CHASE:4 眠れる焔 -magic-
「とりあえずこれかぶれ!!」
カイムは頭にヘルメットを装着し、ルイスにもヘルメットを渡した。
「…さっき言ったことについてだが」
ヘルメットのベルトを締めながらルイスが呟く。
「?」
「確かに私達の目を眩ますことは出来る。だが」
ルイスは胸元に手を当てながら言った。
「私の魔力がいつまで保つか判らない。途中で魔法が消えることも覚悟してくれ」
深刻な面持ちで、ルイスは言った。
「…出来るだけ短期決戦で頼む」
「解った。なら尚更急がないとだな!!」
カイムの言葉と共にエンジンの温めが完了し、走行可能な状態になる。
ルイスが自分の後ろに掴まった事を確認してからギアを動かし、アクセルを目一杯入れた。
「ルイス、頼む!!」
「任せろ…隠密!!」
走り出したクーガーは、呪文に呼応し姿を消した。
目指すはゴリアテの真下。アクセルを入れつつカイムは自分の手を見てみる。
「これ…本当に消えてるのか?」
「じゃなかったら今頃標的にされてる所だ」
「そうか…」
会話する間にもゴリアテは破壊光線やら砲撃やらを続けている。ランダムに攻撃しているのか、いつこちらに攻撃が当たるか判らない。
「仕方無い…保険を使おう」
魔法機関を呼び出すルイス。
「大丈夫なのか?さっき魔力が保つか判らないって」
「背に腹は変えられん。囮を使う…複製」
詠唱と同時にルイス達の隣にもう一人ルイス達が現れる。クーガーに跨っており、そちらは本物のルイス達とは反れて違うルートに入った。
「これでしばらくの間は撒けるだろう」
ルイスの声に疲れがの色が混じる。負担は先程よりも増しているようだ。
「でも、あと少しだ」
気付けば、確かにゴリアテへの距離が縮まっていた。
「よし、このまま真下に潜り込んで」
「了解」
アクセル全開で進むカイム。ゴリアテはもう目前だ。
「ゴリアテは真下への攻撃手段を持たない。そこから上によじ登るのが一番安全だ。」
「…って、まさか本当によじ登ることになろうとはな……」
「お前が言ったんだろ!!よじ登ってでも破壊するって!!」
言ったからには、やらなければならないだろう。有言実行、カイムは覚悟を決めた。
「しっかり捕まっていろよ。揺れるぞ!!」
ルイスに警告し、カイムは脇で倒壊しているビルに飛び乗った。
建物から建物へ。徐々に高度を上げながら、倒壊した建物の上を走る。
「揺れるって、これ…じゃ!!そん…な……レベル…じゃ!!」
後ろで揺られているルイス。――察するに、余程荒い道なのだろう。
そんな揺れに悪戦苦闘してるルイスを余所に、カイムが再び警告をする。
「飛ぶぞ!!しっかり捕まっていろよ!!」
「いちいちしつこいな!!大丈夫だ!!」
ギュッとカイムにしがみつくルイス。返答の後、倒壊した建物からクーガーは宙を舞う。
その高さは地上からおよそ30m。普通に落ちればまず命は無い。
飛び出してすぐに、カイムは自身の剣を抜いた。クーガーを踏み台に、今度はカイムが宙を舞う。そして、
「ふっ……!!」
抜いた剣をゴリアテの脚に投げる。突き刺さった剣に捕まり、ぶら下がる体勢になった。
「……これまた随分と派手に近付いたものだな」
「で、ここからどうすればいい?このままよじ登るか?」
風に揺られ、上下に揺れながらも、カイムは音も上げずにしがみつく。
――大した奴だ。ルイスはそう思った。
「こいつは脚一本一本にそれぞれ別の動力が働いてる。一本でも供給を止められれば、動きと一緒に火器管制も止まるだろう」
「その動力はどこに?」
「私は設計者じゃないからそこまではわからん。だが、これだけ大きな兵器だ。どこかにケーブルが集中する場所があるはず…」
「集中する場所……。…あそこか!?」
