CHASE:20 相合傘 -won't stop raining-
「ふぅ…でもどうして突然元の姿に…?」
「恐らく、この雨のせいだろうな」
胸元に手を置くルイス。
「雨が降り出してから、脈が少し弱くなってな」
どうもペースメーカーである呪いの心臓の調子が悪いらしい。
「もしかすると、この呪い自体本に封印されてたから、雨が嫌いなのかもな」
ルイスが苦笑する。
「大丈夫か?無理はするなよ?」
「平気だ。お前の魔力をもらったからな。…ところで一つ、頼みごとがあるんだが」
上目遣いでカイムを見つめた。
「何だ?」
「姿も戻ったことだし、今日は休みだから図書館に行きたい。月の書とその他諸々取りに行かないといけないし、この状態が一時的な物なら尚更早くしないと」
図書館を飛び出して今日で丁度3日目なので、机の上の月の書はまだ回収されていないはず…というのがルイスの予想だった。
「別に行くのは構わないが…その格好じゃ目立たないか?」
「そうだな…フードか何か被っていこう」
するとカイムはクローゼットからフード付きの黒いコートを取り出し、ルイスによこした。
「ちょっとでかいかもしれないけど、間に合わせってことで」
「ありがとう、助かる…できればすぐ着替えたいんだが、ちょっと席外してもらえるか」
「解った。表の様子を確認してくるから、ルイスは着替えてそこで待っててくれ。誰が来ても開けるんじゃないぞ」
「ちびっ子じゃないんだから…了解」
部屋に鍵をかけ、カイムは一人で廊下に出た。ドアを開け、周囲を見渡す。
まだ朝も早い時間だが、規律正しい軍人の宿舎でいつまでも寝ている人間などそういない。
オフの人間よりも、職務を全うする人間の方が多くて当然だ。
幸い、未だ階級を貰えていないカイムの部屋は兵舎ではなく救命棟の一室にある。
怪我人が居ない今は、あまり人通りもなかった。
「こっちを通れば、人目につくこともなさそうだな…」
幼い子供が突然大きくなっていたと知れたら、大騒ぎになるだろう。ましてやルイスは帝国の人間だ。
「よう、よく眠れたか?」
不意に、後ろから声がした。口から心臓が飛び出る感覚を、カイムは初めて味わった。
「お、おぉ、おはようございます、ま、マグナ隊長!!」
――よりによってこの人に捕まるとは。
「そう固くなんなって。リラックスリラックス」
肩をポンポンと叩き、笑いかけるマグナ。カイムに大事な話があるらしい。
「喜べよ。お前も正式に階級がもらえることになった。入隊して3日で階級を貰えるとは、随分なスピード出世だな」
隊長として鼻が高いと笑う。しかし、今のカイムはそれどころではなかった。
この場から早くマグナが立ち去らないかと、不安と緊張で一杯だった。
ルイスの正体を知っているとはいえ、マグナが今の彼女を見たら何と言うか。
「さて、お姫さんにも挨拶していくかな」
視線をカイム達の部屋に向けたマグナの何気ない一言に、カイムの緊張が一気に臨界点を越える。
慌ててドアの前に立ち、マグナを制した。
「駄目だ!!今は部屋に入らないでください!!」
「…っと、どうした?いきなり…」
突然のカイムの様子に、驚きを隠せないマグナ。
「今は……その、とにかく入ったら駄目なんです!!」
カイムのあまりの慌てっぷりに、マグナは目を細める。――何かある、そう確信した。
恐らく、怪しまれたとカイムも理解しただろう。これだけ不自然な態度なら、怪しまない訳がない。
「…まさか、お前…」
マグナが詰め寄る。ルイスの事がバレてしまったのか。だとすれば彼女はどうなるのか。
そんな不安とは裏腹に、マグナの口から出た言葉はカイムの不安を裏切った。
