CHASE:27 宿執 -strain-
「最前線での防衛――?」
「その通りだ。貴公らの部隊は、大陸を繋ぐ橋のたもとにある廃村。そこに陣を張り敵を迎え撃つ」
この日、来るネメシス作戦により起こるであろう大規模な防衛戦。ニコライ=アルバート中将より本作戦におけるジュディスの部隊の配属が決められた。
彼女はニコライを嫌っていた。中将と言うのは肩書きだけでそれに似合う実力など持ち合わせてはいない。
ならばそんな彼が何故中将の肩書きを手にしているのか。それは彼の家柄にあった。
リバティムーン設立に大きく貢献したアーヴィング家。優秀な指揮官として活躍し、その名を残しているがそれは先代の話。
その跡取りとして軍の副司令官のポストを与えられたニコライは、言ってみれば親の七光り。常に保身ばかりを考え、自身の気に入らない人間にはその地位を利用し貶める。
今回のジュディスの配属も、本心では厄介払いしたかったのかもしれない。
以前から彼女はニコライから良く見られてはいなかったが、決定付けたのはやはり『ど阿呆』という一言だろう。
「知っての通り、本国アドリビトムは橋で繋いだ大陸の中央に位置している。陸を渡りこちらへ侵攻するにはこのルートしか方法は無い。従って敵戦力が集中するのはここ…」
「私達に、壁になれと?」
「その通りだ、ガーランド少佐。貴公らが我が国を護る盾となるのだ」
はたして本当にそう思っているのか?ジュディスはこの言葉の真意を、とても幼稚なものに感じた。
――つまり、気に入らないから最前線で戦死しろ、と…
「悪いが中将、我々の部隊だけで前線を維持できるとは思えん。他の部隊との合流すら無いなら、せめて、人員の補給を」「案ずるな。帝国軍の捕虜は君の部隊で自由に使うがよい。噂に聞けばあの『黄昏の隼』らしいな?他にも最新鋭の機動兵器を君の部隊に回す。心配は無用だ」
――それから、と、ジュディスの不満の声を遮りニコライは言う。
「もう一人、君の部隊に配属が決まった者がいる。現在収容所から護送しているところだ」
「収容所から?誰を?」
ジュディスの質問の答えは、無言で投げられたファイルの中にあった。
「エヴァン=ウァルツァー元准将。君たちの元上司だ」
―――――――――――
「へぇ~…これが月の書か…」
宿舎に戻り、改めて事態を整理する。そこで初めて月の書を目にしたオリバー。
その外見は青地のカバーに金色の刺繍が施されており、見た目はまさに古びた本。まさか呪いがかけられていようとは、誰も思うまい。
「しっかし、こんな古びた本の為に大変だな、お前ら」
パラパラとページをめくり、マグナがこぼす。
そこにはマグナやカイムには読めない意味不明な文字の羅列が並んでおり、内容は全く解らない。
「んで、こいつを取り戻して、これからどうする気だ?」
マグナの問いに、二人は顔を見合わせた。実の所、取り戻したのはいいがどうすれば良いか皆目見当がつかなかった。
「八方塞がりって訳ね…」
溜め息が部屋に響き渡る。
「もう一度触れたら…とは思ったが、そうでもなかったみたいだしな」
「…元に戻るどころか、危うく死にかけたぞ」
一度は元の体に戻れたルイスも、再び呪われた幼い体に変わってしまっている。これでは帝国に喧嘩を売りにいったようなものだ。
あれから三日。帝国を後にしたその翌日の朝刊の一面をカイムが飾った。
『白昼堂々!!図書館を襲うテロの魔の手!!』
写真には図書館の屋上で戦うカイムの姿が写し出され、朝のテレビのニュースにも映像が流れていた。
「綺麗に撮れてるじゃないか。どうだ?晴れ舞台の感想は」
テレビに映るカイムを見て何故か誇らしそうなジュディス。
「いや、笑い事じゃないでしょうよ姐さん…」
マグナも思わず苦笑する。
ネメシス作戦を目前に控えている両軍の緊張を更に張りつめさせてしまったカイム。今や一触即発の事態だ。カイムにとっては冷や汗の止まらぬ毎日であろう。
「だからと言って、今更気に病んでも仕方ないよ。もはや正面衝突は避けられないんだからね」
オリバーの慰めが、今のカイムには嬉しかった。
三日が過ぎた今日。アドリビトムから離れた、今や廃墟と化している街『ロッカ』へと作戦編成の為に移ることとなった。今は自室の荷物をまとめている最中。移動は明日になりそうだ。
とはいっても、新兵のカイムや成り行きでここに来たルイスは荷物が少なく、段ボール一箱分に収まった。
自分の部屋がまだ片付いてないと言い、そそくさと自室に戻るマグナ。
「また、大勢の人が犠牲になるのか…」
ふと、静かにルイスがこぼした。
「…多分、きっと…」
カイムはそうとしか言えなかった。
「どうしてカイムは、リバティムーンに志願したんだ」
「俺か?」
段ボールの蓋を閉める手が止まる。
「…『救済』ってあっただろ?俺がまだ小さい頃、父さんも母さんも参加してさ。二人とも、俺を残して家を出たんだ」
