CHASE:34 飛翔 -sky high-
一瞬の静寂。その優れた武勲の持ち主であるベクターは、エヴァンの手により一太刀で葬られた。
自らの将の亡骸を目の当たりにし、帝国兵に動揺が走る。将を討たれた兵士達は浮き足立ち、統率に乱れが生じる。無論、エヴァンがその隙を見逃すはずもなかった。
「ぼやぼやするな!防衛線の強化と敵兵の排除を速やかに行え!」
彼の号令と共に反帝国軍の反撃が始まる。前線に配置されていた銃撃隊の一斉射撃により、行軍の止まった帝国軍の兵士達は弾丸の雨に晒され、たまらず後退を始めそうになる。その時、
「怯むなぁ!!少佐の死を無駄にしてはならない!!進めぇ!!」
流れを断ち切るように、一人の若い士官が声を張り上げ喝を入れる。ベクターの副官が銃を掲げ前進を促した。それに呼応するように、怯みかけていた兵士達に再び士気が戻る。手にした銃の引き金を引き始め、バリケード越しの激しい銃撃戦。帝国軍と反帝国軍、両者の間に飛び交う弾丸。銃声の嵐の中で、舞い上がる砂埃と血しぶきがその凄絶さを物語っていた。
「足を止めるな!前に出ろ!!」
副官が手にしていた銃の弾丸が尽きるや否や、今度は腰に帯刀していた剣を鞘から引き抜き、一歩前へ。彼もまた、ベクター同様勇猛な将のようだ。
「迎え打つぞ。剣士隊、出番だ!」
エヴァンとて黙って見ているつもりはない。こちらも剣での接近戦で応戦する。互いの将を先頭に、両軍がその空いた隙間を埋めるように、今度は剣士隊同士の衝突が始まった。先程の銃声から一変、激しい剣戟の甲高い音が鳴り響き、怒号と悲鳴が代わる代わるあがる。
「指揮官を討てば勢いは削がれると思ったんだが……。当てが外れたな」
ぼやきながらも目の前の敵を切り伏せる。予想以上に素早い副官の対応に、逆に面食らったのはエヴァンの方だった。やれやれと頭を掻きながら彼は作戦を練る。
先遣隊がロッカ市内に進入し、中心にある本陣を取るには3つのルートを通るしかないため、それぞれのルートを守るように兵を配備している。侵入経路がはっきりしている分守りやすいともいえるが、逆に言えばどれか一つのルートが破られれば本陣は丸裸も同然である。今回エヴァンが指揮するのは街の中央に存在する、自陣に最も近い中央ルート。
(力押しの防衛には限界があるな……)
今は敵が分断され攻め入る敵の数も少ないが、時間が経てば敵も部隊を結集させ、艦隊による砲撃も始まる。そうなっては防衛は困難を極め、戦局は敵方に傾いてしまう。
(敵の戦力をできるだけ引き出さんとな……)
押し寄せている敵はほんの一部に過ぎない。現段階で兵器を惜しみなく使うわけにもいかず、結局は兵士による防衛という(持久戦?兵量戦?)忍耐勝負。資源も人材も限られたこの状況では出し惜しみせざるを得ないが、それは向こうも同じ。大事なのは手札を切るタイミング。
「よくも少佐を!」
声がした方を振り向くと、数人の兵士を斬り捨てエヴァンへと直進する副官の姿があった。
「やれやれ。年寄りにはきつい仕事だ」
苦笑いしながら、エヴァンも手にした短剣を構える。
「覚悟!」
「報告いたします!先遣隊隊長ベクター少佐が戦死しました!」
慌ただしく動き始める帝国軍艦隊。後方の将艦艇で、司令官マチルダは作戦の指揮を執っていた。突然の反帝国軍の攻撃で指揮系統に乱れが生じ、部隊も分断され完全に出鼻を挫かれた。
(私としたことが、なんという様だ…!)
