CHASE:5 脱出 -escape-
先程と同じくアームの上に飛び乗り、その場を離れる。程無く、デッキで大きな爆発を確認した。
脚全体へ運ばれた電力の供給は止まり、四本中一本の脚が動きを止めた。巨体を支える四本の脚は、足並みを揃えることが出来ずにバランスを崩す。
「さっきの衝撃にダメ出しが加わったな。ゴリアテの緊急冷却装置が作動すれば、装甲の一部を分離してジェネレーターが剥き出しになる。そこを狙うんだ!!」
カイムの背中にしがみつくルイスがマグナに指示を送る。
『了解。決めてやるさ』
ゴリアテから離れたスワローが再度接近する。バランスを崩し、半分倒れているゴリアテ。
モノアイが光る丁度反対側に巨大な動力が脈打つのが見えた。あれがメインジェネレーターだろう。
『よし、ありったけぶちかますぞ!!』
身動きが取れないゴリアテをロックオンし、搭載したミサイルを一斉に発射する。
動かない的に対し、ミサイルはどれもジェネレーターを直撃した。…が、全くの無傷である。原因は先程と同じだろう。
『なっ!?直撃した筈だろ!?』
「魔力に覆われているんです。通常の兵器は効きません!!」
マイク越しに聞こえるマグナの声。カイムはデッキから立ち上がった。
「俺が行きます。俺なら、奴を斬ることが出来ます。直接ジェネレーターを破壊します!!」
『馬鹿言うな!!斬りつけた瞬間オーバーヒートして爆発に巻き込まれるぞ!!』
これほど巨大な兵器を動かす程の動力だ。先程の小さな動力とは違い、爆発の規模もその比ではないだろう。
「――奴の装甲はかなり丈夫です。なら、爆発が外まで広がるまで時間がある筈!!」
『お前、それじゃほとんど賭けみたいなものじゃないか…!!』
「例え無謀な賭けでもやります!!やってみせます!!」
カイムは、ゴリアテの頑強な装甲が爆発を内部で抑えている内に脱出しようと考えた。無論、装甲が爆発を抑えてくれる保証など何処にも無い。ある意味無謀な賭けだ。
しかし、彼の断固たる決意は、誰にも曲げられそうになかった。
『――拾い損なっても、恨むなよ!!』
その決意にマグナは折れた。速度を上げ、ジェネレーターに急接近する。
カイムは腰に挿した剣を抜き、いつでも行ける準備をする。
「……カイム」
不意に、背後からルイスが声をかけた。
「………信じてるぞ」
――信じている。今日出会ったばかりの人間を、彼女は信じると言った。
カイムは彼女の事を考えた。見た目の割にやたら達観した物言い、機械や魔法に関する深い知識。
「……つくづく不思議な子供だな、お前は」
「……?何か言ったか?」
「…何でもない。ただの独り言だ」
フッと微笑み、正面を見据える。チャンスは一度だ。体勢を整える前にゴリアテを破壊しなければならない。
剣に魔力を込める。刃が再び紅く光を帯びた。
「……行きます!!」
ジェネレーターの真上を通った時、カイムはスワローから飛び降りた。
そのまま剣を振り上げる。更に力を収束して、剣に集中させる。
(まだだ……。もっと、もっとだ!!)
