CHASE:3 契約の証 -contractor-
「任務?何の任務か知らんが、私には関係無いだろう」
「旧市街地で逃げ遅れた市民を保護することが俺の任務だ。俺には君を保護する義務がある」
「やめてくれないか?そんなの必要無いし、保護される筋合いもない」
――小さい子どもが何を言うか。ルイスの態度に内心苛立ちを感じたカイム。
見た所5,6歳の少女である彼女に、この戦場はあまりにも危険すぎる。1人にする訳には行かない。
「これは遊びじゃないんだ。いくら君が奴らを追い払う程の力を持っていようと、子供が1人で戦場を彷徨いてるのを見過ごせない。一緒にキャンプまで来るんだ!!」
「……!!私に触るな!!」
カイムがルイスの肩を掴んだとき、ルイスがそれを手で払った。
すると二人の手と手が触れ合ったその瞬間、異変が起きた。突如舞い上がった光が2人を包みこむ。
「なっ!!こ、これは………!?」
「まさか、呪いが!?」
ルイスの言葉はカイムには聞こえなかった。光に包まれ、何が起きているのか全くわからない。
光はほんの数秒輝き続け、訳が解らぬまま霧散した。
「消え……た………?」
自分の身体を確かめる。特に外傷はなく、至って体調が悪いわけでもない。ひとまず、無事らしい。
(………今のはなんだ?)
考えてみるが、正直見当もつかない。被害がなければそれでいいと思ったその時、
「お、おい!!お前……っ!!」
ルイスがカイムを見て、何かに気づいたらしい。
「お前、首のそれは……!?」
「首?」
ルイスに言われて首を触る。触れた感触に異状はなかった。しかし、付近の建物の窓ガラスを確認してようやく気が付いた……自らの身に起きた異変に。
「な…っ!!……なんだよ、これ!?」
カイムははっきりと見た。自分の首筋に、謎めいた文字が刻まれているのを。文字は首筋を一周し、それはさながら首輪の様にも見えた。
「『契約の証』!?これも呪いが招いたというのか……?」
「呪い?待てよ、契約って――」
カイムがルイスを問いただそうとしていると、
「居たぞーー!!反逆者だーー!!」
帝国兵が銃を構え、こちらを見据えている。その時だった。
「カイム君!!いきなり走り出して、何かあったのか……」
「………っ!!来るな!!」
自分のパートナーだった味方の兵士が、こちらに駆けてくる。彼はこちらを狙う帝国兵に全く気付いていない。
「撃てーーっ!!」
警告は間に合わなかった。号令と共に銃声が響く。標的はカイムとルイス、そして味方の兵士。
咄嗟の判断でルイスを抱え、剣を盾にし銃弾を防ぐカイム。しかし彼についてはそうもいかなかった。
隠れる場所もなく、無防備にさらしたその身体に、いくつもの銃弾がめり込む。その度に飛び散る鮮血。
「……あ、あぁ…………」
先程自分の名を呼んだ味方は、今や見る影もなく無惨な骸へと成り果てた。
何か言いたくとも、声にならない。初めて直面した『死』に、ただただ狼狽する。
「進めーー!!畳み掛けろーー!!」
進軍は止まらない。このままでは自分も死んでしまう。
人1人の死に戸惑っている場合ではない。――それが戦争だ。
「ルイス。俺は今からキャンプに戻る。……君もついてくるんだ」
「……拒否権は無いんだろ」
剣で銃弾を弾き返しながら、路地裏へと駆け込む。
「君は先に行け。俺もすぐ行く」
そう言うなり、カイムは剣を地面と平行に構え、路地裏から表通りへと躍り出た。
「ふっ!!」
剣の柄についていた引き金を引く。撃ち出されたのは、直径50mmのグレネード。剣に内蔵されたこのランチャーが、この剣のもう1つの機能だ。
爆発が巻き起こり、辺りは火に包まれる。聞こえるのは帝国兵の悲鳴。
これで進軍が止まるとは思えないが、次が来る前にとカイムも路地裏へ逃げ込んだ。
逃げた先では、何故かルイスが立ち往生していた。
「どうした?先に逃げろって言ったのに…」
