CHASE:24 ルイスとクリス -mourning-
結界が弾け飛ぶのと同時に、無数の影の刃が飛び出してきた。
「ルイス!危ない!!」
その中の一本が、ルイス目掛けて襲いかかる。
カイムが身を挺してルイスを守るが、代わりにカイムが影の刃の餌食となった。
「くそ……っ!!」
カイムの右腕に刺さった刃の反動に吹き飛ばされ、壁に磔にされてしまう。
「グア…ッ!!」
苦痛に顔をしかめるカイム。
「カイム!!」
彼に駆け寄ろうとしたその時、黒い腕がルイスを体ごと掴みこんだ。そのまま一気にクリスの方へ引き寄せる。
「あぐっ……!!」
黒い異形から光る赤い眼光がルイスを捉えた。
――コウスレバ、ボクトキミハズットイッショダヨ
クリスはその体から鋭利な刃を創り出し、それをルイスの胸に突きつける。
「ルイス!!」
ルイスが危ない。このままではクリスに殺されてしまう。今の彼は、理性を持たない魔物なのか。
あれほど彼女を救おうとしたクリスは、最早完全に魔物と化してしまったのだろうか。
磔にされたまま身動きが取れないカイムが、必死にもがく。右腕の刃を引き抜こうと、精一杯力を込める。
「ガァ…!!……ぁぁあああっ!!」
――モウダレニモジャマサセナイ。ズットイッショダヨ
その刃を、自分もろともルイスに突き刺そうとするクリス。
彼がしようとしていること、それはルイスとの心中。
共に死ぬことで永遠に一緒になれると、狂気に駆られてしまっているのだ。
「やめろ……!!やめろ!!」
突き刺さったままの刃を引き抜こうとしていたカイムの手は血にまみれている。
だが、そんなことは彼には関係ない。カイムは、体の奥底から熱い何かが昇る感覚を感じていた。
それはいつか感じたことのある、あの感覚。
「やめろぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーっ!!」
その瞳を真紅に染めたカイムが、影の刃を引き抜き、それをクリスに向かって投げつけた。
投げた刃はカイムの魔力を帯び、その瞳と同じ真紅を宿す。
――コレ……ハ!!
魔力に反応したクリスが振り向いた時には、飛んできた刃がクリスの体を貫いていた。
その黒い異形から、真っ赤な鮮血が溢れ出す。
「ァ……アァ……」
ルイスを掴んでいた異形の力が抜け、彼女の身体が解放された。
「大丈夫か!?」
落ちてきたルイスをカイムが抱き留める。
「あぁ…今度こそ、やった……のか?」
ルイスが異形に目をやると、黒い膚がドロドロと解け、中から黒い魔力の残滓が流れ出した。
明らかに歪な魔力を感じ、ルイスは眉をよせる。
「これは…月の、魔力……?」
それが風の中に消え去ると、残った影の部分からクリスが現れた。
しかし、彼の腹部には真紅色の刃が突き刺さり、夥しい量の血が溢れ出ている。
「クリス!!」
様子がおかしいことに気付き、ルイスが駆け寄り彼の身体を揺する。
「!?……まさか、当たりどころが悪かったんじゃ……」
腹部を押さえ止血しようとしたが、出血が止まらない。傷が深いようだ。
「ん、ここは……」
気を失っていたクリスが目を覚ました。
「クリス!」
「ルイス……ちゃん、どこ…?」
クリスは震える手でルイスに触れようとしたが、その手は虚空をさまよった。
瞳は虚ろで、視線が定まらない。どうやら目が視えていないらしい。
気付いたルイスが、彼の手を握りしめた。
「ここだ…私はここに居る!!」
「よか…った……」
苦しげにクリスが微笑む。
「もう喋るな!今すぐ医者を呼んで…」
「いいんだ、これで…こうして…ルイスちゃんが傍に居れば、何も…怖くない…から……ごぼっ」
「クリス!?」
クリスが吐血する。彼の命はそう長くは保たないだろう。
「やめろ…喋るな、もう……!」
目尻に涙を溜めるルイス。そんな彼女の背中を見ながら、カイムはかける言葉が見つからなかった。
「ごめん、ね…危ない目に…遭わせちゃっ、て……」
「気にしてない!そんなことより早く医者に…」
クリスはルイスの手を握り、首を振った。
「最期に……一つだけ…言わせて……?」
「……何だ…?」
「ルイスちゃん…君が、好きだ……」
ルイスが目を見開く。
「いつかの約束……何か一つでも、僕が君を、追い抜けば…何でもお願い、叶えてくれるって……」
いつもルイスについて回っていたクリス。彼は敬愛だけで彼女に接していた訳ではなかった。
ルイスの中に当時の記憶が甦る。
「ぼくは…君を越えることが……出来た、かなぁ…?」
