CHASE:33 華麗なる進軍 -against-
編成された部隊の後方に構える将艦艇。その司令室にて、マチルダ=ウィンクロップは一人思案していた。
帝都を出立し、いよいよ反帝国軍の領地へ。狙うは反帝国軍の本拠地、都市アドリビトム。一国の軍隊にも匹敵するそれは、レジスタンスとしては最大規模だ。とはいえ、国力、技術力、軍事力、そのどれを取っても帝国に勝るものはない。出る杭は打つ。帝国にしてみれば、それだけのこと。
オペレーション・ネメシス。本来ならこのような大規模な軍を率いる必要のない作戦だが、目前にして起きたトラブルのため物量による殲滅をとらざるを得なくなってしまった。とはいえ、戦力差が明らかなのは明白。まず勝てるであろうこの戦で彼女が考えているのは、いかに勝つかではない。いかに無駄を省くか。敗北など微塵も頭にない。
彼女は実に優秀な秘書であり、指揮官であり、そして兵士でもある。現場で得た知識と経験、そして戦場で研ぎ澄まされた勘に裏付けされた采配に隙などない。その完璧な指揮を前に、反帝国軍は幾度となく大敗を喫した。
「失礼します、マチルダ司令」
司令室のドアをノックする音。間髪空けず入ってきたのは部下の兵士。片手には木製のトレイ、その上にはマグカップ。
「頼まれていたココアをお持ちいましました」
「あぁ、いつもすまない」
マグカップの中身は、猫舌の彼女の為に用意された少し温かいココア。
「では、失礼します」
兵士が深々と一礼をし、部屋から出る。それを見届け、マチルダはココアを一口すする。
もう一つ、彼女の頭からは離れないことがあった。
(一体陛下は、何をお考えなのだろう)
月の書の管理を図書館に一任していたとはいえ、それを奪われた上に解読者の管理も行き届いていなかった館長を、なんの咎めも無しに解放したこと。今回の力押しによる強引な作戦。そして、あの『アンヘル』という得体の知れない男。自らを殺そうとした男を、なぜああもすんなり懐へ入れてしまうのか。マチルダには皇帝の考えが理解できなかった。
さらにもう一つ。束の間の蜜月の時。あの瞬間が頭をよぎる度に、彼女の胸は高まってしまう。あれほど皇帝に密着したことは、彼女にとって初めてだった。
(そうだ。私があのお方の考えを知る必要はない。これがあのお方の為になるのであれば、私は)
――理解できなくても構わない。全ては彼の為に。マチルダは、心の底から皇帝に心酔しきっている。叶うなら、あの時をもう一度……。目を瞑り、あの甘い時間を思い返そうとしたその時。前方から爆発音が響き、マチルダは我に帰った。
「何事だ!?」
「手を休めるな!弾幕を貼り続けろ!!」
ジュディスが声を張り上げる。それに合わせ、要塞に搭載された各種兵器が轟音を立てて、爆風を巻き起こす。目標は、前方に見える帝国軍の先遣隊。兵士を輸送する装甲車だ。
ロッカの街を囲む分厚いバリケードには、無数の兵器が搭載されている。そのため敵が目視できるこの場所で、ジュディスは指揮を取っていた。司令官という立場からすれば敵の攻撃が流れかねないこの場所で指揮をとるのは危険なことではあるが、ジュディスにとってはこれが当たり前なのだ。常に前線で、必要とあらば自ら戦場に立ちながら、彼女はそうして味方の士気を盛り上げてきた。
狙われていることを察したのか、前方の車両が速度を上げ接近する。輸送用とはいえ、装甲車は丸腰ではない。対歩兵用に機銃が搭載されてはいるものの、機銃で応戦するには距離が遠く、あまりにも武装が貧弱だ。砲撃の雨にさらされ、為す術もない敵の装甲車は全速力でこちらに突っ込んでくる。搭載された兵器の死角に潜り込むために。