「場所も解らないのに先に行けと言われても困るんだが」
それもそうか、とカイムが前に進み出る。
「少し走ればすぐ着く」
「……足、早いんだな」
「え?」
カイムが少し歩いただけで、二人の間に距離が生まれていた。青年であるカイムに比べ、子供のルイスは歩幅が大変小さいのである。
「この体は走りにくい……」
するとカイムがルイスの元へ戻り、彼女の体をひょいと持ち上げ、肩に乗せた。
「ちょ、何を……?うわっ」
「しっかり掴まってろ」
そのまま駆け出すカイム。慌ててカイムの頭にしがみつき、なんとか体勢を固定する。これで振り落とされることは無いだろうと安心してから、ルイスは口を開いた。
「さっき撃たれた人…彼は仲間なのか?」
「――あぁ」
目元は見えないが、かなりショックを受けている様子。
「何故私を助けたんだ」
「助けられる人命を優先した…それだけさ」
ルイスの目が伏し目がちになる。
「さっき……帝国兵を数人殺していたな」
「生きる為にはあぁしなきゃいけないからだ」
「私には納得出来ないな……何も殺す必要は無かったんじゃないのか?」
先程の戦闘でも、ルイスは相手の武装を破壊しただけで、命までは奪わなかった。そこまでする必要は無いし、そうするつもりも無かったからだ。
「詮索するつもりは無いが……あなたは昔……何か……」
ルイスの言葉はそこで止まった。見ず知らずの青年が自分を守ってくれた。その事実があれば十分だということに気付いたからだ。
カイムも、それからは何も言わなかった。
やがてキャンプに到着すると、そこには一足先にマグナが到着していた。
「女児を一人確保しました」
「ご苦労」
マグナがルイスの顔を伺うと、一瞬眉がぴくりと動いた。
(こいつ…どっかで見たことあるような……)
誰なのか思い出せず、首をひねるマグナ。
「それと……」
カイムが俯き、言葉を濁す。
「……殺られたんだな」
彼の意を察し、代わりに答えるマグナ。
「結局、俺とお前を除いてほぼ全滅か……」
「全滅、って……!」
マグナが顎でその場を示す。そこには最初に見た時よりも更に夥しい量の血の海が広がり、悲劇を物語っていた。
「一旦本部に戻るぞ。その子も一緒にな」
「……はい」
目の前に広がる光景。それはカイムがかつて見たことのある風景にとてもよく似ていた。
撤退を開始しようとしたその時。どこかのスピーカーから大音量のハウリングが響いた。
「っ、なんですか、今の騒音は……!」
「――っと、姐さん、お疲れさんです。」
仮設のテントからジュディスが出てきた。出てくるなり、マグナを睨み付ける。
「姐さんと呼ぶな、指令と呼べ。それより、何があった?」
「俺たちも今戻ったんっスよ。――まさかと思うけど……?」
騒音の後、今度は地面が揺れる。その中に、何かが動く音も混じっていた。巨大な質量が『起動』する音。
「――ピタリだな。ゴリアテだ!!」
キャンプの遥か後方、巨大な兵器が立ち上がる。4つの脚が、その巨体を支え、一本一本を動かしながらこちらに迫る。ある意味盛観だった。
「あれが……、ゴリアテ!?」
初めて見る巨大兵器に戸惑うカイム。
「撤退を急げ!!ゴリアテが来るぞ!!こんがり焼かれる前に引き上げろ!!」
ジュディスが声を張り上げると共に、キャンプは慌ただしく動き始めた。
その様子を見ながら、ルイスは溜め息をついた。落胆とも言える反応だ。
「ゴリアテ…か。反帝国には、あんな鉄クズ1つ落とす戦力も無いのか…?力の差が大きすぎる…」
「鉄クズ?あれがか?」
ルイスのその言葉に、カイムはまた驚く。あの巨大な兵器を鉄クズ呼ばわりするのは、子供故の無知なのか、それとも……
「奴の装甲は頑強だ。中途半端な攻撃じゃ、落とすどころかかすり傷一つつけられん。加えて上から下までびっしり武装したやつに、死角はない」
――それじゃどうしようもないじゃないか。渋い顔をしながら、ルイスの話を聞いていた。
