CHASE:22 ヘカトンケイル -up and down-
だが、そんなことよりもルイスだ。原因は解らないが急激に魔力を消耗している。
魔力で命を繋ぎ止めている彼女には、この状態は非常に危険だ。
カイムに出来ることは、呪いによってルイスと繋がれた自身の魔力を彼女に与えること。しかし…
「彼女を離せ!!」
良からぬ誤解を抱いたルイスの友人、クリスがそれを邪魔する。
クリスの魔力で精製された4本の腕が、しなるようにカイムに襲いかかる。
抱きかかえたルイスに被害が及ばぬように遠ざけながら、それを避ける。
「話を聞け!ルイスを助けたいんだ!!今すぐ攻撃を止めろ!!」
「そんな話信じられるもんか!!ルイスちゃんに何をした!!」
武器を持たないカイムにはこの攻撃をいなすことしかできない。
しかし、4本の腕によるそれぞれ違う方向からの攻撃に、次第に防御は間に合わなくなる。
「……ッ!!お前に関わってる暇なんか……!!」
どんな言葉を吐き捨てようと、この激しい攻撃は止まらない。そして、その中の一発がカイムを捉えた。
「が……っ!?」
顔面を捉えたその一撃。脳が揺れ、軽い脳震盪が体を襲う。
カイムの動きが止まった瞬間、続け様に2、3発。
ルイスを抱える力が弱まり、もう1本の腕がルイスを持っていく。
(しまっ――)
「これで……」
動きが止まったカイムを見て、クリスは4本あった腕を束ね、1つの巨大な腕を召喚した。
「……終わりだ!!」
クリスの声に反応し、巨大な腕がカイム目掛けて襲いかかる。
勢いよく放たれた剛腕は、カイムに痛恨の一撃を喰らわせた。
「ぐあっ!!」
壁に叩きつけられ、息がつまる。その場に倒れて起き上がることができなかった。
「さぁ、もう大丈夫だ。君を傷付けた悪党は僕がやっつけたよ」
横たわるカイムを見て、ルイスを抱えた腕を自分の方に引き寄せる。
さらさらと零れる髪の毛を撫で、柔らかな頬に触れ、肌の感触を味わう。
それでも目を覚まさないルイスを見て、ようやくクリスもただならぬ事態だと理解した。
「……大丈夫、ルイスちゃんには僕が居るよ!!必ず君を助ける!!」
ルイスをどこかへ運ぼうと走り出すクリス。それを倒れながら見ていたカイム。
「ま、待て…――がぁ!?」
突然、心臓に激しい痛みが走るのを感じた。
「月の書の…、呪い……か…」
手にした月の書が淡く光っているのに気づく。そして、カイムの首に刻まれた契約の証が疼き出す。
まだ軋む体を持ち上げ、ルイスを追う。
――行かなきゃいけない。
このままでは、自分もルイスも危険だ。クリスは2人の事情を知らないのだ。
目が覚めた時は、柔らかいソファの上だった。
まだ重い体で辺りを見渡すと、どうやらここは図書館の医務室らしい。
「私は…」
何が起きたのかまだ理解が及ばない。ゆっくりと、記憶を辿っていく。
(図書館に戻って、月の書を取りに行って、それから…、私、気を失って――)
次第に思い出し、今の自分に足りないものに気づく。
「そうだ、カイム!!」
その名を叫ぶと同時に体を起こすが、意識が混濁し、ふらついてしまう。
倒れそうになり、近くにあった机に慌ててしがみつく。
「そうか、魔力を吸われて…」
今の自分が危険な状態であることを察知する。一刻も早く、カイムと合流しなくてはならない。
しかし、何故近くにカイムが居ないのか、どうしても理由がわからない。
仮に、自分をここに運んだのがカイムではなく、違う誰かだとしたら――
(…クリス?)
