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帝国の月 -Resistance Rebellion-  作者: 風船ねこ(碧流&にゃんにゃん棒)
Negation Nemesis
33/35

CHASE:32 望まれた空想 -armchair theory-

 朝日が昇る。まだ薄暗い空を、マグナは眺めていた。

「くぁ~っ……」

 口を大きく開けて欠伸をひとつ。普段は時間にルーズなマグナだが、どういう風の吹き回しか珍しく早起きしていた。

「……いよいよだな」

 背伸びをして、一言つぶやく。そう、敵はすぐそこまで迫っている。



「正面から迎え撃つ?」

「あぁ、恐らくそれが一番ベストだ」

 先日、開戦を目前に開かれたブリーフィング。本作戦の司令官を務めるジュディスの作戦案は、帝国軍の軍勢を正面から迎え撃つという、至ってシンプルなものだった。

「作戦もへったくれもねえただの捨て身作戦じゃねぇか。どこがベストなんだよ?」

 マグナが食ってかかる。正面から迎え撃つといっても、帝国軍を迎撃できるほどの兵数が足りていないのだ。戦力差を考えれば、今回のジュディスの作戦は無謀そのものだった。

「ここは帝国には知られていない地下基地なんですよね。それを利用して、奇襲なりトラップなり仕掛けることは出来ないんですか?」

 カイムも同様に異議を唱えたが、二人の意に反しジュディスはこう返す。

「マチルダ――、奴は相当優秀な司令官だ。既にこちらの位置も把握済みだろう。戦力差を逆手にとった奇襲も想定済みだと見ていい。ならば、小細工なしで正面からぶつかるしかない」

 敵の予想の裏の裏をかくとなれば、この作戦も相手の意表を突くことになる。明確な戦力差はどうしようもないが、地の利はこちらにある。

「現在、街の外周でバリケードの建造が急ピッチで行われている。我々はそこを中心に陣を敷き、敵を迎え撃つ。まずは固定砲台やソルジャーによる一斉掃射だ。なるたけ敵の戦力を削ぎ落とすぞ」

 廃虚といえど、ロッカは大陸をまたいで最初にたどり着く都市である。見劣りこそするものの、元は都市であるだけにその広さはなかなかのものだ。地下基地が敵に知られているのを前提として、現在ロッカはその一部の要塞化を短期間で進めている。

 試験という名目でアドリビトムから送られた支援物資はあらん限りつぎ込み武装化を図ったため、設備だけなら他の都市と遜色ない出来に仕上がりつつある。

「もちろん、それでも削れる戦力は全体に比べれば微々たるものだろう。根こそぎ殲滅しようものならこちらの弾薬が尽きるのは目に見えている。だから、その前にカタをつけなきゃならない」

「短期決戦か……でも、どうやって?残りはどう相手するつもりなんですか?」

 要塞化を進めた前線基地といえど規模はさほど大きくない。兵糧戦が難しいならば一体どうするのかとカイムが尋ねた時、エヴァンが口を開いた。

「……地下水脈とエレナちゃん、だな?」

「その通りです、准将」

 エヴァンはジュディスの作戦を察したようだ。

「この街の地下には、地下水脈が網目状に広がっている。偵察隊による調査の結果、この外周付近のバリケード周辺はちょうどその水脈の中心にあることが判った」

「つまり、俺たちの仕事はあいつらをなるだけ一箇所に固める……ってことですか?」

 なるほどと、マグナが続ける。前線の部隊は侵攻を食い止めると同時に、誘い込む為のエサでもあるのだ。

「飲み込みが早いな、カイム。掃射を止めたら次は白兵戦になる。そうなったら、少しずつ後退しつつ敵の戦力を食い止め、帝国の戦力を一箇所に固める。前線の歩兵の指揮はマグナ、そして准将に引き受けてもらいます。ソルジャー部隊はオリバー、お前が指揮をとってくれ」