何かに気づいたカイム。上を見上げると、カイム達の居る場所からおよそ5m地点に、脚の間接部が光るのを見た。光はそこから脚全体へと運ばれていく。
「多分あれで間違いない。だが、どうやってあそこまで?」
ぶら下がったこの状態で、あそこまで登るのは無理がある。ルイスの問いに、カイムは無言で応えた。
片方の手をゴリアテに伸ばし、掴めそうな出っ張りを掴む。揺れが収まったのを確認し、もう片方の手で剣を引き抜いた。
「か、カイム!?」
支えを片方失い、体全体が左右に揺れる。酷く不安定なこの状況で、ルイスは落ちまいと必死にカイムにしがみついた。
自分の足が宙ぶらりんなのが、これほど怖いと思ったのは初めてだろう。
そんなルイスを後目に、カイムは剣を一度腰に納める。ルイスの身長が自分の背中に収まるサイズだったので、すんなり納められた。
「ん、呼んだか?」
あれだけの力仕事の後、カイムは息一つ切らさずに喋る。
「て、手を離すならこと前に言え!!このバカイム!!」
「誰がバカだ、繋げるな!!…何度も言うが……」
「――しっかり捕まってろ…だろ。わかってる」
自分を信じてしがみつくルイス。絶対に失敗する訳にはいかない。今まで以上に慎重に、カイムは登りだした。
風が吹き、脚が上下に揺れる。反帝国軍は撤退しただろう。
恐らく、今ここにいるのはカイムとルイスの二人だけ。戻れば命令違反で懲罰でもあるのだろうか…。
そんな悪条件の中でも、カイムはひたすら登り続ける。5mがこんなに長く感じたのも初めてだ。
「…あと、少し……!!」
あとほんの数十cm。手を伸ばせば届く距離に小さなデッキがあった。整備用の足場だろう。
地に足がつく安堵感にホッとしたとき、銃声が響いた。
「……っ!!しまった、見つかった!!」
ステルスの魔法が解け、姿を晒してしまったカイム。ゴリアテのセンサーが反応したのかもしれない。
別の脚に搭載している機関銃を、帝国兵が動かしている。
「ここからじゃグレネードも届かない……!!どうする!!」
隠れる場所すらないこの状況では、いずれ機関銃の餌食になろうことは予想できた。
何か手段は無いか…。そう考えていると、近くから突如爆発音が聞こえた。
(近くで戦闘!?誰が!?)
爆発のあった箇所は煙が巻き起こって確認できない。
しかし、その煙を突き破って近づく物があった。――小型の戦闘機だ。
「『スワロー』!?中は誰が!?」
小型航空戦闘機『スワロー』。小型ながら高い攻撃力と機動力を兼ね備えた、反帝国軍の主力兵器だ。
『よぉ、無事か新人?』
「マグナ隊長!?」
「ったく、無茶してくれるぜ…まぁこっちに来いよ」
マグナがレバーを引くと、スワローの横から小さなアームが出た。そこにカイムが手を伸ばす。
「ルイス、先に行ってくれ」
「わ、わかった…」
足場が不安定な状況の中、ルイスはカイムの体をつたってスワローに飛び移った。
ルイスが後部座席に入る。続けてカイムが飛び移ろうとすると、突然ゴリアテの足が大きく揺れた。
カイムを振り落とそうとしているのだ。
「おっと…危ねぇな!!」
機銃掃射するゴリアテの銃口に向かって何度か弾を撃つマグナ。弾は見事に着弾し、一旦攻撃が止む。
その隙にカイムに近付き、再度接触を試みる。
「今だ!!せー…のっ」
タイミングを合わせて飛び移る。どうやら無事のようだ。ルイスとカイム、二人揃って後部座席に入る。
「隊長、何故此処に…?」
「整備班からクーガーが1台持ってかれたって聞いて、後を追ってきたんだ。結局そのクーガーも壊したみたいだが…後で姉さんの雷が落ちるかもしんねぇぞ」
「すみませんでした」
頭を下げるカイム。
「それより…お前ら、ゴリアテを止めようとしてるんだろ?」
再び始まった機銃掃射を、スワローを巧みにコントロールしてかわすマグナ。
