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帝国の月 -Resistance Rebellion-  作者: 風船ねこ(碧流&にゃんにゃん棒)
Negation Nemesis
29/35

CHASE:28 騒がしい霊 -poltergeist-

 翌日早朝。来るネメシス作戦に備えた、ロッカへの移動作業が始まった。

 荷造りしたダンボールを「エレファント」と呼ばれる巨大トラックに積み、隊員らは数台のライノサロスに乗って移動した。

 橋の外れにある廃れた街、ロッカ。今回の作戦の舞台となるそこには近代的なビルが立ち並んでいたが、どれも朽ち果て、そこかしこに瓦礫が転がる廃虚と化していた。

 今は目立った建物も無いので誰も通らず、一般人に被害が及ぶことはまずない。奇襲をかけるにはもってこいの場所だった。

 廃虚とは言う物の人が全く居ない訳ではなく、リバティムーンの支部の人間が地下基地を運営しており、基地の入り口は様々な建物内に通じている。しかも作戦の要となる以上、どの入り口も敵にバレない位置にうまく隠されている。

 カイム達は最寄りのビル内にある隠しエレベーターを使い、地下に降りた。

 まず目に付いたのは巨大なコンピュータと計器類。豊富な爆薬や武器庫もあるようで、設備は問題無さそうだ。

 施設を管理する管制室に着くと、支部長が出迎えてくれた。代表してジュディスが挨拶する。

「お久しぶりです、ジョシュア大佐。しばらくお世話になります。そしてこちらが新米のカイムと、ルイスです」

「よろしくお願いします」

カイムが敬礼を、ルイスはお辞儀をした。

「あぁ、そう堅苦しくしないで。話はニコライ中将から聞いているよ。こんな土地で活動することなんて滅多に無いから、腕が鳴るねぇ」

「いえ、中将が我々に前線に出ろと仰られましたので、状況の確認および土地の観察に参りました」

 そう言うジュディスは横顔に冷や汗をかいていた。

「?」

 不思議がるカイムとルイスに、マグナが耳打ちする。

「あのおっさん、乱射魔(トリガーハッピー)なんだよ。銃器の類持たせると流れ弾で自軍の兵を怪我させるくらいに暴れるんだ」

「…なかなか物騒な上司が居たもんだな」

 ルイスの呟きはジョシュアには届かなかったようだ。

「そうか…なら仕方無いね」

「更に帝国の捕虜と収容所から数人、援軍に加えても良いとのお達しが」

「これは心強い。中将も随分と腹を決めたものだ…采配は基本的に君に任せるが、万が一の時は私が出よう」

「は、はぁ…」(役立たずは下がってろと言いたい所だが…)

珍しくジュディスが苦笑した。

「あとこちらからも一つ」

「何か?」

「この辺、たまに『出る』から気をつけなよ」


 挨拶の後、各自で作戦に備え、地上に武器を仕込みに行くことになった。不測の事態に、予備の武器があれば困らないからだ。

 ルイスとカイムは支部の地上、真横に建つ廃病院の担当を任せられた。戦争の爪痕が色濃く残る中、そこだけが無駄に綺麗な外観をしていた。目に付く所といえば、長年の地盤沈下による建物のひび割れくらいだろうか。

 そんな折、カイム一人だけが浮かない顔をして病院の廊下を歩いていた。彼の隣にはルイスが少し遅れてついてきていた。

「さっきジョシュア大佐が話してた『出る』って、やっぱり…」

所謂(いわゆる)、幽霊だろうな」

「そう…だよな……」

「怖いのか?」

 ルイスがにんまりとした表情を浮かべる。

「いや、そういう…訳じゃ……」

 現在二人が歩いているのは廃病院の3階。蛍光灯が切れかけて昼間にもかかわらず薄暗く、空調が効いていないせいか少し肌寒い。今にも幽霊が現れそうな気配が漂っていた。

「――ひっ!?」

 ふと、カイムの頬を冷たい風が撫でた。

「どうした?」

「い、今…何か……」

 カイムは恐る恐る後ろを振り返る。

 そこには、薬品と消毒薬の匂いが染み付いた廊下が延々と続くばかりだった。

「何も居ないじゃないか」

「はぁ…寿命が縮みそうだ…早く終わらせて戻ろう…」

 カイムが言ったその瞬間、天井の明かりが勝手に点灯した。消火器のベルまで鳴り始め、うるさく響く。

「!?」

 点灯した蛍光灯は明滅を繰り返し、二人を翻弄する。激しく狼狽ろうばいするカイム。

「な、何が起きてるんだ!?」

騒がしい霊(ポルターガイスト)だ!!」

 

 一方オリバーとエレナも、ナースセンターの戸棚の引き出しに武器を仕込んでいる最中だった。

「ここも良し。後は待合室と診察室と…」

「あら……?」

 エレナの視線の先に、3階の病室のナースコールが点滅していた。

「オリバー…これ…」

「あれ?おかしいな。ここってもう使われてないはずじゃ…」

 この病院は既に使われていない。当然ながら患者など一人も居ないはずだ。

「…不気味だわ」


 ジュディスとマグナは、廃病院の向かい側の広場で地雷を設置していた。

「こっちは完了した。そっちは?」

「よし、今終わったぜ」

「そうか。早速地下に戻……ん?」

 ジュディスが顔を上げると、みすぼらしい服装の少年が立っていた。何故かジュディスをじっと見つめている。

「あーそーぼっ」

 ジュディスは目を疑った。

(何故子供がここに…?)