「狙いは輸送用の装甲車に絞れ!歩兵の数を少しでも減らすんだ!」
あくまで狙いは歩兵のみ。先遣隊の後方に待機した部隊には目もくれない。
バリケードに搭載された兵器は、長距離射程の武装で固めてある。懐に潜り込まれると、周辺の廃屋が邪魔になり、死角となる。当然敵もそれに気づき、死角に潜り込もうとする。市街地に入り込もうと、全速力で装甲車は突っ込んできた。弾薬を装填し、轟音を轟かせ、敵へ飛んでいく。ひとつ、また一つと装甲車に命中し、爆発四散する。それでも、数は圧倒的に敵の方が多い。どれだけ弾幕を厚く張ろうと、敵は少しずつ死角へと潜り込んでいく。
「ジュディス隊長、懐へ飛び込まれました!このままでは……!!」
「焦るな、想定の範囲内だ」
敵の全てを一掃する気などさらさらない。出来るはずがないと理解した上での攻撃だ。
しかし、この掃射により先遣隊は前進せざるをえなくなった。全速力で突っ込んできた装甲車とは別に、遅れた後方部隊も射程外で一時進軍を止め、足並みを崩した。時間稼ぎを目的とした攻撃だったが、敵の部隊を大きく切り離し、結果的に足止めとして大きな成果を得られた。
(出だしは好調といったところか……。だが、まだこれからだ)
そう、まだ戦いは始まったばかり。敵の戦力を削ったとはいえ、物量差は覆せない。出鼻をくじいたとはいえ、この程度なら軽く覆されてしまう。
「聞こえるか、マグナ」
良い頃合いと、ジュディスが通信機に呼びかける。通信の相手は歩兵部隊を率いるマグナだ。
『こっちはいつでも大丈夫だぜ、司令』
ジュディスの言葉を遮り、冗談交じりにOKサインをだす。彼女の言いたいことは、今敵を目前にしている彼が一番よく知っている。
「ご苦労。じゃあ、表の敵は頼んだぞ」
こんな時でもいつも通り。どこまでもマイペースなマグナの声を聞き、ふと笑いがこみ上げた。
――今はまだ笑えない。そう言い聞かせて気持ちを押さえ込み、マグナに外の戦いを任せた。
『了解っす!!』
突然の敵の攻撃に、慌て出す帝国軍の兵士。この街に基地があることはマチルダが事前に見抜いていたが、これほど熱烈な歓迎を受けることになるとはさしものマチルダも想定外だった。
足並みは乱され、指揮系統も混乱。先遣隊は完全に孤立し、後方の主力部隊と大きく切り離されてしまった。しかし、敵の攻撃はある程度考えられていたこと。先遣隊の半数は今の攻撃で散ったが、余力はある。
砲撃を振り切り、市街地へ入り込んだ装甲車から、次々と帝国軍の兵士が降りていく。狭く道が荒れているこの廃墟では装甲車は進めない。歩兵による進軍で中央を制圧すべきだと、先遣隊の指揮を取るベクター=ハインリヒ少佐は考えた。白兵戦だ。
「こんな所で手間をかけるわけにはいかんぞ!急げ!!」
彼の指揮により突然の攻撃で浮き足立っていた兵は力を取り戻し、進軍を開始する。そう、帝国の狙いはあくまでアドリビトム。まだ先は長いというのに、ここで時間も兵力も使ってしまっては意味がない。迅速に、かつ確実に勝つためにも、彼は最短距離で敵の本陣を落とそうと動き出した。これまで数多くの武功を上げてきた愛刀を手に、彼は猛りながら敵陣を突き進む。そこに待ち構えていたのは、反帝国軍の兵士達。敵とのファーストコンタクト。
「臆すなぁ!!進め進めぇ!!」
