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帝国の月 -Resistance Rebellion-  作者: 風船ねこ(碧流&にゃんにゃん棒)
Chain Crescent
20/35

CHASE:19 疼き -unconscious-

『この度、この様な機会を設けさせていただき誠に感謝します。そして、我々マジェストラ帝国軍部の不備がこの様な悲劇的な事件を呼んでしまったことを、深くお詫びさせていただきたい所存です』


 背筋を伸ばした姿勢のまま、マチルダは深く一礼した。


『十数年前の救済の後、それに感化された組織による過激な抵抗活動は後を絶ちません。それに伴い次第に規模が大きくなることは、誠に憤慨であります。何故彼らは暴力で訴えてくるのか。何故彼らは善良な市民を巻き添えにするのか!!』


「…貴様らが言えたことか!!」

 生中継の記者会見を見ていたジュディスが吐き捨てた。しかしその語調は強く、反感の意がはっきりと伝わってくる。

『この様な犠牲を目の当たりにし、我々は決意しました。この様な惨劇を呼ばないためにも、彼らを――自由な月(リバティムーン)を完全に葬り去ることを。今ここに、「オペレーション・ネメシス」の敢行を宣言します!!』


――夜。オリバーの処遇は、とりあえずはエレナと同じで落ち着いた。

 現在は用意された客間で休んでいるだろう。昨日は色々ありすぎた。疲れて当然だ。

 しかし、カイムの足は何故かオリバーの部屋へ向かっていた。

「……良いか?」

 ノックして部屋に入ると、オリバー一人しかいなかった。

 壁際のテーブルにはウイスキーの銘柄のボトルが二本、置いてあった。

「やぁ、カイム君。何か用かい?」

 あおりながらも、酔っている様子は無い。

「……お酒、飲むんだな」

「まあね。これでも一応大人だから」

 そう言って自重気味に笑う。グラスを口に近づけ、また一口。

「……あれは、本当に帝国の仕業なんだろうか」

 グラスを置き、不意に呟く。

「だとしたら、あの記者会見は、君たちを罵る人達の声は、一体なんだったんだろう…。何が正しくて、何が間違っているんだろう……」

 疑問。帝国に対する不信感は前々からあった。

 それでも、守りたい人がいる。その一心で、今まで帝国の駒であり続けた。

「僕にはもう分からない。何を信じればいい?何を目指せばいい?……もう、分からないんだ……」

 うつむき、苦しげな声でカイムに問う。小さな呻きが、カイムの中に響く。

 正直、カイムにもよくわからなかった。自分が何を信じていたかなんて、考えもしなかった。

 何が正しいかなんて、判断しようともしなかった。

 目の前の男は、自分より遥かに重いものを背負って生きてきた。それでも、今のオリバーへ言えることはある。

「――ルイスも、元々は帝国の人間だったんだ」

 ルイスの名を口にするカイム。

「俺には彼女の境遇はまだよくわからない。でも一緒にいるのだって、まだ仕方なくってところが大きいんだ。それなのに生意気で、やたら口うるさくて、バカイムバカイムって何度も言ってきて――」

 カイムも自重気味に笑う。まだ出会って日も浅いが、ルイスと過ごしたほんの数日は、カイムの中に色濃く刻まれている。

「――そんなアイツだけど、誰も殺したくない、それだけは変わらない。最初も、あの時も。たとえ命が危険な時だろうと、敵であろうと、誰も殺したくないっていう気持ちは曲げないんだ、絶対に」