ありったけの一撃を。その一心でカイムは魔力を収束させた。そしてジェネレーターが目前まで迫る。
「はああぁぁぁぁーーーーっ!!!!」
再び猛る咆哮。剣に込めた魔力の全て。この一振りで、その全てを解き放った。
ジェネレーターに、巨大な亀裂が走った。カイムの剣が、魔法で強化された装甲を『溶断』した。
「今度こそ、やった…か?」
「みたいだな」
ジェネレーターの崩壊と同時に、膨大なエネルギーが溢れ出す。
「あまり長居は出来ないぞ。早く!」
ルイスに促され走り出すカイム。爆発の影響で後方の足場が崩壊していく。
「スワローは!?」
「あそこだ!!」
下部にスワローがアームを伸ばし滞空するのをルイスが指差す。
『カイムー!!』
「隊長!!」
しかし、スワローは爆発に巻き込まれないように滞空しているので、此処から少し遠方にあった。
普通に跳んでもアームに無事に掴まれる可能性は低い。もしアームを掴めなければ、そのまま地上に真っ逆さまだ。
吹き付ける風と、地上からの高度に恐怖すら感じる。
『くそ…これ以上そっちに近づけないんだ!!』
もはやここまでか…ルイスとマグナが諦めかけたその時、カイムが呟いた。
「…飛ぶぞ」
「飛ぶって…此処からじゃ届かないぞ!」
「大丈夫だ!」
根拠は無いが、今なら飛べる気がする。ジェネレーターを斬った時から、彼の中には不思議と自信が溢れていた。
「――俺を信じろ!!」
自分自身を奮い立たせるかのように叫ぶカイムと、その気迫に押されたルイス。
「はぁ…もうどうなっても知らん。勝手にしろ」
「…ありがとう」
覚悟を決め思いっきり踏み込んだ後、カイムは飛んだ。空気抵抗で服や髪がはためくのも気にせず、ただスワローに向かって飛び込む。
――届け、届け、届け!!
地上の建物が迫りくる中、彼はスワローの後部めがけて着地する。ガン!!…と、凄まじい音がした。
マグナがスワローのアームを格納し、後部を見やる。
「二人とも無事か!?」
「…はい、なんとか」
二人が後部座席に乗り、シートベルトを締めたのを確認すると、
「っし、飛ばすぜ!!」
派手に爆発するゴリアテを背に、スワローは特撮よろしく脱出に成功した。
「軍法違反だ、馬鹿野郎!!」
スワローがキャンプに戻った後、カイムとマグナはジュディスに怒鳴られていた。二人の頭を一発ずつ殴るジュディス。
「すみませんでした」
深く頭を下げるカイム。
「全く、無茶な真似をしてくれる…クーガーを一台壊した挙句、一般人まで巻き込んで…相当ど阿呆だな」
「まぁまぁ。今回は無事に済んだから良かったじゃないっスか」
マグナが仲裁に入る。
「お前も一歩間違えてたら死んでたんだぞ?少しは自分の体も心配しろ」
「一言言わせて貰いますけど、姐さん…俺達は奴らを倒す為に此処に居るんだ。何時だって死は覚悟してる」
いつになく真剣なマグナの表情を見つめ、ジュディスは嘆息した。
「はぁ…もう良い。お前達の処分については後程検討する。あと」
そっとカイムの手を取り握手してから、
「…個人として感謝する。よくぞゴリアテを倒してくれた」
一瞬だけ、ジュディスの張り詰めた顔が綻んだ。
「指令…」
「ジュディスで良い。いちいち『指令』と呼ぶのも面倒だろ?」
「えっと…じゃあ、ジュディスさん」
「あぁ、改めてよろしくな。…それと」
ジュディスはカイムの肩の上のルイスに言った。
「お宅についても、詳しく話を聞きたい」
「………」
ルイスは何故か黙りこくったままだった。
(……?)
