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帝国の月 -Resistance Rebellion-  作者: 風船ねこ(碧流&にゃんにゃん棒)
Chain Crescent
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CHASE:26 傷の理由 -whereabouts-

 袖がめくれ、露わになった華奢な左手に現れたのは――痛々しく刻まれた、注射痕の数々。

「……!」

 カイムの目が見開かれる。まるで今見た光景が信じられないといった様子だった。

 それを察し観念したのか、ルイスの左手から力が抜けた。

 呆気に取られながらも、カイムは無言でルイスの身体を引き上げた。


 二人とも助かったにもかかわらず、小雨は相変わらず降り続き、二人の間に重苦しい沈黙が流れる。やがて、ルイスが口を開いた。

「――見た、な」

 こくりと、カイムは頷いた。対するルイスは顔を伏せたまま微動だにしない。

「…なにか、言いたいことは」

 よくよく考えれば、カイムは彼女の生身の腕を見たことがなかった。否、ルイスが頑なに見せようとしなかったのだ。それほどまに見せたくなかった、傷の理由。

「それは、一体…」

 心配そうな面持ちで、カイムが問うた。

「――私は…帝国(やつら)に飼い殺しにされた…実験動物(モルモット)なんだよ」


 かつてルイスは、今のような天才的な頭脳を持たない、ただの平凡な子供だった。

 ところが10歳になったある日、突然帝都の召集がかかった。研究機関の計画に抜擢されたのだ。

…帝都の真の目的は「最高の頭脳を造り出すこと」。

 興味本位でそれを承諾した彼女は、両親と離され計画の被験者にされてしまう。その被験者の中には、クリスも居た。

 実験に使われたのは、月面に満ちる特殊な魔力「月の力」。

 地上の魔力と違い、人体に影響を及ぼし、その身体能力を向上させることが出来る。月に住む者「月面人」だけが月の力に対して耐性があることが確認されている。

 身体強化できる反面副作用もあり、月の力を過剰に浴びた者は理性を失い魔物と化すか、衰弱し死んでしまう。

 ところが、まれに月の力と同調し、理性を持った魔物に変身できる「魔人」と呼ばれる存在が居るらしい。帝国はこの少ない可能性に賭けていた。

 彼らは成長期前の子供の体内に月の力を注入し、月の力との同調…肉体の進化を求めた。ところが被験者達はそのほとんどが力に侵蝕され、精神を崩壊させられた。ルイスの左手に残った注射痕こそ、まさにこの時の物である。

 結局被験者の内、理性を保てた者はルイスやクリスを含む数人のみ……しかし、ルイスだけがきわめて異質だった。

 彼女は唯一月の力を受け入れ、「最高の頭脳」と言わしめる知識を得ることに成功した。…かと思われたが、上層部が喜ぶのも束の間、彼女は彼らの手に余る程賢くなってしまった。

 その能力を危惧した上層部は彼女を最年少の賢者として資格を与えながら図書館に閉じ込め、学術院へ登校する際も常に監視することにした。

 唯一の外出場所である学術院に居る間さえ、ルイスはクラスメートに気味悪がられ、冷たくあしらわれた。

 彼女にとって当時の生活は毎日が苦痛であり、ただただ退屈でしかなかった。

 その後も彼女は上層部の思惑通りに利用され、月の書の秘密を解くために、帝国に飼い殺しにされたのだった――。


「どうだ?――こんな化け物、薄気味悪くて近付きたくなくなったろ?」

 冷たい声で言い放つルイス。

 カイムはしばらく何も言えず、ただ拳を震わせていた。

「初めはヒーローになりたくて力を求めた。…だが、好奇心から力に手を伸ばした結果がこれだ。ただの一般人が英雄に成り上がろうとしたって、所詮かりそめの英雄にしかなれないんだ」

 自嘲するルイス。

「私はこの傷を一生の恥だと思っている。この傷も、呪いにかかったのも全部、甘い考えに縋ろうとした私への罰なんだ」

 めくれたコートの袖を元に戻し、傷を隠す。

「だがな」

 突然、そんな彼の手を取り、自分の胸に押し当てるルイス。

「!?」

 赤面するカイム。彼の手のひらに、ルイスの心臓の鼓動が伝わってくる。

「こんなどうしようもない奴だけど、こうして呪いの心臓が動いてる。こんな歪な形でも、生きてるんだ…」

 本来なら呪いにより死ぬはずだった肉体。しかしまた、彼女は呪いにより生かされている。

 その理由が何なのか誰にも解らない。ルイスは先の見えない未来に一抹の不安を感じていた。

「でも、私は利用されることでしか生きていけない。皆が私を良いように扱う。今でも私は、帝国の所有物なんだ!!…なら、私は一体誰の為に生きれば良い?どう生きていけばいいんだ…?わからない。何もわからないんだ…」