自ら先頭に立ち、兵を鼓舞する。その気迫に押されたのか、自らに向けられた殺気に怯えたのか。
銃を手にした兵士たちは身じろぎし、一瞬判断が遅れた。銃を構え、引き金に指をかけようとしたその時、
「遅いわ!!」
ベクターは既に刃を振り下ろしていた。続けざまに一刀、二刀。わずか数秒で、三人の兵士は無残にも切り捨てされた。
「反乱軍の雑魚共め!我が刃の錆にしてくれる!!」
勇ましいベクターの姿に、帝国軍の兵士の士気は一気に盛り上がる。歓声や怒号にも似た声を轟かせ、兵士達はそれぞれ銃を、剣を手に、ロッカを制圧すべく前進する。
「ここから先は決して進ませるな!!」
反帝国軍の兵士も応戦する。しかしその勢いは凄まじく、銃撃すらものともしない。弾丸が腕や足に当たろうとも、帝国軍の兵士は前進を止めることはなかった。なにより、先頭に立ち刃を振るうベクターの姿が、兵士たちの士気を盛り上げ、逆に反帝国軍の兵士を畏怖させる。ここにきて、帝国軍がその力を発揮し、流れを押し戻そうとしていた。そんな時だった。
「ぎゃあ!?」
ベクターの隣にいた彼の部下が、突然倒れた。頭を撃ち抜かれ、即死している。
「な、なにっ!?」
突然の出来事に、彼の足は止まる。それにつられ、帝国軍全体の動きも止まってしまった。――その隙を、見逃さなかった。
「ぐあっ!」「いぎっ!?」
二、三発。再び兵士の頭は撃ち抜かれていく。正確に、寸分違わず狂いなく。
「手を休めるな!そのまま撃ち続けろ!!」
前方から声がして、ベクターはその方向に振り返る。体勢を立て直し、こちらへの攻撃の準備が整った反帝国軍の兵士が、指揮官の指示に合わせて一斉に射撃を開始した。
「ぬぅ、小癪な!」
今度はこちらが攻撃の雨にさらされ、劣勢にたつ帝国軍。
「我らの邪魔をするなぁ!!」
剣を持った右手。そしてもう片方の左手には、手を覆うアームガード。それをかざすと、彼の前方をカバーするようにシールドが展開された。帝国で研究中の新兵器、指向性エネルギーシールド。普段はアームガードの形をしているが、一度展開すると小型で軽量の鉄壁の盾と化す。バッテリーが続く限り磨耗することもなく、継戦能力の高さは抜群だ。シールドを展開したベクターの守りは強固で、敵の銃撃を物ともせず受け止める。
「どけぇ!!」
盾を構えたまま、敵へ突っ込んでいく。勢いを止めずに一気に勝負を決めたい。危険を顧みず、敵の攻撃の中を突き進んでいく。目の前に見える敵の一団。その中に、先ほど兵士へ指示を出していた指揮官がいた。指揮官の手には刃渡り50cm程の短剣。――これなら勝てる――ベクターの足取りに迷いはない。まっすぐ、一直線にその指揮官目掛けて突進する。
「その首、もらったぁ!!」
シールドの展開を解除し、両手に剣を持ち全力の一撃を見舞おうとする。
「うらああぁーーーっ!!」
自分の刃が届く距離。最上段からの一撃は、敵を真っ二つに切り裂かんばかりの威力だ。
(斬った……!)
そう確信を持てる一撃。だが、人を斬った感覚はない。攻撃を外したのだ。あの距離で自分の攻撃を回避されたという事実。そして、
「悪いね」
それは同時に、自分が今まさに死地にいるという意味でもあった。正面に捉えた敵は、はるか頭上に。指揮官……エヴァン=ウァルツァーが手にした短剣が空を裂く。ベクターとは対照的に静かで、鋭く、力強く、しかし確実に人を殺す太刀筋。
返り血を浴びながらも、顔色一つ変えず、エヴァンは流れるような手つきで短剣を鞘に納めた。




