CHASE:23 死ぬほど君を愛してる -jealousy-
カイムの口から、クリスの魔法に打ち立てた仮説が語られる。
「お前の魔法を制御しているのは、魔法の発射と同時に構築した簡単なプログラム。――例えば、『あの窓を右に曲がりながら狙え』とかな。一度発射すれば、その腕はプログラムの入力通りに動いてお前の所まで戻る。逆に言えば、入力された命令以上の事は出来ない。違うか?」
――クリスは絶句した。たった一度の戦闘で、そこまで自分の魔法の秘密が見抜かれてしまうとは。
「違う角度からの同時攻撃も、対象が一体ならその集約点は小さくなる。少し位置をずらせば、簡単に避けられるのさ。……お前の技は見切った。だからもう、俺は負けない」
本体を傷つけず、最高の魔法を打ち砕き叩き付けた勝利宣言。クリスには、この上ない屈辱だった。
「まだだ。まだ終わっちゃいない……」
震えた声で、ゆっくりと立ち上がりながら。
「何なのさ、それが知れたところで、僕の負けだと言うのか?たかだかマジックのタネを見破ったくらいで……!!」
この震えた声は恐怖ではなく、憎悪。自分でも抑えられないほどの怒りが、目の前の男に向けられている。
「……負けてない。僕は、負けてなんかいないっ!!」
ありったけの魔力を振り絞り、クリスが魔法を精製する。
その数は先程の更に4倍。32本もの腕が、クリスから生えていた。
「この数ならどうだい!?逃げ場なんかどこにもないよ!!」
一斉に、その全ての憎悪をカイムへ降り下ろした。
「わからない奴だな!!」
カタナを握りしめ、その攻撃へ飛び込む。その先にいるクリスの元へ。
「わからないのは君の方だ!!よく見ろよ?これだけの数を突破できる訳ないだろぉ!?」
まるで津波のように押し寄せてくる剛腕。 カイムに恐れはなかった。ただ一つの確信を持って、一閃。
――――――――
―――
「!?」
クリスの目の前で、自身の作り出した最強の壁は真っ二つに斬り裂かれた。
「逃げ場が無いなら耐えればいい!!」
裂け目の間から飛び出してきたカイムがカタナを構える。
魔力を使い果たしたクリスでは、この攻撃は防御できない。
胴を斬るように、カタナを水平に、カイムは力の限り振るった。
「カイム!!」
ルイスが5階に駆けつけると、カイムの太刀筋がクリスを捉えていた。
崩れるように倒れるクリス。それとほぼ同時に、カイムも膝をついた。
「カイム!!無事か!?」
カイムに駆け寄り、彼の体を抱き起こす。
「ルイスか…、よかった。無事だな…」
「当たり前だ。私とお前は繋がってるんだ」
意識がしっかりしているのを確認し、ルイスは安堵する。そして、倒れているクリスを見た。
彼はピクリとも動かない。
「――殺した…のか…?」
恐る恐る、ルイスはカイムに尋ねた。
「刃は返した。峰打ちだ。死んではいないが、多少は痛がるかもな…」
カイムも倒れたクリスを見て、苦い顔をした。
「あいつも、ただお前を助けたかっただけなのに…」
改めてクリスのことを考える。
人の話を聞こうとせず自分の主張だけを押し通そうとする、見た目に似合わず強情な男。
それでも彼は、ルイスを助けるために必死だったのだろう。
目的は同じなのに、なぜこうもすれ違うのか。カイムの胸の内に、言い様のない虚しさが広がっていた。
「――っ!?」
だが、彼の心臓に走る激痛が、その虚しさを忘れさせる。
「限界だな。そんな体で無茶するから」
半ば呆れながら、ルイスが笑う。
「…お前の為なら何だって出来るさ。それこそ命を捧げたって良いくらいだ」
――使役と服従。その契約の輪の中にある2人は、互いが互いを補って生きている。
片方が欠ければ、片方は生きていくことができない。
「…そこまで言うんなら、また少しもらうぞ」
恥じらいながら、それでも互いが生きるために、ルイスはカイムの首にある契約の証に口づけた。
カイムの有り余る魔力が、ルイスの体内に流れ込み、優しく馴染んでいく。気を抜けば貪ってしまいそうになるほど、温かく、どこか恍惚とした甘い感覚を彼女の中に残して。
***
痛みが重くのし掛かり、意識が深く沈んでいく。それでも彼はひたすら抗った。
このまま沈めば、大切な人を連れていかれてしまう。大切な人を守れなくなってしまう。
――ぼくが、まもるんだ
重い目蓋を開き、かすれた視界の先に、まだ『それ』はいた。手を伸ばせば届きそうな距離に。
だが『それ』は、自分を置いてここから去ろうとしている。自分が対峙していた『敵』と共に。
――まって。ぼくはここだよ!おいていかないで!!
這いずりながら『それ』を追う。けれども距離は離れていくばかり。ただ、遠くなるだけ。
――なんできみはそこにいるの?そうやってきみは、いつもぼくを…
――ちがう
次に彼が見たのは、彼の『敵』。
――あいつが、ぼくからうばったんだ。あいつが、あいつがぼくたちをひきさいたんだ
遠くなる背中。
『それ』の隣にいた『敵』を見つめながら、今まで感じたことのない感情が芽生えているのがわかる。
――あいつが、あいつさえいなければ、きみもぼくをみていてくれたのに。
あいつさえいなければ、きみはそばにいてくれたのに
黒い、黒い何かが自分の心を満たす。何かとてつもなく黒い何かが。
今まではっきりしていた意識と視界に、『それ』は映らない。
ただ、その黒い感情の元凶である『敵』に、その悪意は向けられた。
――ころす
頭の中で確かに、はっきりと呟いたその言葉。憎悪が殺意に変わる瞬間。
――ころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコココココココココココココココココココココココココココココココココココココココココココココココ――――!!!!!!!!
