒れたアンヘル。身体中血にまみれ、傷だらけである。もはや死に体だ。

 だが、その眼だけはまだ生きている。殺気をギラつかせ、皇帝を見据える。

 口元に浮かべた薄ら笑いも、まだ残っていた。それを見ていた皇帝は、黙ってアンヘルの心臓の部位を踏みつける。

「がっ!!…ぁがあ゛あ゛あぁぁーーっ!!」

 ミシミシと骨が音を立てるのが、直にわかる。瞳孔を見開き、絶叫を上げる。

 このままでは骨は砕け、砕けた骨が内臓を貫いてしまうだろう。

「理解したか?これが貴様の限界よ。『人間』一人が私に楯突くなど、笑わせてくれる」

 既に戦う力の無いアンヘルに背を向ける。部屋にある椅子に腰掛け、視線をアンヘルへと戻した。

 そこには、再び立ち上がろうとするアンヘルが居た。足取りには力がなく、今にも倒れそうだ。

「…止められねぇよな。こんな楽しい戦争、止められるわけねぇよ…!!」

 皇帝を見据えるその眼。殺気を通り越し、狂気にも似たその光。その眼にマチルダは戦慄する。

(なんて眼なの…!?あれが本当に人間だというの!?)

 見る者全てを畏怖させるその狂気。その光を直に皇帝へと浴びせかけていた。

「人間が、その瞳に混沌を宿すか…」

 何かを呟いたあと、まるで子供のように笑いだした。皇帝の笑う姿を初めて見たマチルダ。

 彼女には、皇帝がアンヘルを見てどう感じたのかは分からなかった。皇帝の側に立ち、彼の笑い声をただ聞いていた。

「一つ問おう。貴様の目的とはなんだ?」

 皇帝から問い掛けられた言葉。

「12年前、貴様は何を思い我々に牙を向いた?」

 ――12年前。市民による首都への大規模デモ活動「救済」。

 それまで圧政により苦しめられてきた市民が立ち上がり、一斉に武器を手に取った。

 そのデモ活動を先導したのは、たった一人の男。人々は彼を暗黒の時代を打ち破る英雄だと言い、いつしか『天使(アンヘル)』と呼ぶようになった。

 反帝国軍結成のきっかけとなり、マジェストラ帝国との今日にわたる対立の図式を描いたともいえるアンヘル。

 彼の思惑を、皇帝は知りたかった。

「目的か…目的ねぇ…」

 皇帝の言葉を鼻で笑うような態度。その態度が気に入らないマチルダが、彼に近寄る。そのまま何も語らず、アンヘルの顔を蹴り飛ばした。

「…グッ!?」

 強烈な蹴りをまともに喰らい、後ろに吹き飛ぶ。

「貴様、陛下の御言葉が聞こえないのか?貴様の目的を答えよ」

 勿体ぶるようなその態度に、苛立ちを覚えていた。苦しそうに呻くアンヘルを見て、マチルダが笑みを浮かべる。

「…簡単なことさ。俺は、戦争がしたいだけだ…」

「戦争…だと?」

 怨恨ではない。予想外の答えに、マチルダは戸惑う。

「あぁそうさ。戦争――、それこそが俺の生き甲斐なんだよ…!!」

 口元をつり上げ笑う。ゾッとするようなその眼を、声を。マチルダらは再度認識した。この男は危険だと。

 もはや歩く狂気と化したその男を見て、皇帝は笑った。

「面白い男よ。それだけの為に戦争を始めるか?」

 皇帝の問いに、アンヘルは言葉を紡がない。ただ笑って答える。

「あぁそうさ。俺がしたいのは、戦争なんだよ…!!」

 狂気は吠える。



 帝国の地下に存在する兵器開発部。

 薄暗く、不気味な雰囲気を醸し出すその空間には、生体兵器を生み出す為のラボがあった。

 巨大なカプセルの一つ一つに、キメラを造る為に生け捕られたエルフやサラマンドラ達が培養液に浸されている。

 そしてその中に、一際目立つカプセルが一つ。

水妖(ウンディーネ)…」