束の間の油断が招いたこの事態。しかしこのロッカで攻撃を受けることも、ある程度は想定の範囲内であった。もっとも、こうも堂々と正面突破されたのは予想外だったが。
(ずいぶん思い切りのいい将だ。ただの玉砕覚悟か、あるいはこの軍勢を相手に勝算があるのか――)
この作戦を指揮する指揮官が、今まで戦ってきた反帝国軍とは毛色が違うことを肌で感じる。同時に、彼女の脳裏にある女の顔がよぎった。かつて志を同じくし、共に学び、共に競った。昔馴染みの、懐かしい戦友の顔。
「――お前なんだな、ジュディス」
少し寂しそうにつぶやくと、少し嬉しそうに笑った。
「旗艦、全速前進!迅速に障害を排除する!」
後方で待機していたマチルダの将艦艇が速度を上げ前線へ。続いて周りの艦も速度を上げる。
「砲撃艦、全砲門開け!合図と同時に都市基地に砲撃!」
マチルダの艦を囲むように八隻の戦艦が隊列を組む。もちろん、その間も敵要塞からの攻撃は容赦なく降り注ぐ。周りの輸送艦や攻撃艦の何隻かが沈む中、マチルダの号令により速度を上げた艦隊は攻撃の有効射程範囲へ。
「全艦、砲撃開始!」
敵の砲撃をかいくぐり攻撃射程へ入った砲撃艦が轟音を上げ攻撃を始める。都市へ着弾した弾丸が爆発し、炎上する。街の外では激しい砲撃の応酬が繰り返される。
「砲撃と同時にソルジャーを展開!一気に制圧する!」
ここぞとばかりに、小型兵器を前線に。鋼の装甲に覆われた兵士達が、背中のブースターを蒸かし猛スピードで市街地へと突き進む。
「お前の戦いを見せてもらおうか、ジュディス」
「敵艦、攻撃開始!基地の周辺に着弾、負傷者多数!」
「救護班を回せ!炎上箇所の消火も忘れるな!」
敵の艦隊から砲撃を観測。その衝撃は前線に居るジュディスには直に伝わる。爆発の被害で基地の一部が損壊し、負傷者も多数出ている。
「こちらに高速で接近する熱源を探知!ソルジャーです!」
「予想より早かったな。現在の戦況は?」
「現在、三方向より敵の侵攻を確認。中央ルートにてエヴァン隊長が先遣隊指揮官を撃破!その他のルートも、防衛は概ね順調です」
「今のところ、歩兵同士のぶつかり合いは優勢か……」
だが、まさか指揮官自らが砲撃の雨をかいくぐり前線へ突出するとは。――いや、彼女だからこそそうしたのだろう。そういう意味では自分とよく似ている。そんなことを考えながら、ジュディスも次の一手を打つ。
「こちらもソルジャーを出すぞ!出撃準備!」
「り、了解!」
機械相手に歩兵で渡り合うのは無理がある。ならばこちらもソルジャーで応戦するしかない。
「シャーリー、オリバーに繋いでくれ」
「わかりました!」
状況を報告していたオペレーターとは別に、隣で待機するシャーリーに命じる。今回のソルジャー部隊の一つを指揮するオリバーへ回線をつなぐ。
「オリバー、聞こえるか」
『感度良好、ちゃんと聞こえますよ』
ソルジャーのコクピットで待機していたオリバーが応答する。
「解っているとは思うが、敵艦隊がこちらを射程圏内に捉え、同時に敵のソルジャーが動き出した。こちらもソルジャー総動員で迎え撃つ。もう一度、作戦の説明が必要か?」
『大丈夫、理解してます。シャーリーからのレクチャーも受けました。必ず成功させてみせますよ』
「頼もしい返答だ。よろしい、市街地の防衛は気にするな。お前達は作戦に集中してくれ」
『了解です』
そう言うと、ジュディスは通信を切った。オリバーに命じていたのは、都市の防衛とは別の任務。
「さて、我々も準備を始めるか」
「各部動作、異常無し。火器管制、すべてよし…」
コクピットの中で一人最後の点検を済ませるオリバー。これから始まる戦いを前に、シートに深く座りふぅ、と溜息をつく。そんな折、オリバーの機体に通信が入る。