嫌な予感が悪寒となり、ルイスを襲う。ただ、一つだけはっきりしていることがある。
――カイムは死んでいない。まだカイムとのつながりは切れていない。
急がなければ。二人に命の危機が迫っている。
無理矢理にでも体を引きずってカイムを探さなくてはならない。
ドアノブを回し、部屋を出て廊下を見渡す。ルイスの視界には誰もいない。
入館している一般人はともかく、問題はクリスだ。
医務室に運んだのがクリスなら、ルイスの容態を見かねて彼女を助ける方法を探し回っているだろう。
もし見つかれば、今のルイスに彼を押さえることはできない。
(早くカイムを探さないと…)
壁伝いに体を支えながら歩く。今自分がいるのは1階。先程ルイスが倒れたのは2階。
万が一カイムがクリスに負けたとしたら、カイムは2階にいるのかもしれない。
おぼつかない足取りで階段を登り、まずは2階に向かう。
「…こんなに、……体が重いなんて……」
まるで鉛のように重い身体が、階段を登る度に悲鳴をあげる。
手すりにつかまって、一段一段ゆっくりと登る。
「…これは、使えるのか?」
図書館の一角にある郷土資料室。
ルイスを探して手当たり次第部屋を見て回っていたカイムは、この部屋に立ち寄っていた。
中は閑散としており、ルイスがいないことは一目で判った。
が、壁にかかっていたある物が目について、奥まで入ってきていた。
「剣…、いや、『カタナ』か?」
壁にかけられたそれは、刀身の反り具合が特徴的な細身の長剣。手に取り鞘を引き抜くと刀身が鋭く光った。
片刃のその剣は、まだ旧暦の時代の遥か昔より、東の国の剣士が持っていたと伝えられている。
「これなら、あいつにも…」
先程自分が太刀打ちできなかったクリスの攻撃。この剣があればきっと対抗できる。
そう考えたカイムは、迷いなくそのカタナを手に取る。
「今更、お尋ね者になってもな……」
自嘲気味に笑い、カタナを手に取り資料室を出た。彼がいるのは4階。
「次は5階か…」
そこを探せば、残すは屋上のみ。そこにいなければ、もう一度上から順に探すしかない。
ルイスの様子を考えると、一刻も早く彼女に会わなければならなかった。
「…やっと、……3階…」
息も絶え絶えになりながら、ようやく3階へ。1階、2階と探索を続けていたが、カイムは見つからない。
まだ上にいるのか、もしくはすれ違ったのか。
「――すれ違いだけは勘弁だな…」
ボソッと小言を漏らすルイス。薄暗くうっすらと埃をかぶった廊下を歩き、カイムを探す。
先程と比べると幾分か呼吸も楽になり、体もしっかりと立てるようになった。
だが、それでも危険が去っていないのを時折走る心臓の痛みが教えてくれる。
(やっぱり不便な体だな…)
やれやれとため息をつきながら歩いていると、声が聞こえた。カイムの声ではない。
「まだ見つからんのか!?」
「は、館内をくまなく捜索しているのですが…」
図書館の職員らしき人影が2人、慌ただしい様子で話していた。
「早く見つけるんだ!!もう『ネメシス作戦』は近いんだぞ!!鍵となる月の書が見つからなければ、我らとてどうなるか!!」
(月の書……!!)
ネメシス作戦とは、先日テレビでの記者会見で聞いた『オペレーション・ネメシス』のことだろう。
そして、起動の鍵となるのが月の書。その解読を任されたのはルイス。
聞き耳を立てながら、奇妙な因果を感じてしまった。
(やつらは、月の書でなにを企んでいるんだ…?)
そんなことを考えていると、足音がこちらに近づいてきた。
慌てて物陰に隠れようとするが、見通しの良い廊下では隠れようがない。
(どうする……!?)