 カプセルの中には人間の美女と似ても似つかぬ、しかし妖艶な身体を持った人魚が、培養液に浸され眠りについていた。

「貴様も帝国の役に立つ存在となれる事を、光栄に思え…」

 男が呟いた。



 翌朝。先に起きていたカイムはベッドで眠るルイスを優しく起こした。

「…朝だぞ」

「ん…」

 むくりと起き上がり、眠そうにふわぁ…と欠伸した後、伸びをするルイス。

「気分はどうだ?」

「まだ少し眠いが…大丈夫だ」

 ルイスは一昨日までの生活が夜型だったので、朝に弱いらしい。

 ところが昨日は帰宅した後、ぱたりと眠ってしまったのである。これも呪いの影響なのだろうか。

 見かねたカイムは自分のベッドにルイスを寝かせ、いつ起きても良いように彼女を傍で見守っていた。

 その寝顔が無防備過ぎて思わず抱きしめそうになった事は自分の胸の内に留めておく。

「カイム、ひょっとしてあまり寝てないんじゃ…」

「気にするな。どうってことはない」

「…すまない」

 しゅんとするルイスの頭をそっと撫でるカイム。

「そういえば、これから猫被るって言ってなかったか?」

「そんなもん外に出てる時だけで構わんだろう。何か問題でも」

「いや、まぁ、好きにすれば…」

「それともお前、幼女が好きなのか?」

「ばっ…違っ!!」

 必死に否定するカイム。

「安心しろ。他言はしないでおいてやる」

 ルイスがニヤリと笑ったその時、電話のベルが鳴り響いた。カイムがすかさず受話器を手に取る。電話の主はマグナだった。

「おはようございます、隊長」

『折り入って頼みたい用事がある。指令室まで来てくれないか』

「解りました、すぐ行きます」

 受話器を置くカイム。そんな彼を下から訝しげに見つめるルイス。

「…何だ?」

「用事と言ったようだが……私を利用するつもりならお門違いだ」

 まだ気心の知れない面々に、自分が利用されないか心配なのだろう。彼女の心情を察したカイムは、しかし確信していた。

「心配するな。隊長達に限って利用なんてする訳無いさ」

「どうだか」

 ふん、とそっぽを向くルイス。まだマグナ達に対する警戒が解けないらしい。

「そんなに怪しいなら一緒に聞きに行こう。きっと早とちりだ」

「本当にそうだと良いんだがな」


 早速指令室に顔を出したルイスとカイム。

「お、ちびっ子も来たのか」

 開口一番単刀直入にルイスは質問した。

「ちびっ子ゆーな…昨日のあれ、『有効利用する』とは私の事か」

「何だ、聞かれてたのか…」

「どうなんだ」

 マグナを睨むルイス。

「はっきり言っとくが、あれはお前さんのことじゃない」

 それに対してあっけらかんと返したマグナ。更に椅子に腰掛けていたジュディスが口を挟む。

「我が軍が別口で入手した帝国の情報を利用しようという話をしていたんだ。それに、この件にお前は一切関係無い」

「なに…?」

 眉をひそめたルイスの頭をぽんぽん叩きながら、マグナは言う。

「そもそも俺達は仲間だろ?仲間を利用するなんざ帝国じみたやり方は願い下げだ。な、姉さん」

「あぁ」

「そう…なのか…」

 ほっとしたような、気が抜けたような、不思議な気持ちを感じたルイス。

「疑問が解けた所で、そろそろ本題に入って良いか?」

「…解った」

 ルイスが言うと同時に、ジュディスがプリントを手渡した。

 そこには帝国が使役している生物兵器の写真がプリントアウトされていた。

 その横に、幾つかの水棲生物の写真と、小さな地図。

「お前達は帝国が生物兵器を造っていることは知っているな?」

「勿論です」

「実は近頃、帝国が海洋侵略を企んでいるらしくてな。街外れの兵器工場で水棲生物の研究が行われているという情報が入った」

