CHASE:25 追い詰められて -struggle-
「最近、随分と騒がしいな」
そこは古い工房だった。やけにキツい油の臭いが鼻につんとくる。
辺りに散乱した器材や部品。机の上に散らばった設計図。
部屋の真ん中にあるテーブルの椅子に腰掛けていた老人の手には、鋼の義手。
「全く、ネメシスとはとんだ貧乏くじを引いたじゃないか、えぇ?」
「…知ってたのかよ、おやっさん」
工房に居る老人の視線の先にはマグナがいた。
「わしだってテレビぐらいは目を通す。いつまでもアナログじじいと罵られたくないからな」
アナログじじいと言われ苦笑するマグナ。どこか後ろめたい気持ちを含んだ笑いだ。
差し出した義手はマグナの右腕。様々なギミックを内包した彼自身の武器でもある。
この老人こそ、彼が言っていた整備士なのだろう。義手を一度解体し、各部を丹念にチェックする。
「しかしまぁ、わざわざ帝都までこんな老いぼれを訪ねてくるたぁ、お前さんも物好きだな」
「アンタ以上の腕利きの整備士がいりゃ、こんな油臭い工房訪ねないんだがね」
「フン、若僧が抜かしおって」
今度は部品を組み立て、元の義手へと戻していく。老人の言葉に従い、まずは指から。
そして手首を、肘を曲げて、腕を回して。一連の動作はスムーズにできた。神経はよく繋がっている。
「それにしても、随分と荒く使ったもんだな。無茶やらかしおる」
老人がマグナの義手をみて、その痛み具合に気付く。
表面は誤魔化せても、細部まで調整されたら彼の目は誤魔化せない。
「ま、職業柄仕方がないっつうか、勘弁してくれよ」
上着を羽織り、荷物を手に取る。こちらは事前に受注していた品のようだ。
「あら?炸裂弾や装甲弾まで頼んだ覚えはねぇんだけどな…」
中身は銃器に用いられる弾丸。
「店仕舞いのサービスってやつだ。いいから持ってけ」
「店仕舞いて、おやっさん…」
言いかけて、老人が棚から何かを取り出した。一枚の手紙と写真だった。
「田舎の息子に、子供が産まれてな。帝都は危険だから、こっちへ来ないかって言われちまってよ」
写真には若い夫婦と幼い子供。戦争とは無縁の、とても幸せな家族だった。
「…ここから西にある町なんだがな。のどかで平和な良い町だ。町の中央のでかい時計台がよく目立つ。――婆さんをおいて帝都に飛び出したわしは、もう二度と帰れんと思っていたが…。息子が許してくれたよ」
懐かしむように思い出を語る。そんな老人を見て、マグナもふと昔を思い返していた。
「そうか…」
手にしていた写真と手紙。文面には、恨み辛みが書かれていながらも、父親の安全を願う息子の優しさが読み取れた。
「――いい家族じゃねぇか。大事にしろよ」
そう言いながら手紙と写真をテーブルに置き、老人の肩をポンと叩く。店を出ようとするマグナ。その時、
「マグナ」
老人の声で立ち止まる。振り返らず、ドアに手をかけたまま。そんなマグナへの一言。
「…死ぬなよ」
投げ掛けられたのは、彼なりの激励。それでもマグナは振り返らない。代わりに、マグナも一言だけ。
「アンタもな、おやっさん」
その一言だけ言うと、マグナは工房を出た。
「逃がすな!!侵入者を追え!!」
瓦礫で階段は塞がっている。反対側にある階段も帝国の兵士で埋まっている。
もはや袋の鼠であるカイム達の逃げ道は、自然と上の階へと逃げ込んだ。
「何か考えはあるのか!?」
「そんなものがあれば慌てて考えたりしないさ」
ルイスの優秀な頭脳を頼りにするカイム。
だが彼女もカイムと同じように、追い詰められたこの状況に切羽詰まっていた。
階段を上りドアを開けるとそこは屋上。見渡しもよく、隠れる場所などない。
風雨が体中に吹き付いてくるが、いちいちそんなことを気にしている余裕は無かった。
(どうする…、どうしたら…!?)