 了解の意味をこめて無言で頷く。部隊長としてのキャリアは工場の職員よりも長い。

「敵が固まったら、エレナは私と地下水脈へ向かう。そこで一仕事頼むぞ」

「ええ、お安い御用よ」

 地下水脈の中心にエレナを連れていくのは、彼女の力を借りる為だ。ウンディーネの力で水脈をコントロールし、地上に間欠泉を吹き荒らす。そうすれば地盤は歪み、足を取られた兵士や兵器は侵攻どころではなくなってしまうだろう。戦力差を少しでも埋めようという作戦だ。

「それからカイム」

「は、はい!」

「お前は今回もルイスとセットだ。二人一組で行動してくれ」

 契約で繋がっている以上二人を引き離すわけにはいかない。その指示にカイムもルイスも異論はない。

「わかりました。それで、俺達は何を?」

「マグナやエヴァンと一緒に前線の歩兵部隊に組み込まれるに決まってるだろ。そんなこともわからないのか?」

 ジュディスに指示を仰ごうとしたその時、隣のルイスに小言を喰らう。ムッとしながらも確かにと納得しかけた時、ジュディスから予想外の言葉が返ってきた。

「待機だ」

「「……え?」」

 二人の声が重なった。

「二人は待機だ。他の部隊より先行してある場所に向かってくれ」

「ちょ、待機って、本当にそれだけなのか?」

 無言で頷くジュディス。予想外の指示にルイスが疑問を抱く。戦力差が明白なこの戦いにおいて、戦力を温存する余裕などないはずなのに。

「無論それだけじゃない。これはお前達にしかできない仕事だ。詳細は後で個別に説明する」

「???」と、顔を見合わせるカイムとルイス。

「手筈通りに行けばこの戦力だけで撃退できるはずだ。当然、なにもかも首尾良く進むとは思えないが……それでも、やるしかない」

 トントン拍子で進む話も、うまくいかなければ机上の空論だ。だからこそ全力を注がなければならない。空想を現実にする為に。

「残念ながら私の頭ではこれくらいしか思いつかなかった。作戦というより危険な賭けであることは重々承知している。すまない、みんなの力を貸してくれ……」

 ジュディスは深々と頭を下げた。誰も何も言わないのは、軽々しく『大丈夫』と言えないことを理解していたからだ。各々の仕事には、それだけの責任がつきまとう。だが、この場にいる全員の思いは同じだ。ジュディスの描いたシナリオを必ず完遂させる。ただそれだけだった。



「よっ……と」

 日が登り、少しずつ慌ただしくなりはじめるロッカの前線基地。ソルジャーが立ち並ぶその格納庫に、これから搭乗する機体の整備を行うオリバーの姿があった。本来なら整備はシャーリーらメカニックの仕事になるはずだが、オリバーたっての希望により本人が整備を手がけている。

「調子はどう?」

 ふと、後ろから声をかけられた。エレナだ。

「まだなんとも。実機を動かすのは、ほとんど初めてだからね」

 返ってきたのは少々頼りない答え。操縦するのが新しく配備されたソルジャーでは仕方ないのかもしれない。

 十分な訓練の時間もなく、帝国に比べ技術力が劣るレジスタンスでは、訓練をシミュレーターだけでこなすには限界があった。にも関わらず、オリバーは時間の許す限りソルジャーの機銃の弾道、速度や到達時間などを細かくチェックし、頭の中で戦闘の流れを描いていた。