 最初に出会った時も、昨日の任務も。自分の意思を貫いたルイス。

 そんな彼女だからこそ、カイムは信頼している。

「大事なのは、何が正しいかじゃない。何を信じるかだと思うんだ。俺は」

 ――何を信じるか。カイムはルイスを心から信じていた。しかし、自分はどうか。

 そう考えたら、とてもカイムには及ばないと、オリバーは気付かされた。

 再びオリバーが瞳を伏せて笑う。

「……確かに君の言う通りだ。僕は、エレナを心から信じていなかったのかもしれない」

 グラスに写る自分を眺め、情けないと嘲る。

「ありがとう。君のお陰で、どうすべきか少しわかった気がするよ。何を信じるべきかも」

 その時見たオリバーの顔には迷いは無いように見えた。少なくとも、先程よりはスッキリしていた。

 突然、部屋にノック音が響いた。現れたのはルイスだった。

「取り込み中済まないな」

「ルイスか……先に寝てて良いって言ったのに」

「一人じゃ眠れないのかい?」

「そうじゃなくて…オリバーに話があるんだ」

「僕に……?」

「俺は外に出ておいた方が良いか?」

「いや、特に支障は無い。話が長くなるからカイムも座ってくれ」

 カイムがソファに腰掛けると、ルイスは話し始めた。

「早速本題に入るが…オリバー、お前の苗字は『フォールコナー』だったな?」

「そう、だけど……?」

 若干顔をしかめるオリバー。

「じゃあ、『レティシャ=フォールコナー』……この名前に覚えは?」

 一瞬、オリバーが目を見開いた。

「――知ってるも何も、彼女…レティは、僕の死んだ妹だよ」


 かつてオリバーは実妹、レティシャと共に実家で暮らしていた。

 彼等の家は代々帝国に従事する優秀な軍人を輩出してきた、厳格で由緒正しき名家だった。

 そんなある日、仲が良かった二人が珍しく喧嘩し、レティシャが家出してしまう。

 家出した矢先に彼女は交通事故に遭い、病院にて緊急手術が執り行われた…。


「オリバーに妹が……」

「…でも、彼女が死んだのはだいぶ前の話だよ。お医者様から死んだと伝えられて──」

「まあ、そこで死ぬと思うのが当然なわけだが」

 まるでオリバーの返答を予想していたかのようなルイスの口ぶり。

「結論から言おう。彼女は死んでいない」

「…え?」

 オリバーがきょとんとする。

「この身体になる前に私は帝国学術院に通ってたんだ。その時彼女と知り合ってな…レティは学術院の生徒で私の後輩であり、現在は皇帝親衛隊の一人だ」


 事故後、病院側は手術の甲斐なくレティシャが死んだ旨を家族に伝えた。

 ところが実際には彼女は死亡しておらず、皇帝の指示で帝国上層部が保護していたのだ。

 理由は「彼女に利用価値があったから」。

 秘密裏に帝国学術院に入学させられたレティシャは、そこで図らずもルイスと遭遇し、短期間ながら交流を持ったのだという。

 その時ルイスは、レティシャがかつて喧嘩別れした兄に申し訳無く思っていること、しかし今は不自由な家庭から自分を連れ出してくれた皇帝に恩義を感じ、彼に仕えていることを聞かされた。