「見つけたのか?俺が隠したままだったバームクーヘン!?」
――あまりにも素っ頓狂な言葉に、肩の力がどっと抜ける。
「おいおい、あんなもん食べんなよ?もう半年ぐらい放置してんだから!!」
「食べてませんよ!!もう腐ってるじゃないですか!!大体、なんでそんな物隠してたんですか!!」
「…それがな、部屋に置いとけば姐さんが食っちまうからよ。空き部屋だったここに隠してたんだが、ちょっと遠征でいない時期があってだな?そのまま忘れちまって、今思い出して…」
誤魔化すように笑うマグナ。半ば呆れながらため息をつくカイム。
彼にしてみれば、そんな腐った食べ物が部屋にあるのは、正直嫌だった。
部屋に戻ってすぐさま廃棄しようと考えた時には、ルイスの事が一瞬頭から離れていた。
「ちょいと失礼、お姫さ…ん……」
部屋に入るなり突然フリーズしたマグナを見て、カイムはしまったと思った。
沈黙が続き、ようやくマグナは口を開いた。
「…い、意外と、スタイルいいんだな…」
ボソッとマグナが呟いたその瞬間、突風がめり込む音がして、マグナは大きく吹き飛ばされた。
何事かと部屋を見たカイムも、マグナが何をされたのか瞬時に理解した。
――部屋には、着替え真っ最中のルイスがいた。
「見るなぁーーーーーーっ!!」
恐らくマグナが喰らったであろう突風が、カイムにも飛んできた。
「まぁ、大体の事情は理解したよ」
見つかってしまったからには、いつまでも隠し通す訳にはいかない。
カイムは今朝の出来事をマグナに話した。殆どはカイムとルイスにも解らないことばかりだが。
「できる限り無用な騒ぎは起こしたくないんです。マグナ隊長、このことはジュディス司令には…」
「解ってるさ。姐さんも色々ゴタゴタ抱えてんだ。少しは楽させてやんねぇとな」
話が解ってもらえてホッとする二人。
「しかし、『月の書』ってのは一体なんなんだ?」
その問いに関してはルイスの方が詳しいはずだ。回答に期待しながら、カイムもルイスを見る。
「――正直、よく分からないんだ。私は上層部に頼まれて月の書の解読をしただけだから」
「その解読の最中に呪われた…か。どんな書物だった?」
「それもいまいち判らないんだ。まだ頭の方しか触れてなくて…」
解読途中の月の書。
帝都の図書館に置きっぱなしのそれを完全に解読できたら、二人の呪いは解けるかもしれない。
そう思い、行動することを決めた。
何より解読が中途半端で終わるのは、彼女のプライドが許せなかった。
「…ま、俺も帝都にはちと用がある。ついでに送ることも簡単だ。姐さんの方には、俺から話つけといてやるよ」
「本当ですか!?」
カイムの言葉に任せろと言いながら、マグナは部屋を出ていった。
「もう一つ心配なのは、図書館の状況だな」
ふと、ルイスがボソリとこぼす。
「図書館が?どうして?」
「あれだけ戦闘があった後だ。帝国の兵も巡回してるだろうし、下手したら図書館が閉鎖されてるかもしれない」
「課題は山積み…ってことか」
問題はそこだった。図書館に行き、難なく入れたら問題は無い。
しかし、図書館とその周辺は数日前の戦闘の被害に遭っている。
その爪痕が今でも残っていれば、図書館を開館するどころではないかもしれない。
「ま、何はともあれまずは確かめてみよう。実際に見てみないと、判断のしようがないからな」
ルイスを励ますかのようなカイムの言葉に、思わず笑顔がこぼれた。
帝都へ向かう道のり、彼らは「ライノサロス」にに乗り込んだ。
ライノサロスとは100km以上離れた距離を高速で移動出来る乗り物で、見た目はホバリングしているジープのような感じだった。