『オリバーさん、聞こえますか?』
インカムから流れるシャーリーの声。
『出撃前の最後の確認をさせていただきます。少々お時間を下さい』
「あぁ、わかった」
作戦開始を目前に、作戦の最終確認と状況確認。
『現在、市街地の防衛はエヴァン殿が先遣隊指揮官を討ち取ったことで我々が優勢になりました。ですが、後方に待機していた将艦艇が前線に出たことで、砲撃による艦隊の足止めと分断は、予想より短くなってしまいました』
市街地の防衛だけで見るなら、滑り出しは順調と言うべきか。ただ、それに後方艦隊の援護が加わるとなると話は別だ。敵もソルジャーを配備している。恐らく敵部隊が結集するのにそう時間はかからないだろう。そうすると、兵力で劣るこちらの勝機はほぼゼロに等しくなる。
『こちらのソルジャーチームは全部で八つ。オリバーさんは別働隊として単機で行動。市街地の防衛は、他のソルジャーチームが当たります』
単機で……と簡単に言ってくれるなと、オリバーは内心思った。敵艦隊に単機で作戦を決行するなど、自殺行為もいいところだ。
『出撃と同時に市街地を突破。全速力で敵艦隊に突撃を仕掛けます。支給されたビーコンの使い方は把握していますね?』
先程オリバーがジュディスとの会話中に述べた、シャーリーからレクチャーを受けていた特殊兵器だ。ソルジャーの腕部に直接収納してある。
『このビーコンを敵の砲撃艦に設置するのが我々の任務です。これは設置することでプログラムにアクセスし、遠隔操作でその艦のコントロールを奪い取れるようになっています。任務が成功すれば敵戦力を利用でき、戦力差を埋めることができます』
たった一人で敵陣を突破し、砲撃艦にビーコンを設置。もちろん、敵陣深くに入れば味方の援護などそう期待できない。文字通り、命がけの作戦。
『――正直、無謀な作戦です。オリバーさん一人にこんな危険な作戦を任せるなんて……』
「仕方ないさ、人手が足りないんだ。それに、彼女は勝つと言ったんだろ?」
そう。ジュディスは勝つと言った。勝ちたいと言った。そしてオリバーにも、守りたい人がいる。
「危険な任務だ。だけど、成功させてみせるよ」
『オリバーさん……』
心配そうなシャーリーの声を振り払うように、笑顔を作る。そう、やるしかない。たとえ死ぬ可能性が100に近くとも、生き残れる可能性はゼロではない。
「大丈夫。戦果を期待しててくれ」
迷いはない。シャーリーに出発を告げると、それと同時に出撃の合図。
『出撃準備、お願いします!』
サイレンが鳴り、付近の作業員が退避する。射出カタパルトにソルジャーがその足を乗せ、地下格納庫のシャッターが開く。
(空、か――)
シャッターの隙間から澄み切った青空が覗いていた。不思議と自分の心が高揚するのを感じ、ぽそりと呟く。
「やっぱり、空はいいな」
目の前のランプが、赤から緑へ。
「……オリバー、出撃します!」
火花を散らし、カタパルトで一気に地上へ。地下から飛び立ったソルジャーは背中のスラスターから青い炎を吹き出し、全速力で前進する。目指すは敵の主力艦隊。
「ぐ……っ!」
加速によりかかるGが、オリバーに重くのしかかる。だが、その感覚や感触、苦痛すらも噛みしめて味わうかのように、一つ一つを感じる度に気持ちは高揚していく。
(さすがに不謹慎かな……)
自分の愛機でないことが唯一の心残りだが、パイロットとして再び戦場に立てたことに喜びを感じながら、廃墟となった町並みを駆けていく。
「……ったく、派手にやりやがる!」
敵の主力艦隊はその攻撃の射程に既に手が届き、こちらへの攻撃を開始している。その砲撃で最も被害が大きかったのは、マグナが指揮を執る西側ルート。
