CHASE:21 雨に煙る街 -reverence-
相合傘をしながら、二人で寂れた街を歩く。
まるで恋人同士がデートを満喫しているかのような雰囲気で、ルイスは若干照れくさかった。
カイムの顔がやけに間近に感じられる。
いつもならカイムにだっこされるか肩車されているか後ろをついて歩くかなので、こんなふうに肩を並べて歩いたことは一度も無かったのだと思い返す。
普段と変わらないカイムの横顔を見上げてみて、デートだとか甘酸っぱい考えをしているのは自分だけなのだろうと思うと、ひどく恥ずかしく、さみしい気持ちがこみ上げてきた。
そんな気持ちを紛らわそうと、彼女は水溜まりをぱしゃぱしゃと踏んだ。
レンガ張りの歩道に跳ね返る雨粒が、まるで楽器のように弾んだ音色を幾重にも響かせる。
「濡れてないか?」
「大丈夫だ、心配するな」
カイムはそう言うルイスの肩を抱き、自分に引き寄せた。
「なっ!?」
「全然濡れてるじゃないか…風邪を引くといけないから、しばらくこうしよう」
カイムの紳士的なリードに思わず赤面するルイス。
「カイム…」
「どうした?」
背の低いルイスに合わせ、身体を傾ける。慌ててルイスは顔を背け、
「その……、あ、ありがとう」
「今何て言った?聞こえなかった」
あまりにかぼそい声だったため、カイムが聞き返す。
「だからぁ、…ここまで着いてきてくれてありがとう!!」
ルイスが思い切って叫ぶと、カイムは笑いながら彼女の頭をくしゃくしゃと撫で回した。
「はは、どういたしまして。でも、それを言うのはちゃんと月の書を回収してからな」
「む、むぅぅ……」
図書館の入り口が見えてきた。しかし、ルイスの足は硬直してそこから先へ進まない。
「……今更不安になったって言ったら、怒るか?」
「怒る訳無いだろ。俺達はお尋ね者なんだ。不安になってもしょうがないとは思う。だけど」
カイムがルイスの背に優しく手を添えた。
「今は俺がついてる。二人ならきっと何とかなるはずだ」
「そうだな……。うだうだ言ってても仕方ないか。……行くぞ、カイム」
「あぁ」
やがて図書館の入り口に着き、傘を傘立てに差して中に入った。
空調が効いて快適な館内は、やはり人が少なく閑散としていた。
目的通り、ルイスは自分が作った秘密の部屋を目指し、階段を昇る。
上階には歴史的資料が保存された書庫がいくつもあるが、基本的に考古学者や研究者のように専門的な知識を必要とした人物しか立ち入らない。
一般人は滅多に通らないので、通路はうっすらと埃を被っている。
おまけに今日は雨のせいで外が薄暗く、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。
無機質な蛍光灯の光が、よりいっそう寂寞を感じさせる。
その通路を二人が歩いている最中、何者かに呼び止められた。
「あれ?……ルイス…ちゃん?」
「む?」
振り返ると、そこには大人しげな少年の姿が。肩まで伸びたレモン色の髪で、背は165cm程度。
帝国学術院の制服、クリーム色のセーターを着ている。彼はルイスを知っているようだった。
「久しぶり!…卒業してから連絡取れなかったから、どうしたのかと思って…」
「――クリス!?」
クリスと呼ばれた少年は、にこにこしながらルイスに近付いた。
「知り合い…なのか?」
カイムが呼びかける。
「あぁ、学術院に在籍していた頃の級友だ。…しかし何故、お前がこんな場所に…」
「たまたま調べ物があってここに来たら、君を見かけたんだ。昔と全然変わってなくて安心したよ。…ところで、隣の人は誰?」
「カイムだ。用事があったから付いて来てもらったんだ」
「へぇ……」
一瞬、クリスの目つきが鋭くなった。
「初めまして。俺はカイム=レオンハルトって言うんだ」
「僕はクリス=トルストイと言います。ルイスちゃんがお世話になってます」
クリスはぺこりと頭を下げた。
「お前、まだ院を卒業してなかったのか?」
「えへへ…君みたいに首席で卒業したくて、ここで毎日引きこもってたら出席日数足りなくて単位取り損なっちゃって…でも諦める気は無いよ。君と約束したんだから」
(――約束?)