近づく足音。ルイスの最後の足掻きだった。
―――――――――――
「…あの館長も、何考えてるんだか………」
――足音が遠くなり、声が聞こえなくなる。なんとかやり過ごせたようだ。
彼女の白衣と同じ色の白いカーテン。ルイスはそこに身を隠していた。
5階の探索はすぐに終わった。そこは多目的ホールのようで、部屋そのものが広く、部屋数も少ない。
屋上にも、やはりルイスはいなかった。
「なら、4階かそれより下か……」
探せども探せども見つからず、随分時間が経ってしまった。
早くせねばと焦るものの、その気持ちを裏切るようにルイスは見つからない。
とはいえ、何処にも居ない訳ではないので、後は下っていけば自然と見つかるはず。問題は一つだけだ。
「あいつに見つかる前にルイスを見つけないと」
屋上を後にし、階段を一気に下っていく。5階の多目的ホールを横切ろうとしたその時、
「はぁ!!」
気合いの入った掛け声と共に、木製の机が飛んできた。
「……っ!?」
後ろに飛び、それをやり過ごす。カイムが認識した人物は、先程自分を負かしたクリスだ。
「お前!!」
「まだ懲りないのか!!ルイスちゃんはどこだ!!」
先程と同じように、伸縮自在の腕を魔力で精製し、カイムに襲いかかる。
「同じ手にのるか!!」
今度は机を盾にカイムはクリスへ近づく。これで腕からのダメージを防ぎつつ近づける。だが、
「はぁー……!!」
それを見たクリスは4本ある腕を2本ずつ合わせ、2本の太い腕を造る。
威力を増した一撃が、机ごとカイムを吹き飛ばした――かのように見えた。
(手応えが軽い…。机は囮か!?)
そう気づいたとき、カイムはクリスの頭上にいた。机を盾にしたのは、クリスの注意をそらすためだ。
「思った通りだ」
「くっ!!」
先程資料室から拝借したカタナを鞘から抜き、クリスに斬りかかる。
その一撃を、今度はクリスが横に飛び、かわす。
「一度攻撃をした腕はお前の手元に戻るまで、他の行動ができない!!」
「チィッ!!」
避けたクリスをすかさず追撃するカイムに、クリスは2本の腕をカイムに向け攻撃させる。
正面に立ち、カイムはその攻撃を見た。左右から微妙に違う角度、タイミングでこちらに向かう魔力の腕。
まずは自分に一番近い左側からの攻撃を、正面から斬り伏せた。
「な、なにっ!?」
続くもう一撃を、今度は飛んでかわし、根本を絶ち斬り、魔力を断つ。
見事に攻略され、クリスが見たのは、その刀身に紅蓮の緋を薄く宿らせたカイムだった。
「ふぅ…!!」
体勢を低くし、クリスへ接近するカイム。
「2本で駄目なら……」
これに対し、クリスは再び4本の腕を精製する。
「もっと増やすだけだ!!」
そう唱えると、クリスから再びもう4本の腕が生える。それを見たカイムは一度足を止めた。
「まだ増えるのか!?」
合計8本の腕が、一斉にカイムに牙を向く。
カイムの頭、胴体、腕、足。様々な部位を一斉に狙い撃ちにされる。
「何本来ようと同じことだ!!」
しかしカイムは止まるどころか、更に前へ、更に体勢を低くし進んだ。
自ら攻撃へ突っ込んでいく無謀な突進にも見えるが、彼に攻撃は当たらない。
先程まで彼がいた場所に、攻撃が向かっていく。身を翻し、再び根本から、8本まとめて絶ち斬った。
「さっきの仕返しだ!!」
クリスの懐まで近づいたカイムが、先程やられた仕返しに強烈な蹴りをクリスにあびせた。
「うあっ!!」
今度はクリスが壁に叩きつけられる。
(なぜ……、何故なんだ!?)
腹部に強烈な痛みが走り、苦しそうに息をする。
「どうして、僕の『百腕巨人』がこうも簡単に……!?」
カイムに与えられたダメージよりも、自身の技を看破されたことが、彼にとっては屈辱のようだ。
余程自信のある魔法なのだろう。事実、カイムもこの魔法に敗北を喫している。
「……プログラムさ」
カイムが自ら立てた仮説を明かした。