 ルイスの心の奥にあった、黒い感情。自らの空虚な存在意義。

「こんなかりそめの命、死ぬ可能性なんて幾らでもあったんだ。結局誰の役にも立てないで、利用されるだけ利用されて、誰からも愛されずに捨てられるなら…そのまま死んでしまえば、楽になれたのかもな…」


「そんなこと簡単に言うな!!」


 気づけばカイムは、ルイスをきつく抱きしめていた。

「お前は帝国の所有物じゃないし、かりそめでも何でもない!お前はお前だ!!今もこうして生きてるし、立派に俺達の仲間なんだ!!もし勝手に死のうもんなら――俺が全力で止めてやる!!」

「え…」

 カイムの叫びが、彼女の心の闇を取り払うかのように、強く響く。

「マグナ隊長やジュディスさん、オリバーにエレナ、そして俺も…お前が居たから救われた人だって、ちゃんと居るだろ?みんなお前を必要としてるんだ。だから…そんな悲しいこと、言うなよ…」

 雨に濡れたせいなのか、それとも涙を流しているのか、彼の頬を幾筋もの水滴が伝った。

「…私は、此処に居ても良いのか?」

「当たり前だ。お前は俺のパートナーで、リバティムーンの一員なんだから。お前の居場所は、ちゃんと此処にあるよ」

 カイムが微笑みかけると、彼の背後の空から後光が射したように見えた。ルイスは礼を言おうとし、

「ありが…」


 ぽんっ


 空砲を撃ったかのような、小気味良い音がした。

「…?」

 次の瞬間、カイムの目の前に、サイズの合わないぶかぶかな服を着た子供が立っていた。

「ま…また小さくなっただとぉぉぉぉ!!??」


 雨が止み、晴れた空に雲が流れていた。

 小さな身体に戻って不機嫌なルイスを抱きかかえ、カイムは必死に弁明する。

「お、俺は何も見てないから。な?」

「違う…あの真剣な状況で、『ぽんっ』って…タイミング悪すぎだろ…」

 何故可愛らしい変身音なのか、不平不満をひたすらぶつぶつ呟いている。

「そうしょげるなって。ほら、月の書はちゃんと回収したから」

 カイムの手には紺色のハードカバーに、金糸で装飾が施された月の書が握られていた。

 ルイスに影響を及ぼさない様、彼女から距離を離して持っている。

「お?でかしたカイム!!」

「クリスについては役に立てなかったけど、せめてこのくらいは…な」

 ルイスはカイムの心意気を感じ、少し機嫌を取り戻したようだった。

「…これで私達の呪いについても何か解るかもしれない。帰ったら早速解読に取りかかるぞ」

 俄然やる気になったルイス。

「と、その前に…」


 帰り際、二人はホールに残したクリスの遺体を確認しに行った。ところが…

「…クリスが居ない!?」

 ホールはもぬけの殻となっていた。

 何故か担架だけが残されていたものの、そこには誰も、何も乗っていない。

「そんな馬鹿な…」

「まさか、帝国軍に回収された…?」

 クリスは学術院の所属で身寄りも無いため、偶々見つけた帝国が引き取っていてもおかしくはない。しかし…

「一足遅かったのか…」

「いくら帝国でも、遺体を粗末に扱うことは無い…と思いたい。せめてお墓だけでも、こっちで作ってやりたかったんだが…」

 手元に遺体があるわけでは無いので、埋める物は何もない。ルイスはやるせなかった。

「…何も無いなら、心に刻めば良いんだ」

「え?」

 カイムは胸の前で十字を切る。自らの信念に従い、命を落とした少年に敬意を払って、黙祷を捧げた。

 それを見たルイスも、彼と同じように黙祷を捧げる。

「…お前の犠牲は無駄にしない。私達の運命を狂わせた帝国(やつら)を…必ず打ち倒してやるからな」


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