ここで考えられる行動は一つ、この屋上から飛び降りること。
しかし建物は6階。この高さから生身で飛び降りようというのは、あまりにも愚かしい選択だ。
なら、ルイスの魔法はどうだろうか。考えてみたが、風を起こしても2人を支えられる保証はない。
おまけに今日は無風で、巻き起こるのはせいぜい微風くらいだ。
思考を張り巡らしていたその時、勢いよくドアが開いた。
兵士達がこちらを追い込んでいる。その数は軽く20を上回るだろう。
「銃は使うな!!最優先保護対象であるルイス=ヴィクトワールを傷つけてはならん!!」
兵士達はルイスを保護するようだ。恐らく目的は月の書とそれを解読していたルイスの知識。
「ちっ、わざわざ変装して来たのに、意味が無かったか…」
ルイスが悪態をついた。
相手は銃は使うなと言う命令により武器は使わないものの、やはりこの数では不利に変わりない。
打開策を思い付かないまま、帝国兵士が襲いかかる。3人の兵士がまず同時にカイムへ。
「クソッ!!邪魔だ!!」
一人目の拳はかわし、二人目を下から殴る。三人目には飛び蹴りを。だが次は四人が同時に動いた。
「下がれ、カイム!!」
ルイスが魔法の詠唱を始める。
「衝撃!!」
掌に集めた魔力を一気に解放する。単純だが、威力はそれなりだ。
大の大人を4、5人は纏めて吹き飛ばすくらいの力はあるだろう。
「一点集中突破だ。一気に走るぞ!!」
「わかった!!」
ルイスが考えた最善策は、強行突破。相手が素手なら、勝ち目はまだこちらにもある。
「子供相手に何を手間取っておるか!!早く捕らえよ!!」
その言葉で再び動き出す兵士達。倒れていた兵士も起き上がり、再びカイム達を捕らえようとする。
「クッ、どけよお前ら!!」
強行突破を試みようとするが、そう簡単には行かない。
「カイム!!止まるな!!」
もう一度魔力を爆発させ、周囲の兵士を吹き飛ばした。
ところが、背後から近づいてくる兵士に捕まってしまう。
「捕まえたぞ!!ルイス=ヴィクトワール!!」
「くっ!!離……せ!!」
三度目の衝撃を掌で産み出し、自分を拘束する兵士にぶつける。たまらず大きく仰け反った兵士はルイスを解放した。
しかし、その衝撃でルイス自身も大きく吹き飛んでしまう。吹き飛んだその先は、
「…しまっ――!!」
空中だった。屋上からその身を投げ出されてしまったのだ。
「ルイス!!」
それを見たカイムが、兵士を振り払いルイスの元へ駆けよる。彼女はなんとか屋上の縁に掴まっていた。
「ルイス、無事か!?」
「なん…とか……!!」
強がってはいるものの、かなり苦しそうだ。そう長くはもたないだろう。
兵士全てを倒していたら、まずルイスの方が先に落ちてしまう。
かといって引き上げようとすればその間は無防備になってしまう。まさかそれを見過ごす兵士達ではないだろう。
「…ルイス」
この状況にカイムは、ただルイスの名前を呼んだ。全てを言う時間もなかった。
だから解ってほしいと、我が儘を目で訴えた。
ルイスは理解した。彼が何を訴えたのかは解らないが、彼女はカイムを信じることにした。
「――信じてる」
彼女もまた、それだけを言った。カイムを信じて。
「――よし、行くぞ!!」
カイムは振り返り、迫り来る兵士に立ち向かった。カタナを正面に突き出す。
目を閉じ、全ての魔力を集中させ、精神統一を行う。
「はあああぁぁぁぁ………!」
刀身が紅色に染まった瞬間、カイムは目を見開いた。
「ルイスに手を出すやつは、何人たりとも近づけはしない!!」
カタナから凄まじい衝撃波が放たれ、カイムの眼前の兵士達を薙払う。
「なに!?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………」
兵士達はその衝撃に圧倒され、なすすべもなく吹き飛ばされていった。
数瞬の後、屋上にはカイムだけが残った。
「はぁ…はぁ……」
全ての魔力を使い切り、辛そうな表情をしていた。それでも、彼の頭には彼女のことしかなかった。
「ルイス……」
よろけながら縁へと歩いていく。奇跡的にルイスは縁に掴まったままだった。
右手は限界だったのか左手だけで縁に掴まり、全体重を支えている。
それを見て、カイムがルイスの左手を掴んだ。
「待ってろ…今、引き上げるから…」
しかし、彼女の反応は予想に反する物だった。
「止めろ――離してくれ…」
「え?」
ルイスの瞳に恐怖の色が浮かんでいた。
「私を見るな!!離せ!!」
ルイスは左手をぶんぶんと振り、カイムの手を外そうとした。
「ちょ、暴れるな――」
その時、カイムが掴んでいたルイスの左手の、コートの袖がめくれた。
「!?」
その下にあった物は――
「――やれやれ、せっかちな人達だな」
誰も居なくなった図書館のホールに、一人の男性の姿があった。
「『実験No.0005』、君は確か…、――あぁ、クリス君か」
ホールにある担架に寝かせてあるクリスの遺体。
他人を名前でなく番号で覚えるところに、彼の人間性が垣間見えたような気がした。
「君は失敗作だと思っていたが、どうやら間違っていたのは僕の方らしいな。君に対する評価を改めなければ」
既に事切れているクリスに向かい、まるで独り言のように、彼は喋り続けた。