 一瞬たじろいだが、ジュディスは冷たく言い放った。

「悪いが遊んでる暇は無いんだ。他を当たってくれ」

「やだよ!他の人達怖いんだ!お姉ちゃんじゃなきゃやだー!!」

 駄々をこねる少年に、ジュディスは嘆息した。

「姐さん、たまには息抜きくらいしたって罰は当たらないと思うぜ?」


「お化けなんかないさ、お化けなんか嘘さ♪」

 見事に音程を外した声でカイムが歌う。どうやら恐怖を紛らわそうとしているらしい。

「頼むから止めてくれないか…?非常に耳障りなんだが。何より霊が出てこなくなる」

 唐突にポルターガイストが収まり、すっかり機嫌を損ねたルイスはとぼとぼと歩いていた。

「もう一度起きれば良いのに…」

「怖いこと言うなよ!」

 するとルイスの思いに呼応したのか、遠くの病室の前に鬼火が現れた。

「あ!!おいカイム!!あそこに鬼火が見えるぞ!!行ってみないか!?」

「嘘だろっ…て待て!!ルイス!?」

 ルイスはカイムの制止を振り切り、一人で病室の中に入ってしまった。

「お、置いてくなぁ〜」

 泣き言を言いながらカイムも続く。病室に入ると鬼火は消えていたが、代わりにルイスが消えていた。

「おい?ルイス?…ルイス!?」

 その時、病室のドアがひとりでに閉まった。


 その頃ジュディス達3人は近くの公園に移動し、ブランコを漕いでいた。

「誰かと公園で遊ぶなんて久しぶりだよ。楽しいな」

 遊ぶ友達が居ないのか、ジュディスやマグナと遊べてすっかりご機嫌な少年。

「坊主…名前は?」

「ないよ」

 少年がばつの悪そうな顔をした。

「物心ついた時には忘れちゃってたからさ」

「そうか…。ということはご両親も…」

「いないよ。みんな戦争で死んじゃった。友達も知り合いも僕のお姉ちゃんもみーんな…」

「じゃあこれまでどうやって食いつないできたんだ?」

「そこら中に人のいないお店があるから、色々持ち出して食べてたよ」

「なるほどなー…」

「じゃあ、さっき言ってた『他の人達』って?」

 ジュディスの質問に、少年は少し口を噤んだ。

「……この足を見て」

「?」

 二人は言われた通り少年の足を見た。血が通っていない白い足は、ほとんど風景と同化したように透き通っている。

「君は――」

「そうだよ。僕も戦争で死んじゃった。兵隊さんの銃でパーンって。生きてた時の名前もその時忘れちゃったんだ。けど、僕よりもっと酷い死に方をした狂った怖い人達が病院に居て、誰かれ構わず襲うって話らしいから、それよりかましなんだなって…」

 その時、ジュディスが眉をひそめた。

「病院って…カイム達が行ってる所じゃねぇか…」

「君!ちょっとついてきてくれ!」


「!?」

 カイムはドアを開けようとしたが、鍵が開かない。外側から閉められてしまったのだろうか。

「ルイス…どこに居るんだ?早く出て…」

『――助けて』

 背後から少女のか細い声がする。すぐ近くに何者かの気配が迫っている。――この世の物ではない、なにか。

『ここは暗いの。寂しいの』

 突如、激しい力で首筋を絞められる。

「でっ…!?」

『私と一緒に来て。ずうっと、永遠にィィ……!!!』

 じわじわと窓への距離が詰められていく。逃げたくともまるで身動きが取れなかった。

「く、どうして俺なんだ…?」

 少女はカイムの言葉を無視し、独り言を呟きはじめた。

『私はね、誰かに背中を刺されて死んでしまったの。本当は死にたくなんてなかった…でも運命って残酷なのね…そうして私は一人になったわ。誰も迎えに来ない、深い闇の底に…。だから貴方も…』

