CHASE:2 出会い -opportunity-
通りを駆け抜ける最中、大砲の流れ弾がルイスの右横をかすめた。彼女は小柄な体を生かし、それをひょいと軽く避ける。
(危ないったらありゃしない…でもこの体、ちょっとは役に立つじゃないか)
彼女はそもそも大通りを逃げ道に選んだのが間違いだったと悟り、流れ弾が少ない路地裏に逃げ込むことにした。
曲がり角の先はひっそりとした路地裏で、ゴミ箱を漁る野良猫の金色の瞳が幾つもこちらを睨み、不気味な印象を受ける。
その時、路地の向こう側から男性の声がした。
「おい、誰か居るのか?居たら返事をしろ!!」
その男性は大通りから路地裏を見た。見た所帝国の軍人の様だ。そこにルイスを見つけると、
「見つけた、一般人だ!!」
(まずい、このまま捕まったら…!!)
このまま捕まれば身分を証明出来ず、反帝国扱いされて処刑されてしまうに違いない。慌てて逃げようとしたが、果たして軍人の足にはかなわなかった。
「くそ、子供のくせにうろちょろしやがって…」
「放せ、放せってば!!」
ルイスはじたばたと暴れるが、子供と大人では力の差は歴然だった。
(折角ここまで逃げ切れたのに…)
ルイスは唇を噛んだ。すると、
「貴様、見覚えのある顔だな――まぁ良いか」
軍人は彼女を小脇に抱えると、もう片方の手で無線を取り出した。
「民間人少女を一名確保した」
『了解。至急帰還されたし』
通信が終了するなり、軍人は歩き出した。
「だから、放せって!!」
軍人の乱暴な扱いに憤るルイスだった。
カイムが戦場に到着したとき、既に戦火は旧市街地に止まらず、民間人にも被害が及んでいた。
初めて立つ戦場の空気に、カイムは戦慄する。
「…ったく、お構い無しかよ。少しは道徳心ってもんがねぇのか、あいつら!!」
マグナが悪態をつく。周囲の建物は崩壊し、火の手が上がっている。消化活動は捗りそうもない。
「――ビビるなよ。お前たちは、覚悟を決めたんだろ?」
――当然、周囲には死体も転がっている。その多くは、カイムと同じ、支給された軍服を着た、反帝国軍兵士。
目の当たりにした『死』の恐怖に、他の兵士も自然と体がすくんだ。
「作戦は伝えた通りだ。民間人の保護を最優先し、敵との交戦はなるべく避けろ。それから、必ず二人一組で行動すること。わかったか?」
「了解」
――返事をしたのはカイムただ一人。他は皆、首を縦に振って返答する。
「お前みたいな肝の座ったやつは頼りになるな。期待してるぜ」
ポンとマグナがカイムの肩を叩く。
「俺は北を進んでいく。お前らは西と東だ。仲間とはぐれるんじゃないぞ」
「はいっ!!」
「良い返事だ。マグナ隊、作戦開始!!」
マグナの指示を皮切りに、部隊は進軍する。マグナは北を、カイムは西を進んだ。走りながら、横に居るパートナーを確認する。
「き、君はさっきの…」
「……あんたは」
カイムのパートナー。それは、先程話しかけてきた兵士。カイムが無視をしたあの兵士だった。
「……さっきはすまない。無視をしたわけじゃなかったんだ…」
「あ、あぁ、気にしてないよ。君も緊張してたんだろう。僕なんて、身体中震えてるんだ」
仲間が語る、戦争の恐怖。昨日まで戦争を知らなかった人間が知った、戦争。
「無理ないだろ。あんなもの見たら、誰だって怖くなるさ。――俺も怖いんだ」
「君がか!?一番落ち着いてるように見えたよ。意外だな」
「怖かっただけさ。怖くて震えて――……っ!!」
その時だった。カイムは何かを感じ、足を止めた。
「どうかしたかい?」
「…声だ。女の子……、子供か!?」
ぶつぶつと呟くカイム。そして、弾かれたように走り出した。
「あ、おい!!」
制止する声を振り切り、全力で走り出す。
声がしたであろう方角を目指し、カイムは脇道に入り路地裏を走り抜ける。
(………あれは!!)