カイムが微かに首をひねった。先程ルイスにはぐらかされたワードだ。
彼女が約束をしたらしい昔の友人とは、クリスのことなのだろうか。
カイムは気になったが、わざわざ話の腰を折るのも気が引けたので、後で追及することにした。
クリスが苦笑しながら頭を掻く。
「ルイスちゃん勉強の教え方上手いから、また昔みたいに教えて欲しいな」
まるで小動物のようなクリスの瞳。しかしルイスは怯まず、淡々と言ってのけた。
「……悪い。今日は用事があって付き合ってる暇は無いんだ。名残惜しいが、他を当たってくれ」
今は月の書を取りに行くのが最優先だ。目的に私情は挟めない。
「そっか、用事があるんだっけ。……じゃあ用事終わるまで待ってるから、僕もついてっちゃダメかな?」
「はぁ!?」
「久々に長話したいな。近況報告も兼ねてさ」
「お前、人の話聞……」
「良いでしょ?ほら、二人で話そうよ……」
そう言うなり、クリスはさりげなく腕を組もうとした。
「だ……駄目だ駄目だ!行くぞカイム!!」
その腕を振り解き、カイムの手を取って走り出すルイス。
「へ?ちょ……」
「先を急いでるんだ、また今度!!」
「え、待ってよルイスちゃん!!廊下は走っちゃダメ…って、行っちゃったか」
クリスはその場に立ち止まり、一言呟いた。
「カイム=レオンハルト……君に彼女は任せられないな」
「はぁ、はぁ……振り切ったか」
「……みたいだな」
振り返ると通路には誰も居らず、ルイスとカイムの二人しか居なかった。
「まさかクリスが図書館に来てたなんて……くそ、早く終わらせないと」
「うーん、何か変な感じだったような……」
先程のクリスの目つきを思い出すカイム。
「気にするな。行くぞ」
一般開放されている書庫の扉を開け、中に進む。ずらりと並んだ本棚の一角で、ルイスは立ち止まった。
目の前の本棚の最上部に、名前の無い白い本が置かれている。
「あれ?梯子がない…ち、仕方ないな」
ルイスは本棚を見上げ、ぐぐぐと背伸びした。
例の白い本に必死に手を伸ばそうとしているのだが、残念ながら身長が足らないようだ。
カイムはそんなルイスを見つめて可愛いと思ったが、彼女が本気で困っているので救いの手を差し伸べることにした。
「…あの本を取りたいのか?」
「違う、取るんじゃなくて押すんだ。くそ、あとちょっとなのに…!」
「押す?……こうか?」
カイムはその白い本を軽く奥に押し込んだ。すると、ガコンと大きな音がし、本棚が横にスライドした。
現れたのは一般家庭にあるような木製のドア。ドアノブは金製で、凝った造りのデザインだ。
「ふ、ふん!梯子があればお前の助けなんて要らなかったんだからな!!」
「……可愛い」
ボソッとカイムが漏らすのも無視し、ルイスはドアノブを回した。
パチパチと電気のスイッチを入れると、縦長に伸びた秘密部屋が照らされた。
さすが図書館というだけはあり、壁際の巨大な本棚にはぎっしりと魔術書やら研究書やらが収納されていた。
背が低いルイスでも高い位置の本が取れるように、簡易ゴンドラが上から吊されている。
部屋中を見渡し、ルイスは呟いた。
「よし、全部無事だな」
「…今までずっと、ここで勉強してきたのか?」
「勉強というか研究というか…まぁそんなとこだ」
部屋の中央に置かれた机に近づくルイス。
机の上には緑色の水晶と身分証、用途が不明な白い綿と、月の書が置かれていた。
ルイスはまず身分証と白い綿をポケットにしまい、次に緑色の水晶を手に取って、傷が無いか確認する。
「それは?」
「魔法機関と一緒に開発した自衛兵器だ。名前は…そうだな、『ヴェルデ』とでも言っておこうか」
ルイスが手の平の水晶に魔力を込めると、先端に銀刃が付いた緑色の槍が現れた。
「これがお前の武器か?」
「武器…うん、そうだな。槍だけじゃなく他の武器にも変形するんだ。まだ試作段階だから、機能は追って増やすつもりだ」
ルイスは水晶を元のサイズに戻すと、ポケットにしまった。
「で、肝心の月の書なんだが…――うっ!?」
月の書に触れようとした途端、ルイスは突然胸を押さえて倒れ込んだ。
「どうした!?」
慌ててルイスの元に駆け寄るカイム。
「だめだ…触れない…!」
「月の書にか!?」
月の書を見ると、禍々しい気を放っており、ルイスの身体から何かを吸い上げているように見えた。
それが魔力だと判明するのに、さほど時間はかからなかった。
「……ぅぐああ!!」
突然叫び声を上げたルイス。彼女の心臓に突き刺すような鋭い痛みが走る。
たまらず胸をかきむしるが、苦しみは増すばかりだった。
「うあぁぁあああぁぁ!!!」
「落ち着け!」
カイムは叫ぶルイスを抱きしめたが、それでも痛みは止まらなかった。
「ああぁ!!…はぁ…っく………」
唐突に絶叫が止まると、ルイスは意識を失った。魔力はほとんど残っていない。
弱くなった脈が、彼女の身の危険を報せている。もはや迷っている暇など無かった。
「ルイス!?…ルイスッ!!――くそっ!」
カイムは月の書を回収し、小脇にルイスを抱えて飛び出した。
(…目的は達成したんだ。今はルイスの安全が最優先だ!!)
全速力で書庫の入り口に戻ると、そこには思わぬ人物が居た。
「!!」
「君は、さっきの…」
クリスはカイムが小脇に抱えたルイスを見るなり、目を見開いた。
「ルイスちゃんに何をした!?」
「……違う!」
クリスの背後に不穏な空気が立ち込めている。
「……許さない。ルイスちゃんには僕が居なきゃ駄目なんだ。僕が彼女を幸せにするんだ…」
クリスが纏う空気に気圧され、めまいがする。同時に胸がざわついた。
昨日の生体兵器の件で感じた、嫌な予感。
(まさか……こいつも!?)