「『ケルベロス』の次は水棲キメラか…」

 ルイスがぼそりと呟いた。

「このまま帝国が海を介して他国まで領土を広めれば、もはや手の付けようがない。一刻も早く兵器工場を破壊してもらいたい」

「援護は?」

 ルイスが聞いた。

「無しだ。大勢で遂行するとなると奴らに気付かれかねんからな。昨日のゴリアテの様子を見るに、カイムが一番適任と思われる」

「だったら私も行こう」

「ルイス…?」

 カイムがルイスを見やる。離れたら死ぬとはいえ、出来る限り彼女を危険な目に遭わせたくない。

「第一、私とお前は運命共同体なんだ」

「ぶっ!?」

 思わず咳き込んだカイム。

「運命共同体…、面白いこと言ってくれるじゃねぇか」

 マグナが妙にニヤニヤしている。

「帝国の大体の構造は把握している。万一の時は脱出経路も指示出来る。カイム単独で突入するよりずっと良いだろ?」

 ルイスのもっともな意見に反論出来ないカイム。

「…決まりだな。緊急時は連絡を寄越すこと。その時はマグナをそちらに向かわせる」

「よろしく頼むぜ」

「任せろ」

「…了解」

 やる気満々のルイスと少々不安気なカイム。二人の初任務は、こうして始まるのだった。



「ちょいと聞きたいんだが…」

 二人が居なくなった会議室。残ったマグナはジュディスに質問をした。

「なんだ?」

 若干苛立たしげに、無意識に貧乏揺すりをしているジュディス。

「いや、姐さんの事だからなんか考えがあるんだろうが、ちと急ぎすぎやしないッスかね?」

 マグナが抱く疑問。それは、敵兵器生産工場を単独で破壊する作戦そのもの。

「確かにあれを落とせたらこっちは楽かもしれないが、新兵にそれを任せるなんてらしくない…っつうか、ちょいと大胆すぎるっつうか」

 帝国が展開している兵器生産の流通ライン。その中心である工場こそ、まさしく今回のターゲット。

 勿論、その規模は他の工場と比べ物にならないほど巨大だ。一個小隊を率いたとて攻略は至難だろう。

「それに、こっちも人手を消耗した後でどこも人員不足なんだ。少しは休みくらいもらえませんかね?」

 前日の旧市街地での戦闘で、ゴリアテを出された反帝国軍の被害は相当な物だった。

 人員と物資、その両方とも戦争を続けるにはあまりにも足りなかった。

「人手はともかく物資は問題あるまい。工場さえ落ちればあそこは私達の物だ。兵器生産の物資なら腐るほどある」

 そう言うジュディスの瞳に映るのは確信ではなく、――焦燥。

 敗戦を重ね、もはや崖っぷちに立たされている自分達の立場を考えると、無難な選択など出来るはずが無かった。

「――やるしかないだろう。やるしか…」

「やるしかない――ねぇ…」

 マグナに言ったその言葉は、己に言い聞かせているようにも聞こえた。

「で、姐さんの本命は?」

 不意にマグナがこぼした言葉。一瞬貧乏揺すりが止まり、マグナを睨む。

「兵器生産の裏で動いているもう一つの開発プロジェクト。…確か、『アポカリプス計画』でしたっけ?」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべるマグナ。それを見たジュディスは大きな溜め息をついた。

「…何故知っている?」

「物事の裏まで探ろうとする姐さんの事だ。きっと何かを感じてるんじゃないかと思ってさ。調べてみたら大当たり(ジャックポット)さ」

 ――全くこの男は。心の中で悪態をついた。



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