カイムの心配を余所にルイスとジュディスは睨み合い、二人の視線が交差する。
ただならぬ雰囲気が、そこに流れていた。
――首都セント=メトロ。
マジェストラ帝国の中心に位置するこの都市に、総督府――即ち帝国軍の中枢がある。その外観は巨大な塔と言って良いだろう。
高層ビル群が立ち並ぶセント=メトロにおいて、それは一際目立った。
そしてこの総督府に君臨する人物こそ、100年に渡る支配を強いてきた皇帝その人である。
カツ、カツと廊下を歩く音。人が居ないのか、その音はやたら響いた。
足音の主は女性だった。
涼しげな青色の長い髪は束ねてピンで留めており、細身の体格に着ている黒のスーツはよく似合っている。
彼女は扉の前で止まり、ドアをノックした。
「失礼致します、皇帝陛下」
このドアの先にいるのが、皇帝。女性は返事を待たずして部屋へ入る。
その部屋の奥に立っていた人物こそ、この世界の事実上の支配者である。
体格はかなりの大柄で、2mは越えているだろうか。彫りの深い顔立ちに、腰まであるだろう長い長髪。優雅でありながら見る者に与える威圧感はかなりのものだ。
「『マチルダ』か…。何用だ?」
「はっ、陛下のお耳に入れておきたい事が」
先程の女性ことマチルダ=ウィンクロップは、旧市街地での戦闘記録を手にしていた。
「本日15時46分を持ち反帝国軍は首都セント=メトロより撤退。しかし反抗勢力は依然増加傾向にあります」
書類の記載内容を読み上げる。しかし皇帝はその内容にまるで興味を示さず、窓の外を眺めている。
「それから、…ゴリアテが一台、撃墜されたとの報告が」
「…ほう?ゴリアテが…」
この報告には多少興味を示したのだろうか。窓の外に向けていた視線を、マチルダの方へと向ける。
「加えて、ゴリアテを落としたのはたった一人の少年だという話もあります」
「少年か…」
彼女の言葉に、皇帝はフッと笑う。
「反帝国軍の撃退には成功致しましたが、此方もゴリアテという大きな代償を払いました。作戦は成功とは言えません。――処断の方は、如何致しましょう?」
「構わん。たかだか鉄屑が塵に還っただけの事。気に止める価値など有りはしない」
「はっ…、しかし、これでは陛下の完璧な計画に支障が…」
「生きとし生ける物、完全な物など在りはしない。皆、不完全な生き物よ。それは私とて例外ではない…」
「――承知致しました。どうかご無礼をお許しください」
背筋を伸ばし、指先を伸ばす。とても模範的な敬礼だった。
「それから、もう一つ宜しいでしょうか」
マチルダの報告は、まだ終わっていなかった。
「以前よりその行方を捜索していた例の者。その身柄を確保しました」
そう言うと、再びドアからノックの音。今度は何も告げずに、扉が開いた。
兵士二人に囲まれ、腕に拘束具を付けられた男。無精髭を蓄えたその顔の瞳は、殺気立った輝きを帯びている。
窓の側から男の近くへ、ゆっくりと――。その一歩一歩に、負けじと殺気を含ませながら。
「貴様が『アンヘル』か…。12年前の事を覚えているか?」
皇帝がアンヘルを見据える。低く、重い声。空気が張り詰めていくのを、マチルダは肌で感じた。汗が一滴、また一滴と垂れていく。
そんな空気の中でも、アンヘルは動じなかった。それどころか笑みすら浮かべている。
「アンタが敵の親玉かぁ…。なるほど、大したおっさんだ――!!」
アンヘルは質問には答えず兵士の制止を振り切り、両腕の拘束具を皇帝に向かってハンマーの如く振り回した。
皇帝は表情を変えず、軽く上体を反らしてそれを避ける。
「っ!!貴様…っ!!」
その一部始終を見ていたマチルダがすかさず前に出ようとした。が、それは皇帝に止められた。
「アンタを殺しゃあ戦争が終わる。それが本当かどうか、今確かめてやるぜぇ!!」
眼を見開き、叫び声にも似た声を張り上げる。振り切った腕を今度は逆に返し、再び皇帝に襲いかかる。
その重い一撃は、いとも容易く片手で止められた。
「んじゃこれはどうだぁ!!」
両腕が使えないならば足を。左の足を蹴りあげ、下顎を狙う。それすらも皇帝は顔を反らして捌く。
蹴りあげた足をそのまま降り下ろし、今度は脳天を狙った。
全力で降り下ろした足は皇帝の脳天を直撃した。何かに当たる、確かな手応え。
勝ち誇ったように口を吊り上げるアンヘル。だがそれは皇帝も同じだった。
「ほぉ…、脳天砕いてもピンピンしてらぁ…」
「この程度で私を殺そうとでも?なかなか面白いジョークだ」
「良いねぇ…。アンタ最っ高だぜ!!」
後ろに飛び退き、一度間合いを取る。低姿勢で腰を屈め、皇帝を睨み、いつでも飛び掛かれるように。 その姿はさながら『獣』のようだ。
「楽しませてくれよな!!えぇ!?皇帝様よぉ…っ!!」
今一度、獰猛な獣が飛び掛かった。