路地裏を出たとき、カイムは見た。小さな女の子が、帝国軍の兵士に捕らわれているのを。
「っ!!貴様ら!!」
瞬間的に、カイムは宙を舞った。加速をつけ、少女を抱えた帝国軍兵士に全力で蹴りを喰らわす。
「グアァ……ッ!?」
蹴りは兵士の顔面に直撃した。突然のことに対処しきれず、派手に転がった。
その衝撃で、少女を捕らえていた手が、少女を解放する。
「き、貴様!!反帝国軍だな!!」
周囲にいた帝国軍の兵士が、カイムと少女を囲んだ。
じりじりと兵士が詰め寄る中、地面に投げ出され、横たわっていた少女がよろよろと立ち上がる。
「うぅ……いきなり何するんだ……」
「怪我は無いか?」
カイムの問いに対し、全身についた砂埃を払う少女。
「服は多少汚れたがな。とりあえず助かった。恩に着る」
見た目よりも大人びた言葉遣いに違和感を感じたが、少女の身体には幸い傷一つ無かった。
安心したカイムは周囲の兵士を見やる。その数およそ十人。
すると、少女がカイムに声をかけた。
「…名前を教えてくれないか」
「カイム=レオンハルトだ。君は?」
「…ルイスで良い。諸事情で逃亡中の身なんだが…」
ルイスはカイムの前に立ちふさがった。
「さっきのお礼に、こいつらを片付けてやる」
「…いや、君みたいな子供一人には危険過ぎる。下がっててくれ」
カイムは剣を取り出し、正面に構えた。
「魔法機関!!」
カイムの言葉を無視し、ルイスもまた左手に盾の形をした装置を召喚した。
「それは…、子供なのに魔法が使えるのか…」
「仕方ない、一時共闘だ」
ルイスの言葉を皮切りに、帝国兵が襲いかかってきた。怒号をあげ、10人の兵士が四方から迫る。
「…避けては通れないかっ!!」
構えた剣を強く握る。そのまま踏み込み、大きく横に剣を振るう。
カイムの背丈程の刀身が、空を裂き、敵を斬る。その巨大な刃は、一振りで3人の帝国兵を切り裂いた。
「あ、あんなでかい剣を片手で!?」
「じ、銃だ!!銃を使え!!」
その様子を見ていた他の帝国兵。彼らは手にした銃を構え、カイムに狙いを定める。
「今だ!!撃てーっ!!」
号令とともに、引き金を引く。甲高い発砲音と共に火薬の臭いが辺りに広がった。しかし、
「……!!なめるな!!」
その巨大な刀身を盾に、カイムは弾丸の雨の中を走る。
「む、向かってくる!?」
「ひ、怯むなー!!撃て、撃てーー!!」
止まない弾丸の雨。それでもカイムの前進は止まらない。臆することなく、カイムは前を見ている。
「はぁ…っ!!」
敵の懐に飛び込み、隊列が崩れた所をそのまま刀身で敵を凪ぎ払う。この攻撃で、更に2人が没する。
「調子に…!!」
仕留め損なった一人が、カイムに斬りかかる。
「乗るなぁぁああーーーーっ!!!!」
手にした刃を降り下ろした。しかし、その刃はカイムには届かなかった。
――ほんの一瞬だった。
帝国兵が剣を降り下ろした瞬間、カイムも剣を抜いていた。片手でそれを振るい、武器ごと帝国兵を両断する。
「…残り4人か。ルイス!!」
「後は任せてくれ!!」
ルイスがカイムの呼びかけに答えると、彼へ攻撃してもまるで歯が立たない事を理解した帝国兵4人が、標的を彼女に変更した。
仲間の敵討ちと言わんばかりにルイスに猛攻をかける4人。
「うぉぉぉぉぉ!!」
その様子を若干心配げに見つめるカイム。
「…小さいからといって甘く見て欲しくないな」
涼しい目をしたルイスは左手を空に掲げ、魔法機関を起動させた。すかさず呪文を詠唱する。
「小休止!!」
兵達がルイスに突っ込むか突っ込まないかのタイミングで、突然足が止まった。
「なに…!?」
「足が動かない!?」
どうやら周辺一帯に魔法が効いているらしく、カイムも足を動かせずにいた。してやったりと、ルイスの目が鋭くなる。
「疾風の射手!!」
続けざまにルイスの周囲から四方八方に鎌鼬が繰り出され、身動きが取れない兵達の武器と装甲を難なく破壊した。
「ふん……このくらいで勘弁しておいてやる」
「くそ…一時撤退だ!!」
攻撃手段を失った4人は一目散に退避していった。
「…それは?」
ルイスの魔法機関を指差すカイム。
「色んな呪文を取り込んだり、少ない魔力を増幅する優れ物。…まだ開発中だがな」
「君は一体――」
何者なんだ、と聞く前にルイスは踵を返した。
「そろそろ行くよ…また今みたいに襲われても厄介だ」
「いや、行かせる訳には行かない」
「え?」
「俺は任務を任されてるんだ」