「二人とも?」
「あぁ」
幼いカイムは両親がいなくなることに酷く怯えた。寂しかった。側にいてほしかった。
「幼いなりには頑張ったと思うんだけどな、耐えきれなくなって父さんと母さんを追って、俺も家を飛び出したんだ。どこに行けば良いかわからないのに、ただ前だけ向いて走ってた」
寂しさに押し潰されそうなカイムは、親に会いたくて自ら戦場へ。それはきっと、事の重大さを理解していない故の行動なのだろう。
「初めて帝都を見た時、戦いは激しさを増していた。何人も人が死ぬのを目の前で見たよ」
それでも渦中を走り続けたのは、ただ一つの想いがあったから。
「帝都中を走り回って、俺はようやく母さんを見つけたんだ」
「それで?お母さんは?」
母を見つけたカイムは、大声で叫んだ。寂しかった悲しみも、無事に会えた嬉しさも一緒に。大声で「お母さん」と。だが…
「――死んだ。俺を庇って、俺の目の前で」
幼いカイムを見つけた母は、彼に駆け寄った。愛する我が子を抱き締めようと。
しかし、その背後から帝国の兵士が無慈悲な銃口を向けていた。それに気づいた母は、我が子を守るため咄嗟の判断で自らを盾にした。覆い被さるようにカイムを抱き締める。それと同時に鳴り響く銃声。
「そんな…」
凍りつくカイムの表情。温もりを感じる母の体から、べったりと真っ赤な血が流れた。――自分がいたから。自分が会いに来たから、母は死んだのだ。
「未だに後悔してるさ。俺が来なければ、母さんは死なずに済んだのにってな」
カイムが抱く、幼い頃からの自責の念。
「じゃあ、カイムは帝国に復讐しようと…」
母を殺めたのが帝国の兵士なら、憎しみの矛先は自然とそちらを向く。ルイスの問いに、カイムは答える。
「それもあるかもしれないな。俺に責任はあっても、やっぱり割りきれない」
――でも、とカイムは続けた。
「知りたいんだ。優しかった二人が、なんで救済に参加したのか。父さんも母さんも、人殺しなんてする人じゃない。その答えを、俺は見つけたいんだ」
「それが、お前の戦う理由か?」
「そうだ」
胸を張ってカイムは言った。戦うことに躊躇いはあっても、戸惑いはない。
「――それに、今はルイスもいる」
虚をつくように、ルイスの名前がカイムの口から出る。
「ルイスを守るって約束した。そうだろ?」
不意に飛び出した言葉にルイスは戸惑う。驚いたような恥ずかしいような嬉しいような、そんな複雑な想いが入り交じる。
だからルイスは怒鳴った。
「は、恥ずかしげもなくそんなこと言うな!!このバカイム!!」
「な…っ!!お前なぁ!!」
いきなり怒鳴られたことに怒鳴り返すカイム。睨み合いがしばらく続いた後、いつもの痴話喧嘩に二人は、
「――ぷっ」
思わず、吹き出した。
―――――――――――
赤褐色の翼を持つ青年が、帝国総督府のビルの屋上に降り立った。
「あーあ、まーたクソババアにくどくど叱られなきゃなんねーのかよ…」
「今、クソババアと言いましたか?」
「げっ」
彼は自身の背後に近寄る気配にまるで気が付かなかった。否、気付けなかったと言うべきか。
振り向くとそこに、水色の髪を束ねたスーツ姿の女性が立っていた。
「訂正しなさい。ロズウェル=ランスロット中尉」
「へーへー、マチルダ=ウィンクロップ参謀様よぉ」
ランスロットは面倒臭そうに答えた。
「全く、陛下が認める輩はどうしてこうも厄介な連中が多いのかしら…」
「何か言ったか?」
「いいえ。それより、丁度良いので今貴方に通告します。今度のネメシス作戦、貴方には別任務を命じます」
「あぁ!?折角全力で暴れられると思ったのに…一体誰のお達しだよ?」
「勿論皇帝陛下です」
「ですよねー……」
彼の機嫌が下がると同時に翼も力無く垂れ下がった。作戦に参加出来ないのが余程残念なようだ。
「でも皇帝様の命令ならしゃあねぇか…。あ、トランシーバーまたぶっ壊れたから新しいの」
「なお、今回から端末は支給しません。渡す度に壊されていては資源の無駄ですから」
「ケチケチしてんじゃねぇぞこの野郎!?」
ランスロットが啖呵を切った瞬間、彼の眼前にマチルダの靴底が音も無く迫っていた。
「…立場をわきまえよ。低級の分際で上司に刃向かおうだなんて百年早い」
「――ちっ」
ランスロットが舌打ちすると、マチルダは上段蹴りの構えをすっと解き、背筋をピンと伸ばした。
「改めて任務内容ですが、ネメシス作戦中は総督府の警備が手薄になります。その間反帝国の遊軍が進撃することも有り得るでしょう。その際、貴方には遊軍の片付けをお願いします」
「手滑って殺しても知らねぇぞ?」
「危険人物で無い限り構いません。好きに暴れると良いでしょう」
「うっしわかった、お茶の子さいさいだぜ!!」
「そうですか。特に期待はしていませんが、任務は確実に遂行しなさい。解りましたね?」
「おう!!」
赤い異形の手を上げ、ランスロットは敬礼した。