「被害状況の確認はあとだ!怪我人の治療と兵の補充を最優先にしろ!」
砲撃によりバリケードの一部は破損。防衛についていた兵の多くは死傷し、なおも敵の侵攻は続く。
「進め!敵は虫の息だ!」
帝国兵が突撃を仕掛ける。勢いに乗り、雄叫びをあげながら進軍する様子を見たマグナは、
「退却だ!後ろに下がるぞ!」
「敵が逃げるぞ!追いつめて根絶やしにしろ!」
敵に背を向け後退する様を見て、一層勢いを増す帝国軍。破壊され機能の一部を失った拠点と現在の戦力では不利と見たか、さらに後方の拠点まで後退するマグナ。帝国軍はさらに士気を高め、無人となった拠点へ侵攻し、着実にマグナ達西側部隊を追い詰めつつある。破壊したこの拠点を足がかりにすれば、帝国は更に攻めやすくなるだろう。
「邪魔な壁を吹き飛ばせ!この拠点は我々が有難く使わせてもらおうじゃないか!!」
部隊の指揮をとっていた将は、上機嫌で兵にバリケードの爆破を命じる。指示を受けた兵士が、携行型のミサイルランチャーを持ち出した。対ソルジャー戦を想定した歩兵用の重火器だ。まだ形が残っているバリケードに撃ち込むと、破損して脆くなっていたバリケードが跡形もなく吹き飛ばされた。爆発の轟音と煙が周囲に立ちこめる。
「ここを我々の新たな拠点とする。これを足がかりに勝負を決めてやるぞ」
勝利を確信したかのように笑みを浮かべながら、悠々と歩を進める。次第に煙も晴れていき、周囲を確認しようとした時、
「なんだ、あれは……?」
元は公園を野営用に改造した拠点の周囲には、高いビルが立ち並んでいる。そこから二方向に道が分かれており、帝国軍はさらに進軍ルートを増やすことができる。ここを制圧できただけでも、大きな収穫といえよう。だが、もぬけの殻のはずの拠点と周囲の建物の中に、無数の木箱と無数の「なにか」がくくりつけられていた。
「――まさか!」
「今だ!派手にやっちまえ!」
頭上より声が響く。先程後方の拠点まで後退したはずのマグナが、ビルの上から帝国軍を見下ろす形で陣取っている。そして、彼の合図と同時にビルの上で待機していた反帝国軍の兵士達が一斉に弓矢を射る。先端には赤く燃える炎が。
「さ、下がれ!後退だ!!」
あわてて後退を指示するも、時既に遅し。大群での進撃が仇となり、指示の伝達が遅れる。何も知らない後続の部隊までこぞって拠点内へもつれ込む。加えて退路は道幅が狭く、脱出はほぼ不可能だった。
「うわぁ、馬鹿!後退だ!後退しろーーっ!!」
指揮官の叫びも虚しく木霊し、火の矢が木箱に命中する。そう、木箱の中身はぎっしり詰まった火薬。そして周りの「なにか」とは、爆弾だった。マグナは敵の大群を見て後退したのではなく、誘い込んだのだ。大群を一網打尽にするために。
火薬に引火し、木箱は巨大な爆弾へ。轟音を上げ、周囲の木箱に引火した炎は建物にくくりつけられた爆弾にも誘爆。建物を破壊し、瓦礫が降り注ぐ。先程までの歓喜の雄叫びは一変、阿鼻叫喚に。
「酷いことしちまったけどよ、勘弁してくれよな?」
その様子を少し悲しげな表情で、マグナは見下ろしていた。
「やりましたね、マグナ隊長!」
作戦がうまくいったことに喜びを露わにする兵士達。だが、こちらも貴重な拠点一つを犠牲にした。それに、誘い込んだと言えば響きがいいが、こちらも怪我人や死傷者は多数いる。敵艦の砲撃が始まり、ソルジャーも展開された今、何一つ楽観できない。
「まだこれからだ。敵もソルジャーで来る。こっちにも部隊を回すよう連絡しといてくれ」
「はっ、了解!」
ひとまずは収まったが、敵の攻撃は一層激化するだろう。全力でしのがなければならない。
「さて、オリバーがうまくやれるよう、もう一仕事行きますかね」
そう呟くマグナの横を、黄昏の隼が翔けていった。