「そうか。生きてたんだね……いつか、彼女に謝れる日が来るのかな」

 それを聞いたオリバーは、複雑な心境ながら安堵の表情を浮かべた。

「君の事情についてはあらかじめ聞いてたけど、まさかレティと知り合いだったなんて……」

「私の話を信じるのか?」

「人はどんな絶望の中でも、小さな光に縋ろうとする。それと一緒さ。出来れば、現在の居所もわかるとなお良かったんだけど」

 ルイスは申し訳無さそうに俯いた。

「すまない、そこまでは流石に……だが、彼女は確実に無事だ。精神がどうあれ、皇帝の保護下なら殺されることはまず無い」

「ちょっと待って、『精神がどうあれ』って……?」

「――いや、何でもない」

 言葉を濁すルイス。その言葉に、オリバーは首を捻るしかなかった。


 カイム達が自室に戻ると時刻は午前6時をさしていた。昨日の戦闘で帰還が遅れたので、今日は一日休みになっている。

 ニュースの件についてはジュディス達が何とかするらしい。罪悪感はあるが、せっかくの好意を無下には出来ない。

 ひとまず昼まで寝よう…外の気だるい鉛の空と同じように、カイムの気持ちもどこかぼんやりしていた。

「先に寝るぞ」

 ルイスがベッドに入ったのを確認すると、カイムも彼女とやや間隔を取ってベッドに入った。

「あぁ、昨日は疲れたしな。お疲れ様」

 ルイスからの返答は無い。既に眠りについているようだ。

 すぅすぅと寝息を立てるルイスの寝顔を見つめながら、カイムはゆっくりと微睡んだ。


 しばらく後、外では本格的に雨が降り出した。そして、

「っう…ぐ……」

 ルイスが小さくうめいたことに、カイムは気付かない。



 午前10時。カイムは、凄まじい倦怠感と明らかな重み、首筋に柔らかい感触を感じながら、目を覚ました。

 ――何かがおかしい。

 それもそのはず、彼の首筋に当たっていたのはふかふかの枕──ではなく、少女の唇。

 いつの間にか、見知らぬ少女がカイムの上にまたがり、首筋に口付けていたのだ。

(魔力を吸われてる……!?)

 少女が一旦唇を離した隙に体を無理やり離すと、虚ろな金色の眼をした彼女はカイムの腕の中に倒れ込んだ。ぐったりとしている。

「カイ……ぅ……」

 カーテンから漏れる弱い陽の光を頼りに目を凝らすと、少女は10代後半らしく、何故か身の丈に合わない小さなシャツと白衣を身に着けている。そのミント色の髪や風貌に、カイムは見覚えがあった。

「まさか――ルイス?」



 気を失ったルイスを介抱するべく、再度ベッドに寝かしつけた。シャツのサイズが合わず窮屈なのか、胸元が苦しげに上下している。

「……う……っ」

 ボタンは少し緩めておいたが、やはり目の遣り場に困るため上から布団を被せる。そんな彼女の寝顔を見つめ、

「……元の姿も可愛いな……」

 本人に気付かれぬよう呟き、頭を撫でるカイム。なぜ元の姿に戻ったかはわからない。普段より大人びてはいるものの、同年代の少女と比べ若干幼い印象を受ける。


(さて、これからどうするか……)


 この状態のルイスが人目につけば騒ぎになりかねない。念の為、今は誰の目にも触れさせないでおくのが得策だろう。本来、こういったことは頭脳派のルイスに任せるべきだが……ひとまずルイスが目覚めてから、彼女の判断を仰ぐ事にした。

「ルイス、……ルーイス」

 試しに耳元に名前を囁いてみたが、返事は無い。先程の様子を見る限り、魔力が足りていないのかもしれない。駄目元でルイスに魔力を送ることを思いつく。



ややどぎまぎしながらも彼女の首筋を唇で優しく食み、普段彼女が行うのと逆の要領で魔力の注入を試みる。

「ッ!!」

 その瞬間、ルイスの身体が大きく跳ねた。今ので完全に覚醒したようだ。

「あれ……カイム?」

「ルイス!?……良かった……」

 カイムの安堵も露知らず、視界に入る自分の姿を見て一言。

「……身体が戻った!?」

 久々の身体の感覚を取り戻すように手をわきわきと握り締める。

「大丈夫か?……俺が起きた時には既にそうなってたんだ。それからいきなり魔力を吸い始めて……」

「――心配かけたな。すまない……」

 無意識の内にカイムの魔力を大量に吸い上げていたことに、動揺を隠せない。

 ルイスは頭を押さえたが、身体の隅々に魔力が行き渡っていることも自覚していた。

「謝ることは無いさ。それより……ごほん」

「?」

 咳払いの後、カイムがルイスの胸元を指差す。

「――っ!?」

胸元で、シャツのボタンが窮屈そうに張りつめている。サイズが小さいことに気がつき、赤面しながら慌ててサイズを合わせた。

「何も見なかっただろうな……」

 威嚇する猫の如くフーッと殺気立つルイス。

「……み、見てない!!見てないからその殺気を抑えてくれ!!」

「本当に……?」

「本当だ!何も見てないから怒らないでくれ!!」

 カイムの必死の弁明に、ルイスの殺気がほんの少し和らいだ。


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