「…もう帰ろう。やるべきことは終わったんだ」
カイムがルイスを促す。目的を成し遂げた2人は、クリスをその場に残して階段を降りようとしていた。
名残惜しそうにルイスが振り向いたその時。
突如、黒い手が天井を壊し、階段への道を瓦礫で塞いだのだ。
「な、なんだ!?」
手が伸びてきた方向を振り返ると、そこに居るはずのクリスがいなかった。
代わりにそこにいたのは、真っ黒で巨大な異形。かろうじて原型は人間であることがわかる。
「クリス…なのか!?」
この黒い異形がクリスだとするなら、なぜこうなったのか。理解の範疇を越えていた。
「……オオォォォォオオオ…!!」
低く唸るように、だが確かに敵意を剥き出しに、その黄色い眼光でこちらを睨む。
――コロス……コロス!!
その黒い影から無数の腕を生やす。そして有無を言わさずその腕を降り下ろした。
「危ない!!」
カイムがルイスを抱え、横に飛びそれを避ける。その威力に床が砕けた。
「なんなんだ、一体!!」
立ち上がろうとしたその瞬間、黒い異形がこちらに飛びかかってきた。その手には、二振りの歪な影。
(速い…!?)
最上段から、一気に影を振り抜く。カイムは手にしたカタナでその攻撃を受け止めた。
「……この!!」
ぶつかり合う視線。互いの力は殆ど五分のように見えたが、これだけではない。
背中から生えた4本の腕が、一斉にカイムを襲った。身動きできないまま、カイムは黒い腕に捕らわれてしまう。
「うわっ!?」
「カイム!!」
腕を振り回し、速度を上げた。カイムをこのまま壁に叩きつけるつもりだ。
「ふざ…けるな!!」
それに大人しく従うつもりはない。カイムは腕から脱出しようと懸命にもがく。
が、そう易々と逃がしてはくれない。次第に力は強くなっていく一方だ。
「させるか!!」
ルイスが魔法を唱え、風の刃を精製する。
クリスと思われるあの異形にではなく、カイムを振り回す黒い腕を目掛けて魔法を放った。
「風刃!!」
束ねた太い風が、カイムを捕らえていた腕を引き裂く。
――!?
それを見た黒い異形は、先ほどまで黄色がかっていた眼光を赤く輝かせ、ルイスへと向けた。
「…る……いす………」
確かにルイスの名を呼んだように聞こえた。間違いない。あれはクリスだ。
「クリス…、やっぱりお前なのか!?もう止めるんだ!!」
自分の声が届くかどうかなんて関係なかった。目の前の友人の豹変は、ルイスには信じ難い物だった。
――どうしてあいつをたすけたりしたんだ。あいつはぼくたちの『敵』なのに。なんで…!?
ルイスを見つめたまま、クリスの動きが止まっていた。
拘束から逃れたカイムが、クリスの背後から斬りかかろうとする。
「うぉぉおお…っ!!」
それを察知したクリスが、影で出来た歪な剣で迎え撃つ。
「やめろ、クリス!!カイムも!!」
剣と剣がぶつかり合う。火花を散らしながら激しくせめぎ合う2人を見て、ルイスは叫ぶ。
(わかってる。けど、このままじゃ…!!)
ルイスの言いたいことはよく解る。カイムもその気持ちは同じだった。
だが、クリスを元に戻す方法を2人は知らない。このままでは限界が近い。
今のカイムにやれることは、クリスを再び気絶させること。それが成功する確証なんてないが、それしかない。
「オオォォォォオオオオオオオーーーー!!」
執拗なほど、カイムに向けられる殺意。それに正面から立ち向かい、剣を交わす。その時だった。
「カイム下がれ!!」
カイムがルイスの声に反応し、素早く間合いを取る。するとクリスの足元から光が溢れ、陣を結んだ。
「束縛!!」
一際強い光を放ち、結界魔法を唱える。クリスの動きが止まった。
――なんだ、これは!?はなせ、ボくをはナせ!!
「はぁ、はぁ……っ」
結界の中でもがくクリスを見て、ルイスが俯く。しかし、結界の中では何者も動くことはできなかった。
「――すまない、今はこれしか出来ないんだ。クリス…」
ルイスがこぼした言葉に、悲しみが溢れる。憐憫を込めた瞳で、彼女はクリスを見据えた。
――るいすちゃん。るいすちゃんがやったのか?きみがボクをとじコめたノカ?
ルイスの行動に、クリスは深い悲しみを覚えた。自分は信じていたのに。
ルイスだけは自分の味方だと信じていたのに。あろうことか敵を助け、自分を閉じ込めるなんて。
――ナゼナんだ。ぼくはシンじテタノに。キミハゼっタイにぼくノみかタダッテしんじてたノニ…!!
――裏切られた。その悲しみが見えない涙となって心に流れ、嘆きがこみ上げる。
止まらない涙が、嘆きを潤す。その嘆きに顔を埋めていたクリスの中に、次第に新たな感情が生まれる。
――モウイい
ふと、心の中で何かが切れた。
――モウヤメヨウ。ハジめからこウスレバヨカッタンダ
クリスを黒い魔力が包んだ。結界の中で、次第に膨れ上がる。
「こ、今度はなんだ!?」
「そんな、結界が!?」
結界の外壁に走る亀裂。魔力は次第に大きさを増し、そして、
「オオォォォォオオオオオォォォォオオオーーーーーーーー!!!!」
弾け飛んだ。