 カイムは首を絞められたまま、ずるずると窓の近くに引きずられた。

「俺、は――」


 ルイスは病室の外で一人立ち尽くしていた。彼女はカイムが入ると同時に病室を出て、ドアを閉めたのだ。

 カイムの怖がる表情が見たくて少し悪ふざけしただけだった。ところが、ドアが開かなくなってしまい…

「カイム…カイム!!」

 ドアを叩くが返事が無い。その代わり、中から苦しそうなカイムの声が漏れてきた。すると、

「何かあったのかい!?」

「ナースコールが光ってたけど、どうかしたの?…カイム君は?」

 オリバーとエレナがこちらに駆けつけた。

「中に閉じ込められたんだ!!」

「――二人共離れて!」

 オリバーがドアに体当たりする。彼の力には耐えかねたのか、ドアが簡単に破れた。

「カイム!!」

 我先にと病室に踏み込んだルイス。しかし――


「ま…間に合ったか?」

「あれ見て!!お姉ちゃん達の仲間の人じゃ…」

「カイム!?」

 少年が病院の3階を指差す。その窓際にはカイムと、半透明の女性の姿が見えた。今にも落ちそうな体勢で、窓から身を乗り出し――

「あの女の人、仲間の人を道連れにするつもりだ!!」

「待てカイム!!…くそ、今から昇っても間に合わない!!」

「姐さん、俺が下で受け止める!!」

 ジュディスが叫ぶ間に、カイムがいつ落ちても受け止められるようマグナが窓の下の地面に移動した。それを見た少年も一歩歩み出る。

「僕も行くよ!!悪い幽霊を止めに…」

「坊主…来るのか?」

「怖いけど、僕もお姉ちゃん達の役に立ちたいんだ!!」

「…解った。行くぞ、少年!!」

「うん!!」

「おい、待っ…」

 ジュディスが少年の肩を掴もうとしたが、するりとすり抜けた。


 カイムは窓から垂直落下した。時間の流れがやけに遅く感じられた。

 苦しみの中、真っ先に両親の顔が脳裏に浮かぶ。このまま死ねば両親に会えるかもしれない。あの世も悪くないと思えた。仲間は悲しむかもしれないが…

 しかし、次に彼の脳裏を駆け抜けたのは――

「…やっぱりだめだ。俺には守らなきゃいけない人が居るんだ。だから、死ねない――!!」

 カイムがそう決意したと同時に、

「カイムー!!」

「隊長!?」

 カイムはマグナに突っ込んだ。

「ってて…怪我ねぇか?」

「大丈夫です…げほごほ」

 先程まで絞められていた首筋をさすりながら、カイムが咳払いする。

 その横で、少年は幽霊に語りかけていた。

「おいで。あるべき場所へ還るんだ…」

 少年の思いに呼応して、病院中の幽霊が集まってきた。

『いや…嫌ぁぁ!!死にたくない…!!』

「大丈夫、みんな一緒だから…」

 少年は幽霊を抱きながら身体に光を帯びた。

「お姉ちゃん!!」

 最期に、ジュディスに呼びかける。

「何だ!?」

「この悲しい戦争をきっと終わらせて。いつか平和な世界が生まれるって、信じてるから――そして」

 少年はジュディスに笑いかけた。

「楽しい時間をありがとう」

 幾許いくばくもなく光は霧散し――消滅した。

 

 ジュディスはしばらく惚けていたが、空から舞い落ちる1枚の紙片に気が付いた。


 カイム救出後、1階に降りてきたルイスが申し訳なさげに謝った。

「すまない…全部私のせいなんだ。あの時私は、カイムと入れ替わりに出て病室のドアを閉めた。ほんのちょっと驚かそうと思っただけで、ドアはすぐ開けるつもりだった。なのに何故か開かなくて…」

「これに懲りたら、もう悪戯はしないよね?」

「…はい」

 オリバーの問いに、ルイスが頭を下げる。

「…顔を上げて、ルイス」

「え…」

 カイムがルイスを撫でる。

「俺を驚かそうとしたのにはちょっと怒ったけど、悪意があった訳じゃないんだろ?なら良いさ」

「うぅ…すまない…」

「でも、何故無人の部屋のナースコールがいきなり光ったのかしら…」

「…え?俺が遭ったのって、やっぱり本物の――ぎゃぁぁぁ!!」

 カイムがルイスに身を預け、うなだれた。どうやら失神してしまったようだ。

 ナースコールは幽霊からのSOS。カイムを道連れにしようとしたのは、恐らく寂しかったから……

「そういえば、どうしてマグナさん達は下で待っていたの?」

 エレナの問いかけにマグナは、

「神様の思し召し…ってやつかな。な?姐さん」

「…あぁ」

 ジュディスは拾った写真に向かって微笑んだ。

「――たとえお前が覚えてなくても、私がお前の名前を覚えててやるからな」


 写真には、少年と、ジュディスに似ても似つかぬ少女があの公園をバックに映っていた。


 0102/5/30

 フレッドとお姉ちゃん

 ロッカにて


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