「俺も協力する。何をすれば良い?」
「隊長…!」
カイムの言葉を遮り、ルイスが指示する。
「上部にデッキが見えるはずだ。私達をあそこまで連れて行ってくれ」
ルイスは先程のデッキを指差した。
「よし…任せろ!!」
弾丸の雨をかいくぐりながらデッキへ接近するスワロー。
「…この辺で良いか?」
「バッチリだ」
デッキへともう一度アームを伸ばし、そこにカイムとルイスが飛び移る。
スワローがデッキを離れる直前、マグナはルイスに向かって一言呟いた。
「…カイムを任せたぞ」
「言われなくても!!」
ステルスの魔法をかけ直し、攻略に臨む二人。
「さて…ここからが本番だ」
ゴリアテの電力供給のための動力炉の一つ。ここから放たれた光は、脚全体へ伸びていく。
「こいつを破壊すればこの脚の動きは止まる。そうすればバランスを崩してゴリアテは倒れるはずだ」
動力炉に触れ、ルイスが言う。その後ろでカイムは剣を構え、攻撃体勢を取る。
ルイスの指示を待たずに、カイムは斬りかかった。
「…はあっ!!」
巨大な大剣で一振り。だが、その攻撃は強固な装甲により弾かれた。
「…っ!?一度で駄目なら何度でも…!!」
一度弾かれた程度では止まらない。二度三度と、カイムは剣を振るった。しかし、辺りに響くのは無機質な金属音だけ。
「ふっ…!!はぁ!!」
何度も斬りつける。諦めずに何度も。だが、動力炉にダメージは与えられない。それどころか、傷一つついていない。
「無駄だ、カイム。どうやらこの装甲は魔力で強化コーティングされているらしい。魔力のこもらない一撃では、何万回斬りつけても傷一つつかないだろう」
後ろで見ていたルイスが、カイムを止める。
「動力を供給する重要な部分が脆いはずはないと思っていたが、まさか魔法で強化してあるとはな…」
「感心してる場合か!!なら俺はどうすればいい?俺は魔法なんて使えない!!」
この事態に少し戸惑うカイム。魔法が使えない自分に、これは倒せないのか。そう思うと、自分が酷く無力に思えた。
そんなカイムに、ルイスは何も言わない。ただじっとカイムを見つめている。
「――イメージするんだ」
「い、イメージ…?」
「構えろ」
突然のルイスの言葉に、言われるがままカイムは剣を構える。
「頭に思い浮かべるんだ。自分が欲する力を…。そしてそれを現実に引き出せ」
――力。カイムが今最も欲する力を。目を閉じて、思い浮かべる。熱い、炎にも似た感情。
冷たい瞳の内に秘めた、内なる『焔』。
(俺は…、俺が欲しい力は…!!)
――切り裂く力を。例えどんなに頑強な壁であろうと、切り裂く力を。
「全身から解放しろ。心を解き放て!!」
ルイスの言葉と同時に目を開くカイム。身体中からほとばしる、紅い輝き。
「……ぅぅうううおおおおぉぉぉーーーーーーーっ!!」
猛る焔。咆哮とともに、カイムの剣は炎を纏っていた。
「それが、お前の『魔法』だ」
「俺の…、魔法……」
不思議な感覚だった。大して自分が変わった訳でもなく、特別強くなった訳でもない。
だが、はっきりとした自信があった。今ならあの装甲を切り裂けると。
剣を構え直し、動力炉を正面に見据える。そして最上段まで振り上げた剣を一気に振り下ろす。
「……ふっ!!」
手応えはあった。その剣筋は、纏った炎で紅い軌跡を描いた。
先程まで歯が立たなかった装甲は、いとも簡単に切り裂かれた。その切断面は、まるで熱で溶けたかのようだ。
「や、やった!!」
収束した光は広がる手段を失い、行き場をなくして暴れだした。
火花を散らし、小さな爆発が幾つも弾ける。
「まずい!!爆発するぞ!!」
ルイスがそう言ったとき、後ろで声が聞こえた。
『こっちだ、乗れ!!』
スワローに乗ったマグナだ。爆発に気付いて来てくれたのだ。