マグナは左ハンドルの運転席からルイスに尋ねる。
「ところでよぉ、さっきは何でシャツだけだったんだ?」
まだヒリヒリする右頬を押さえながらぼやく。カイムの頬もまだヒリヒリしていた。
「そ、それは…、汗をかいてたから、シャワーでも浴びようかと…」
恥じらっているのか、あまり見られないルイスの女の子らしい反応。
「なるほど、汗をかいてたねぇ…」
なぜかニヤニヤするマグナを助手席で横目で見ながら、カイムは景色を眺めていた。
アドリビトムを出るとしばらくは雨でぬかるんだ、荒れた砂利道が続く。
次第に人工物が顔を見せ、大きな橋が現れる。帝都へは、大陸を繋ぐこの橋が唯一の交通網だ。
昔は道路がいろんな方面に伸びていたらしいが、今では砂に埋もれてしまっている。
この橋から向こうは、多少荒れてはいるものの整地された高速道路がある。
少ないが他にも車は通るらしく、商業用のトラックや行楽用の乗用車もちらほらと目に見えた。
これなら怪しまれることはまずないだろう。
「しかし、月の書を取りに行くのはいいが、どうやって取りに行くつもりだ?」
「そこまではまだ…。現地の様子を見てからどうするか決めようと思います」
「ノープランね。大丈夫か本当に…?」
「私に任せろ」
マグナの心配も最もだが、プランの立てようがないのも事実だ。幸い、図書館の構造はルイスが詳しい。
自分の部屋まで勝手に改造して作ったくらいなので、頼りになりそうだ。
「そういえば、マグナ隊長の用事って?」
カイムが気になっていたマグナの用事。考えてみれば、彼の事情はあまり知らなかった。
「俺か?俺はな、こいつの整備さ」
そう言って見せたのは、自分の右腕。袖をめくれと言われ、カイムは戸惑いながらも従った。
するとそこには人肌ではなく、金属の冷たい鉛色が。
「義手…?」
「ただの義手じゃないぜ?複数の武器を仕込んだタクティカルアームズだ」
自慢するかのように見せるマグナ。帝都にこれの整備をしてくれる馴染みの技師がいるらしい。
「――昔、ガキの頃にちょっと…な。ま、今じゃ俺の相棒さ」
昔――と言うマグナの顔はどこか寂しそうに見えた。だから、カイムもルイスもそれ以上追求しなかった。
「…と、そろそろ見えてきたな」
帝都に来たのはつい最近のことなのに、なぜか懐かしく感じる。
戦闘の爪痕は予想以上に深いものの、生活している者はかなり多い。
帝都の外れに車を止め、そこからはマグナとは別行動となった。
車を降りて、カイムが傘をさす。支給された傘は一本しか無いので、ルイスと二人で相合傘だ。
「なんか…気恥ずかしいな」
「仕方ないんだ。我慢してくれ」
ルイスは身元がバレてはいけないので、ジャケットのフードを被った。
カイムは顔が知られていないため、変装は必要無いだろう。
「図書館はこの通りを右に曲がればすぐだ」
ルイスの案内で図書館へ向かう。迷うことなく、歩みを進めていく二人。
「ルイスも、帝国で育ったのか?」
歩きながら、カイムが何気ない話題を切り出した。
「いや、救済の少し前に別の土地から引っ越してきた。学術院に通ったのはそれから…、あ」
そう言うなり、ルイスは足を止め、別の方向を向いた。
「どうした?」
「ちょっと、小さい頃の約束を思い出してな」
「約束?」
懐かしむようなルイスの顔。
「あぁ、昔の友人との約束だ。あいつは今、どうしてるんだろうな…」
過去を思い、懐かしむ。そんなルイスを見て、約束がなんなのか気になったカイム。
尋ねても、彼女は何でもないとはぐらかして教えようとしなかった。
そんな二人の行動を、こっそりと尾行する者が一人居た。
「あれは…ルイスちゃんと…誰だ……?」