「ただ、内側は別だ。火薬を大量に積んでる分、それに引火する可能性も高くなる。一度火がつけば自然と吹っ飛ぶから、攻略はそう難しくない」
「でもどうやって?近づけないなら、火をつけようがない」
カイムの言い分ももっともだ。今までゴリアテに近づくことすら出来ずに、一方的に蹂躙されている。戦闘記録にはそう載っていた。
ふと、ルイスが足下の石を拾う。
「そう、近づかなければどうしようもない。近づこうにも見つかれば蜂の巣だ。だが……」
そして石を高く放り投げた。
「隠密!!」
一言。そう言うと、投げたはずの石が消えていた。
「消えた!?」
「消えた訳じゃない。目に見えないだけで、じきに元に戻る」
上に投げては手に収まり、上に投げては手に収まり……。石を投げる動作を繰り返している。
見えないだけで、そこにちゃんとあるのだろう。
「これなら近づける、だろ――」
ルイスが結論付けようとした瞬間、爆風が巻き起こる。
二人は会話で気がつかなかったが、気がつけばゴリアテは自分達を攻撃できる距離に近付いていた。
「チッ、有効射程内に入ったか。死にたくなかったら、さっさと逃げろど阿呆ども!!」
ジュディスが声を張り上げる。
「もうこんなに近づいていたのか!!」
「ルイス!!本当に奴をやれるのか!?」
カイムが尋ねる。その表情には焦りの色が浮かんでいた。
「理屈は簡単だ。ジェネレーターに直接攻撃すればいい。だが、実行できるか……」
「簡単なんだな。よし、じゃあやる!!」
「ま、待てカイム!!」
ルイスの言葉を遮り、カイムは走り出す。仮設テントの中には、格納庫の役目をしているものもあった。
「すまない、借りるぞ」
「え、ちょ…、あ!!」
いきなりのことに、整備班は呆気にとられていた。
拝借したのは『クーガー』と呼ばれるバイク型の兵器。兵器といっても、殆どは機動力の確保と物資・人員の輸送。武装と言えば搭載された機関銃ぐらいだが、ゴリアテに近づくにはこれが必要だ。
エンジンを動かし、ルイスを呼び寄せる。
「ルイス、これをさっきみたいに見えなくできるか?」
「可能だが、本気で身一つでやるのか?」
「考えてる暇は無い。脚をよじ登ってでも奴を破壊する!!」
そう言っている間にも、ゴリアテの砲撃は続く。二発、三発と爆風が広がり、その度に悲鳴が上がる。
「急いでくれ!!このままでは、被害が広がる一方だ!!頼む……!!」
ルイスが見たカイムの藍色の瞳。その目に、冗談の色はない。
「……作戦は乗りながら伝える。まずはゴリアテの真下に行って!!」
「乗りながらって、お前も来るのか!?」
「そういう契約なんだ!!あなたから離れたら、私は生きていけない!!」
――離れたら生きていけない。まるで恋文のようなルイスのその言葉に、カイムは顔を赤くした。酷く狼狽している。
「な、な、な!!な、何を……!!子供の君がそんなことを!!」
「ご、誤解するな!!そういう呪いで、私はあなたと離れたら死んでしまうんだ!!それから私は子供じゃないわかったかこのバカイム!!」
「だ、誰がバカイムだ!!勝手にあだ名をつけるな!!」
まるで痴話喧嘩のような光景。端から見れば、青年と子供が言い争っている珍妙な光景である。
だが、そんな微笑ましい状況の中でも、ゴリアテは近づいてくる。砲撃は止まない。
このままでは、本当に街が焦土と化してしまう。
「とにかく急ぐぞ、このままだと撤退をする前に全滅だ!!」
カイムの言葉に頷くルイス。
「カイム!!カイム!!…ったく、どこ行っちまったんだ…」
部隊の仲間が居なくなった。カイムを探しているマグナの耳に、あの整備士の話が聞こえた。
「本当に行っちまうんですか?まだ一台無事なのがあるのに」
「しょうがないだろ!!あの坊主が勝手に持ってっちまったんだ。もう諦めろ!!」
(坊主……。坊主か…)
その言葉を聞いたマグナは、ニヤリと笑った。