言い終えると、彼の手がルイスの手から滑り落ちた。
「クリス!?おい、目を覚ませクリス、――クリス!!」
彼がその呼びかけに応えることはなかった。
クリスの身体から徐々に体温が奪われていく。それはつまり、彼の命が尽きたことを意味していた。
死を前にして、気丈にも涙を流さないルイス。ただ、…もう限界だった。
「うぁああぁぁぁあああああぁぁ!!」
「ルイス……っ!」
堪えきれず、叫ぶルイスを後ろから抱き締めるカイム。
彼女の身体は華奢で、儚くて、そして今にも崩れそうなくらい、脆かった。
そんなルイスを抱きしめる彼の手もまた、小刻みに震えていた。
「俺が…ルイスの、友達を…」
カイムもカイムで、クリスに止めを刺した自分を責めていたのだ。
「――ごめん」
震える手がルイスの頭に触れた途端、唐突にルイスの叫びが止んだ。
「……もう、終わったことだ」
ルイスがカイムの手を頭から離す。
「だけど、せめてお前も……こいつの生き様を覚えててやってくれないか」
彼女はとつとつと語り始めた。
かつてルイスとクリスは帝国学術院で同級生だった。
当時の二人はクラスではどこか浮いた存在で、ルイスは一匹狼、クリスはいじめられっ子だった。
特にクリスは誰に対してもニコニコとへつらっており、「自分」というものがな かった。
むしろ、敢えて否定しているようにも見えた。ルイスはそんな彼を見る度に、言い知れぬ苛立ちを感じていた。
そしてある時、ルイスはクリスがいじめられている現場に遭遇する。
見放すことが出来ず、思わず彼を助けたルイス。その際、彼女はクリスにこう言った。
『……お前はずっと、そうやって笑ってるつもりか?』
『自分を否定するな。お前はお前だ』
自分を自分と認めてくれたルイス。それ以来クリスは、自然とルイスに付いて来るようになる。
いつしか彼の中には、ルイスに対する恋慕の情が芽生えていた。
そしてまたある時、クリスは常に彼の上を行くルイスに対し、羨望と諦めを感じていた。
そんな彼を見かねたルイスは、冗談である約束をしたのだ。
「クリス、何でも良いから一つ、私を越えてみろ」
「身長じゃだめなの?」
「それはとっくに抜かれてるから無しだ!!……とにかく、何か一つでも私を越えられたら、お前の願いを何でも叶えてやる」
「何でも?」
「そうだな……じゃあ、お前が私を越えた暁には、お前と結婚してやっても良いぞ」
律儀に約束を信じ、ルイスに認められようと人知れず努力を重ねてきたクリス。
だがルイスにとってその約束は取るに足らない冗談で、まさか彼が本気にしていようとは露とも思わなかったのだ。
そんなクリスを後目にルイスは学院を卒業してしまったが、彼は約束を信じひたすら頑張った。
その成果をルイスに認められるために…。
「今思えば、こうして私の前にクリスが現れたのは、強くなった自分を認めて欲しかったからなのかもしれないな」
カイムは何も答えず、ただ苦い顔をしていた。
「――それほど純粋にルイスのことを想っていたのに…俺は…俺は…その想いを踏みにじるような真似を……!」
「もう良いんだ」
カイムが握りしめた拳に、ルイスが優しく手を添える。
「今更取り返しがつかないことを悔やんだってどうにもならない。やむを得なかったんだ…確かにクリスが死んだのは悲しいが、お前は間違ったことは何もしてない」
「それでも……」
「今までも、お前は沢山の命を奪ってきたんだろう?……こんな所で、たった一人の死で立ち止まってどうする?」
一瞬、ルイスの言葉が深く突き刺さった。
「私もよく解った。やむを得ず命を奪わなきゃいけないこともあるんだって。だから今は……」
ルイスがカイムの胸に身体を委ねた。
「どうか少しだけ……泣かせてくれ……」
微かなすすり泣きが、静寂なホールに響いた。
二人で相談した結果、彼の身体は月の書を持ち帰った後埋葬することになった。
ホールの片隅にある担架にクリスの身体を横たえ、両手を胸の上に組ませる。
クリスの安らかな顔を見つめて、ルイスは小さく呟いた。
「…悪い。ちょっとだけ待っててくれ」
それから二人はホールを出て階段に向かおうとした。すると
「居たぞ、侵入者だ!」
階段の向こうから兵隊がぞろぞろとやってきた。
隊員は本格的な武装をしており、簡単に帰すつもりはないようだ。
「さっきの騒ぎで、図書館の誰かが軍に通報したのか…」
「面倒臭いことになったな…逃げるぞ!!」
湿った廊下に、騒々しい足音が響く。