 よし、と呟きソルジャーから離れる。整備が終わったらしい。手についたススと汗を拭き取り、エレナに近づく。

「君こそ、どうなんだい?」

「……さぁ、どうかしらね」

 こちらも曖昧な答え。水を自在に操るウンディーネといえど、水脈ごと操るとなると相当な魔力を消費する。作戦の可否はつまるところ、エレナの魔力と気力に委ねられていた。

 部隊の隊長として、作戦の一角として。互いに背負う責務はとても重い。なかなか話を切り出せない二人の間に沈黙が続いた。

「ねぇ、オリバー」

 沈黙を破ったのは、エレナの方だった。

「……辛くないの?」

「え?」

 不意に投げかけられた質問に、オリバーは少し戸惑ってしまう。エレナの顔を覗いてみると、その瞳からは今にも涙が零れそうだった。

「あなたは元々帝国の兵士なのよ。今回はあなたの仲間と戦うことにもなる……」

 うつむいていたエレナが、オリバーの顔を見つめて問い詰める。

「本当に、辛くないの……?」

 エレナの言いたいことは理解できる。オリバーは元々帝国の兵士だ。彼女を守るためレジスタンスに身を寄せているとはいえ、帝国は長年所属していた古巣でもある。かつての仲間からすればオリバーこそ裏切り者だといえるだろう。一方、戦場で彼に仲間を討たれた者がいるレジスタンスでも、彼が元帝国の兵士だということを快く思わない者が大勢いる。中にはオリバーに銃を向ける者さえいた。

 帝国からは裏切り者の汚名を着せられ、レジスタンスからも銃を向けられ、そんな彼の境遇に、エレナはいたたまれなくなっていた。

 ――彼を苦しめているのは自分ではないのか。自責の念が、彼女を押し潰そうとしていた。

「辛くなんかないよ」

 オリバーが口を開く。

「知ってて選んだ道だ。後悔なんてない。今更辛いなんて言って逃げ出すこともできないしね」

 そう言って、オリバーはエレナの手を握る。

「それに、本当に辛いのは守りたい誰かを守れなかった時……。守りたい誰かを失った時……」

 彼の中にも、妹を救えなかった自責の念が渦巻いているのだろう。口には出さずとも、その苦悩はエレナも解っていた。

「オリバー……」

 オリバーはゆるく微笑んで彼女の顔を見つめた。

「僕には君がいる。君さえ無事で居てくれたら、何も辛いことなんかないよ」

 迷いも曇りもない。決意と覚悟、そして優しさ。魂を持たないウンディーネには決して生まれない感情を持つオリバーを、彼女は羨ましいと感じた。どんな状況でも、絶対に自分の信念を曲げようとはしない。まっすぐ自分だけを見てくれている。そんな彼をとても尊敬していた。

 ――けど……と、オリバーが言葉を付け加える。

「もし、この戦いが終わったら……君に甘えてもいいかな?」

「え?」

 想い人からの唐突なお願い。甘えてもいいだろうかと、その言葉にエレナは頬を赤く染める。

「平和になったらでいい。お互いが無事で、二人でゆっくり出来る日が来たら。……その時は、君に抱きついても、いいかな……?」

 言い終えるなり、オリバーの顔も赤く染まっていた。その様子を見て、エレナは思わず吹き出してしまった。くすくすと笑いながら、エレナは彼に告げた。

「えぇ、思いっきり抱きしめてあげるわ」

 約束を交わし、二人の距離が縮まる。

「ありがとう」

 オリバーがエレナの頬に手を添えた。彼女は流れに身を任せるように瞼を閉じ、じっと待つ。互いの唇が近づき、そして――



『総員、戦闘配備!! 繰り返す。総員、戦闘配備!!』



 サイレンが鳴り響いた。

「また今度までお預けだな」

「あら、残念ね」

 くすりと笑いながら、エレナがそっと身を引く。

「……じゃあ、そろそろ行くわ」

「――うん」

 そのままエレナは立ち去ろうとしたが、程なく立ち止まった。脳裏に浮かんだのは、ルイスと共に見た、ハーブティーの水面に広がる波紋。

 ――何か良からぬことが起きなければいいが。

(きっと大丈夫、よね)

 そんな彼女の背を押すように、オリバーは力強く叫んだ。

「君なら大丈夫だよ!!信じてるから!!」

 名残惜しそうに振り向き、エレナも力ない微笑みを返した。

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